第 4話 旅路2
キングスライムと別れ、厳しい急斜面の岩肌を登っていれば、その後を、あのキングスライムが一定の距離を開け、音も無く簡単に滑るように、スルスル、と登り、後を付いて来ていた。
暫く気にしなかったレイルだが、ずっと興味がありそうに、殺意も無く付いて来るので振り返り、急斜面に腰を下ろし、キングスライムを見下ろす。
相手が人では無く魔物だからなのか、人見知りは全く無く、普通に話せるレイル。
「君は何でついて来るのかな」
キングスライムは、ずり落ちることなく見上げるようにレイルを見ているようだ。
「あく、い……ない。わ、かった、は、じめて」
「そりゃ悪意なんてないさ。俺は伝説の、この上にあると言う、住める場所でのんびり生活しようと思っているだけだからさ」
「それ、だけ、なの? ほ……んと、う?」
「嘘は言わないよ。あと、折角話せる君の言葉使いも、もっと教えてあげたいなと、今思っているよ」
フルフル、と体を震わせ、教えて貰いたい感がレイルに伝わっているようだ。
「お、ねが、い」
こうして急遽、急接近するように仲良くなったレイルとキングスライムは、意気投合し、登りながら言葉の鍛錬を始めれば、見る見る上達する知性の高いキングスライムだった。
話しも上手くなったのだから、とレイルは名前を考え名をつける。
「キングスライムって長ったらしいからさ、君の名はスランにしよう。どうかな」
キングスライムと呼ばれている事など、知らなかったようだが気にする様子も無かった。左右から触手を出し、ウネウネ、と喜びを表すかのスラン。
「うれしー、ありがとー、スランだー」
更に話をしながら登っていると、鍛錬の話に食いつき、途中途中でスランがその鍛錬に就きあってくれた。
その甲斐あって、相対する急な斜面での鍛錬が上達し簡単になっていく。
更にスランも実力も上がったのか、二本だった触手が四本出せるようにまでなっていた。
鍛錬しながらなので、登る速度も遅くなるが、特に急ぐ事も無い。
なので、既に数週間が過ぎたが、少しづつ登ってはいるので、現在雲の上を過ぎ登っている。
空気も薄くなる中の鍛錬が功を奏し、高所に体が慣れるのも早くなる。
「あるじー、行くよー」
「いいよ、スラン」
スランは自身より強いレイルを、あるじ、と慕うほどになっている。
スランは基本、魔物なので戦う事が無いとストレスが溜まるらしい。
なので、一日一回は相対し怒涛の鍛錬をしている。
そしてたまに、食事に行く、と言って岩肌を滑るように落ちて行くように降り、すぐに見えなくなって、しばらくすれば帰ってくる、と言う具合だった。
知識を蓄える事も出来る希少種のスランだが、戦闘は必要なのか外せないようだ。
レイルは、運よくスランより強くて良かった、とつくづく思っていた。
言葉も話せるのだから、とレイルは、雫状の体の上半身に、表情を浮かべるように教え、学習能力のあるスランは、見る見る吸収するように覚え、喜怒哀楽を表現出来るまでになっている。
更に数日が経つ。
今も足場も無いに等しい急斜面を登りながらレイルとスランは鍛錬している。
天性の力もあるレイルは、数段向上しているが、スランも何故か向上? なのか今では触手が八本にまで増え成長している。
今、メタル化しているスラン。
「アハハー、楽しー、あるじー、楽しいねー」
「おいおい、あまり無茶をしないでくれよ」
「だってー、楽しいんだもーん、アハハー」
嵐のような怒涛の連打の攻撃を、普通に剣で受け、受け流し、反撃するレイル。
本人は自覚が無いのか、その攻防は既に人の、英雄の域を遥かに超えていたが知ったことではないのだろう。
更に鍛錬相手が人では無い、人外なので、比べる由も無いのが現状。
「そろそろ上に進まないとね」
「はーい、ボクはー、お腹減ったからー、ご飯食べてくるー」
スランは、勢いよく滑り落ちて行った。
落ちるように勢いよく下って、小さくなって行くスランを見下ろしながら腰を下ろした。
「フゥ、俺も食べようか」
残り少ない干し肉を取り出し食べる。
山の頂上を背に、食べながら廻りの山々を見下し眺めているレイル。
そして振り返り頂上付近を見上げる。
「本当にあるのかな。行って、もし何も無かったら――帰りは無いな。ハハ」
日も沈み急斜面で就寝。
翌朝、眼を覚ませばスランが横にいて、レイルの体を、興味と親しみを込めて触手で撫でまわしていた。
「おはよう、スラン」
「おはよー、あるじー」
これは今に始まった事では無い。
出会い、鍛錬をして数日後から、レイルが就寝するたびに、懐き慕うスランが横で一緒に寝ながら守っている形となる。
スランの逸脱した力は、周囲感知も特化して鋭く、寝ていても察知するようだ。
ただ、この岩肌の範囲はスランの縄張りのようで、何一つ魔物は襲ってこなかった。
「あるじー、もうすぐだよー」
「え? スランは知っているの?」
「うん、よく行っているしー、住んでいるからー。見えるよー」
眼線を頂上に向ければ、いつの間にかそこだけ広大な森に囲まれた平坦な場所が見える。
更にきつくなった斜面を登るレイルと簡単に滑るように、スルスル、と速度を合わせるスラン。
「フゥ。今更じゃないけど、登ったり下りたりスランは疲れないのか?」
「ぜんぜんだよー。上の森と下の森ならー、行ってー帰ってー、一日かなー」
「俺に合わせてくれたんだね、聞いた俺が馬鹿だった。ハハハッ」
何日もかけて登った事が馬鹿らしくなっているようなレイルだ。
そして数時間後、ついに到着。
「フゥ、やっと着いた――え?」
レイルの眼に映ったのは、平坦な広場になっているその奥、切り立った岩の前に平屋建ての屋敷が建っていた。
それは黒く豪華な造りで、貴族か領主でも住んでいそうな建物だった。
ただ、この場には似つかわしくない屋敷でもあった。
レイルも、住める場所、とだけ思っていただけに、驚きは隠せないでいる。
その横にいたスランは、さも知っているかのように、ごはんだー、と、二本の触手を左右から上に出し、広場の横にある森の中に、音も無く滑るように消えて行く。
レイルは背負い袋を降ろしたら、十数m先の屋敷の扉が開いた。
「え?」
驚くレイルの眼の先に、黒いメイド服を着たスタイルのいい美女が、ロングソードを持って出てきた。
「侵入者ですか? 排除します」
「ち、違います。お、俺は……」
刹那、メイドが一歩を踏み込み、常人では無い速さでレイルに切りかかる。
ロングソードの一撃を袈裟懸けに振り降ろした。
レイルはスランとの鍛錬が功を奏し、メイドの鋭い攻撃を見切っていたので余裕で避け、一度横に逃げる。
これがミャウとの初対面であった。
そして鞘から刃こぼれの剣を抜き構える。
「ちょ、ちょっと、話を聞いてもらえませんか?」
「チッ」
聞く耳持たないメイドは、レイルを睨み追随し、尋常では無い連撃を繰り出した。
しかしそこは鍛錬したレイル。全て剣で受け流している。が、メイドの剣は業物のようで、レイルの刃こぼれのある剣では限界が近かった。
連打し、響き渡る金属音の中、レイルは話しかける。
「は、話を聞いてください。ちょ、ま、お願い、クッ」
「ハァッ!」
受け続けていたレイルに苛立ったようなメイドは、渾身の力で振り切り、まともに受けたレイルの剣を簡単に切り飛ばした。
鈍い金属音が響くとともに、レイルの剣は半分の長さになってしまった。
勝機あり、と見たメイドは、女性なのに何処からその力が出るのかわからないが、またも連撃を繰り出す。
そしてレイルは、またも防戦一方になることは必至。
半分になった剣で、まだ耐えているレイルに苛立ったようなメイドは、ロングソードなのに片手剣で連打してくる。それでも打ち込みは変わらない。
そして空いた手の平をレイルに向ける。
刹那、メイドが無詠唱でファイアボールを至近距離からレイルに撃ち放った。




