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世界一の極楽男  作者: 吉瀬丸三之丞
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第19話 月・第20話 帰還

●19.月

 「このビショップベーター・クレーターの西斜面一帯の20エーカーがミラー家が所有する月の土地よ」

アメリアは月の権利書を宙に浮かせて見せていた。藤木は月面緯度と月面経度の数字で示されてる箇所を確認していた。

「20エーカーって日本式に言うと、どのくらいの広さ何ですか」

田中は広さのイメージが湧いていないようだった。

「そうね、だいたい24000坪というのかしら。翻訳アプリが訳しているでしょう」

「それで、いくらで購入したんだ」

藤木は権利書の発行者の名称を確認しながら言っていた。

「日本円にすると6万円ぐらいかしらね」

「安いな。俺もどこ買っておくか」

「やたらに買って無意味よ。このビショップベーター・クレーターの西斜面なら、資源が数多く眠っているけど」

「今回の着陸地点はミラー家のお宝が眠る土地ってわけだな。しかしこの権利書、ただのジョークグッズとして紙切れになることはないのか」

「1967年に発効した宇宙条約では国が所有することは禁じているけど、個人については言及していないのよ。だからムーンエンパシー社が不動産売買を始めたのわけ」

「そのムーンエンパシー社が売り主なのか。でも誰から譲られたのだ」

藤木はいろいろと気になってきた。

「ムーエンパシー社が所有権を申し立てて、誰も不服としなかったからじゃないの」

「それってアメリカの行政機関に申し立てたんだろ」

「まあ、そうだけど、一応所有権はあるとされていし、採掘についてはあいまいなままね」

「微妙な所だが、月に実際に行ける者が好き勝手にできそうだな」

「でも藤木、それをすると月を個人所有し開発する悪人として市民団体が文句を言ってくるんだよ」

「しかし、着陸地点はミラー家の土地だから、俺のものではないよな」

「この先、ずーっとミラー家と他人でいられるのか」

「あまり先のことは考えていなかったが…、ところで月面の着陸座標はこれで良いのだな」

藤木は権利書に示されている数字を確認していた。アメリアはさり気なく藤木を見つめていた。

「藤木、さっきも確認していなかったか」

「いや、念のためだ」


 月に向かってロケットエンジンを噴射してから3日目。月往還船の丸窓の向こうには月が大きく横たわっていた。藤木、田中、アメリアは顔を寄せ合って、小さい丸窓から、月を眺めていた。

「やっぱり、ここまで来るとデカいな」

田中が言っていると、藤木は視線を丸窓から離して船内モニター画面に映っている地球を見た。

「地球があれしか見えない。ずいぶんと、遠くまで来たもんだな」

藤木は感慨深げであった。

「そろそろ、周回軌道に入るわね。7年前にはここまで来られるとは、思ってもみなかったわ」


 藤木は、月着陸船の最終点検をしていた。船内モニターに映し出されている点検画面上の船外活動ハッチの所に「不具合あり」の文字が反転していた。

「藤木、何か問題があった」

「ハッチに不具合があるってさ」

「あのハッチが開かないことには、月で何もできないじゃないか」

「俺が見て来るよ」


 藤木は着陸船に入り、船外活動用のハッチの所に来る。空気漏れなどは一切なく、全く問題ないように見えた。しかし閉鎖時の青いLEDも開放時の赤いLEDも消えていた。藤木はタブレットPCに呼び出したマニュアルを見ながら、いろいろとチェックしていた。藤木がなかなか、着陸船から戻らないので、田中とアメリアもハッチの所に漂ってきた。

「どうしたの。開きそうもないの」

「LEDが全く点灯していないんだ」

「藤木、地球の管制センターに対処方法を聞くしかないだろう」

「それしかないかな…、しかし機械ものは叩くと直ることがあるからな」

「おい藤木、精密機械だ、よせ」

田中が言っているにもかかわらず、藤木はハッチのレバーの辺りを叩いていた。

 閉鎖を示す青いLEDが点灯した。

「アメリア、点検画面はどうなっている」

藤木が言うと、アメリアはタブレットPCに点検画面を呼び出していた。

「あ、OK、不具合なしで、正常よ」

「田中、精密機械も叩けば何とかなるもんだろ」

「今回はラッキーだったけど、気を付けろよ」

「たぶんレバーの立て付けが悪いんだろう」


 月往還船から月着陸船がゆっくりと切り離されていく。月着陸船は姿勢を制御用の小型ロケットを噴射させて、月面に向かっていった。月往還船は、そのまま周回軌道を維持して離れて行った。

 「アメリア、いよいよだぞ」

藤木は船外カメラの映像を船内の小型モニターで見ていた。

「今、月面座標を確認したけど、間違いなくミラー家の土地に向かっているわ」

「ビショップベーター・クレーターの辺りって、どこでも着陸できるのかな」

「シュミレーションで、何回もやってるでしょう。問題ないと思うけど」

「着陸脚がズブズブと沈んで行くことはないよな」

「賭けてみる。あたしは、ない方に100ドル」

「俺は…、ある方にって、賭けるわけないだろう。そんなことあったら困るじゃないか」

藤木は、丸い小窓に顔を寄せて、外を眺めていた。


 月着陸船は着陸態勢に入った。着陸地点は3つの候補地点があり、いずれもビショップベーター・クレーターの西半分にあった。

 最初の候補地点は、思ったよりも凸凹があり、途中まで降りかけて断念し、二番目の地点も少し少ない程度でも凸凹が見られた。

「アメリア、どうする。キャンセルして三番目にするか」

「できれば、燃料は余裕を持って残しておきたいわね」

「それじゃ、手動にして、着陸してみるか」

「できそう」

「一応、シミュレーションはしているから、大丈夫だ」

藤木は、そう言いつつも、いつもほど勢いはなかった。アメリアは藤木の様子を見ていた。

「やっぱり、三番目の地点に自動で着陸しましょう」

「アメリア、実はそう言ってくれて助かった」

藤木は苦笑いしていた。

「今までヒトシの様子をずーっと見て来たから、心の動きぐらい察することができるのよ」

アメリアの翻訳音声には、翻訳しきれない何かも含んでいた。

「そうかい。そうかい、それは愉快だ」

藤木はアメリアに軽くキスしていた。アメリアは、ちょっと驚いていたが拒みはしなかった。


 月着陸船は、非常にゆっくりと慎重に月面に降りていく。船内の小窓から外を見ると、もう着陸しているような景色だった。

「3メートル、2メートル、1メートル、タッチダウン」

藤木とアメリアは声を揃えていた。

「やっぱり月面ね、6分の1とは言え重力があるわ」

「確かに、重さを感じるよ。これが月面か」

藤木が言っていると、アメリアをマイクをオンにしていた。 

「田中さん、着陸成功よ」

「無線はずーっとオンにしていたから、感動を共有しているよ」

「田中、この着陸シーンは、地球にも中継されているのか」

「いや。船外カメラの映像は記録されているが、中継はされていない」

「その方が良いかもな」


 藤木は、月着陸船のタラップを降りて、第一歩踏み出した。続いてアメリアが降りてきた。二人は、月着陸船の収納庫から、ソーラーパネル、装輪付掘削機、月面掘削作業用ロボット、ルナ・ロジスティックス社の旗などを次々に引っ張り出した。重力が軽いので、地球ではとても持てそうもないものも難なく下すことができた。装輪付掘削機は、直径80センチの掘削ドリル部と全長2.1メートルの自走式掘削機本体と分かれて収納されていたので、下してから組立てていた。藤木たちは、一連の作業をもくもと進めていた。


 「アメリア、旗はどこに立てようか」

藤木はルナ・ロジスティックス社の旗を手にしていた。旗には2つの「L」の字が段違いに配され、それらの字を貫くように矢が描かれているものだった。宇宙服には翻訳アプリがインストールされていた。

「目立つところが良いわね」

アメリアはソーラーパネルの支柱を組み立てる手を止めて、周囲を見回していた。

「あの小石が散らばっている辺りはどうだ」

「いいわね」

アメリアはソーラーパネルの支柱の所から、ピョンピョンと跳ねながら藤木のいる所に近づいてきた。


 ルナ・ロジスティックス社の旗は、月着陸船から少し離れた所に設置された。

「どうだ、はためいている感じになったろ」

「もう少し、右の方を引っ張らないと、それらしくないけど…、あぁそれでいいわ」

「アメリア、旗の前で記念撮影でもするか」

藤木が言うと、アメリアは、すぐに旗のそばに立った。藤木は、長い自撮り棒で位置合わせをしていた。

「こんなものかな」

藤木のヘルメットのフェイスプレートには、カメラの映像がリンクしていた。藤木がシャッターを何回か押していた。

 「これで、ここはあたしたちのものという、事になったわね」

「ミラー家の土地と言うよりは、ルナ・ロジスティックス社の土地って感じだけど」

「権利書はあるし、ミラー家の旗や家紋があるわけではないから、これでいいのよ」

「それじゃ、もうひと頑張りして、ロボットや掘削機が稼働できるにするか」

「今日の活動時間は6時間だから、後、2時間ね」


 藤木たちは、この日の作業を終えて着陸船に戻っていた。アメリアはチューブ状の食料を口にくわえながら、着陸船のセンサー顔面を睨んでいた。

「アメリア、無理すんなよ。食事はしっかりととった方が良いぞ」

藤木もチューブ状の食料を口にしていた。

「着陸している間は、一秒でも時間は無駄にできないわ。このクレーターの西斜面はおじいちゃんの言った通りだわ。お宝が眠っているわ」

「俺には、銀色の荒野って感じだけど」

「見てよ。斜長石はアルミニウムになるし、ヘリウム3、ケイ素、KREEPもここにあるわ」

「KREEPって何」

「KREEPと呼ばれている岩石は、Kはカリウム、REEはレアアース希土類元素、Pはリンのことよ」

アメリアは興奮冷めやらない感じであった。

「今日、ちょっと調べただけで、そんなに、いろいろなことがわかったのか」

「おじいちゃんの言ったことを確認している面はあるけど…。とにかく地球に戻ったらこのクレーターの東半分と、隣の丘の土地も買った方が良さそうよ」

「それそれとして、俺は明日、何をすれば良いのだ」

「ヒトシとロボットは、この右の地域にあるA1とC2の地点を掘削してもらいたいの」

「それで、残りの3地点は、アメリアがやるのか」

「できたら5地点を掘削したいんだけど」

「無理はするなよ。とにかく時間が来たら終了だからな」


 翌日、A1地点にロボット共に立つ藤木。眠たい目をこすりたいのだが、宇宙服のヘルメットを越しでは、目をぱちくりするしかなかった。アメリアは、かなり離れて地点で装輪付掘削機を操作していた。

 藤木はロボットの右腕をアタッチメントの掘削ドリルに付け替えていた。 

「これでよしと。作業ロボット、頼むぞ。そう言えばお前の名前は…、AIRO23-7って書いてあるから、アイロで良いだろう。アイロ、頼むぜ」

「ワタシの名前はアイロですね。設定がよろしければ『はい』と言ってください」

「はい」

「設定完了です」


 アイロはA1地点の5箇所に試掘孔を開けてくれた。藤木はそこにセンサーを下して、資源の分布状態を調べていた。藤木は宇宙服の無線をオンにした。

「アメリア、どの試掘孔を見ても、A1地点は14~15メートルは掘らないと何も出てこないな」

「そう、装輪付掘削機を使わないと無理ね。それじゃC2点を頼むわ」

アメリアは忙しそうにすぐに無線をオフにしていた。


 藤木はアイロを使ってC2地点で何カ所か試掘孔を開けたが、いずれも10メートル以上は下に資源が眠っていた。本格的な掘削基地を作らないと無理そうな状況であった。

 宇宙服の無線に雑音が入ったので、ヘルメットを軽く叩いていた藤木。

「ヒトシ、あぁ大変なことに…。掘削機が埋もれてしまったわ」

アメリアがいきなり無線で言ってきた。

「今すぐにそっちへ行く、慌てるな」

藤木はぴょんびょん跳ねながら、アイロと共にアメリアのもとに向かった。


 アメリアは呆然と立ち尽くし、陥没しているクレーターの斜面を見ていた。

「あそこに掘削機が埋もれているのか」

藤木のフェイプレートには、陥没した斜面が反射して映っていた。

「もうちょっとで、レアアースにたどり着くところだったのよ」

「んー、とにかくアメリアが無事で良かった。アイロに別の角度から穴を掘らせて、そこから掘削機を取り出そう」

「えっ、ロボットに名前をつけたの」

「その方が、相棒感があるから。アイロ、掘ってくれ」

藤木はアイロの肩を軽く叩いて命令していた。


 1時間程で、装輪付掘削機を無事に取り出すことができた。

「かなりの時間をロスしたわね」

「アメリア、どこか一カ所に絞って掘削しよう。あっちこっち掘っても何も得られないかもしれない」

「ここの地下にあることはわかっているのに」

「いくら焦って掘っても、危険過ぎる」

「じゃ、どうするの」

「待てよ、一ヶ所に絞っても深かったり、また落盤するかもしれない…。どうしたものか」

「考えている間になんとかしましょう」

「閃いたぞ。もう時間に限りがあるし、今回の掘削機械などでは手に余るから、次回の無人ロボット用の基地を作ろう」

「それじゃ、今回は手ぶらで帰るつもり」

「いやいや、少量でも価値のある鉱石か何かを持ち帰れば、良いだろう」

「ここにあるもの全て稀少価値のあるものよ」

「その中でも、特に価値のあるものだよ」

「わかったわ。でも、何を掘るの」

「んー、そうだな。分析不能の石を持ち帰ろう。分析不能と言うことは、新しい鉱物だ。詳しく分析したら価値が出るんじゃないか」

「ヒトシの言うことには一理はあるけど、分析不能の石なんてあるかしら」

「俺が上手く行くようにするから、ドーンと任せておけ」

「しかしそう、上手く行くかしら」

「アメリア、分析不能の石は俺が探すから、アイロと一緒に無人ロボット用の基地を作ってくれ」

「基地ねぇ、どんなものを作るの」

「まあ、基地と言っても、各試掘孔に向かう道を作ったり、充電場所や穴を掘ってシェルターを作るぐらいだろう」

「わかったわ。しかし…」

「なんとかするから、心配すんな。レアアースは諦めたわけじゃない。次回に持ち越しなだけだ」


 藤木は、車輪付きの掘削トレーを引きずりながら、ビショップベーター・クレーター内を歩き回っていた。妙に光っている石や形が変なもの、年代的に古い石もトレーに載せていた。何カ所かスコップで掘って、分析できない石を探したりもしていた。鉱物分析器の性能によって、分析できないものもあるようだった。

 重力が6分の1なので、足が棒になるようなことはないが、かなり歩き回った。最後に、岩石の塊みたいなものが月面から突き出ていた所に来た。藤木はなぜか気になり、分析器を向けた。表示には『ペイン石35%類似・65%不明』とあった。さらに、その根元付近を掘り下げていく程、組成不明率が高くなっていった。 藤木は1メートルほど掘り下げた所にあった岩石の欠片を手に取り、分析器を向けた。表示には『ペイン石5%類似・95%不明』とあった。藤木はその欠片を10個トレーに載せていた。

 藤木は、車輪付きの掘削トレーに鉱石を山積みにして、アメリアの元に戻った。

「基地の整備は完璧なようじゃないか」

「ほとんどはアイロと掘削機械がやってくれたものだけど。そっちの方は随分とガラクタを集めたものね」

「ガラクタは酷いや、ここにある100キロ分は、ドデカい価値のあるものばかりだぞ」

「ヒトシの極楽ぶりは世界一かもね」


 藤木は月着陸船のハッチを閉めて船内に入ってきた。

「鉱石は収納庫に全部入れたし、いつでも飛び立てる」

「掘削機は、シェルターに入っているわよね」

「もちろん」

「アイロは置いて行かなくてもいいの」

「アイロには、帰りもひと働きしてもらわないといけないから連れて帰る」

「そう。でも月面作業したした手で、製薬は大丈夫なの」

「アタッチメントを取り換えるし、俺が丁寧に拭いてやるから大丈夫だ」

「それと、あのシェルターは穴を掘って簡易に固めただけだから、どのくらい持つかしら」

「月は台風とか来ないから、数十年以上は大丈夫だろう」

「わかったわ。…それでもここを去るのは、なんか心残りがあるわね」

アメリアは船内モニターに映る、月面に設置したカメラから送られてくる映像を眺めていた。

「必要とあれば、今後何回だって来られる。気にするな」


 月着陸船は下段部を残して、着陸船本体はロケットエンジンを噴射して上昇していった。着陸船が上昇していく姿は月面設置カメラが自動追従撮影していた。

 

 月軌道上の月往還船に戻った藤木たち。

「田中、一人で寂しくなかったか」

「寂しいというよりも藤木たちのことを心配して、安全祈願をしたりして落ち着いていられなかったぞ」

「本当か」

「田中さん、おかげさまで無事に戻れました」

アメリアは真面目な顔をして言っていた。

「アメリア、あっさりと信じちゃダメだ。それでライブラリーは活用したのか」

「した。俺は藤木たちが下に行っている間、月を40周もしたんだぜ。見たかった映画やドラマはほとんど見たよ」

「ということは、何の異常もなかったということだな」

「藤木、そっちは落盤とかあって大変だったようだな。それで最終的に月から何を持ち帰って来たんだ」

「俺がセレクトした月の石だよ」

「そのセレクト商品とは、カリウムとかヘリウム3のことか」

田中は不思議そうな顔をしていた。

「レアアースじゃなくて、ヒトシがセレクトした鉱物なのよ」

「何っ、藤木が選んだ鉱物なのか」

「そう驚くなよ。分析不能な鉱物ばかりだ。地球で詳しく分析すれば、新種とわかりドエラいお宝になる」

「おいおい、3兆円もかけてここまで来て、そんなことして大丈夫か。それにアメリアさんも納得したの」

「正直言って、心残りだけど、レアアースなどを掘り起こすには、時間が足りなかったのよ。ちょっと甘かった面があったわ。あたしも極楽女かもしれないけど」

「お二人さんは、極楽コンビということで良いかもしれないが、洪さんやヴィジャイさんは何と言うかな」

「田中も入れて極楽トリオになるがな」

「俺は、違うと…言っても無理か」

「田中、俺には考えがある。むしろこの方が、儲けはデカくなるはずだ」


●20.帰還

 月往還船は月の周回軌道を脱して、地球に向かっていた。

「しかし、月往還船だと、チューブの味気ないものと違って、調理した食べ物が食えるから良いな」

藤木はカレーライスを食べていた。田中は藤木の言葉が上の空になっていた。

「田中さん、どうしたの。あっ」

アメリアは声をかけながら、田中が見ている丸窓の外を見ていた。

「二人とも、どうしたんだ」

藤木はスプーンを宙に浮かして、丸窓の見える所まで漂って行った。

 窓の外には、発行体が並走するよう動いていた。

「あれは、なんだ。宇宙船にしては小さ過ぎるし」

藤木も口を開けながら見ていた。

「人工衛星は、地球からこんなに離れている所まで来ていないわよね」

「ついに俺はUFOってやつを見たのか」

田中は若干嬉しそうにしていた。

「しかし気になるな。万が一、攻撃でもして来たら、こっちには応戦する武器なんか何もないぞ」

「あら、猛スピードで右の方へ行って…今度は船尾の方に回ったみたい」

アメリアが言った通り、発光体は、物凄いスピードで移動していた。

「なんだろうな。挨拶でもしてみるか」

藤木はレーザーポインターを取りに行こうとしていた。

「藤木、よせ。攻撃と勘違いされたらどうする」

「ヒトシ、止めた方がいいわ」

「わかったよ」

藤木は行きかけたが手すり捕まって止まっていた。

「あ、どんどん離れて行くわ。消えた」

「どこにもいないぞ、藤木の動きを察知したのかな」

「それはないだろうが、自然のものなのか、何らかの乗り物なのかわからんな」

「でも、宇宙飛行士の話に不思議な発光体のことは、良く出ているからな」

田中は、船外カメラの映像に残っていないかチェックしていた。

「どうだ。記録されていたか」

「ほとんどがカメラの死角にあるけど、ここだけちらりと見えるぞ」

「地球に帰ったら、俺が選んだ鉱物同様に、これも分析してもらおう。しかし宇宙にはまだまだ人間が知らないことが沢山ありそうだな」

藤木は、宙に漂っているスプーンを再び手にしていた。


丸窓から外を見ているアメリア。

「地球が幾分大きく見えるようになってきたわね」

アメリアは嬉し気にしていた。

「そろそろ、北芝薬科大の池田たちと連絡を取るか」

藤木は、ネット回線をつなぎに操作盤の所まで漂って行った。田中は、イヤホンをしてエアロバイクで汗を流していた。


 藤木はアイロの電源をオンにした。

「諸君、元気にしてたか」

藤木はアイロの真ん前に浮いていた。

「おぉ藤木さん、よくぞご無事で。やりましたね、月面に降りた最初の日本人じゃないですか。おめでとうこざいます」

アイロの口のスピーカーから拍手の音が聞こえていた。

「喜ぶのは、俺が地球に戻ってからでも遅くないぞ」

藤木が言うと、アイロは手を差し伸べてきた。

「取りあえず、握手させてください」

池田の声がしていた。

「ロボットを介して握手か、なんか変だな」

藤木はアイロと握手していた。

「やったぁ!それと、マスコミも阻止する会の連中も、藤木さんが未だに訓練センターにいると思ってますよ」

「そうか。俺が空から舞い降りたら、驚くだろうな」

「ぶっ倒れるんじゃ、ないっすか」

「それはそうと、また製薬開発の件、頼むよ」

「わかりました」


 アイロは製薬用パレットに手を突っ込み調剤などをしていた。その傍らで、藤木は地表帰還船と帰還コンテナーのチェック・シーケンスを実行していた。操作盤のモニターには、は地表帰還船と帰還コンテナの3D模式図が表示され、事細かにチェック結果が表示されていた。

「地表帰還船はオールクリアだな。これで無事に地球に戻れるぞ」

藤木は喜んでいるものの、チェック結果の表示に時間がかかっている帰還コンテナーの方を横目で見ていた。異常を知らせる箇所が反転していた。藤木が黙ってモニターを見ているので、田中とアメリアは気になっていた。

「藤木、どうした」

「まずいな、帰還コンテナーの耐熱タイルに一部剥がれた箇所がある」

「剥がれがあるとしたら、コンテナーは燃え尽きてしまうじゃないの」

「1トンまで運べるコンテナーが使えないとしたら、100キロの鉱物はどうやって運ぶんだ」

田中も反転箇所を見つめていた。

「タイルを補修するか、地表帰還船に手荷物として持ち込むかだな」

「手荷物っていったって、どらくらいよ」

「アイロのメンテナンス部品を載せないとしても、せいぜい40キロってところだな」

「それじゃ、藤木のお宝の残りは月往還船に残したままか」

「後で何回かに分けて運ぶしかないだろう」

「まぁ、全部価値があるとは限らないから、仕方ないかもな」

「タイルを補修する時間はあるかな」

藤木は補修に要する時間を概算していた。

「できないこともないな」

「また藤木が船外活動して、俺が助けに行くようなことにならないか」

「今回は、太陽フレアはないから、慌てる必要はなさそうだが」

「ねぇねぇ、こっちの反転しているのは何」

アメリアが、帰還コンテナの3D模式図を指さしていた。

「えっ、あぁ、コンテナーの開閉部にも不具合があるのか」

「藤木、こりゃ岩田統括マネージャーに文句を言わないとダメだな」

「しかし、打ち上げ時には問題がなかったから、月を往復している間の熱膨張は収縮が原因じゃないか」

「そうか。それでもそれを想定して作ってもらわないとな」

「一応、統括マネージャーには言っておこう。でも、これで完全にコンテナーは使えなくなったな」

「手荷物で持っていくものを仕分けした方が良くないかしら」

「それは俺がやるよ」

藤木は、月着陸船の方へ漂って行った。

 藤木は、鉱物の塊を数キロずつ、小まめに往復して、月着陸船から地表帰還船に運び入れた。無重力なので、重さはほとんど感じなかったが、ハッチを潜り抜ける際には、袋が引っかからないように注意していた。 


 月往還船は地球の周回軌道に乗った。宇宙に浮かぶ青い地球は、夜の部分に入ると都市の明かりが点々と広がっていた。

 藤木は地表帰還船のハッチを閉め、最後に乗り込んできた。藤木はアメリアと田中の間の真ん中の席に座り、シートベルトを装着した。

「みんな、やけに静かだな。緊張しているのか」

「藤木、何のチェック漏れはないよな」

「鉱物の袋はしっかりと固定したわよね」

「オールクリアときたもんだ。地表のオペレーターさん、これより大気圏再突入いたします」

「了解」

再突入の際のオペレーターは打ち上げの時と同じ声の人物であった。

「行くぞ」

藤木が手元のボタンを押すと、地表帰還船は月往還船から切り離された。自動で再突入角度に調整され、降下して行った。


 だんだん、帰還船内にも振動が伝わり、丸窓の外には炎が見えていた。

「このまま黒焦げにはならなよな」

「田中、窓を見ない方が良いぞ」

「船内温度は大丈夫かしら」

「心配すんな」

藤木はさり気なく、アメリアの手を握った。アメリアの表情は少し和らいだようだった。


 「この落ちていく感覚は、金玉が上がって行く感じだな」

「藤木、レディの前だぞ」

「そろそろ、パラシュートが開く頃よ」

アメリアが言った数秒後、パラシュートが開き、落下速度が急激にゆるくなった。

「俺の出番だな」

藤木は、船外のブレークコードと連動している手元のレバーを操作し始めた。

「藤木、パラグライダーはやったことあるのか」

「ない。訓練センターでシミュレーションをやっただけだ」

「ヒトシ、もうちょっと右のブレークコードを引っ張らないと、コースから外れるわ」

「コースって。モニターは手元にあったか。上下感覚がおかしくなっているからモニターの位置がわからなかったよ」

「藤木、左に傾き過ぎてないか」

「ゴメンコメン。あっやり過ぎたか」

藤木はレバー上手く操作しているつもりだが、地表帰還船はふらふらと揺れながら降下して行った。


 「八丈島が見えて来たわ」

「あっ、あれだな。任せてくれ。おっと」

藤木はレバーを傾けていた。

「藤木、通り過ぎたぞ。かなり沖合に向かっている」

「宇宙港の着陸ポートに降りることは、難しいな」

藤木が言った直後に帰還船は着水した。


 八丈島の周辺海域で待機していた回収船が白波を立てて、帰還船に向かっていく。太平洋の日差しを受けている帰還船は、周囲にオレンジ色の浮袋を膨らませて漂っていた。

 ハッチが開けられ、藤木がまず顔を出した。周囲のボートからスタッフが帰還船に乗り込む。藤木たちはスタッフに抱えられてボートに乗り換えていた。この周辺海域には八丈島の漁船も何隻か姿を見せていた。

 

 藤木たちは宇宙港内にある地表適応施設にいた。3人は横並びに歩行マシンの上をゆっくりと歩いていた。

「たった9日かそこらで、こんなに筋力が衰えてしまうものかな」

藤木は壁際のマガジンラックに目が行っていた。

「これでも、船内で筋トレしてたから、まだマシなんじゃないか」

田中は額の汗を拭っていた。

「当たり前と思ってた重力だけど大切なのね」

「ありがたいものだな。話は変わるがあれ見ろよ」

藤木が見ている新聞の見出しには『私物化男の帰還 ~やっぱり月に行っていた~』とあった。藤木が帰還船のハッチを開けて出てくる写真も掲載されていた。

「昨日の朝刊ね」

「これって、周りにいた漁船から撮っているんだろう」

「なんか、藤木の写りが悪いな。撮られるとわかっていたら、メイクでもしておけば良かったんじゃないか」

「メイク…そんなものして、茶番のセリフでも言えば良かったか。やるわけないだろう」

「でも、結局ヒトシは訓練センターに居たままと思われ、月行きを阻止できなかったわけだから、してやったりでしょう」

「まあな」

藤木が言っていると、スマホの着メロが鳴った。スマホを耳に当てる藤木。

「藤木先輩、元気そうな声ですね。もう地球に慣れましたか」

沢尻は、明るい声であった。

「あぁ、なんとかなっているってところかな」

「月探査報告ミーティングの件ですが、1週間後にルナの渋谷支社で行うことに決まりました」

「洪さんもヴィジャイさんも来るのか」

「はい。今回はお二方とも来日します。それにフランク坂田氏も来ます」

「それは楽しみだな。俺も一週間後ならピンピンしているはずだ」

「それとネット動画サイトがインタビューを申し出ていますが、どうしますか」

「私物化男の真相を突くとかいうのか」

「いえいえ、新聞やテレビと違って、ネットの方は先輩を好意的に見ていますから、冒険談を聞きたいと言ってました」

「取りあえず、忙しいからと断っておいてくれ」

「わかりました」


 一週間後、ルナ・ロジスティックス社の渋谷支社の大会議室には、洪、ヴィジャイ、フランク坂井、沢尻、岩田統括マネージャー、田中、アメリアが楕円テープルを囲んでいた。皆それぞれ翻訳アプリをオンにしていた。演台に立つ藤木。

 「今回行ってみて、わかったのですが本格的な基地を作らないと安定した掘削はできないと思います。いずれにしましても、一つ一つ段階を踏んだ形で進める必要があります」

藤木は、ビショップベーター・クレーターの画像を背にして喋っていた。

「それで、ヘリウム3、ケイ素、カリウム、レアアース希土類元素、リンの類は一切持ち帰っていないのかね」

洪はいささか不満げであった。

「今回の掘削機械では、正直言って取り出すための時間もなく、かなりの危険も伴いました」

藤木が言うと、アメリアはうなずいていた。

「それは、当初の想定が甘かったと言えますな」

洪はビジネスの顔になっていた。

「その持ち帰ってきた40キロの鉱石はどれくらいの付加価値が付けられそうですか」

ヴィジャイは、頭でそろばんを弾いているような感じにも見えた。

「まだわかりませんが、宝石的価値や学術的価値などを多方面から探っています」

「そちらは、私の方で専門家に依頼しています」

沢尻が補足していた。

「それらの価値に期待するしかありませんな」

ヴィジャイは、大型モニターに映っている帰還船から下された鉱石の山を見ていた。

「ここまではミラー家の土地の埋蔵資源についてです。次にルナ・ロジスティックス社と名乗る本来の意味となります、月と地球間の運搬について述べたいと思います。むしろこちらの方が巨額のカネが稼げる可能性があります」

「運搬事業ですか。そちらの方が期待が持てそうですな」

洪は、元々こちらの方を見越していたようだった。

「昔の電鉄経営にならって、ルナ社の月往還船を利用してもらって、運賃を稼ぎ出すのです」

「需要の見込みはあるのですか」

ヴィジャイがすかさず言う。

「ですから、小林一三氏のごとく宝塚劇場のようなものを作り、需要を作りそこに人を行かせるのです」

「今の所、国際月面基地の機材運搬や、国際宇宙ステーションなどへの人員輸送ぐらいでしょう」

フランク坂井にやっと口を開く機会が訪れていた。

「いや、それではインパクトがないので、マイニング・ラッシュみたいなことを演出して、月往還船を利用してもらいたいのです」

「ゴールドラッシュのようなものですか」

沢尻は、合いの手のように言っていた。

「その宝塚劇場のようなものとは」

洪は藤木の顔を食い入るように見ていた。

「ミラー家の土地を一獲千金の採掘場としたり、宿泊施設を作ったりするのです」

「一獲千金ですか」

ヴィジャイが反応していた。

「それには、私が持ち帰った月の石に何らかの価値を付けて、カネになるとうたう必要があります」

「となると、付加価値を付けることがキーポイントになりますな」

洪は、言葉に重みがあった。岩田統括マネージャー、田中、アメリアはうなずくか、藤木の顔を見るぐらいしかなかった。

「今後、藤木さんはどうしたいのです」

ヴィジャイは目をぎょろつかせていた。

「7年で3兆円といった巨額を投資していますが、これを5倍10倍にもして見せます。私にドーンと任せてください」

藤木は、胸を張って言い放っていた。

「今までの実績を買えば、期待もしたいところだが、この先は厳しい局面になりそうだぞ」

洪はなかなか頬を緩めなかった。

「あのー藤木さん、製薬の方も忘れないでください。取りあえず今回の無重力空間利用で目ぼしいものが作れたことは事実です」

フランク坂井は、言いたかったことがやっと言えた感じであった。

「そうなんですか」

沢尻が思わず声を上げていた。藤木はニンマリとしていた。

 報告ミーティングの後は、和やかな懇親会になった。藤木たちの宇宙船内での出来事や月の話題で盛り上がっていた。洪とヴィジャイは、面と向かって会ったの今回が初めてであったが、意外にも経営姿勢などで打ち解けて話していた。


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