第 6話 信用
ルード曰く。
途中までは本当に排除しようとしたが、全く攻撃して来ないレイルに疑問を感じ、殺気も伝わってこないので手加減した。
一度目の魔法攻撃は、一応念のため、様子見で、抵抗できないように放った。ただ、万が一にも死んでしまったらそれはそれ。
二度目は、あまりに無防備でやはり殺気も感じられない。
なので、攻撃力を更に弱くした。
倒れた後は、どうした対処をしたらいいかわからず聞きに来た。そして回復させ、部屋に連れて行ってベッドで寝かせた。
実は、レイルがここに向かっている事は感知魔法で知っていた。
この山に登って来る者がいれば感知し、魔法で観察しようとしていたが、いままで辿り着く者など、上って来る者など一人もいなかった。
レイルが初めてであり、ここに辿り着ければそれなりの力量があるとみて合格で、そして道中の行いを見て無害、と理解したら同居してもいい。と決めていた。
それにレイルには秘めた何かを持っていそうだったから。
その後、レイルは自身の生い立ちを話した――普通に話した。すると疑問に思うレイル。
「でもおかしいなあ。俺は人と話すのが大の苦手なのに、ルードさんとミャウさんとは普通に話が出来るなんて――」
「ああ、そうだろうな。わしはもう人では無いからな」
「え? 違うのですか?」
「外の魔物は別として、ミャウはわしの作ったホムンクルスだよ。わしも人族だったが魔法で掛け替えてしまっている。それにもう三百年は生きているしな」
驚くレイルは、納得もしている表情だ。
「ミャウさんは、ルードさんの作ったホムンクルス……ですか」
「ああそうだ。もう百数十年生きている」
ルード曰く。
ミャウを作り始め、魔力を注ぎ込み十数年かけて、完成した。
あれから百数十年が経って現在に至る。残りの寿命はあと八十数年ほど。
容姿は老いず完全な女性メイドだが、死期が来たら静かに消える。
さらに攻撃、防御、魔法を教え込み伝授し、付与し、全てにおいて強い。
食事も人並みにするし、そして世話好きで綺麗好き。
只、喜怒哀楽も知っているのに、表情に出さないのが玉に傷。
またも驚くレイル。
「凄いですね」
「ミャウは女性としても一流だよ。それにまだ処女だからな。レイル、試してみるか?」
レイルは、拒否するように両手を前に出し振る。
「いえいえいえ、俺なんかには勿体ないし無理ですよ。嫌われているようだし、殺されかけたし……」
ルードは後ろのミャウを一度見る。
ミャウは、微動だにしないで冷静に立っているが、なぜか頬が微妙に赤くなっていた。
「ま、いいだろう。さて、わしはいささか疲れたのでな、横にならせてもらうとしよう」
ルードが立ち上がり杖を突いてベッドに戻るとミャウが後ろを付いて行く。
すぐにレイルは立ち上がり、一礼して部屋を後にする。
レイルの寝ていた部屋に戻れば、片隅に自身の背負い袋が置かれていた。
ミャウが拾ってくれたようだ。
疲れたようにレイルはベッドに倒れ込み、仰向けで寝転がり、実感する。
「しかし大変な日だったな。ま、辛うじて命拾いしたし、住む場所も出来たし、結果オーライとしようか。ハハッ」
一息入れ、荷ほどきをしようと、背負い袋のひもを掴み解こうとしていれば、扉が二度叩かれる。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
扉が開き、姿勢正しく綺麗な一礼したミャウが剣と荷物を入って来る。
「失礼します。こちらの剣と皮の鎧もどきをお使いください」
「え? いいのですか?」
「はい、わたくしが壊してしまったので、代わりの物を用意しました」
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。尚、わたくしに敬語は無用です」
「で、でもさ」
顔を合わせたミャウの表情が冷たくなり、上から目線でレイルを睨む。
「無 用 です」
「わ、わかったよ、そうしま――するよ」
「では失礼します」
「あの……ミャウさん」
「何でしょうか」
「外にいるスライムのスランの事だけど、お願いだから殺さないでね、友達だからさ」
「……畏まりました。故意に、自発的に、必然に殺生する事は、無い、とお約束します。では失礼します」
姿勢よく一礼して出て行き、扉が静かに閉まる。
「これでスランも安心だな」
荷ほどきをする――手が止まる。
「ん? え? ミャウさん確か、故意に、と言っていたよな」
荷ほどきをする――また手が止まる。
「故意? え? 偶然を装うつもりなのか? いやいやいや、考えすぎだよな」
再び荷ほどきをする――手が止まる。
「故意に――偶然に――いや、約束は約束だしね」
気にするのを止めたレイルだった。
荷ほどきと言っても、野営するテントなどを除けば大した物も入っていないので、すぐに終了することとなる。
レイルはミャウがくれたテーブルに乗っている剣と鎧を手に取り眺める。
「俺の剣と同寸同格だな。うん、振りやすそうだ。それに、この胸当ても同じようだけど軽いし動きやすそうだ」
レイルは、まだ外も明るいので装備して外に出た。
広場の中心で剣を構え、久しぶりに施設で覚えた綺麗な模範的な剣舞を舞ってみる。
「いやー、使いやすいな。俺の剣より少しだけ軽いようだけど何の素材だろ。なんにせよ申し分ないな、いい感じだ」
そこにスランは来なかったが、ミャウが出てきた――ロングソードを片手に持って。
「レイル様。宜しければお手合わせしますが」
「え? いいの?」
「でもミャウさん、メイド服だけど」
「はい、このままで戦闘も可能ですが」
「装備はロングソードだけ?」
「はい。レイル様に合わせますので問題ないか、と」
「あー、合わせてくれるのね。じゃ、お願いしようかな。あ、でも魔法は止めてね」
レイルはミャウと手合せ、鍛錬を開始する。
結果、レイルの剣技、体技は英雄、勇者の域を超えているので、途轍もなくいい手合せだった。
常人であったら二人の剣さばきは凄まじい速さなので、見えないだろう。
合わせる、と言っていたミャウの誤算で、二人の力は拮抗し同等だった。
いや、レイルはまだ余力が残っているようで、逆に合わせていたようだった。
手合せを終えた二人は相対したままではあったが、見誤った力量を確信したような姿勢の良いミャウが項垂れる。
「申し訳ありませんレイル様。わたくしとした事が……」
「いいよ、ミャウさん。俺はこれだけだからさ」
「いえ、わたくしに合わせてくださるレイル様に感服しました」
「そんな事無いよ。ミャウさんは魔法攻撃もあるし全然強いよ」
「いえ、わたくしより強いのですから、さん、は必要ない事を希望します」
「え? ミャウさん、何?」
美しい眼で上目使いに睨むミャウ。
「さ ん、は付けない事を希望します。いえ絶対に付けないで下さい」
「でもさ……」
更に冷たい切れ長の眼で睨むミャウ。
「レイル様」
「あ……はい」
その後、手合せの反省点など話してレイルは貰った剣の事などを聞いてみた。
「この剣は使いやすいよ。それにこの胸当ても動きやすいし」
「その剣はゴーレムキラーです。メタルゴーレムレベルまでなら、力技は必要なく剣だけで簡単に切り倒せます」
「そんなに凄い剣なの? いいの? 貰っちゃって」
「そのくらいは構いません。大した業物でもないですし」
「いえいえいえ、大した業物でしょ。でも、凄いな」
「レイル様の装備している皮もどきも、見た眼では普通の皮ですが、グリフォンの皮にアダマンタイトを練り込んであります」
「凄すぎて全然良く分からないんだけど」
「ミスリルの重鎧に匹敵します」
「凄すぎない?」
「いえ、大した品物でもないので、気になさらないで下さい」
「そ、そうなんだ――ありがたく頂きます。ちなみにミャウの持っている剣は?」
片手で軽々と理不尽な形で持ち、重いロングソードを冷めた眼で見るミャウ。
「これですか。ドラゴンキラーです。硬い魔物も簡単に切り飛ばせます」
「ミャウは簡単に言うけど、それって国宝級の剣だよね」
「そうですか? 他にもデーモンキラーやヒュドラキラー、それにロードキラーもございますが」
「いえ、何でも無いです。気にしないで――」
「一度武器庫でご覧ください。目に留まった物などがあれば言ってください。全てわたくしの所有物なので、お気に召したのなら差し上げますが――」
「い、いらない。これで十分」
「そうですか、畏まりました」
その夜、レイルの部屋に食事を持って来たミャウがテーブルに載せる。
すぐに出て行こうとするミャウに、レイルは声を掛けた。
「ミャウの食事はどこで食べるの?」
「食堂ですが――何か」
「ならこれからは俺も食堂で食べるよ、一緒に食べようよ」
「部屋の方が楽では無いですか?」
「違う、俺は話のできるミャウと食べたいの」
「畏まりました。明日から食堂に用意します」
食事も終わり、レイルは久しぶりに忘れていたベッドの感触を確かめながら、ルードやミャウに感謝して就寝した。