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世界一の極楽男  作者: 吉瀬丸三之丞
6/10

第11話 ニュージャージー・第12話 帰国

●11.ニュージャージー

 藤木たちは空港の係員のノックで起こされた。係員が窓越しに英語で何か言っていた。藤木は翻訳アプリをオンにした。

「あなた方、大丈夫ですか。このセスナをあの駐機場の端に移動させてもらいますか。ここだと他の機の出し入れに邪魔になります」

「あ、わかりました。今パイロットを起こしますから」

藤木は、操縦席で寝ているミラーを揺さぶっていた。ミラーは、むにゃむにゃ言いながら目を開けた。

「早い所、頼みます」

係員は立ち去った。

「さて、ニュージャージーのどこにその金持ちはいるのかしら」

「ミラーさん、それよりもまず、セスナをあそこの駐機場に移動させてください」

「わかったわ」

ミラーは目をこすっていた。


 藤木たちはプリンストン駅から郊外列車に乗ってニューアーク・ペン駅で降りた。駅から少し歩いたミリタリーパーク近くのダンキンドーナツで一息入れていた。

「ニュージャージー州で大きな街はニューアークでしょう。だからここに洪さんに関わる何かが見つかると思うがな」

藤木は普通に日本語でミラーに話しかけることに慣れていた。

「金持ちだからアトランティック・シティってこともあるかもしれないわ」

ミラーも翻訳アプリなど忘れているように自分の英語で話していた。

「あそこのカジノにいるってわけか。その線は薄いと思う」

藤木はあっさり否定していた。

「トレントンっていうのもあるみたいだが」

田中はタブレットPCの画面にあるニュージャージー州の地図を見ていた。

「もう少し、ニューアークの街を歩いてみるか」

藤木は、上着を羽織った。


 藤木はダンキンドーナツを出た瞬間、目の前の通りで老夫婦と目が合った。

「すみません…」

藤木の胸のポケットの翻訳アプリが音声を拾っていた。

「はい。なんですか」

「1ドルショップのワンダラーツリーはどこにあるかわかりますか」

老婦人が聞いてきた。胸のスマホなど全く気にしていなかった。

「私は、地元じゃないので、わからないのですが」

「えぇ、すっかり馴染んでいる雰囲気があるのに、お連れの方はアメリカ人でしょう」

老紳士はミラーの方を見ていた。

「あぁ、ちょっと待ってください。タブレットの地図で調べますから」

藤木はそう言ってからスマホのマイクを指で塞いだ。

「田中見てくれよ」

藤木がいうと、田中は面倒くさそうな顔をしている。

「藤木、わからないなら、わからないでいいだろう。あの人たちだってスマホぐらい持ってるだろう」

「いや、聞いてくるところを見ると、アメリカでも年寄りは持ってないだろう。こういう、人との触れ合いが大切なんだよ。頼む見てくれ」

藤木が懇願すると田中はタブレットを開いた。ミラーはどっちでも良いという顔をしていた。


 藤木は、タブレットの地図を見て、1ドルショップを発見した。

「ハンク・アーロン・フィールド近くにあります。この道を横に進んで大きな道に出たら、道なりに進んで、左手にハンク・アーロン・フィールドか右手にマクドナルドが見えたら、そのすぐ近くです」

藤木は、地図を老夫婦に見せながら言っていた。

「これは、どうもご親切に、ありがとうございます」

老夫婦は、安心した顔で歩き出した。

 「藤木、あんなじいさんたちに親切にしたって、洪さんの手がかりは得られないぞ」

「まぁ、いいじゃないか。良いことをすれば、いつか報われるんだ」

「藤木さん、これから我々はどうしますか」

「そうだな、俺らも1ドルショップに行ってみるか。日本の100円ショップの真似だろう。話のネタになる」

藤木が歩き出すと、田中とミラーも付いてきた。


 広い通りに出て、しばらく歩く。50年代かそれ以前に建てられたビルが所々見られる街区であった。ビルの一階部分は新旧いろいろな店が営業していた。

「景気の良い店もあれば、『FOR RENT』の空き店舗もあるし、雑多な所だな」

藤木は、店を見ながら歩いていた。

「ハンク・アーロン・フィールドらしいものは、見た当たらないな」

田中は、通りの先を望んでいた。

「あの老夫婦をどこかで追い越したかしら」

ミラーは、歩いている人を見ていた。

 藤木は空飛ぶ自動車のイラストが描かれているショーウィンドウに目が留まった。

「ミラーさん、この貼り紙を読んでくれない。文字はアプリじゃ、読み取れないから」

「…近々、エアビークル店オープンとあるけど」

「その下に書いてある小さい字は」

「富裕層向けの空飛ぶ車・エアモビリティ5、中間層向け・エアモビリティ4、続々と。H-REFINE社(ホングループ)とあるわ」

「ホン、洪の中国語読みじゃないか。手がかりがあったな」

「藤木、嬉しそうにしているが、あの洪さんとつながりがあるのか」

「ドローン・バイクを扱っていたんだから、間違いないだろう」

「しかし藤木さん、連絡先はどこにも書いてないわ」

「そうか」

藤木は周りを見回していた。

「あそこにリアルエステートって書いてある。ここを扱っている不動産屋だろう」

藤木は歩き出した。


 古い造りで天井が高いビルの一階にある不動産屋に入った藤木たち。

「それで、あそこに出店予定のH-REFINE社の連絡先はわかりますか」

「あなた方は何者ですか」

「H-REFINE社のCEOの洪さんの親戚なんですが」

「CEOとは言ってなかったが…、あなた方は確かに東洋系ですね」

不動産屋の主は藤木と田中を見ていた。

「西海岸からわざわざ訪ねて来たんですが、住所を聞き忘れてしまって」

「なんで契約者の名前を知っているのですか」

「親戚ですから。身内なら個人情報の流出なんて気にしなくて良いんじゃないですか」

「…わかりました。契約者の住所はこちらになります」

不動産屋の主は、住所控のファイルのページを捲り、藤木たちに見せていた。

「あら、高級住宅地のアルパインじゃないの。金持ちということは間違いなさそうね」

ミラーの英語が日本語にもなっているので、首を傾げる不動産屋の主。

「どうも、ありがとうございます」

藤木は、意気揚々と店を出た。

 「田中、老夫婦に道を教えたことをきっかけに、洪さんの居場所がわかったぞ。親切にするものだな」

「そうだな。俺も親切を心がけるよ」

「そんな気は、さらさらないんだろう」

「少しはある」

「そうと決まったら、レンタカーを借りてアルパインに行きましょうよ」

「ミラーさん、その前に1ドルショップは立ち寄りましょう。もうすぐのはずだから」

藤木が言うとミラーは両手の平を上に向けて、仕方ないといった表情をしていた。


 藤木たちが乗ったレンタカーは、ニュージャージー州北部の高級住宅地アルパインのアリソンロードをゆっくりと走っていた。

「さすがに邸宅ばかりだな」

運転しながら家々を見ている藤木。

「日本みたいな表札は、ないよな」

田中は現在位置をタブレットの地図で見ていた。

「あ、その次の家が洪の邸宅の住所になるぞ」

田中は助手席の窓から身を乗り出していた。後部座席のミラーは、ヘッドホンでラップを聞いていた。


 洪の邸宅の前に車を停めていた。

「藤木さん、私のスマホに自動翻訳アプリを入れてくれたのよね」

ミラーはヘッドホンはずすと開口一番言っていた。

「もちろん。中国語・英語バージョンと日本語・英語バージョンを入れておいた」

「メモリーの大きい最新のスマホだから、アラビア語も入りそうね」

「残念ながらまだアラビア語には対応してないけど」

藤木は声が小さくなっていた。

「藤木、俺のスマホは古過ぎるのか、日本語・英語バージョンも無理だぞ」

「だから、最新のに買い替えろよ」

「とりあえず、沢尻コミュ研のタブレットで代用するよ」

田中は大事そうにタブレットを小脇に抱えていた。

 敷地には何カ所か木立があり、青々として芝生が敷き詰められていた。ヨーロッパの城風の造りの邸宅がアプローチの先に建っていた。特に門などはないが、木立の間から覗く監視カメラが動いていた。

 「このまま、敷地の中に車で入って良いものかな。呼び鈴とかインターホンはないのか」

藤木は監視カメラの前をうろついていた。

木立の影にあった邸宅とは別の建物から警備員らしき人が出てきた。

「ここは観光地ではないので、立ち去ってください」

「あのー、洪成さんを訪ねてきた藤木という者です。お取次ぎ願えませんか」

藤木の胸のポケットから英語が聞えてくるので、警備員は珍しそうに見ていた。

「ちょっと待ってください。在宅かどうか確認を取ります」

警備員は、ヘッドセットのマイクで問い合わせを始めていた。

 ミラーは自分のスマホのアプリをオンにしていた。数十秒後、警備員は緊張していた顔を緩めた。

「OKです。このまま車寄せまで車で行ってください」 


 邸宅の大広間は、大きな陶器の壺や西洋アンティークな家具が立ち並んでいた。洪は藤木たちの姿を見ると、嬉しそうにハグしてきた。一緒にいるミラーにもハグしていた。

「いゃ、よくここにいることがわかったな。中国の官憲でなくて良かった」

洪は平然と中国語で喋っていた。

「サクッと調べたらわかりました。とにかく洪さん、久しぶりです」

藤木は笑みを見せていた。 

「反逆罪だの民主化運動に参加しているだの、いろいろと言われてアメリカに拠点を移したのです。藤木さんのことは、処刑されたか無期懲役になったかと思ってたよ」

「カネで解決したようなものですが、何とか無事に中国から出られました」

「あのー、洪さん。王若渓さんはどうしてますか」

田中が切羽詰まったように言い出した。

「王は、カナダで自由中国運動に専念していて、ドローン会社の方は休職中です」

「カナダですか」

「落ち着いたら連絡すると言ってたが、どうなることやら」

「あの、こちらに居るミラーさんは…」

藤木が言いかけた。

「それで今日ここに来たのは、それなりの理由がありそうだが」 

洪はミラーの方をじっくりとみていた。

 ミラーは、祖父のことや月の資源のことを英語で説明し始めた彼女の言葉は、スマホが中国語に同時通訳していた。かなり長く、月資源の掘削や所有権があいまいな段階にあることを説明していた。

 「それで、宇宙船や掘削機、現場生成用の機器が必要なので、投資してくれる企業や大富豪を探しています」

ミラーは一息入れた。

「なるほど。私は英語のままでも良いが、せっかくだからこのままアプリを使ってください」

「洪さん、アプリの訳で、しっくりいかない所があったら教えてください。バージョンアップの時に役立ちますから」

藤木が言うと、その場が少し和んだ。

 「ミラーさんの壮大な計画には賛同しますが、それを実現するには、ざっと3兆円はかかるし5年ぐらいは必要です。1社じゃ無理だから1兆円が投資できる企業3つぐらいでやってみないと」

「1社でもできないことはないと思います」

「我々洪グループとして1兆2000円億円がマックスですな」

「しかしお宅のH-REFINE社では、富裕層向けのエアモビリティ5を売るので…」

「爆発的に売り上げが伸びれば別ですがね」

「沢尻コミュ研の自動翻訳アプリも爆発的に売れれば、1兆円ぐらい投資もできますよ。ミラーさん」

藤木はドーン胸を叩こうかと思ったが、途中で止めていた。ミラーは日本語版に切り替えていなかったので、藤木の日本語はわからなかった。

「それにしても、もう1社が必要です。我々と行動を共にしてくれる企業が」

洪は腕組をしていた。

「IT巨人企業という手もあります」

ミラーは少し声のトーンを落としていた。

「既存のIT巨人企業に頼み込めば、金銭面ではなんとかなっても、うま味は全部持っていかれるでしょう」

洪は田中のタブレッPCを見つめていた。

「イノベーションを起こすのなら、我々で何とかしなければならないのですか」

藤木が言うと洪もミラーもうなずいていた。

「それじゃ、この私がもう1社見つけてきます。ドーンと任せてください。見つけ出した頃には、エアモビリティも自動翻訳アプリもバカ売れしているはずですから」

「藤木さんなら、何とかなるか。とにかく進展があったらまた連絡をくれますか」

洪の渋い顔は、いくぶん和らいだ。


 藤木達が邸宅の車寄せの所に出てくると、目の前にレンタカーが置いてあった。

「ここまで来たら、帰りはタイムズスクエアの宝くじ売り場で宝くじを買って行きましょう」

ミラーは後部座席のドアの前で言っていた。

「タイムズスクエアの宝くじ売り場って西銀座売り場みたいなものなのか」

藤木はポカンとしていた。

「東京のことはよくわからないけど、メガ当たりが多いのはタイムズスクエアってことになってるから」

「ニューヨークに行くとなると、車の数が多くなるだろ。運転はミラーさん頼むよ」

藤木は運転席のドアの前から後ろに行こうとした。

「ここまで来るのに問題なかったのに」

「右側通行に慣れてないから、混み出したりすると上手くできそうにないんだ」

「わかったわ」

ミラーは運転席の方に回った。

「前向きな藤木にしちゃ、珍しいな」

「外国で事故ると面倒だからな」

藤木は後部座席に乗った。


 藤木たちは、ハンドソン川の橋を渡り、マンハッタンに入った。日が暮れてテールライトやヘッドライトが通りを流れていた。車があふれかえっている上に、歩行者用の信号を無視して渡ろうとする歩行者が多かった。

「こんなところを運転しなくて良かったよ」

藤木は後部座席の窓から外を眺めていた。

「ミラーさん、次々の信号を左折して少し行くとレンタカー屋があるはずです」

助手席の田中はタブレットの地図を見ていた。ミラーの胸ポケットのスマホが田中の日本語を英語にしていた。

「車はレンタカー屋の支店に返さないと、高い駐車代を払わなきゃならないから」

前の車が急ブレーキを踏んでいたが、ミラーはやすやす隣の車線に車を滑り込ませていた。

「ミラーさんはここからの帰りは」

藤木が後ろから声を掛ける。

「郊外電車の方が早し便利よ」

「どこでも都市部は電車か」

藤木は込み合う通りを見ていた。


 タイムズスクエアは、相変わらず人でごった返していた。街頭ビジョンには、インドの家電メーカーのCMが流れていた。

「こっちよ。スターバックスの奥に宝くじ売り場があるから」

ミラーは、すたすたと歩いていた。藤木と田中は、人ごみの間をすり抜けていた。

「あの店のアイスが上手そうだな」

田中がアイスを売っているチェーン店を発見していた。 

「ミラーさん、我々は、あそこでアイスを食べて待ってるよ」

藤木もアイスが食べたい気分であった。先を歩いていたミラーはわかったと首を縦に振っていた。

「このアプリの音声認識には指向性があるんだな。こんなに周りに人がいるのに、俺の言葉がミラーさんに届いている」

藤木は、スマホを胸のポケットから取り出して、しげしげと見ていた。


 藤木と田中は、店先に立ってアイスを食べていた。藤木は街頭ビジョンの音声にスマホのマイクを向けていた。

「さすがにこれは訳せないんじゃないか」

田中は懐疑的な顔をしていた。

「うまく同調できないのかな」

藤木はぺろりとアイスを舐めていた。

『今週のナンバーワンは最高にクールなこの曲。"4U FAKE WORLD"です。「社会派気取りの世論調査の数字はFAKE♪、真実ゆがめるニュースはFAKE♪~」』

スマホが自動翻訳していた。

「おいこのMV、ゾンビが…、藤木、お前がいるぞ」

「田中、お前もいるじゃないか。あの時、撮ったMVか」

「そうだよ。全米トップ1だってさ」

『シーンが変わると、藤木があげたスマホを持っているSPOウィリアムスが、裏路地でスペイン語を喋るゾンビと遭遇し、睨み合い襲われそうになる。ところがスマホがアップになり、スマホをかざして英語で喋ると同時に流暢なスペイン語になった。ゾンビは驚き、急に仲良くなって一緒に踊り出しラップをハモる』

「スマホの側面に『SICI』のロゴを入れておいて良かったよ。宣伝になるぞ」

藤木は手にしていたアイスが溶けて手を濡らしているのを気にしていなかった。

『MVのバックコーラスでは「フジキさーん、クールパワー、アリガット」と流れ続けている』

「こっちがありがとうじゃないか」

藤木はミラーがこっちに向かって歩いて来るのに気付いていなかった。

「タダでスマホをあげて見るもんだな」

田中は感心していた。

「俺は、これを狙っていた、なんてな」

「あら、藤木さん、随分とご機嫌ね」

「これ聞えてる。SPOの新曲」

「赤丸急上昇の…"4U FAKE WORLD"でしょう。あ、これに出てたのね」

「最高にクールだよ」

藤木が言うとミラーも嬉しそうにしていた。

「イェーェ」

田中はミラーにハイタッチしていた。

 藤木たちは、街頭ビジョンでMVが終わるまで聞いていた。

「それで、宝くじ買えました」

藤木は、手のアイスクリームを拭いていた。

「買ったわ、これで200億円は手にしたも同然よ」

「それは結構なことだ。ニューヨークで豪勢に夜景が見えるホテルでも泊まりますか」

藤木は勢いで言っていた。

「その必要はないわ。ニューブランズウィックの親戚の家に泊まれるから」

「それって、どこ」

田中が唐突に言った。

「ニューヨークから見るとプリンストンのちょっと手前になるかしら」


●12.帰国

 藤木と田中は屋根裏部屋に泊まらされ、ミラーは従妹の一緒の寝室で寝ていた。ミラーの親戚の家の住人は朝が早く、藤木たちが起き出した頃には、ミラーの叔母しかいなかった。

 ダイニングルームに行くと、ミラーの叔母さんが作ってくれた朝食がテーブルに並んでいた。目玉焼きにソーセージ、アボガド入りのシ―ザ―サラダ、パンケーキが人数分皿に盛られていた。

「いやー、すみませんね。朝食まで用意していただき、それじゃ遠慮なくいただきます」

藤木は、嬉しそうに朝食を食べ始めた。田中はまだぼーっとしながら食べ始めていた。

「そういう、同時通訳の機械は、日本で流行っているのですか」

ミラーの叔母が聞いてきた。

「流行ってます。アメリカでもまもなく流行りますよ」

「便利ね。いろいろな国に行きたくなります」

「ところで、ミラーあなたもミラーさんでしたよね。アメリアさんはどうしました」

「ネットを見ているみたいですけど」

叔母は、上品な口調で話していた。

「そうですか、ちょっと失礼します」

藤木のスマホに沢尻からSNSで連絡が入ったので、読み始めた。

「なんだか急にアメリカでアプリが売れ出したと、沢尻の奴、驚いているぞ」

「藤木、SPOのこと、まだ伝えてなかったのか」

「様子を見てからと思ってさ」

藤木は、最後のアボガドを口に入れていた。

 藤木たちが朝食を食べ終わる頃、頭の毛が跳ねているミラーがやってきた。

「Goddamn,Ah…あぁ、大外れ、何一つ当たってなかったわ。200億円はパーね」

ミラーは言葉の途中からスマホのアプリを起動させていた。藤木のスマホの訳語とミラーのスマホの訳語が一瞬ハモったが、すぐに喋っている側のスマホの音声が優先された。

「田中、沢尻のやつ、凄い機能を付けたな」

「バージョンアップしたって、このことか」

田中はミラーの胸のポケットを見ていた。

「何見てんのよ」

「あぁそういうわけではなく…」

田中は大まじめに否定していた。藤木と叔母は笑っていた。


 ニューブランズウィック駅前の通りで車を降りた藤木たち。親戚の家の車で送ってきたミラーは、運転席に座ったままであった。

「アプリは、SPOウィリアムスが宣伝してくれたから、この先爆発的に売れるでしょう。我々は日本に帰ります」

窓を覗き込むようにして言う藤木。

「JFK空港から帰るから」

田中はふざけて投げキスをしていた。

「月の件だが、もう1社を見つけたら連絡します。どーんと任せてください」

藤木は高笑いしていた。

「私も当たれる所があれば、いろいろと当たってみます」

ミラーは座席に忘れ物がないか見ていた。

「お互いに頑張りましょう。それじゃまた」

藤木たちは駅に向かって歩き出した。


 帰国した藤木たちは、落合の沢尻コミュ研にいた。

「藤木先輩、人を増やさないと休みが取れないので、下の階の社員寮も事務所にするつもりです」

「そうか。それじゃ、俺らも出なきゃな」

「新江古田駅の近くに借りたビルの一室に社員寮は移ります」

「手際が良いな」

「それで、求人を出したいのですが、ネットサイトの求人は私がやりますが、ハローワークの方は先輩にお願いします」

「あぁ、わかった。いい人材が見つけられるように言ってくる。田中、一緒に来てくれ」

藤木は、給湯コーナーでお茶を飲んでいる田中に呼びかけた。

「俺も必要なのか」

「そこに居ても、他の社員の邪魔になるだろう」

「俺が有能だから連れて行くと言ったらどうだ」

田中はぶつぶつ言っていたが、タブレットPCをソフトケースに入れていた。


 藤木たちは、新宿のハローワークに行き、求人申し込みをし終えた。

「これで、手続きは全て済んだな」

藤木は満足そうにしていた。

「ちょうど昼だぜ」

「この時間、新宿駅の方は混んでいるだろう。反対の新大久保の方に行こう」

「それも良いな」

田中はすぐに歩き出した。


 藤木たちは、インド、ベトナム、韓国、タイと国際色豊かな街になっている新大久保界隈を歩き、本場インドカレーと銘打っている店に入った。

 店内は比較的込んでいるが席は空いていた。藤木たちが食べている斜め向かいのテーブルではインド人風の男が気難しそうな顔で食べていた。店長を呼びつけているようだった。

「藤木、あれを見ろよ。インド人がクレームつけているぜ」

「本場なのに本場じゃないとか言ってんだろう。でも俺らにはスパイスが強し本場な気がするがな」

藤木はそう言いながら、インド人が英語を喋っているので、スマホのアプリを起動させた。

「本場のインドカレーというものはない。今、日本で食べられているカレーは、どちらかというとイギリス料理

だ。このカレーは日本料理としても成立している。だから本場の文言は取り下げるべきだ。でないと妙な誤解を生むぞ」

インド人風の男は滔々と述べていた。

「このカレーは日本料理という認識なのか。本場のインド人は言うことが違うな」

藤木がぼそりと言うと翻訳アプリが拾って英語に訳していた。

 インド風の男がじろりと藤木を見た。

「いえいえ。異論はありません」

藤木はとんでもないと言った顔をしていた。

「あんた、英語が喋れるのか」

「あ、このスマホが同時通訳しているだけです」

「ほほぉ、これは面白い。普通に会話ができるじゃないか」

インド人風の男は、藤木たちのテーブルに来た。

「お客様、看板の文言の件は…」

近寄ってきた店長が言っていた。

「好きなようにしてくれ。もう文句は言わん」

男が言うと、店長は安心したように厨房の奥に戻って行った。

「ところで、これはどこで売っている。アプリをダウンロードするのか」

「私が作った自動翻訳アプリでして、アメリカで大評判で、売り切れ続出中のメガヒット商品です」

「君にそんな才能があるのか。ぜひうちに来て働いてみないか」

「と言われましても、私はこれを売っている沢尻コミュ研のCEOなもので」

藤木が言うと田中はまたかと言う顔をしていた。

「CEOか」

「私も実はインド版のフェイスブックとアマゾン、それにグーグルのような検索エンジンを一つにまとめた『indiboxy』を作った者だ」

男はさり気なく言っていた。田中はすぐにタブレットで検索していた。

「なるほど、お互いにCEOというわけですか」

「私の場合、ちょっと違うが…」

「藤木、この人はイライジャ・ヴィジャイじゃないか。この写真を見ろよ。IT長者だぞ」

「あ、そうです」

男は田中のタブレット画面をちらりと見ていた。

「イライジャ・ヴィジャイさん、私もそうじゃないかなと思ってました、その風貌から感じられるカリスマ性には引き付けるものがありますから」

藤木が言うとヴィジャイはニンまりとしていた。

「それでなんでまた日本に。見るからにお忍びのようですが」

「我が社を世界の巨人企業にしたいと思って世界中を旅している途中なのだよ」

「…そうですか」

「日本のカレーを日本料理として全世界に広めるのは、結構面白くないかな」

「いゃ、規模が小さ過ぎます。もっとドーンとドデカいことをしないと」

藤木の言葉に一瞬ヴィジャイは気分を慨した表情をしていた。

「君には何か考えでもあるのか」

「私は、月に行ってレアアースなどの月の資源を採掘して、さらに…」

藤木はその先を考えずに言っていたので、詰まってしまった。

「月の資源は国際開発だし、コストが見合うとは思えないが」

「…そこがド素人なんです。いやこれは失礼。所有権はまだ曖昧だし、月を往復する物流会社を作って、ゴールドラッシュのブームのようなものを演出したらどうです」

藤木は咄嗟に壮大なホラを見出していた。

「なかなか面白発想だ」

「資源が入るし、運賃や輸送費でガッポガッポですよ」

藤木は高笑いしていた。

「君は、それに向けて何らかの策を講じているのか」

ヴィジャイは前のめりになっていた。

「既に中国系企業から1兆円、我が社が1兆円の出資を決めています。しかし5年で3兆円が必要なので、もう一社がまだです」

藤木の言葉に田中は、そんなこと決っていたかと言う顔をしていた。ヴィジャイはしばらく黙ってしまった。

 「藤木、そんなこと、たった今会ったばかりの人に言われて信じると思うか」

田中は小声で言っていた。

「君のその心意気が気に入った。『indiboxy』から1兆円出そう。ただし君の会社とその中国系企業の会社の実態や業績を調べてからだが。とにかく直につながる連絡先を教えてくれ」

「わかりました」

藤木は、カレーを半分残していたが満腹感があった。


 1年半後。エアビークルの売り上げが伸びたH-REFINE社は、銀座に支店を出した。日本における旗艦店と位置付けられているため、総帥の洪成が来日していた。

 銀座支店のショールームでは、富裕層向けのエアモビリティ5が載せられたステージがゆっくりと回転していた。車体下側の前後左右にファンが付いており、左右のファンははね上げて畳めるようになっていた。エアモビリティ5のドア脇には黄色のワンピースを着たコンパニオンが立ち、笑顔を振りまいていた。田中はコンパニオンの写真をスマホで撮っていた。

 「こんなに早く、これが日本で見られるとは、思っても見ませんでした」

藤木は、洪に話しかけていた。周囲の人は洪が総帥とは知らずに支店長ぐらいに見ているようだった。

「この調子だと、例の件も、まんざら夢物語ではなくなった感があるな」

洪もスマホをシャツの胸ポケットに入れていた。

「洪さんのお取り計らいで、アプリも中国本土から注文が殺到していますから、米中でバカ売れってところです」

「ところで、試乗するかね」

「…ドローンバイクの時のようなことはないですよね」

「ここは日本だけど、どうだね。素晴らしい景色が見られるぞ」

「洪さんが、そこまでおっしゃるなら、乗りますか」

「それじゃ、屋上に来てくれ」

洪は、エレベーターの方に向かっていた。


 ビルの屋上には、中間層向けのエアモビリティ4が置かれていた。左右のファンが展開していて、運転席には女性が座っていた。

「運転は私よりもミラーさんの方が上手いから」

洪はそう言うと、運転席の女性に手を挙げていた。

エアモビリティ4のドアが開き、ミラーが出てきた。

「藤木さん、久しぶりね。H-REFINE社に転職したから」

「それは最高にクールじゃないっすか」

藤木はゲンコツを突き出してミラーと合わせていた。


 外見上は上級機種とほぼ同じのエアモビリティ4は、ファンの回転数を上げるとふわりと浮き上がった。そのまま上昇すると、銀座中央通りの上に出た。下を見ると歩道を歩いていた人たちが、驚いて見上げていた。エアモビリティ4は一旦新橋方面に向かい博品館の辺りで旋回して太陽を背にした。高度はビルの屋上よりも10メートル程高い程度であった。和光本館の時計台や三越の屋上を見ながら北に向かう。明治屋や丸善を下に見てしばらく進む。日本橋の首都高速の上を通過し、日本銀行の辺りで旋回していた。

 「日本橋ってどこにあるの。東京じゃ有名な所よね」

ミラーは下を見てホバリングさせていた。

「あの高速道路の下にあるんだ」

「なんだ。変な所にあるのね」

「いずれ高速は地下に入るらしいけど当分は無理なようだ。その頃には車が空を飛んでいるから、無駄な投資になるな」

「時代の流れね」

ミラーは中央通りの上に戻してコレド日本橋の上空を通過させていた。


 10分ぐらいの飛行で旗艦店の屋上に戻ってきた。藤木は銀座を上から見たことがなかったので、興奮気味であった。

「これが普及すると、通勤圏や住宅地の範囲が広がるな」

藤木は降り際に言っていた。

「新たな儲けビジネスが浮かびそう」

「いゃー、月のプロジェクトに比べれば、儲けの額が違い過ぎる。この次は宇宙船の中で会いたいものだよ」

「着々と現実味が帯びて来たわね」

ミラーは珍しくメガネを外して嬉しそうにしていた。


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