第 7話 鍛錬
翌朝レイルは、まだ日も昇らない薄暗い中、眼が覚める。
ゆっくりベッドから半身をお越し、伸びをする。
「うーん、久しぶりに気持ちいいベッドの上で、無防備に寝られたなー」
ベッドから降り、簡単な柔軟体操をしていれば、起きた気配でも察知するかのように扉が二回叩かれる。
「宜しいでしょうか」
「どうぞ」
メイド服が似合っているミャウは姿勢も良く、艶やかな黒銀で縦じまの髪を後ろでまとめ、美しさも兼ね備えた、いかにも仕事をしている風だ。
「おはようございます、朝食の準備が出来ましたので、食堂へお越しください」
「おはよう、了解」
そして食堂。
そこはレイルの部屋やルードの部屋ともかけ離れた、言い方が悪ければ質素な部屋。
中央に八人ほどが一緒に食べられる長テーブルが置いてあり、昔は住人だけ、使用人だけの専用食堂と言った所だった。
いや、言い方がまずかったので変えよう。
その食堂は普通、そう、ごく普通のレベルの清潔で綺麗な食堂だった。
屋敷全体が豪華な装飾を施してあるので、食堂の造りが麻痺して質素に見えてしまうのだろう。
長テーブルの中央の左右に朝食が載っていて、レイルとミャウが向かい合う形になって配膳されている。
レイルが椅子に座れば、ミャウが調理場から出来立ての料理とスープ、そしてパンを、無駄の無い動きで持って来た。
「お待たせしました。冷めないうちにどうぞ」
「うん、ありがとう」
食べ始めるレイルを見て、ミャウもすぐに対面に座り食べ始める。
その食べ方さえも姿勢も良く、優雅でお淑やかで誰が見ても見惚れるほど美しい。
レイルも、パンを千切って口に持って行く途中で手が止まり見惚れていた。
レイルを見ていないが、食べながら察知するミャウ。
「レイル様、冷めますよ」
「あ、ああ、そうだね。ミャウの食べ方がとても美しかったからさ」
「何も出ませんよ。お代わりならありますが」
淡々と綺麗に優雅に食べるミャウだった。
食後、部屋に戻ったレイルは、着替え始めれば、外からスランのレイルを呼ぶ声が聞こえた。
手合せしたいようだ。
装備して外に出ると、玄関先にいたスランが、左右から出した触手を二本上に上げ揺らして待っていた。
可愛い笑顔の表情を出しているスラン。
「あるじー、手合せやろー」
「いいよ、腹ごなしだ、やろうか」
そしていつも通り、しっかり、壮絶な、凄まじい手合せを行ってスランも満足そうだ。
「アハハー、あー楽しかったー。お腹減ったからー、食べに行く―。あるじー、またねー」
「ああ、相変わらず元気だな」
午後は、ミャウが手合せしてくれる筈だったが、レイルはルードに呼ばれ、今、ルードの部屋の隣にある書庫に来ている。
何千冊もある書庫の一画に、読書用、または研究用のテーブルなのか机なのか、一台置いてあり前後に椅子が一脚ずつ対面して置いてある。
レイルの前を、杖を突いて歩くルードがその椅子に座り、指示され相対してレイルも椅子に座った。
二人を挟んだテーブルの上には、直径二〇センチ程の水晶のような、水色の石が鎮座しているように置いてある。
「レイルは魔法が使えない。と言っておったな」
「はい。魔力も無く、魔法の発動方法も知りません」
「この石は魔石だが、わしが独自で魔法を練り込み、魔力量を量れるように作ったものだ。軽く触ってごらん」
そう言われたレイルだが、一応、なりにも冒険者登録した時に、ギルドの魔力量を量る魔石で確認済みだった。
「期待に添えないと思いますよ」
「まあ、触って見なさい」
レイルは静かに右手を出し、魔石の上から手を添えるように触る。
すると――。
――当然のように何も起こらなかった。
やっぱり、と思っている表情のレイルを余所に、ルードが繁々と、魔石の中を覗きこみ納得しているようだ。
「成る程な、面白い、わしの思った通りだ。レイル、触ったままで動かんように」
ルードはゆっくり立ち上がり、杖を突きながら書庫に入る。
指を左右に差しながら、何かを探す仕草をして、納得した物が見つかったのか、一冊の厚く古い本を抜き出し持って来た。
静かにテーブルに載せ、人差し指を数回舐めながら頁をめくり開きめくり続け、そしてあるページを開いて止まる。
「何処だったかな――ふむ、これだな」
言われた通り動かないで水晶に触れているレイルの手の甲に、ルードが指先で触れる。
小言で何かを詠唱しているが、難しい古代の詠唱なのか、言葉は聞き取れなかった。
そして詠唱が終わり間もなく、魔石が光り始め、徐々に強く放ちだし、レイルも光に包まれた。
そして――。
ゆっくりと光が消え、元の魔石に戻った。
ルードは満足そうに、触れた指を離し白髭を撫でる。
「まあ、こんなところだろうかな」
レイルは何をされたのか、したのか、どうしたのか、全く理解していない表情だ。
「あの、ルードさん。何をしたのですか?」
「うむ。レイルの魔力量を量ったのだよ」
「だから、俺の魔力量はありませんでしたよね」
「いや、膨大な魔力量が見つかったよ」
「え? 本当ですか?」
ルード曰く。
レイルの持っている魔力は、ギルドにある魔石で量るどころか、感知も出来ない。
この魔石は、体、心の奥底にある、眠っている魔力を探すきっかけを作れる。
レイルの魔力を微かに感じ、覗き込み、僅かながら見えたので、隠された様にある角質のような殻を、独自に編み出した魔法で取り去っただけ。
なので、今のレイルには、膨大な魔力が溢れ出て来ている。
後は魔法の鍛錬のみ。
ルードは静かな、穏やかな声を発する。
「覚えたいか?」
「勿論です」
「よしわかった。わしとミャウで教えよう」
「よろしくお願いします」
こうして始まった、ルードとミャウによる魔法の鍛錬と、スランとの凄まじい手合せ。
そして、ミャウとの更に凄まじい手合わせ、と言う鍛錬が毎日惜しみなく、昼夜問わず行われ、厳しく辛いながらも充実した日々が過ぎた。
一年後。
レイルは一八歳になっている。
現在のレイルは、既にルードとミャウに教えられた魔法の上位階までは使えるようになっていた。
今、広場の中央で魔法の鍛錬をしている。
「フゥ。最上位階とかの魔法はまだまだだな」
冷たくも美しいミャウが、姿勢正しく隣に立っている。
ただ最近のミャウは、レイルに時折、自然に優しい表情を見せている。
その容姿はこれだけでも、どこから見ても絶世の美女だったことは、人に見られたこともないので知る由もない。
「一年でここまで上達し、使えるようになるとは凄い事ですよ。わたくしでさえ一〇年はかかったのですから」
「そうなんだ。でもありがたいな。ルードさんとミャウに感謝しよう」
「何も出ませんよ。――わたくし程度ならいつでも差し上げますが」
「いやいやいや、ミャウ。それはいらないし、第一、俺には勿体ないよ」
「わたくしでは役不足だ。と?」
「だから違うってば。ややこしくしないでよ」
ここ最近の鍛錬で、剣技体技は勿論、魔法が格段に進歩し使えるようになって、ミャウの冷たい表情に、どことなくレイルに親しみを持ち始めているようにも感じ取れた。
◇
レイルは、連日鍛錬に明け暮れていたので、一度も森の中には入った事が無かった。
スランはいつも出入りしているし、楽しそうなので散策したいと一応は興味はあった。
そんなある日、ルードは高齢の上、毎日鍛錬に付きあっていたので次第に疲労が溜まり、回復の為数日は寝る、と言う。
ミャウは、日課である洗濯と、数週間に一度行う屋敷の大掃除で忙しい。
スランは何処に行ったのか、下の森にでも行ったのかいない。
なので、やっと森の中を散策する事を決め、装備して入って行く。
森の中は、密集した木々の間から日の光が差し込み、心が安らぐ落ち着いた雰囲気で、森林浴と言ったところか。
少し歩けば、至る所に自然の野菜や果物が実っている、緑も濃くとても豊かで広大な森だった。