第52話 冤罪
雨が降りしきる昼過ぎのウイルシアン王国。
雲も厚くどんよりと薄暗い。
それ程暑くも無いが、こんな日は街の人通りは少ない。
そんな中の城内の会議室では、何やら議論をしているようだ。
国王と側近、侯爵、子爵、そして情報収集していた騎士が数人集まっている。
国王が一段高い台座に座り、他の者は向かい合う形で、四人ずつ並べらた机の後ろに置かれている格調高い椅子に座っている。
端にいた騎士の一人が立ち上がり、調べ上げた情報を報告している。
「と言う事で、国王が掛かってしまった時の呪いはその後、東西南のギルドのS級冒険者にも掛かっていた事を確認しました」
「で? 現在は?」
「ハッ。全員が北のギルドに所属しているB級冒険者ルーウェン・レイルツエース・ヴェイルなる者より解呪され、現在は全快しております」
「うむ。私と娘を解呪したレイル、と言った者か。しかし……腑に落ちないな。なぜ北のギルドには呪われた者がいなかったのか?」
「それは分かりかねます。現時点では、呪われた理由も不明なので……」
「レイルの素性は調べなかったのか?」
「念のために調べました。レイルツエースは冒険者であり、ギルドより少し奥まった賃貸住宅に住んでいます。しかし、本来は国外の何処かに住んでいる模様です」
そして騎士より補足事項があり、施設で育った事、冒険者登録して生活していた事、国を出てしばらくは音信不通だった事、再登録して現在に至る事を報告した。
「レイルツエースについて調べた情報は以上です」
少しの間沈黙が部屋を支配するが、一人の侯爵が手を上げ立ち上がる。
「国王、意見を述べて良いでしょうか」
「うむ。申して見よ」
「私は、事の次第がレイルに都合よく動いているように思うのだが、それは私だけでしょうか」
「と言うと、レイルに関係する。とか」
「はい。国王が呪われ誰にも治せなかったのに、現れたレイルは一度見ただけですぐに治した。そして北のギルド内には呪いに掛かった冒険者がいない。こんな都合よく事が運ぶのが不思議なくらいなのですが……」
「で? どうなる?」
「答えは一つ。犯人はレイルツエースなる者ではないか。と」
「なるほど。言われてみれば一理ある」
「そして何かを企んでいるのかもしれない。と」
合わせるように端に立っていた騎士が発言した。
「ただちにレイルを捕縛し、連行して白状させましょう」
「うむ」
「ではこれより騎士、兵士を引き連れレイルの捕縛に向かいます」
レイルが犯人に疑われてしまった瞬間だった。
確たる証拠も無く決定し実行する格差社会。
良かれと思ったレイルに災難が降り掛かる。が、今現在のレイルの強さなら捕まる事無く捕縛される事無く連行される事無く容易く逃げおうせる。
ただ、一人で国を相手にした場合、冒険者を抜きにした前提でも勝てるかどうか予測もつかないのが実情。
だが、その時は当然として、必然としてミャウも加わるのは自然な流れだろう。
二人だけでも十分な力がありそうだが、時と場合によってはスラン、へび姫が加われば大国をも簡単に、容易く圧倒するだろう。
だがしかし、それはレイルの判断に委ねられるのは必至。
その時レイルはどう打って出るのだろうか。
レイルとミャウの本来の力が、まだ未知数なのだから……。
――
数日後の定例会議。
前回と同様の顔ぶれだ。
隅に立つ騎士より報告を受ける。
「あれから検問所を出たらしく、現在レイルの消息は不明です」
さらに騎士が報告を続け、王国に滞在する時は借家に住み、王国を出れば行先を特定できない。
他の都市や町、村に入った形跡は今日現在まで、一度も報告が無い。
ギルドでも、そこまで関知はしていないのが現状。
「ただ今、北のギルドマスター、ゼクラに確認するよう問い合わせております」
「うむ。さらに疑わしくなったな」
手を上げた侯爵が補足する。
「魔の国などへ行き来しているのかもしれんな」
「次回、ウイルシアン王国へ入ったら、検問所より連絡を受ける手はずになっています」
「うむ。報告を待つとしよう」
会議は順延解散となった。
この悪手。
落ち着いて考えれば事前に北のギルドに出向き、ロンダたち一行に聞いていれば、何故、どのように、どうして、の理由が理解できたものを、誰一人として気が付かなかったのは愚行なのだろう。
ただ、ウイルシアン王国がすぐ動くのにも訳がある。
それは先日の闘技場での出来事は、観衆である多くの民衆が終始見ていたからだ。
そして、呪いの件も少なからず知れ渡っていたので、早急に対処しなければならないのが国としての実情だろう。
なので、犯人に仕立てやすいレイルに白羽の矢が当たった事となる。
今回の件は、たとえ間違いであれ、冤罪であったとしても、そして新たに犯人が出たとしてもすり替えればいいだけの事。
悲しいかな、上位社会には刃向えない暗黙の了解がこの世にはある。
◇
同時刻の北のギルド
雨の降る中、街中から小走りに湿度の高いギルドに入って来る二人の男がいた。
軽装である茶髪の男と青髪の男は、両肩に乗っている雨雫を手で払い落としながらテーブル席に座る。
こんな日、こんな時間には当然至極誰もいない。
ギルマスのゼクラに呼び出された休日のロンダとルドル。
受付から視認していたエルサは、金髪のツインテールを揺らしながら二人の前に歩み寄った。
「ロンダさん、ルドルさん、お待ちしていました。こちらへどうぞ」
ギルマスの部屋に通され中央のソファに腰掛ける。
ゼクラは既に座って待っていた。
「今日呼んだのは他でもない。レイルの事だ」
テーブルを挟み、相対し座るゼクラと二人。
二人は急な呼び出しと、雨のせいで機嫌が良くないのが見てとれ、前傾姿勢のゼクラに対し、背もたれに寄り掛かったままで聞いている。
通常あまり無い事だが、呼び出した手前、態度に表わす二人を気にする様子も見せないゼクラだった。
「実は、同じパーティのレイルが住んでいるウイルシアン王国以外の場所を教えてほしい」
背もたれに寄り掛かっていたロンダが、反応するようにゆっくり体を起こしゼクラの質問に乗る。
「ん? レイルが何かしたのか?」
声のトーンと内容で、既に察しているようなルドルは背もたれに寄りかかったまま皮肉交じりに話す。
「それとも解呪の報酬がでる。とかか?」
「いや、それは上手い事言えないが、レイルの居場所を知っているのはロンダとルドルだけだから聞いている」
ルドルも上体を起こし、ロンダとルドルは一度顔を軽く見合わせ前を向く。
「俺は知らないよ。万が一、知っていても言わないけどさ」
「俺もロンダに同じだ」
「ゼクラ。何故レイルの事を調べているんだ?」
「そうだよ。何を企んでいるんだよ」
ゼクラは両腕を前に組み肩を落とす。
「俺にも詳しく教えてもらえないのが現状だが、王国の側近に居場所を付きとめろ、と言われたんでな。これも仕事だから何も言えないんだ」
その後も押し問答が続いたが、やはり結論は出ないのは当たり前か。
結局ゼクラは、知らぬ存ぜぬ、の一点張りの二人に、居場所も分からず仕舞い。
ギルドマスターと言う立場上ではあるが、付き合いのある二人とレイルに対して強く言えないのもある。
当のロンダとルドルも理由を聞けず仕舞いで消化不良のように終わった。
部屋を出る頃には雨も止み、雲の合間から日が差していた。
二人が同じように爽やかに髪を掻き上げながら外に出れば、雨露に濡れた街並みは光が反射して、誰が見ても清々しく感じるだろう。
ギルドからの帰り道、並んで歩くロンダとルドル。
「さっきの話だけど、あまりいい話しじゃなさそうだな」
「ああ、そんな雰囲気だったな」
「で、どうする? レイルに一報入れとくか?」
「それがいいな。まだ日も高いし野暮用を済ませれば夕方には放てるよ」
「よし、ルドルに任せた」
「おう、任された」
その日の夕方北の検問所を出たルドルは、前回と同じ場所に立ち背中の弓を取り出す。
弓の弦を大きく引き、北の空に向かって構えれば魔法を練り込んだ矢を、弦の弾ける音とともに放つ。
その矢は、一直線に飛んで、夕日に染まり赤くなって消えて行った。
◇
レイルの屋敷




