第49話 続く呪い2
レイルの解呪方法を、ナギアは終始両腕を組み片手のコブシを顎に当てて動揺も無く、冷静に、沈着に、真剣に、まるで分析でもするように見ていた。
「聞いてはいたが、実際を見ると凄いな。魔法とは根本的に違うし驚異的だよ」
同時に扉が開かれ、牧師とコザルが入って来る。
二人の容態を見た牧師も、あの黒く変色していた顔が、ほんのり赤みを帯び、荒かった呼吸も静かで、穏やかな表情になっている二人を見て驚愕していた。
牧師はすぐに気を取り直し、呪いが抜けている事を確かめ、そして二人の無事を確認した。
コザルは、感謝しながら、泣きながら、大粒の涙を流しながらレイルの手を両手でつかむ。
「あ、ありがとうレイル。ううぅ。命の恩人だ、感謝する。ううぅ」
「ん……いいよ」
未だに対人恐怖の残っているレイルは、コザルの眼線を避けるように、下眼使いに床を見ていた事は言うまでも無かったか。
暫くコザルはレイルに感謝していたが、牧師に言われて二人に歩み寄り安堵した表情になっていた。
事が終わったレイルは何事も無かったように部屋を出る。
ロンダたち四人も、後は牧師とコザルに任せてレイルの後を追うように部屋を出た。
教会を出ようと、出入口の扉近くまで行くとレイル以外は緊張感を持って立ち止まる。
ロンダが背中の槍を取り出し、ルドルも背中から弓を取り出す。
「何か殺気のような感じがこっちに向かって来る」
「ああ俺も感じる。でも王国の街中だぞ」
装備した二人を見たラベルトとナギアは、S級の二人が構えたので、任せ切ったのか、余裕なのか、何の準備もとっていない。
「二人に任せるよ」
「そうだな」
やはりそうだった。
扉に手を掛けているレイルも、誰に言わないとしても、既に察知はしているが、気にする事無く、躊躇なく扉を開き外に出る。
続いて四人が外に出て、レイルの後ろに立つ格好になる。
日も昇り、高くなっている中、東へ続く街道から、一台の幌付き馬車が走って来るのが見えた。
その馬車は教会の前で止まった。
その馬車こそロンダたちが感じた元凶? のようだ。
無防備なレイルの後ろに立ち並ぶ、構える二人と両腕を組むラベルト、そして威風堂々美しい銀髪を光らせ、腰に手を当てているナギア。
レイルは元々この馬車が来る事を教会の中から知っていたが、すぐにナギアも察した。
「ロンダ、ルドル、殺気じゃないから構えなくていい」
止まった馬車から一人の男が降りて来た。
身長一八〇㎝程の筋肉質で、剣を装備した青髪青眼の男。
その男が踏み出そうとした時、教会に立っている五人、いや、レイルの後ろにいる四人の威圧を感じたようで、眼を向ければすぐに固まった。
先にラベルトが思い出したように声を掛ける。
「ん? あ! お前S級のバッカルドか?」
「て、鉄壁と、し、漆黒が何故ここに? は? ロンダルガムとルドルフまで」
構えを解き、槍を背中に戻したロンダ。
「それは俺たちが聞きたいよ。東のS級が何で北の教会に来るんだよ。東にもあるだろ」
「いや、今、この教会で国王を治したレイルツエースの解呪が行われることを聞いてやって来た」
「見に来たのか? もう終わったぞ? ――いやまさか。呪われたのか?」
「ああその通りだよ。馬車の中に呪いを受けたモルダがいる。しかし、もう終わってしまったのか? レイルツエースへの連絡方法は無いのか?」
レイルは下眼使いになりながら地面を見て一歩前に出る。
「ルーウェン……レイルツエース・ヴェイル……です」
すぐにバッカルドはレイルの前に立ったかと思うと、両膝を地面に付け両手も地面に付け懇願した。
「頼む、俺の仲間を救ってほしい。今、レイルツエースの力が必要なんだ。報酬は勿論言い値で支払う。だ、だから……」
「ん……いいよ。俺は……レイルで」
「おお、そうか。ありがとう、ありがとう。俺はバッカと呼んでくれ。で、何処で行う? この教会の部屋を借りてこようか」
「ん? この馬車で」
「は? 出来るのか? いいのか? 馬車の中で?」
「ん」
レイルの後ろから見ていたナギアが、張りのある声をバッカに発する。
「レイルが出来る、と言ったら出来るんだ。早く馬車の中に連れて行け」
ナギアの言い方に隣のラベルトが苦笑いする。
「そうしろよバッカ。早くしないとレイルの気が変わっても知らないぞ?」
ロンダとルドルも同様の表情だ。
「そうそう」
「だな」
そんな四人に、バッカは焦ってレイルを馬車の後ろから乗せた。
馬車の中では、細マッチョのモルダマンが寝かされ、その横にとんがり帽子にポンチョを羽織った女性、アンステン・クリステア・ラメリットが涙目で両手を前に出し、緑色の魔方陣を展開させて治癒の魔法を掛けていた。
「あ、あなたがレイルツエース?」
「ん」
「お、お願いします」
乗り込むレイルは黒い顔になっているモルダマンを調べるように見る。
「ん、後は……俺が。外に出て……」
「は、はい」
クリステアが治癒魔法を止め、一度モルダマンを心配そうに見てから馬車を降りた。
外にいたバッカは、またもや焦った表情になり、馬車とロンダたちに首を振り、何度も何度も見返している。
「え? え? ひ、一人でいいのか? 助力は必要ないのか?」
ロンダが片手で茶髪を掻き上げる。
「いらないよ」
ルドルが両手で青髪を掻き上げる。
「いらないな」
ラベルトが青い空を眼を細め眩しそうに見る。
「必要ないさ」
ナギアは、透き通るような銀髪を揺らし、威風堂々胸を張っている。
並んでいる四人の中で、一番凛々しく、様になっているのはナギアだと感じるのは気のせいか。
「黙って待てばわかるさ」
英雄級、S級が自信に満ち溢れたような四人を見て、バッカは信じたようだ。
その隣に立つ、身長一五〇㎝程で茶髪の長髪のグラマーな女性が一礼して四人を見る。
「アンステン・クリステア・ラメリットです。クリスと呼んでください」
ロンダから順に一通りの挨拶をした。
挨拶し終えた時、レイルが馬車から降りて来た。
振り返ったバッカが心配そうに歩み寄る。
「な、何か必要な物があるのか? 足りない物でもあるのか? 俺に出来る事なら……」
「ん……終わった」
「はい?」
「ん」
バッカの隣で素っ頓狂な声を発したクリスが、慌てて馬車に乗り込めば、すぐに顔を出した。
「バ、バッカ。モルダの呪いが無くなっている」
そしてまたすぐに顔を引っ込めた。
クリスはモルダに治癒の魔法を掛けるのだろう。
バッカはまだ信じられないのか、何をしていいのかわからないような棒立ちだったので、見かねたロンダが声を掛けた。
「そのまま帰って安静にしていれば明日には回復するよ」
我に戻ったようなバッカはロンダを見る。
「す、すまない。恩に着る。取り急ぎ帰るよ。礼はまた改めて」
一礼したバッカは馬車に乗り込み来た道を戻って行った。
モルダとクリスを乗せたバッカの馬車が見えなくなる、と同時にまた別の馬車が走って来た。
まだ距離は遠いが、S級には見えるのだろう。
よく見れば女性が手綱を握っていた。
レイルが馬車を見てつぶやく。
「あ、まただ……」
ロンダたちもバッカの時と同じ殺気だと感じた気配が、また向かって来たので、もう構えはしなかった事は言うまでもない。




