第 5話 出会い
放たれたファイアボールに、レイルはとっさの判断で後方に飛び、折れた剣を前にして構えながら更に横に飛んで回避。
メイドは、いとも簡単に魔方陣を展開させファイアボール、アイスランスの魔法攻撃の連撃で放ち始める。
レイルは人として英雄、勇者の域を越えてはいたが、特化しているのは剣技、体技の攻防だけ。なので、魔法攻撃は避けるしかないのが実情。
ただレイルは、幾度も続く攻撃を折れた剣で受け、避けるだけ一方で、反撃は決して一度もしてはいなかった。
そうなれば決着は歴然としてレイルに分が悪く、ついに、つまずいたレイルにファイアボールが直撃して真っ赤な炎に包まれ倒れる。
レイルは死にこそはしなかったが、重度の火傷を負い重傷で、数刻で死を待つ状態だ。
メイドはその状態を確認し、何故か、あえて止めは刺さないで屋敷に戻る。
――焦げた仰向けの痛々しいレイル。
「ハッハッ、死ぬのかな。ハッハッ、せっかくここまで来たのに。ハァハァ、眼の前が暗く、な、る……」
森の中深くで見ていたのか、メイドが屋敷に入った事を確認し、静かにレイルに滑り寄るスラン。
「あるじー、大丈夫―? あー、やられているしー」
「ス、スラン、ゴメンな。お、俺はここまでだ……ありが……と」
「治すよー」
するとスランは触手を伸ばし、レイルの上から透き通った緑色の液体を、尖った触手の先から、ダラダラ、と全身に垂らし始める。
その直後、液体で濡れた部分からレイルの体は見る見る治り、完治した。
信じられない表情で起き上がるレイルは、焦げていた両手や体を見回す。
ただ体は治っても、服は燃えてしまったので衣類は無く、素っ裸だったことは言うまでもない。
それでも驚いているレイル。
「ス、スラン。な、何が起こったのか? これは回復薬のレベルじゃないよ」
スランは人族の回復薬は知らない。
「うーん、ボクー、ごはんの合間とかー、暇な時にー、森の中でー、草を食べるんだけどー、その液体を蓄えるんだー」
「その液体なのか?」
「うん、そうだよー。切られたりー、した時にー、体がくっ付くのはー、この液体のお陰ー」
「こ、これって、エリクサーなのか?」
「えー、知らなーい。何それー」
「でも、助かったよ。スラン、ありがとう」
「やったー、あるじに褒められたー」
スランは触手を二本、上に出して、ユラユラ、と嬉しい表現をして、笑顔をだしているスランだった。
レイルは立ち上がり、置いてあった背負い袋から、一着だけあった替えの服を取り出し着る。
するとスランは何かを察知したようだ。
「あるじー、あの人強いしー、怖いからー、気を付けてねー」
そう言いながら、焦っているのか素早く滑るように森の中に溶け込むように消えて行く。
その直後、屋敷の扉が開き、またもやメイドがロングソードを持って出てきた。
メイドに向かいレイルは両手を上げ、降参の状態で話しかける。
「ちょ、待って、戦いたくないから。それに俺は丸腰だし」
「何故完治し、勝手に回復しているのですか?」
一度森を見て振り返る。
「あー、スライムの仲間でしたか」
「ち、違います。俺はここに住みたいだけです」
またもや聞く耳を持たない、冷たい表情の美しいメイドだが、先程よりは何か違った感じがしている。
だが。
「ヘルフレイム」
メイドはレイルに差し向けた手の平から赤い魔方陣が展開される。が、レイルは逃げない、逃げようともしない、逃げるそぶりも見せない。
両手を上げたまま眼を閉じ、覚悟したようにレイルは紅蓮の炎に包まれ、肌が焼かれる痛みを感じ、こらえながら黒こげになり倒れた。
「信じてください……」
◇
――眼を覚ますレイルは、仰向けで見開いた眼だけ動かす。
「こ、ここは?」
ベッドの上に寝ていたレイルは、両手を上げて動くことを確認し、あの獄炎の攻撃など無かったように完治している。
そして顔を動かし辺りを見回せば、あの屋敷の中なのだろう、その部屋の一室に寝ていた事を把握した。
「治っているし……今度もスラン……じゃないよな」
ベッドから上半身をゆっくり起こし、横の窓越しに外を見れば、登って来た広場が見えている。
そこに、扉が開きあの冷たくも美しいメイドが無表情で入って来る。
その手には食事が載っていておもむろにテーブルに置く。
「気が付かれましたか。食事です、どうぞお食べ下さい」
そう一言言って踵を返し部屋から出て行くメイド。
「ちょっと待って、何で俺が……」
無視され冷たく扉が閉まった。
「あー、そうですか。まだ話もしてくれませんか……」
起き上がればまたもや全裸のレイル。
ベッドの横には、着ていた服と同じような衣服が用意されたように置いてあったので、着て立ち上がる。
椅子に座り、テーブルの上に置かれている美味しそうな食事を食べるレイル。
「これは美味しいな。辺境なのに凄いよ。それにしても久しぶりの手料理だ」
ゆっくりと味わい、噛みしめ、堪能した。
完食したレイルは、その後部屋を出て、恐る恐る廊下を歩き玄関の扉を見つければ、静かに開け外に出てみる。
落ち着いたレイルは、じっくり、と屋敷の周囲を見渡す。屋敷の左右に森が広がり裏は切り立った岩山がそびえている。
そして振り返れば、登って来た急な斜面と眼下にある山々と点在する雲が見えている。
レイルは初めて人里離れた高所にある辺境の地にいるのだ、と感じていた。
すると心配していたのだろうかスランが森の中から滑るように現れた。
スランは柔らかい触手を二本出しながらレイルに近づき、気遣うように撫でまわしている。
「あるじー、大丈夫―?」
「やあスラン。何だか助かったみたいだよ」
「あの人―、怖いよー、ボク―、嫌いー」
「知っているの?」
「昔からー、知ってるー。いつもー、怖い人―」
スランは昔からこの屋敷を知っているようで、ここの森の中にも出入りして住んでいる事も分かった。
何かを察知したようなスラン。
「あー、来たー、あるじー、またねー」
直後、扉が開かれ姿勢正しく美しいメイドが出てくる。
スランは相当嫌っているようだ。いや、メイドも嫌っているのかもしれない。
メイドは一度森を見てからレイルに振り返る。
「ご主人様がお呼びです」
「はい?」
屋敷に入り、メイドの後ろを付き従うように歩く。
そして廊下の突き当たり、一番奥の扉の前にメイドとレイルが立つ。
メイドは扉を、軽く二度叩き声をかける。
「男を連れて来ました」
静かに扉を開け中に入る。
その部屋は、レイルの寝ていた部屋の倍はある豪華な部屋だった。
その中央のベッドには、男が半身を起してレイルを見ている。
白くゆったりした服を羽織り、優しい黒い瞳をした老人。
長い白髪を後ろで結び、白髭を蓄えている。
「よく来たな、そこの椅子に掛けなさい」
横には背もたれのある、黒塗りで豪華な椅子が二脚づつ、テーブルに相対して置かれていた。
その老人もベッドからゆっくり降りて杖を突き、レイルの前の椅子に座った。
その老人の右後ろにメイドが、両手を前に組んで姿勢よく前を向き立つ。
「わしの名は、デイダラム・ルード・ベルベンド。お主の名は?」
「ルーウェン・レイルツエース・ヴェイルです。廻りからはレイルと呼ばれています」
「そうか、わしもルードで構わんよ」
「初めまして、ルードさん。俺、ここに、いえ、この広場に住みたいのですが」
「構わんよ、知っておる。レイルが良ければ寝ていた部屋を使っても構わんが」
「え? 本当ですか? 見ず知らずなのに?」
「ああ、本当だとも」
「ありがとうございます。あ、で、でも……」
レイルは微動だにしないメイドをチラ見する。とルードも察しているようだ。
「ミャウ、挨拶しなさい」
メイドは一礼する。
「アーデラ・ミャウラム・メリーニです」
「あ、よろしくお願いします。アーデラ・ミャ……」
「ミャウとお呼び下さい」
「は、はい、ミャウさん」
ルードは優しい笑顔で白髭を撫でる。
「ミャウはこの態度だが、レイルを信頼したそうだよ」
「え? でも燃やされましたよ? 死にそうになりましたよ? 死んでたかもしれませんよ?」
「本気のミャウなら今頃消し炭だよ。いや墨も残らんか。ハッハッハッ」