第59話 事後
吸血されている最中から終わった後も、至って冷静なレイルは静かに立ち上がり、オリナの淡く光り、そして消える手の甲を見ている。
「色が変わったよ。それでいいのかな」
光悦の表情だったオリナは、レイルの言葉に、我に返ったのか正気になり、魔力を込めすぐに手の甲をかざす。
すると今度は、驚愕の表情だが眼を輝かせ嬉しさも垣間見える。
「おお、素晴らしい。これは正しく銀の紋章。二度目でもここまで力を引き上げていただけるなんて……レイル様に感謝します」
オリナはレイルに向き、深く頭を下げ礼を述べた。
サリアも国からの依頼を全うし安堵した表情だ。
「良かったね、オリナ。わっちも肩の荷が下りた気分だよ」
「ありがとうサリア」
向かい合い喜んでいる二人。
そんな中レイルは静かに二人を見る。
吸血された事に何とも思わず、喜んでいる二人を見て、願いが叶って良かったと思い優しい表情だ。
「これでいいよね。今後、吸血はしないからね。約束は守ってよ」
すぐにオリナが振り向き、真剣な表情になりまた一礼する。
「勿論です。心から感謝します」
「レイル、ありがとう。わっちも感謝している。約束は絶対に守る」
「ん」
「この御恩に報いるために、助けが必要であればいつでも馳せ参じます」
「うんうん、わっちも」
その後も二人から感謝の念は留まる事無く小一時間続き、レイルも静かに耐えるように聞いていた。
一息ついたところで、二人は帰るだろう、と思っていたレイル。
だがしかし、帰る、と言葉は聞こえず、代わりにサリアが上眼使いで見て来た。
これは可愛らしく美しく、魅了されそうだが、レイルには効かないし無意味な行為だ。
しかし、サリアはもう一つの望みを抱いていたようだ。
「レ、レイルは……お、お嫁さんとは欲しくないの?」
「ん? 欲しいとか欲しくないとか興味もないし……考えた事も無いよ」
「す、好きな人はいるの?」
「いないし、考えた事も無い……あ」
「え? 何? 誰かいるの?」
「え? あ、違うよ。何でもない」
「そ、そう。ならいいけれど」
「で、何でそんなこと聞くのかな」
可愛らしくも美しい表情は続く。
「わ、わっちをお嫁さんに貰ってくれると嬉しいな……なんて……」
普通の男なら、これだけの美貌を持つ女性に求婚されたらすぐにでも肯定し、嫁にしてしまうだろう。
吸血鬼は別の話しとしてなのだが……。
しかし相手はレイルだ。
?が頭に浮かんでいるようなレイルの表情。
そして疑問をそのままぶつける
「何でサリアを?」
レイルの反応に、両手を小さく前に出し左右に振る。
苦笑いのサリア。
「あ、嘘嘘。冗談だってばエヘヘ……ハァ」
項垂れるサリアを見ても、レイルは理解していない。
見ていたオリナもダメ元で求婚しようと真剣な表情で前のめりになった。
ミャウとへび姫に察知されなければいいのだが……。
そこに玄関の扉が叩かれる音が聞こえた。
ロンダである。
昨日の宴を断ったので、昼食を誘いに来たのだった。
「レイル―! 起きているんだろーっ。入るぞー!」
レイルは察知していたので、既に立ち上がって玄関の方向を見た。
「ん、ロンダだ」
レイルとの付き合いも長いロンダは、扉が開いていたので気にもせずそのまま入って来た。
一方、その場で狼狽えるサリアとオリナ。
「え? ロンダ? S級の? え?」
「ど、どうしよう」
椅子から立ち上がる二人は、更に動揺し狼狽え、ここに居てはいけない、と思った表情になる。
すぐに居間で鉢合わせするのは当然だが、入って来たロンダは彼女達を一目見て一瞬躊躇し、迎えうつ格好となったサリアとオリナは緊張し固まってしまった。
レイルと言えば至って普通、空気も読めず冷静なのは性格なのだろう。
そんな中、まず一声を上げたのは、爽やかな笑顔で髪を掻き上げたロンダだった。
「おやおや、これは珍しい……確か西の……」
反応するように二人はすぐに動いた。
立ち上がるサリアとオリナ。
「レ、レイル、帰る。ま、またね、ありがと」
「レイル様。御礼はまた、失礼します」
「ん」
二人はロンダ上眼使いに軽く会釈しながら身をかがめ、横をすり抜け家を出て行った。
やはり秘密であり、そして何より後ろめたいのだろう。
ただ、ロンダは何も言わず、爽やかな笑顔で二人を見送るように振り返り、すぐにレイルを見た。
ロンダも特に聞くつもりも無いようで、居間に入って来た。
レイルは後ろめたさなど微塵も見せていないのは、先程の対面から言って二人の要望に事なきを得て一つの問題を解決していたので至極当然の事。
なので、呑気な声を発するレイル。
「ん、おはよう」
髪を大きく掻き上げ直したロンダ。
「レイル。おはよう、を使うのは、もうだいぶ遅い時間ぞ。もうすぐ昼だ」
「あ……そう」
「今の事はまた後で聞くとしようか。他にも積もる話はあるだろうから、飯食いに行こうぜ」
「ん」
ロンダ、レイルは食事に出かけ家を出る。
例の、いつもの北の冒険者が通う酒場。
昼は主に食事を提供している。
勿論、酒類も提供しているが、それ程飲んでいる客はいない。
極一部の客が飲んでいても、流石に大騒ぎする輩などなく、夜とはかけ離れたくらい静かに飲んでいるのが現状だ。
まあ、あぶれた後ろめたさもあるのだろう。
扉を景気よく開き、ロンダが先に入ればすぐ後ろからレイルが入る。
夜程ではないが、食事だけでもそこそこ繁盛している店内。
その店の中央のテーブル席では、ルドル、ラベルト、そしてナギアが座って待っていた。
ロンダが事前に連絡していたのが窺えた。
いつもの如く、二人の影を薄くしているような威風堂々一番なのは、両手両足を組んで座っているナギアだったのは余計な事か。
さっそく片手を上げたルドルが声を上げる。
「ロンダ。こっちだ」
声と同時に察知したロンダとレイルは、中央のテーブル席に歩み寄り、空いている椅子に腰かけた。
レイルはルドル、ラベルト、ナギア、そして改めてロンダを見渡した。
「みんな、ありがとう」
ロンダ、ルドル、ラベルトは声を発さず、思い思いの爽やかな笑顔で答えた。
ナギアも軽く頷き、一つの美しい笑みを浮かべている。
何も言わずともレイルの事を理解しているかのようだ。
五人が揃った所で昼食を頼みグラスに注がれた水を飲んで一息つく。
すぐにルドル、ラベルトが事の経緯を聞いて来たので、慣れては来てもつたないレイルの話にロンダが補足した。
四者納得し、その続きで誰もが聞きたがっている厳しい獄中生活にまで踏み込んだ。
だがしかし、四者の予想とかけ離れ、厳しく、過酷で荒んだ生活では無く、レイルは静かな牢獄の中で過ごし、食事も質素だが三食与えられた話をした。
その話にも納得した四人は、丁度出てきた食事に舌鼓を打ち、歓談し、そして食べ終えた。
全員が食べ終える頃、ナギアが今回の呪いの解呪に関して話し出した。
それは他の三人も聞きたかった事項なので、沈黙のまま見守っている。
「レイル、どうして解呪のポーションを作れたんだ?」
「んー」
レイルは、拙くも屋敷で行っていた呪いの魔石の研究を話した。
しかし、レイルの話は黒くした腕があっての説明なので、解呪の魔方陣など理解不能なのは当然だろう。
只四人は、黒い腕で解呪した現場を見ているので、一〇〇%では無いが納得はしているようだ。
すぐにナギアが声を発する。
「と言う事は、呪いと回復は相対するが、同類に値する、と?」
「ん。どれだけの種類の呪いがあるのか知らないし……一概に言えないけど……今回の呪いに、関しては、その通り」
「むぅ。成る程な。言われてみれば確かにその通りだと思う」
納得するナギアの横からラベルトが前のめりになる。
「なら俺たちも回復魔法の魔方陣を書き換えたりどうにかすれば、呪いを掛けられるのか?」
レイルはすぐに頭を左右に振る。
「それは無理……」
「何でだよ。同じ浸透系なんだろ? さっき言っていたじゃないか」
「んー。同じなんだけど……呪いとの基準が……なんて言えば、いい、かな……毒を自身の体内から浸透させる魔法……少し違う……ん……」
悩んでいるレイルに、ロンダが声を掛けた。
「まあいいじゃないか。例え理解しても無理な話だ。それに呪いに関してここまで調べたレイルは凄いよ、感心する」
「ゴ、ゴメン」
「いいさ。で、ちなみにレイルは呪いを掛けられるのか? その黒い腕で」
「いや、無理」
すぐにルドルが食って掛かるようにテーブルに肘を付き前のめりになる。
「呪いの解呪をしたじゃないか。何か違うのか?」
「ん。構築している基準が古代呪文みたいで俺には作れないけど……出来上がっている呪いに関しては……紐解くように分解し、理解し、補正して……解呪が出来る」
一同は納得せざるを得ない状況なので、力なく背もたれに寄り掛かる。
ロンダが声を上げる。
「詳しい内容に関しては、俺は理解まで及ばないけど、レイルの説明には納得したよ。元凶になった相手の事は、まだ不明だから追々になるだろう」
寄り掛かって腕を組んでいるナギアを始め、ルドル、ラベルトもその返答に深く頷いた。
時も立ち、ナギアが立ち上がりレイルの肩に手を掛けた。
「レイルにしか出来ない事だ。期待しているよ……お先」
「ん……」
ナギアは片手を肩まで上げ横に振りながら、威風堂々颯爽と銀髪を揺らし店を出て行く。
その流れでこの場は解散となった。
その夜、男四人がまたこの店で落ち合い、改めて、呪い、投獄等々酔いに任せ、聞き、話し、思い 思いの感情を表し、夜の酒場を盛り上げ事は言うまでもないか。
勿論ロンダから、サリアたちの事を突っ込まれ、他の二人も盛り上がったのだが、のれんに腕押しのレイルに、うやむやになった事は報告しておこう。
――
翌日早朝。
朝靄の中、まだ人もいない街道を、一人レイルは検問所に向かい屋敷に帰って行った。
尚、解呪のポーションの行先は、東西南のギルドに各一本、王国には騎士兵士が多くいるので二本となる。
そして、南方に位置するウィットラム魔法都市、剣士都市、獣人都市に各一本が配られ、北のギルドに一本と予備が一本となったが、こちらの都市に関する事は、またのちの話。
◇
その後の二人。
サリアとオリナは、ロンダの横を通り過ぎ外に出たら、安心したのか手の平を反したように意気揚々と街道を西のギルドに向かって歩いている。
二人並んでいるオリナは、紋章の出る左手の甲を翳しながら嬉しそうに歩く。
無理も無い事だ。
本人も二回目なので、本来、初回より強者でもなかなか上がる事はない。
だから処女行為が大事なのだ。
例えで言えば、初回がE級で二回目がA級でも差ほど変わらないくらいだから、まさか銀の紋章を授かるとは夢にも思っていなかったのだろう。
まさに嬉しさも倍増、と言ったところか。
隣のサリアも安堵した優しい笑みを浮かべている。
「良かったね、オリナ」
「うん、ありがとう。サリアのおかげだよ」
「そんな事無いよ。それよりこれからどうする?」
「うん。国の依頼はこれで完了、達成したけど、冒険者生活も楽しくなってきたしいつでも戻れるけど……どうしようか」
「なら一度国に帰って報告して、また戻ってこようか」
「うんそうだね、そうしようよ」
「その前にわっち、お腹が空いたよ。お祝いに沢山食べようよ」
「それはいいね。お祝いだ。ハハハ」
二人の足取りは軽く、美味しい食事を求め繁華街に消えて行った。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
少し短めですが、これにて第4章が閉幕となります。




