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世界一の極楽男  作者: 吉瀬丸三之丞
5/10

第9話 瓢箪から駒・第10話 アメリカ横断

●9.瓢箪から駒

 国道15号線の端を歩く藤木たち。

「まだラスベガスの南端にも着いてないんだろう。周りも暗くなっているし、カジノの所に戻ろう」

田中は、足を引きずるように歩いていた。

「あそこに見えるのは、RV車の販売店だろう。トラックか何かに乗せてもらえないかな」

藤木は、通りから見える広大な敷地にある販売店を見ていた。


 藤木たちは、まもなく営業時間が終わる販売店のドアを開けて中に入った。奥から店員が出てきて、英語で何か言っていた。

「ロスまでヒッチハイクOK」

藤木は身振り手振りを交えながら言っていた。30才前後の女の店員はあっさりとノーと言っていた。

 藤木たちは、それでも必死に食い下がり、車を貸してくれなど、いろいろと言っていた。しかし英語力がなく説得はできなかった。一旦、藤木たちは、販売店の建物から離れた。 

 「藤木、翻訳アプリがないとダメだな」

「あの店員、受付デスクにスマホを置きっぱなしにしていたから、あれを奪い取って、アプリをダウンロードするか」

「おいおい、そんなことできるか」

「田舎のアメリカ人は単純だからな。俺が店員の注意を引くから、その間にダウンロードしてくれ」

藤木が言うと、二人は再び販売店のドアを開けて中に入った。


 「ハロー、ハロー、今度はお宅のRV車を買いたいのですが、タダでとは言いません。これでも私はジャパンでフェイマスなコメディアン、ユーノー」

藤木は妙な英語混じりな言葉で店員の気を引こうとしていた。店員は面倒臭そうな顔をしていた。

「まずは、パントマイム、」

藤木は壁を作ったり、階段を降りていったり、ズッコケるパントマイムをしていた。店員は思わず笑ってしまっていた。その間、田中はトイレに行くふりをして受付のデスクにあるスマホを手にしてデスクの下にしゃがみ込んだ。田中はすぐにネットで沢尻コミュ研にアクセスし、社員パスワードを使って、2日間使えるお試し翻訳アプリの英語版をダウンロードした。時間がかかっているので、田中は気が気でなかった。

 藤木は必死に愛想を振りまいていた。しかしだんだん店員はパントマイムコメディーに飽きてきた。

「アイアム、ミラクルマン、ユーノー、ハッ ニンジャ」

藤木は手を合掌し、いかにも忍者っぽい仕草をして、深呼吸をして適当なポーズを取っていた。店員は再び関心を持ち始めた。

 しばらくすると受付デスクに顔を出した田中は、スマホをそっとデスクに置いた。田中はわざとらしくハンカチで手を拭きながら藤木たちのそばに戻ってくる。

「ルック、ルック」

藤木は、受付のスマホに店員の目を集中させる。

「あなたは、私の言葉がわかりますか」

藤木の日本語は英語になっていた。

「おぉ神よ、信じられない」

店員は藤木を見る目が真剣になった。

「私は奇跡の男ですが、いささか困ったことがありまして、ロスのプレジデンシャル・ハイアットに帰るカネがないのです」

「こんな奇跡が起こせるのに」

「これは奇跡とは別でして、日本に帰れば、山のようにカネがあり、お宅のRV車も何台も買えるのですが、今は持ち合わせがなくて…」

「そんなにロスに帰りたいのですか。お金は出せないけど、あそこのRV車を明日の開店までにロス支店に運んでくれると助かります」

「そんなことでしたら、お安い御用です」

「盗難用のGPSが付いているので、変な気を起こしても無駄ですから。それに傷もつけないで欲しいの」

「信用がないな。いゃ心配ご無用です」

藤木はきっぱりと言い放っていた。


 藤木たちは、RV車というよりは、キャンピングカーに近い、マイクロバスのような車を運転して、ロスに帰り着く。しかしRV車の販売支店からプレジデンシャル・ハイアット・ホテルまでは徒歩で40分近くかかった。


数日後、日本から新しいスマホが届いた。最新バージョンの自動翻訳アプリがインストールされていた。ちょうど同じ日、沢尻から連絡が入り、ロスにある『CUSAC』社に行き、代理店契約もしくは米国法人の総代理店の契約を結んでくれと指示されていた。


 藤木と田中はロスの地下鉄に乗り、ノースリッジで下車した。地上に上がるとだだ広い駐車場があり、日本の地下鉄の駅出口と大違いであった。スマホの地図を見ながら、『CUSAC』社に向かった。

 「あそこに『CUSAC』の看板が見えないか」

藤木は通り沿いにある3~4階程度の低層集合住宅が建ち並ぶ一角を見ていた。

「Cyber・USA・Corporationって書いてあるやつか」

田中は見ている所がちょっと違っていた。

「なるほど、『CUSAC』が何の略かわかった。とにかくあそこだ」

藤木たちはその建物に急いだ。


 一般の住宅のようなオフィスであった。藤木と田中をガラステーブルを挟んで相対しているのは、ジャケットを羽織り口ひげを生やした40代の男は、リック・スミスと名乗っていた。

「このアプリは素晴らしいものです。ぜひともうちで扱わせてください」

スミスは、テーブルに置かれたスマホに向かって英語で言うが、同時に日本語にもなっていた。

「どこで、うちの会社を知りましたか」

「あぁ、ネットで見かけました」

「ネットですか。今は便利な時代になりましたな」

藤木はテーブルにある『CUSAC』社のリーフレットを手に取っていた。

「うちを経由すれば、北米のみならず、中南米にも、容易く市場を確立することができます」

「そうですか。田中君、例のやつを」

藤木が言うと田中はちょっと不服そうな顔をしてカバンから書類を出した。

「ここにハンコを押してもらって。いゃーアメリカの人はハンコじゃなくてサインでしたっけ」

「ハンコってなんですか」

スミスは興味を持っていた。

「ハンコは、印鑑でして、持ち合わせは…あれぇどこだっけ。田中君、ハンコは」

「藤木、俺はお前の部下なのか」

田中はスマホが拾わないように小声で言った。

「余計なことは気にしない」

藤木と田中がぶつぶつ言っているのを見ているスミス。

「いゃーそれにしても、スミスさんの口ひげは立派ですね。作りものみたいだ」

藤木は話をそらそうとしていた。スミスは一瞬ハッとした顔になるが、ニッコりとした。

「毎日の手入れが大変なんです」

スミスは、そーっと口ひげをさすっていた。

「…ここのオフィスはいつから使っているのですか。非常に良い環境です」

藤木は窓の外を眺めていた。

「10年前からです」

スミスはちょっと考えてから言っていた。

「家賃は高いんでしょう。ここで10年も社を構えているとは、相当儲かってますね」

「そんなところです。それで契約の方は」

「あぁ、ちょっと待ってください。日本本社のCEOと最終確認を取りますので」

藤木は、日本からスマホと一緒に送られて来たタブレットPCを開いた。

「それじゃ、飲み物でも持ってきます」

スミスはその場を離れた。

 藤木はスマホのアプリをオフにした。

「田中、あの男怪しいぞ、あの口ひげは付けひげだよ」

「どうしてわかる」

「奴の態度を見ればわかる」

「別に付けひげだって良いじゃないか。CEOの沢尻が契約しろって言ってるんだぞ。間違いないだろう」

「沢尻のボンボンは甘いから、俺らがしっかりとしていないとな」

「で、どうする」

「後日、また来ることにしよう」

藤木が言っている最中にトレーにコーヒーカップを載せたスミスが戻ってきた。

「スミスさん、なんか日本との回線のつながりが悪くて、連絡が取れないんです」

「そんなことはないでしょう。うちのネット環境は万全ですよ」

「いや、こちらではなくて、日本の側に問題があるようでして…」

「それは困ります。藤木さん、今日中になんとかしてください」

「今日中ですか。大丈夫です。また2~3時間後にお邪魔しますから」

「それは良かった」

スミスはニンマリしていた。


 地下鉄に乗ってユニオン駅まで戻り、構内のスターバックスに入った藤木たち。

「あれはダメだ。詐欺師だろ」

「藤木が詐欺師だからわかるのか」

「人聞き悪いな。でもなんか嫌な気配があるんだよ」

「しかし、アプリの代理店契約でどんな詐欺ができるんだ」

「契約不履行とかの裁判ネタにして、ゆするんじゃないかな」

「アメリカは訴訟大国だからな」

「沢尻には、俺から言っておくが、アメリカで爆発的にアプリを売り込むには、どうしたら良いかな」

「あの妙なラッパー頼みじゃな」

「その後、王さんや洪さんには連絡が付いていないよな」

「あぁ」

「駅の売店で数字選択式の宝くじが売ってたよな。ゲン担ぎに買ってみるか」

「ロスでの交通費としてスマホのペイシステムに入ってたカネだよな」

「ほんの少しだけ投資する。上手くすれば、増やせるかもしれない」

「ポジティブだな」


 藤木たちは、数字選択式の宝くじを10口買って、早々にホテルに戻った。ちょうどこの日はテレビで抽選結果が放映されていた。

「もったい付けて、なかなか当選数字は発表しないな」

藤木はトイレに入った。

「ずーっと番組を見てなくても、聞いていりゃ、わかるさ」

田中はタブレットPCでゲームを始めた。

「さぁ、今回の当選数字は、5、13、28、41、57、60、ラストは17です」

テレビの前にスマホが置かれていた。

「なんか、少しは当たってるんじゃん…」

田中はゲームを中断して購入した宝くじを見ていた。

「5、41、57、60…」

田中の声が途切れた。慌ててトイレから出てくる藤木。

「田中、どうした。喉を詰まらせたか」

「あのさ、これもう一度確認してみてくれ」

田中は、テレビ画面に出ている数字を指さしていた。

「脅かすなよ。ただの4つ当たりだぞ」

「そうか。俺はてっきり、6つ当たりかと」

「それでも、よく当たった」

藤木は高笑いした。田中も連れられて笑い出した。

「いゃー、買ってみるもんだな」

藤木は宝くじを握りしめていた。

「藤木、当選金額はいくらだと思う」

「1億円か」

「いや、日本円に換算すると…5万5千円程度だ」

「待てよ。その額なら、税金は持っていかれないぞ」

「そうなのか」


 この2週間、藤木たちの販路拡大交渉は、ほとんど成果がなかった。

「ついに、このホテルを出ることになったか。2週間なんて早いな」

田中は、タブレットPCをビニール袋に入れていた。

「それじゃ、チェックアウトするか」

藤木は、上着を羽織った。

 ドアをノックする音がした。

「どうぞ」

藤木は日本語で言ったが、チェックアウトのために胸のポケットに入れていたスマホが英語にしていた。

ドアが開き、メガネをかけた30才前後の女性が入ってきた。

「あぁ、ミラクルマン、やっぱりこのホテルにいたのね」

「ミラクルマンってなんだ」

「支店にRV車を届けてくれた助かったわ」

「あぁ、ベガスの店員さんでしょう」

「あなたと喋ると、私の英語が日本語になるようね」

「これがありますから」

藤木は胸のポケットからスマホを取り出して見せる。

「何、それ。それが訳しているの…。でも私のスマホはどうして…」

「あれは、奇跡ですよ。それが証拠に、もう同時通訳しないでしょう」

「そうなの、だいたい翌日ぐらいまで、訳せたみたいだけど」

「奇跡ですよ。それで、今日は何の用です。我々は今日、ここから出て行きますから」

藤木たちが部屋を出て行こうとすると、その女性も付いてきた。


 藤木たちはユニオン駅のスターバックスに入った。店に入ると簡単に自己紹介を済ませていた。

「それでミラーさん、なんでわざわざ、我々を訪ねて来たのですか」

藤木が言うと胸のポケットから英語になって聞こえてきた。

「奇跡かどうかわからないのですが、その翻訳装置みたいなものが欲しいのです」

ミラーは藤木の胸のポケットを見つめていた。

「なんでまた」

田中が脇から言ったが、アプリはしっかりと拾っていた。

「アラブか中国の大金持ちと交渉がしたくて…」

「ミラーさんは、外交官か何か」

藤木は、意外そうだといった表情をしていた。

「いいえ。ある目的がありまして」

「目的ねぇ。お金なら、あのRV販売店でコツコツと貯めれば」

「取りあえず、あそこで働いているのですが、あれは、アラブか中国に行くための費用を貯めるためです。私の目的を達成するには全然足りません」

「なんか莫大なカネが必要なんですか」

「私の祖父はNASAに勤めていて、彼が得た情報によると、ケイ素やヘリウム3、大量のレアアースがあるのです。それも具体的なありかもわかっています」

「まさか。それを」

田中がまた口をはさんだ。

「それを採掘するには、宇宙船や掘削機、現場生成用の機器が必要です。そこでスポンサーとなる企業か、大富豪がいないと」

「ミラーさん、レアアースとかを月から運んでも、コスト的にどうなんです。大赤字じゃ意味がない」

「まだ誰も手を付けていないので、既成事実として所有権が主張できます。斜長石でしたら現場でアルミニウム生成しても良いです。とにかく莫大な金額というか、天文学的な額になるでしょう。行った者勝ちです」

「天文学的、ですか」

「藤木さん、とにかく通訳を通すのではなく、自分で相手を見極めて交渉したいのです。ですからその翻訳機が欲しいのです」

「しかしミラーさん、これは高価なものでして」

「タダでとは言いません。莫大な利益の5%は差し上げても良いです」

ミラーはトンデモナイことを真面目な顔で言っていた。藤木は考え込んでいた。

「ここは一つドーンと私に任せてくれませんか。交渉込みで10%でどうです」

「ツテでもあるのですか」

「あるもある。大ありです。中国で5本の指に入る大富豪の洪さんと親しい間柄なんで。大船に乗ったつもりでいてください」

藤木は自信たっぷりに言っていた。脇で聞いていた田中は、唖然としていた。

「その方は、中国のどこにいるのですか」

「それがですね。現在はここアメリカにいるんです。なぁ田中」

藤木は田中の肩を叩いた。田中はびっくりした顔になっていた。

「アメリカにいることはいる…」

田中は小声で言いかける。

「すぐに連絡を取ってみますから」

藤木は田中の言葉にかぶせるように言っていた。

「どうです。ミラーさん。あなたには、私と同じ匂いがします」

藤木はミラーの魅力的なプロジェクトに乗り気になっていた。

「その交渉の際は私も同席します。それなら10%もいたし方ありません」

ミラーは押し殺した声で言っていた。

「それじゃ、早速、洪さんの所に電話してみましょう」

藤木は、スマホを電話モードにして耳元に当てる。

「あ、藤木ですけど、洪さんいますか。…そうですか。忙しい。なるほど、シスコかシアトル、

ニューヨーク。それじゃ全てにあたってみます。それじゃ」

藤木は、べらべら喋っていた。田中が心配そうな顔をしている。

「というわけで、洪さんは全米を飛び回っているみたいで、つかまるまでに時間がかかりそうです」

藤木はスマホのモードを戻していた。

「それでは、居場所がわかったら連絡してください」

ミラーは残念そうにしていた。ミラーは藤木たちと握手をして立ち去った。


●10.アメリカ横断

 藤木たちは、スターバックスに5時間程入り浸っていた。

「藤木、さっきあんな芝居して、よくバレなかったな」

「あぁ、あれか。あぁでもしないと洪を探し出す時間稼ぎが出来ないからな」

「相変わらずだな」

「ところでお前の方は、洪の手がかりが見つかったか」

藤木が言っていても、タブレットPCの画面を見たままであった。

「おい、藤木、あったぞ。サンフランシスコに洪グループのドローンメーカーの支店があった」

「そうか。電話番号とメルアドはあるか」

「これだ」

田中は画面を見せた。さっそく藤木はそこに電話してみるが、現在使われてないといったメッセージが流れ、メールの方は送れなかった。

「現場に行ってみるか。近所の人に聞き込みすれば、何かわかるかもしれない」

藤木は、ロスからサンフランシスコ間のバス便がどこから出ているかスマホで検索していた。


 ロサンゼルス・サンフランシスコ間の約600キロを夜行バスで移動した藤木たち。サンフランシスコの中心から少し外れた所にある洪グループのドローンメーカーの支店にたどり着いた。

 支店のショーウィンドウには『FOR RENT』ステッカーが貼られていた。隣の店も空きで、その隣にピザ屋があった。

「チェーン店でない地元のピザ屋なら、何か知っているかもしれない」

藤木はアプリをオンにして歩き出した。

「古そうだな」

田中は汚れた看板を見上げていた。


 「隣の隣のドローンメーカーはどこに行ったか知りませんか」

藤木は店内を見回していた。

「あっ、中国のやつか」

ピザ屋の主は、忙しそうにピザを焼いていた。

「そうです」

「あんたら中国人か」

「いえ、日本人ですけど」

「メガネは掛けてないのか」

ピザ屋の主はぶっきら棒であった。ここでようやく、藤木の胸のポケットに注目していた。

「便利なもの、持ってるな」

「それで、どこに行ったか…」

「なんだかわからないけど、ニュージャージーに行くとか言って、それっきりだ」

「そうですか。ニュージャージーのどこかわかりますか」

「そんなもの、わからない。ドローンを買いたかったら、アメリカ製のも良いぞ」

「…何といってもアメリカ製はカラーリングが優れているし、デザインが良いですからね」

藤木は調子を合わせていた。

「そうだよ、わかってるじゃないか」

「バッテリーが長持ちだし、性能だってバッチリじゃないですか」

「だろう。ピザ食べて行くか」

「いいんですか」

「ちょっと焼きムラがあるけど、良かったら食っていきな」

「それじゃ、遠慮なく」

藤木はニヤニヤしながら田中の方を見た。藤木たちは、焼き立てのピザを頬張っていた。


 藤木たちはフランクリン・スクエア近くのマクドナルドにいた。

「そうか。このボタンを押せば、いちいち切り替えなくても電話でアプリが使えたのか」

藤木はスマホの画面を見てから耳に当てていた。

 何回か掛け直した後に、やっとミラーに通じた。藤木は洪がニュージャージーにいることを告げていた。

「藤木、どうだ」

田中は電話中の藤木に呼びかけていた。

「それで、ニュージャージーに行けば、わかると思うんだが」

藤木は田中の顔が見えない方に向いて電話をした。

「州の中では狭い方だけど、それだけじゃ探すの大変よ」

「主要な都市にいるんじゃないかな」

「…わかったわ。それじゃ、明朝8時にパロ・アルト空港で会いましょう。私がセスナで迎えに行くから」

「え、セスナって持っているの」

「父のセスナを借りるのよ」

「さすがにアメリカは違うなぁ、それじゃお待ちしています」

藤木は電話を切った。

「藤木、セスナって言ったよな。シスコからニュージャージーまで約4120キロだぞ」

「時間はかかるが、運賃は取らないだろう」

藤木はケロッとしていた。


 藤木たちは昨晩のうちにパロ・アルト空港に来ていた。その駐機場の中で鍵の掛かっていない小型機を見つけ、一泊していた。

 朝日を浴びて目をこする藤木。田中は既に起きていて、空を見上げていた。

「藤木、起きたか。まだそれらしい飛行機は降りてこないぞ」

「まだ、後1時間はあるからな」

藤木は飛行機の中の時計を見ていた。

「おい、空港の係員がこちらに来るぞ」

田中は、小声で言っていた。

「面倒にならないうちに、ズラかるか」

藤木は飛行機からそっと出てきた。

 藤木たちは駐機している飛行機の影にかくれながら、一旦空港の敷地の外に出た。30分ぐらい空港の周辺を歩いて戻ってくると、空港の待合室の売店がオープンした。藤木たちは、そこでスナック菓子を買って朝食代わり

としていた。

 待合室の時計が午前8時ちょうどをさした。

「藤木、あの飛行機から降りて来る女、ミラーさんじゃないか」

田中の視線の先には、スカーフを被り、サングラスをした女性がこっちに向かってきていた。

「アメリカ人にしては珍しいな。時間ピッタリじゃないか」

藤木は、スカーフの女性に手を振っていた。

「そういう性格なんだろう。俺、ちょっとトイレに行ってくる。飛んだら、そうそう降りられないだろう」

田中は、急いでトイレに向かった


 新しいとは言えないセスナ機だが、整備はちゃんとしている感じであった。操縦席にミラー、副操縦席に藤木、後部座席に田中が座った。セスナは、滑走路の端で一旦停止、離陸許可を待った。

 無線から英語で何か言っているのが聞こえた。

「それじゃ、行くわね」

ミラーの声はスマホがしっかりと翻訳していた。エンジン音が高鳴り、プロペラの回転数が上がるとセスナは前に進み始めた。滑走路を少し進むと機体はふわりと浮き上がった。ミラーが操縦かんを引くと、どんどん高度が上がって行った。ある程度上昇して、水平飛行に入るとエンジン音は若干静かになった。

 「ミラーさん、飛行機の免許はいつ取ったんです」

藤木は正面の空を見ながら言っていた。

「16の時だけど」

「そう。俺も操縦してみたい気持ちはあったんだけど、日本じゃ、免許の取得にカネがかかるから」

「日本じゃ、別に飛行機がなくても、不便なことはないでしょう」

「そうですね。ちなみにせっかくの機会だから、操縦してみたいな。副操縦席の操縦かんも使えるんでしょう」

藤木は操縦かんを握ったりしていた。

「そうね。気流も安定しているし、ちょっとだけやってみる」

ミラーは、操縦席の側にあるスイッチをいじっていた。

「どうぞ」

「え、もうできるんですか」

藤木は慌てて、操縦かんを握り直していた。

「これを手前に引くと」

藤木が操縦かんを引くと急にセスナは上昇し始めた。藤木は、すぐに操縦かんを前に倒す。するとセスナは急降下し始めた。ミラーはニヤニヤし始めた。しかし田中は不安そうな顔をしていた。

「藤木、そーっと動かせ」

田中が言ったので、ちょっと振り向きかける藤木。

「なんだよ。大丈夫だって」

藤木は、操縦かんに手をかけたまま振り向いたので、セスナは大きく旋回し始めた。

「おい、前を見て操縦しろ」

田中が言うと、ミラーは大笑いしていた。

「何か楽しそうなフライトになるわね」

「これは面白い。ミラーさんが疲れたら、俺が操縦しますから安心してください」

藤木は、そういうものの、操縦かんは汗で濡れていた。

「あの先は、気流が乱れているようだから、私がやります」

ミラーは手早くスイッチを操作していた。


 ミラーは操縦を自動モードにしていたが、眠ることなく、ラップや全米トップ20チャートの曲などを聞いていた。ミラーはラップの曲などを口ずさんでいた。

「ミラーさん、このラップどこかで聞いたことがある」

藤木が言うと、ミラーは意外という顔をしていた。

「最近、人気急上昇中のSPOウィリアムスよ。本当に知っているの」

「SPOでしょう。マブダチです。一緒MVなんか撮っちゃってる仲ですから」

「マジ。凄くない。最高クールね」

ミラーの英語は語調に合わせて訳語が選ばれていた。

「新曲のMVにゾンビ役で俺と田中は出演してます」

「そう。超絶クールじゃない。サインとかもらえるの」

「あぁ、彼も忙しいようだから、時間がかかるかもしれないけど、頼んでみますよ」

「それで、どうして知り合ったの」

「俺ももともと日本で注目していたから、会いに行ったら、意気投合しちゃって」

藤木は自慢げに言っていた。

「藤木、たまたまエキストラに参加しただけだろう」

田中が後部座席から言ってきたが、その声をスマホは拾っていなかった。

「田中さんが、何か言っているけど」

「あぁ、会えるとは思ってなかったので、マジ、ビビッてましたってことです」

「そう、藤木さんたちとは話が合いそうね」

ミラーはまたラップを口ずさみ始めた。

 「あのぉ、」

田中が申し訳なさそうに言い出す。

「どうした。タブレットPCのゲームがクリアできなかったか」

「藤木、トイレが行きたくなった」

「この辺は、だだっ広い荒野たけで、トイレなんかないぞ」

藤木は下界を見下ろしていた。

「頼む、ミラーさんに降りるように言ってくれ」

「かなり、切羽詰まっているようだな。わかった」

藤木はミラーに向き直った。

「ミラーさん、田中が、トイレに行きたがっているので、着陸してくれませんか」

「え、携帯用の簡易トイレもないしね。この辺だと空港もないし、わかったわ」

ミラーは自動操縦を解除し、操縦かんを前に倒し、セスナを降下させた。

「ミラーさん、まさか。この直線道路に」

「降りるつもりよ。田舎の一本道だから対向車もないでしょう」

ミラーは、それほど躊躇することもなく、道路にセスナを着陸させた。


 広々とした荒れ地に伸びる真っ直ぐな舗装道路。周りには何もなかった。田中は一人荒れ地に立っていた。

「俺もしておきますよ」

「それじゃ、あたしも。見ないでね」

ミラーが言うので、慌ててうなずく藤木。

 荒野の真ん中の田舎道で、小休止を取った藤木たち。再び離陸し、給油地となるカンザスシティの空港を目指

した。

 カンザスシティの空港では、給油中に食べ物や飲み物を買ったり、体操をしたりしていた。一通り用事を済ませるとセスナは離陸した。

 しばらく進むと周囲がだんだん暗くなり、早めに計器による飛行になった。

「後6時間程でニュージャージーの空港に着くわ」

「夜中の0時ぐらいか」

藤木は操縦し続けているミラーのタフさに驚いていた。


 セスナのフロントガラスの先には、明るい街の光が見え始めた。ニューヨークや隣のニューアークなどの街の光が一面に広がっていた。

「ニュージャージー州ニューアークは、東京都の隣の埼玉県さいたま市みたいな感じかしら」

ミラーがぼそりと言った。

「ミラーさん、埼玉なんて知っているの」

「埼玉アリーナで、SPOが初来日コンサートをやるかもしれないというから、調べたことがあるのよ」

「なるほどね。ニューヨークが東京ということでしょう。言い当てているかもな」

「でもねニューアーク国際空港ではなく、南に40キロ程行ったプリンストン空港に降りるの。駐機場代が安いから」

「飛行機だと40キロぐらいあっと間だけど、車で移動したらちょっと距離あるよな」

「まあ、とにかく降りたら、爆睡するわ」

ミラーは操縦かんを握り直していた。

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