第54話 捕縛
まだ暗く、日の出にはまだ時間があるウイルシアン王国。
レイルは外套を深く被り北東部の外周壁に立っている。
レイルは気配遮断を掛けながら壁に接近し、高さ一〇mほど上の歩廊で見回りをしている兵士が離れるのを待つ。
それはすぐに訪れ、次の兵士が来るまで少しの空白が出来たのを見逃さない。
刹那、レイルは地面を強くそして音も無く蹴り、一足飛びで歩廊に一歩乗せ、そのまま流れるように国内へ侵入した。
飛び降りた先も、予想、想定、確定していたように人通りも無く、レイルは溶け込むように街中に消えて行った。
レイルにとっては造作も無い事なのだが、密入国が見つかれば厳罰は免れない。
今のレイルの立場であれば死罪もあり得る。
だがしかし、その力量で容易く入れれば容易く出られるのは当然であり、自然であり、必然だろう。
外套を被り気配遮断を掛けていれば、まず捕まる事、いや、見つかる事も無いだろう。
レイルは自身の家に向かえば、周囲感知を掛け、家の周りに誰一人として様子を伺っている者がいない事を察知した。
何故レイルの家を見張らないのか。
その訳は、レイルがまだ入国していなので至極当然、東西南北の検問所で警戒していたからだ。
それでも慎重に自宅に入り、灯りも付けずに時を過ごした。
――
日も昇り街では活気を取り戻し始めている。
外套を被っているレイルは、家を出る。
ロンダが起きる頃合いを狙って訪問し扉を叩く。
案の定、起きたばかりのロンダは、頭を掻きながら寝ぼけ眼で扉を開けた。
「ファー。誰だよ朝っぱらから……って。え?」
「ん。おはよう……入っていいかな」
驚くロンダだが、気恥ずかしさからか表情を殺した。
「お、おう。入ってくれ」
レイルが入ればロンダは周囲を見渡してから静かに扉を閉めた。
「まさか、レイルとはな。まあ立っていないでその椅子にでも座ってくれよ」
「ん」
「大丈夫なのか? ここに居るって事は、検問所で何も言われなかったのか?」
レイルは事の始終を簡潔に話した。
「はぁ? 何をしたかと思えば密入国か……レイルらしいけど……堂々と俺の家にまで来てよく見つからなかったな」
「ん。気配を消していたから目立たない」
「め、目立たないって……やはりレイルは何でも有りだな。ハハハ」
半分呆れたロンダも、ギルドマスターから聞かれてからの事を話し、内情は未確認だがレイルを見つけ次第城に連れて行く算段が練られていること、知っている事だけを伝えた。
「ルドルも俺にも聞かされていないし、教えてさえくれないけど、何かヤバそうだよ」
ロンダの話に一人察したレイルは、立ち上がり外套を脱ぎ、背負い袋をテーブルに乗せる。
レイルはその中から瓶を取り出して並べて行く。
「多分……呪いの事だと思う。解呪したから……」
ロンダは並べている瓶を、理解しないまま眺めているが返答する。
「それは無いだろ。むしろ喜ばれて当然だろ」
「違うと思う……俺には解る」
「そ、そうなのか。レイルがそう言うのだからあえて言わないよ。で、並べたその瓶は?」
「呪いを受けない。呪いを弾く液体」
「は……はい?」
ロンダが驚愕の表情で、瓶を眺めている中、レイルは説明した。
レイル曰く、この液体は数滴、指に若しくは手の平に垂らし、一舐めすれば例の魔物の呪いをほぼほぼ、完璧に防げる。
その効力も数年は持続する。
一瓶で各ギルドで使用しても余る程だから、王城は元より各ギルド、その他の分もあるから運んで使ってほしい。
勿論無償で。
驚いていたロンダも、数回深呼吸して落ち着きを取り戻し瓶を一本手にする。
「希少な品だけど本当にいいのか? 高額で売ってもいいくらいなのに」
「ん」
「ここまでするなんて、レイルも根っからのお人好し、なんだろうな」
「ん」
「勿論了解したよ。後でルドルと落ち合う約束だからその時にでも持って行こう」
「ん、よろしく」
「で? レイルはどうする? 今のままだと身動き取れないだろう」
「ん。一度国外に出て入り直す」
「はぁ? レイルだから王国の外には容易く出られるだろうけど、正面から入ったら捕まるのが眼に見えているだろ」
「でも正式に入らないと話も進まないし、結論も出ないし」
少し話を止めたレイルは話し直す。
「それにロンダとルドルにも会えなくなるのは嫌だし……」
まさかレイルがそんな事を行ってくると思っていなかったロンダは、後頭部を掻きながら急に照れた。
「う、嬉しい事を言ってくれるよ、全く。よしその時は俺とルドルに任せろ。大船に乗った気持ちでな。ハハハ」
「ん」
その後も話を続け、そしてレイルはロンダと別れ、自宅に帰った。
背負い袋を置き、身軽になったレイルは外套を被り直し外周壁に向かう。
入国する時は瓶を持っていた事もあり、万が一、千万が一、億が一でも失敗は許されないので慎重に慎重を重ね夜に行った。
ただ、今は剣と装備のみなので、万が一にでも視認されても容姿が見られなければ何ら問題はない。
今現在、まだレイルはウイルシアン王国に入国していないのだから。
ロンダを除き、国内にいないレイルなど誰も疑う余地もない。
気配遮断を掛けたまま、路地裏通りと上部の歩廊の見張りが手薄になる一時を見計って、地面を強く蹴り上部の歩廊に片足だけ付いて瞬時に飛び降りた。
音も無く着地し、そのまま見つかる事無など更々ない自信があるレイルは、振り返らずに森の中に消えて行った。
――
日も高く、昼を過ぎる頃合いのウイルシアン王国の検問所。
この時間から夕方にかけて、明るいうちに入国しようと、商人、冒険者、旅人等々などでごった返す時間になる。
相手にする門番たちは、忙しなく順番に一人一人、一組一組、対応するのに大わらわだ。
その列の中には既にレイルも並んでいる。
今はごく普通に外套を被ったまま立っている。
もしかしたら、すんなり通れ、事なきを得られるかもしれない、と言う希望もあるのだが、門番も馬鹿では無いので、大よそ無理だろう。
レイルは外套を被って静かに一人順番を待っている。
気配遮断では無いが、小心者の、人見知りの心を落ち着けるように、ゆっくり静かに深呼吸して待っている。
忙しくとも列の流れはゆっくり進み、順番が来た。
レイルは外套を払い門番に証明書を見せた。
忙しない動きの門番は、続いていた流れ作業なので、普通に何も無く検証し問題の無い証明書をレイルに返した。
無事に通れたと思ったレイルは、歩いて街中に入る。
ハッ、とすぐに思い出したように気が付いた門番が、振り返りレイルを探すように見る。
だがしかし、この忙しい中なので後続の子爵から、遅い、何とかしろ、と文句が飛び交っていたので呼び止められずにいたのは功を奏した。
ただレイルは、その雰囲気で、ただならぬ事態とは察していた。
レイルは自身の家に向かおうとしたが、急遽ギルドに向かう事に変更した。
もしかしたらロンダたちがいるかもしれないからだ。
時間的に誰もいないギルドに入れば、金髪のツインテールをした可愛いエルサが、口に手を当て欠伸をしている。
久しぶりにレイルを視認するエルサは、パァッ、と嬉しそうになり、待っていたような笑顔をみせ、先に声を掛けた。
「あー、レイルさん。お久しぶりですね」
「ロ、ロンダたちは?」
「え? いえ。まだ来ていませんが……約束ですか?」
「う、うん。でも、まだなら……また来る」
「は、はい……」
少し寂しそうなエルサを余所に出口に向かう。
レイルがギルドを出れば、検問所から連絡を受けたのか、既に騎士数十人が外で待ち構え包囲していた。
「ルーウェン・レイルツエース・ヴェイルだな。今より捕縛する。抵抗しない方が身のためだ」
両手を軽く上げたレイルは抵抗する様子も見せず、大人しく城に連行されたのだった。




