教主様「あらあら、ふふふ・・・」
「……で、ギルドを懐に収めてこれからはどうするんだ?」
「ギルドは序の口よ。本番はまだこれから」
「まだ何かやらかすつもりかよ……」
「そりゃそうよ。ギルドよりも国よりも厄介な相手がまだ残っているもの」
その二つより厄介な相手って……神すらも頭を悩ませるこの女が?
もしかしたら、地上にも神がいるのか? あるいは神に近い存在が……?
「私に言わせてもらえれば神よりも厄介ね。どれぐらい厄介かと言うと相手は――」
「聖女様!?」
今更だが、この聖女はかなり恐れられている。
だからこそ、慌てていても彼女の不興を買うような行動をする人間はほぼいない。
「……ついに来たわね」
それがわかっているのだろう。息を切らした伝令の脇をすり抜け、つかつかと歩き出す横顔には普段見ることの出来ない緊張が見てとれ、冷や汗も流している。
急いで向かったものの、とくに走るわけでもなく普段よりも小幅でせかせかと歩いて向かった先には二人の人物が待ち受けていた。
「あらあら、よほど急いできたのね?」
「……なんのことかしら? 歳を取ると思考も衰えるのかしらね」
一見すると汗などもかいておらず息も乱れていない。この姿を見れば主張通り急いできたなんて思えないはず。だが、目の前の女性には確信があるようだった。
「そういう意地っ張りなところは昔と全然変わってないのね。可愛いわよ」
「……いつまでも師匠面をしないでくださいな。私も今ではそれなりの地位にいるのですから」
「あらあら、大陸一の宗教団体の象徴とも呼べる人がそれなりだなんて」
「いえいえ。師匠に比べたら私なんてまだまだですよ……」
この二人、本当にどういう関係なんだ?
師弟関係にあったというのは想像できるが、それだけとも思えない。というよりも厚顔不遜なこの女がここまで苦手意識を持ってるのも。何よりも気になるのはこいつが本心で語っているところだ。
「それにしてもあれだけ小さかった女の子がもうこんなに大きく……。時が経つのは本当に早いわね」
「感慨に耽っているところ申し訳ないのですが、私からすれば師匠の姿を噂を聞くたびに時が止まっているように感じていましたよ」
「ふふふっ、師匠と認めているのかいないのかわからなくなってきたわね」
「っ!!」
「そ、それで本日はどのようなご用件で!?」
「そうね。からかうのももういいかしら」
それまでふざけ合っていた雰囲気から一変、まるで刃を突きつけられるようなひり付く気配が室内を満たす。
「――用件は単純よ。あなたが造ったダンジョン、それを見せてもらおうと思って来たわ」
「……見るだけですか?」
「もちろん、相応しくないと思ったら潰すわ」
まるで母親が娘に決定事項を告げるように言ってのける。
このやり取りだけで二人の人間関係と力関係が浮き彫りになる。
「さすがですね。私にここまで言い切るのは師匠――ダンジョン管理教会の教主様だけです」
ダンジョン管理教会!? 噂には聞いたことがある。ダンジョンを公的に管理しているのは国や冒険者ギルド、今ではそこに教会が加わっている。だけどそれ以外に人が普段いかないような辺境のダンジョンも含めてすべてダンジョンに携わっているのがダンジョン管理教会。
協会ではなく、教会というのが肝で彼らはあくまでも宗教という形で関与している。
まあ、だからこそ公には邪教なんて言われているけど。
そのトップが国境の総本部に乗り込んでくるって……結果次第では宗教戦争に突入しかねないぞ。
「だけどお忘れではありませんか? 私にはダンジョンを壊す力があるのですよ? いくら危険だからと言っても、師匠に判断をしていただかなくても私の判断で潰しますわ」
それは必要がある限りは壊さないっていうことだが……。
ついでに言うと俺もいつまでいるのかわからないんだけど。
「わかっていますよ。だからこそ、私もダンジョンを破壊する力を解放することにしました」
「!?」
「あなたには教えてませんでしたけど、正確には教える前にあなたを野に放ったわけですが……私はずっと前からダンジョンを壊す力を持っていたのですよ。だからこそ、ダンジョン管理教会というものを設立したわけです」
「……相変わらず師匠は底が知れませんね。私が長年をかけてようやく手に入れた力をずっと前から持っていたですって?」
「そうよ。正確には私が使うわけではなく、こちらにいる者が使うのですけどね」
これまで一言も発していない奴がダンジョンを破壊する力を持っている?
見た目はかなり怪しい。
どんな事情があるのか、ローブで全身を隠し僅かに覗く手足や肌は包帯で覆い隠されている。怪しい暗殺者と言われた方がよっぽど納得のいく風貌だ。
「失礼ですけど、そちらの方は?」
「これまで表立った活動はさせて来なかったので知らないのも無理はないわ。だけど安心して身元は保証済みよ」
公表はしないけどね。
それは保証されても意味がない。
なるほど、身元を明らかにしないためのローブと包帯か。
「はん! そんなの信じられませんね!」
もう意地になってるようにしか見えない。
理屈も何もなくただただ反抗する。
「では、後日実践しましょうか」
「いいでしょう! それでは私もその時にはもっと師匠をあっと言わせて見せますからそのつもりで!!」
「ええ、楽しみにしています」
こうして二大宗教のトップ会談は公の成果を何も齎さず、ただ次回に繋げるという形で幕を閉じた。
「……あの子は本当に大きくなったわ」
「…………」
「え? あれでよかったのかって? そうねえ……わからないわ」
そう言うと、ガクッとおどけて見せてくれる。
意外だけど結構ノリがいい。まあ無愛想なだけだったら長年一緒になんていれないけど。
「というか、あなたはあの子に会ったことなかったかしら?」
「…………」
「ああ、そうね。あの頃はあなたも忙しかったのよね」
十数年前、神が受信機代わりの信徒を増やしていた時期があった。
神にバレると色々厄介な身としては厄介な相手になりそうな存在は潰して回ってもらっていたのだ。
「……あの子はせっかくいい信徒になりそうだったのに、神に目を付けられるなんて残念だわ」
「……」
「ああ、勘違いしないでね? 別にあの子は殺してほしかったわけじゃないの。むしろ、面白いことをしてくれそうだからあえて見逃したわけだし」
実際、想像を超えて面白い存在に育ってくれた。
「だけど、ダンジョンを壊すなんて最高の出し物をするなんて思わなかったわ」
その報せが届いた時はすぐさま調査を出したが、調査するまでもなく自ら喧伝してくれたので実にわかりやすかった。
「ダンジョンを壊すそれは不可能とされていたこと。出来るとすればあなたぐらいだと思っていたけど……誰か後継者でもいたのかしら?」
「!! ……!」
「ごめんなさい。失礼な発言だったわ。そうよね。あなたが教えるわけないわよね」
だけど、どこかで漏れた力を誰かが利用してっていうのは間違いないと思う。その証拠に最近面白い『拾い物』もした。
「昔のあの子は死者すら引きずり出しそうな、そんな規格外の可能性を秘めていた。だから、何をやってもおかしくはない。どこかで極致に到達するそれは間違いない」
だけど、一分野で特出していた人間がそれ以外の分野でも特出した才能を見せるだろうか。それこそ持っていた才能を捨てでもしない限り同等か超えるような力を手に入れる可能性は低いと思う。
そして、あの子にそれは出来ない。
一度手に入れた物を簡単に手放すなんてことが出来るような器用な人物でないのは短い間の師弟関係とはいえそれぐらいはわかる。
「実際、会った感じだとあの子は癒しの力も失ってはなかった」
かと言って神が干渉した形跡も見られない。
ならば間違いなく何かある。
「何にせよ、あなたには少しだけ働いてもらうわ」