破壊者「・・・(焦)」
「なっ……!?」
俺は現れた姿を見て驚愕した。
それは何年も見慣れた姿だった。それは毎日のように見ていた姿だった。それはつい数か月前までは離れることもなく傍にあったもの。死ぬまで傍にあり続けたものだった。
「……お、俺!?」
それは俺の姿だった。
「――!?」
「あら? どうかした?」
長年の付き合いでも滅多に見せたことのない焦りの表情を浮かべている彼女に疑問を覚えた。すると、彼女は共鳴したと告げた。あるはずのない心が動かされたと。
「あのねえ、私達はたしかに特殊だけれど……」
いや、特殊なのは一人だけか。
「むしろ、あなたの場合はちゃんと生きているという証じゃない? だったら――」
きっとあの人も喜ぶ。その言葉はさすがに口には出せなかった。
そんなことは誰にもわからない。そして、それは他人が踏み込んではいけない領域だ。いくら人生数回分の付き合いがあろうとも言っていいことと悪いことがある。
「――で? どうするの?」
だから、してやれることがあるとすれば背中を押すことだけ。
「……たしかめる」
少し悩んだようだが、やはり気になるらしい。幸いにも場所はそう離れていない。
この出会いが、幸いに繋がればいいのだけれど……。
「……まさかだわ。道理で見当たらないと思った」
「神でも見つけられなかったっていうのは誰かが持って帰っていた……」
「それでも身体が動くのはおかしいでしょ? つまり、あなたが偽物か……それとも」
「俺の方が偽物ということか」
ありえん!
自分が自分でないなんて!
だが、それを証明できるのか。
傍から見れば怪しいのはこちらだ。実体もなく、声も届かず、姿を見える者も極僅か。
自分が自分であることを証明しようと思えば出来ないこともない。聖女の力を借りて神が本物だと証明したことを告げてもらえばいいのだ。
そう考えると本物であるという安心感は出て来た。
「よし、とりあえず会いに……」
「それは駄目よ」
「なんでだよ!?」
「だって、絶対面倒事になるじゃない?」
「うっ……!」
それはもっともだ。絶対に、間違いなく厄介な騒動が起こる。だが、あえて言わせてもらおう手遅れだと!!そもそもすでに騒動になっているのだから、今更なんだ!
俺の存在が不確定なのだとすれば確定させればいいだけだ!
「止められても俺は行く!」
「……って言ってもあなただけでどうするつもり?」
「…………そうだった」
そうだよ。あの二人とはもう会っているじゃないか!
その時にこちらに注意を払う素振りはなかった。俺の身体を使っていても俺を認識することは出来ない。だとしたら、単身で突っ込んで行っても意味がない。
「……あのぅ」
「嫌よ」
「ぐっ!?」
頼む前に断られた! 元々断られていたんだからしょうがないけど、せめて話くらいは最後まで聞いてくれても……。
「面倒事に巻き込まれるのはごめんだわ。私が巻き込むならまだしもなんで私がそんな煩わしいことをしなければいけないの?」
こいつ……!
言っていることが完全に独裁者のそれだ。だが、わからんでもない。面倒事に自分から巻き込まれに行くなんてどんなお人よし……物好きだということになる。
だとしたら、どうすれば……?
「――な~んてね」
「へっ?」
「いいわよ。ついて行ってあげる」
「ど、どういう風の吹き回しだ?」
どんな裏があるというんだ? これ以上何を要求するつもりだと疑ってしまう。
「だって、どうせ手遅れでしょ?」
その言葉の意味はすぐにわかった。
よく考えればあの二人との関係はすでに引火寸前だった。
「さて、どうだったかしら?」
戻ってきた教主が自慢することもなく結果に対する感想を求め、聖女はそれに対して平然を装って返す。
「――私には劣りますね」
「おいっ!? いきなり何をケンカ売ってんだ!?」
そんな忠告もどこ吹く風。二人には聞こえていないのをいいことに煽りは止まらない。
「師匠が行うのかと直前まで期待しておりましたのに、本当に他人任せだなんて正直がっかりですわ」
「あらあら、それはごめんなさいね」
「どう? 師匠の所を離れて私の所に来ない? 報酬は師匠の所よりは保証できると思うのだけれど?」
「…………」
「ごめんなさいね。無口なのよ」
他人の空似かどうか確かめられると思ったが、会合の時からずっと声を発しない。
そして、あれだけ正体を隠していたのはなんだったのかと思うほど一度解けた包帯を結び直す気配を感じないんだが……。何もかも面倒臭がっているようなそんな気怠さが漂ってくる。
「まあいいわ。ところでどういう原理なのか教えていただけますか?」
「あら? それはあなたも自身の魔法について教えるということかしら?」
「さあ、どうでしょう?」
にっこり笑って返すが、その笑みはしないって言ってるようなものだ。それで相手から情報が引き出せるのか?
そんな聖女の反応は予想通りだったのだろう。師匠として、目上の立場としての余裕を崩すことはなかった。
「じゃあ、ここは弟子の顔を立てましょうか」
振り返ったのは各国の要人達。彼らは近寄りこそしないがこちらの会話に興味津々だ。ダンジョンは産業にも直結しているので、それを破壊する力が容易に手に入るのなら破壊工作にも繋がるし、その力を持てるかどうかというのは今後の情勢に関わってくる重大案件だ。
そりゃあ、彼らにとっては最重要な会話になる。
それが、誰に聞かれてもいいような場所でしているのだから聞くなというのならば聞かれない場所に移るべきなのだ。
つまり、これは聖女の仕掛けた宣戦布告。
秘密を教えろと脅し、それを教えられないのなら元々仕込んでいたとして今回の騒動を片付ける算段。
「この人が使ったのは始原の魔法の一つ。世界を変える破壊魔法よ」
「……破壊魔法? お言葉ですが、そのような魔法があるなんて私は聞いたことがありませんわ」
「当然です。これは神が禁じた……いえ、神すらも干渉を恐れた魔法なのですから」
だからこそ、当然文献にも残っていない。
「さて、逆に聞くわね。そんな危険な魔法と同列以上の力を発揮するあなたの魔法は一体どういう原理で手に入れたのかしら?」
ああそうか。この人はこれを聞きたかったのか。
この問いに対し、聖女はあらかじめ用意していた答えを返す。
「決まっていますわ。神から賜ったのです」
この答えならば追及はされない。追及されない上に、方法を求められても教えることは出来ないと突っぱねられる。神からの声を直に聞くことが出来る聖女ならでは方法だ。
これで各国の興味はすべて教主あるいはダンジョン管理教会に向けられることになるだろう。
そう予想していた。
各国の要人達も聖女には恐怖を覚えつつも、興味を抱いたのは教主と彼女の連れている人物に対してだけだった。
どうやって各国を出し抜いて最初に接近するか。
どうやってあの魔法を自国に向けられないようにしつつ、習得するか。
どこまでの身分の人間ならば送り込め、どこまでならば財源を投入できるか。そんな計算ばかりをしていた。
だが、彼らはこの場に来たこと自体を後悔することになる。
結果として破壊魔法について求めることは禁忌として伝えられることになった。
「そう。あの愚物はとうとうそこまで落ちたのね」
それは何に対してだったのか。理解できたのは真正面にいた聖女だけだっただろう。あるいは聖女は教主のこの危うさを知っていたのかもしれない。
だから、敬いつつも恐れたのだ。
「やはり神なんてこの世にはいらないわね。――殺しましょう」