第 3話 旅路
登る速度は落ちているものの、登り続ける事さらに一週間が過ぎた頃、魔物が現れた。
体長一mより少し大きい黒い体毛を持ち、鋭く大きい牙と鋭利で硬い爪を持つ、二体のスラッシュモンキー。
この手の魔物は、平坦な森ではレイルでも簡単に倒せている。
だがしかし、ここは急斜面の森の中なので、レイルは動き辛くスラッシュモンキーは、枝を掴み木の上を飛び跳ね、縦横無尽に地の利を生かした攻撃をしてくる。
今のレイルは、問題なく強いが、急な傾斜で戦う、と言う経験不足が祟った。
片手で枝を掴み、もう片方の手で剣を振り回すしかない状態。
動きづらいレイルは、肩や足などに鋭い牙や爪の攻撃を受け傷を負う。
それでも何とか辛勝し切り倒した。
周囲の気配を読み、魔物がいない事を確認し木の上高くに上って座り、背負い袋から針と糸を出す。
「フゥ、やられたな。これも実力不足だよな」
浅い傷は軟膏を塗り、深い傷は自身で縫った。回復薬は数本持っていたが、この先も長いので、使い切り、無くなってしまっては死活問題。
回復薬が無い状態で、深い傷を負ってしまったらそれこそ、死が待っている。
なので、治せる傷は自身で治して温存しているのが現状なのだ。
「グゥ、傷口を縫うって、結構きついな。ま、あの時程じゃないから耐えられるか。ハハッ」
傷の痛みには、いじめにあっていた時を思えば、それ程でもなく、苦にもならい。
縫い終わった後、傷口に軟膏を塗り布を巻き、気配を消すように一日静かに休む。
一日だけでは傷は癒されているが完治はしていない。それでも進み、現れた魔物の攻撃を受け、更に傷が増えて行くことは必然となる。
魔物が現れる頻度が多くなり、生傷だらけの上、あまりにも酷く、痛みで身動きできなくなった時、一度だけ回復薬を飲んで、深い傷もなかったので完治する。
こうして思うように進めず、停滞して数週間が過ぎていく。
既にレイルの体には、大小数えきれない傷跡が出来ていた。
だがしかし、これも鍛錬なのか、戦い毎に魔物の動きを習い、同じように、いや、それ以上に軽快に、軽やかに素早く動けるようになり、レイルの身体能力も向上し、スラッシュモンキーの動きを見切って、複数のスラッシュモンキーを同時に攻撃して来ても倒せるまでになっていた。
急な斜面に順応し、木の上を走り回るように飛び、跳ね、魔物も簡単に倒しながら数日登り続けて行く。
更に進む事数日は、スラッシュモンキーも現れなくなった。が、今度は何故かスライムが多く現れ始める。
枝や草の生い茂った地面に、音も無く、スルスル、と滑るように向かって来るスライムが三体。
動きは単純なので、簡単に切り飛ばす。
だがしかし、何か違う。平坦な森にいるスライムと比べると、動きも早いし切り飛ばしてもすぐにくっ付いて復元している。
スライムの中心にある核を狙って切っているつもりだったようだが、その核の大きさが、平坦な場所で現れるスライムと違い、ごく小さいようだ。
スライムも負けじと尖った頭の先から酸を飛ばす、が、これくらいならレイルは軽く避ける。
「少しは強いな。もっと正確に切らないとダメか」
レイルが考えているうちに、三体のスライムが動き出す。
レイルは、スラッシュモンキーとの戦いで習得した動き方をフルに使い、小さな核を狙って切り飛ばした。
「この辺のスライムは、地味に強いな。今度からは躊躇しないで、速攻で仕掛けよう」
その後も現れたスライムには、集中して核の位置を把握し、酸を飛ばされる前に速攻で切り飛ばす。
数日は、スライムを討伐しながら登る毎日だったが、今度は木々の合間から、体長二m幅二mほどで、水色の透明色のキングスライムが現れた。
スライムよりも大量の酸を吐くキングスライム。巨体に似合わず上手く木に止まりずり落ちもしない上、厄介な事に更に動きも素早い。
ただ、レイルにしてみれば、それだけだ。
「ゴメンよ、倒さないと進めそうにないからね」
体格が大きければ、核も大きい。なので酸を飛ばされても倒す事は容易い。
その後の数日は、スライムに変わってキングスライムしか現れなかった。
魔物同士の縄張りでもあるのだろう。
そしてどのくらい登ったかは定かではないが、更に数日が過ぎ、樹海のような森が開け、何も無い岩肌が見え始める。
その時、またもキングスライムが現れた。
レイルは、普通に倒そうと構えたら、対峙するキングスライムは別物と判断したようだ。
「え? 何だ? 新種か?」
レイルの前にいるキングスライムは、触手のような物が体の左右から二本生えて来て、その先が鋭い剣のようになっている。
その触手は、不規則に動き、攻撃が読めない。
構えているレイルに、触手の攻撃が来た、が、上手く剣で受け流し、続けて飛ばして来た酸も避ける。
一瞬攻撃が止まったその隙を狙って、触手を切り飛ばし、さらに胴体を切り飛ばそうと木の上を素早く踏み込み、横一線に振り切る。
これで決まったように思えた。
だがしかし、キングスライムは変色し、高い金属音と共にレイルの剣が弾かれる。
刹那、触手の剣が生えレイルを襲うが、察知し間一髪金属音と共に受け流し、後方へ飛ぶ。
「おいおい、何だよ、冗談だろ、反則じゃないのか?」
そこにいたのは、銀色で艶のある金属化したキングスライム。
メタルキングスライムだった。
金属の硬さがあっても、触手は理不尽に、不規則に自由に動いている。
切り飛ばせないメタルキングスライムとレイルでは、勝敗は前者に軍配が上がる。
だが、しかし、切り飛ばせないにしても、スラッシュモンキーとの戦いで培ったレイルは触手攻撃と酸の攻撃を、木々や岩斜面の上で簡単に避け、同等に常に相対している。
するとメタルキングスライムが、口も無いのに言葉を話す。
「わ、わるも……の。た、おす」
聞き逃さなかったレイル。
「喋れるのか? 君、喋っているよね。俺は悪者じゃないよ」
聞く耳持たない変色しているキングスライムは攻撃を止めない。
「ここ……に、くる。み、んな、わる、もの……たお、す」
「ちょ、ちょっと待って。話し合おうよ」
「みん、な、う、そつ、き」
「だー、仕方がない。ハァッ!」
レイルは初めて全力をだした。施設でも冒険者になってからも、一度も出さなかった全力。
攻撃してくる金属の触手を切り飛ばし、多少刃こぼれはしたものの、そのまま踏み込んで本体の中央、腹辺りに足を載せ、新しい触手が出る前に剣の切っ先を両手持ちで上から突きたてた。
今までは、魔物との戦いでも、不安定の斜面で、全力を出し切れていなかったのだ。
そして、今の相対するメタルキングスライムにも全力で戦っては無かった。
「このまま突き刺したら、君の触手が出ても間に合わない。君の核を壊してしまうけれど、いいのかな」
「こ、ろす、のか。ざ、んねん」
諦めたように力なく元の水色になったキングスライムになる。戦意、殺意はなくなった事を感じ取ったレイル。
「殺さないよ、知性のある魔物なんて珍しいし初めてだよ。話をすれば分かり合えるかもしれないしね」
レイルも突き立てた剣を鞘に納める。
「な、ぜ」
「ん? 俺がそう思うからさ。またどこかであえたらいいね。もう俺を襲わないでくれよ。んじゃ」
レイルは踵を返し、背中を見せ、キングスライムの反撃が来るかもしれないのに、信じているように再び登りだした。




