第39話 レイル
新規冒険者の、それも美しい女性であった場合の囲い込みは、それはもう日常茶飯事のようである。
パーティの誘いは多少の強引なところがあっても、話し合いだけでは受付嬢はもとより、他の冒険者たちも止める事無く、ただ様子を伺っているだけなのが実状。
しかし話を聞いていなかったのか、天然なのか、サリアがオリナの後ろから立ちふさがっている男達に話しかける。
「あのー、黒髪のレイルって男性を知りませんか?」
「はぁ? レイルだぁ? 知らねえなぁ。お前ら知っているか?」
先頭の男は知らないようだったので後ろの仲間に振り向く。
一人の男が、ハッ、と思い出したのか、知っているようで男に近寄り手を口に当て小声で話す。
「も、もしかして、北のギルドにいるS級の二人とつるんでいる男じゃないのか? たしかレイルって……」
言われて男も思い出したようだ。
「あー、あの男か。それは不味いな。アーチャーとランサーの二人と組んでいる上に、噂じゃ英雄級の漆黒と鉄壁とも繋がっているらしいからな」
「や、やばいよ。下手な事して知られた日には、首が飛んじまうぞ?」
男達が焦りだした様子を見ているサリア。
「あのー、知っているなら教えてほしいのですけれど。わっちたち、レイルにもう一度会わなくてはならないので……」
サリアとオリナであれば、小声など容易く聞き逃さないでいる。と思えば、聞こえていないようだった。
いや、むしろ聞く素振りもしていなかったのは痛恨のミスである。
男たちは手の平を反して話す。
「ね、姉さんがた。お、俺たちは何も知らないし見てもいない。さっきの事も帳消しにするよ。悪かったな」
「え? さっき知っているような話をしていませんでしたか?」
「し、知らないなぁ。他を当たってくれよ。おい、お前ら邪魔だからどけよ。ささ、どうぞ通ってください」
二人は難なく通され、外に出た。いや、丁寧に追い出された。といったほうが正解か。
歩き始めれば、先ほどの囲い込みのことなど、とっくに忘れているようなオリナが後ろを歩くサリアに振り返る。
「今日から此処を拠点に冒険者として生活し、階級を上げながらレイルを探すよ」
「え? 何で階級を上げるの?」
「さっきの男たちは多分、レイルを知っているみたい。でも、あの雰囲気じゃ教えてくれなさそうだったからあえて無理に聞かなかったの。それに少し聞こえた中に、階級がどうとか言っていたから、レイルは上位級の冒険者じゃないのかな。なら私たちも階級を上げていけば見つかりやすくなると思うよ」
「へぇー、成る程。そうだね、確かにレイルは凄い強かったから上の級だと思う」
「よし、話は決まった。では宿を探す前に食事をしようか」
「うん、賛成。もうお腹がペコペコだったんだ」
「何食べようか」
「んー。あ、前に聞いたことがある皿食がいい。わっち、一度食べてみたいと思ってたんだ」
「了解、皿食にしよう」
皿食屋を探すべく、お腹を空かせた二人は、仲好さそうに並んで足早に街中に消えて行った。
二人の実力はすでに上級だったので、依頼を受ければすぐに頭角を現し、西のギルドの最短記録で、一か月もたたないうちにA級に昇級されるのだった。
◇
レイルの屋敷
澄んだ青空が高く、雲一つない。
穏やかで、山々も遠くまで見渡せる程、空気も綺麗だ。
今日もレイルはスランとへび姫と遊んでいる。
今、スランはメタル化して八本の触手を伸ばし、笑顔を出しながらレイル眼がけて暴れている。
「アハハー、楽しいなー、やっぱりー、あるじだなー、アハハー」
レイルも楽しそうなのだが、荒れ狂うスランからの怒涛の攻撃を、片手剣で受けさばいている。
スランの後方で、綺麗な長い金髪を胸辺りで揺らし可愛い女性化しているへび姫は、片手を前に出し、スランとの凄まじい攻防の中、余裕がありそうにレイルのスキを見つけては、アイスランス、ファイヤーボールなどの攻撃魔法を繰り出していた。
傍から見れば人の入りえない災厄の暴風が巻き起こっているだけにしか見えない状況だ。
へび姫の桁違いな魔法攻撃でも、片手の平で受け無効化している出鱈目のレイル。
そんな事は当たり前のように、お構いなしにミャウは、姿勢正しく美しく屋敷の横で洗濯物を干しているという奇妙な光景。
ミャウは一度スランたちを、美しくも切れ長ではある眼で、冷たい視線を向ける。
「風くらいなら乾きが早くていいですが、ほんのわずかな埃でもこちらに飛ばして付けたりしたら、タダではすみませんよ」
普通に、ごく普通に話しているミャウ。
まるで独り言のようで、普通なら災厄の暴風の中に聞こえるはずもなく――。
「はーい、わかったー、アハハー」
「うむ、障壁を張っておこうかの。ん?」
だがしかし、スランとへび姫には、しっかりと聞こえ答えていた。
勿論その暴風の中にいるレイルも、一瞬ミャウを見たので聞こえているのだろう。
頃合いと見たレイル。
刹那、怒涛の攻撃を一瞬ですべて弾き返し、スランの八本の触手が大きく上に跳ね飛ばされる。
「よし、今日はこれくらいにしておこうか」
「はーい」
「うむ」
楽しんだスランは、メタル化を解き二本の触手を上にして、レイルの廻りを楽しそうに滑り回っている。
へび姫も、可愛い女性化を解き、美しい紫色をしている瞳の大蛇に戻った。
呼吸の一つも乱れのないレイルも驚愕に値するのだが日常茶飯事である。
レイルは滑り回っているスランに話しかけ、持っている剣の握り手を差し出す。
「スランはこの剣持って振れるか?」
レイルの前に、ピタリ、と止まったスランは触手を伸ばし、普通の顔を出して剣の握り手を包み込むように持つ。
そして何回か、常人には見えない速さで振り回したと思えば、レイルに返す。
「うーん、使えるけどー、面倒かなー、重いしー、自分のがいいー」
「まあそうなるか。自身で出せるのだから剣の自重だけ負荷がかかるしな。へび姫は使えるのか?」
滑るようにレイルに近寄り、優しく嬉しそうにとぐろを巻くへび姫。
「妾は使えぬよ。ん? 持てる事は持てるがの。ん?」
細い舌を出して、レイルの顔を、チロチロ、愛おしむように舐めている。
「ダメなのか。なら、へび姫の物理攻撃は牙と尻尾だけなのか」
「うむ。牙は好んで使わないがの。ん? 尻尾のメタル化の他にもスランと同様に変形は可能だがの。ん? 見るかの。ん?」
へび姫の尻尾の先がメタル化し、黒光りする刃渡り一m程で鋭い両刃の剣状になった。
尋常では無い風切音と共に、軽く振って元に戻す。
「へぇ、便利だな。それはいざって時に使うのか」
「いや、使わんよ。ん? レイルが聞いたからの。変化させてみたまでだがの。ん? この状態でも威力、破壊力は変わらんがの。 ん? 岩でも何でも粉砕する事など容易いものよ。ん?」
レイルからとぐろを解いたへび姫はレイルに実技説明するのだろう。
刹那、へび姫は廻りを滑り回っているスランに鋭い尻尾の攻撃をすれば、察知したスランもすぐさまメタル化する。
だがへび姫の鋭い速さに間に合わず、触手で防ぐ前に攻撃を受ける形になる。
武装硬化した尻尾が、武装硬化した体に連撃で叩きつけられ重厚な金属音が山々に響き渡る。
「へび姫ー、痛いよー、急には止めてよー」
すぐに触手を四本に増やして応戦すると、攻撃を止めるへび姫。
「痛くもかゆくも無い癖にの。ん?」
「そうだけどー、でも痛い感じかなー、って思うからー」
「成る程ね、それで十分って事か。参考になったよ」
「構わぬよ。ん?」
岩でも簡単に粉砕する攻撃とまともに受けても平然としている両者の強さは、未だ量り知れない。
へび姫は、またレイルにとぐろを巻き、チロチロ、と舐めはじめ、スランも再び滑るように笑顔を出し、回り始める。
するとへび姫が、首をもたげ一方向を見る。
「では妾は帰るとするかの。ん?」
「ああ」
レイルがへび姫の見た方向で理解した。
ミャウが洗濯物を干しながら眉間にしわを寄せ、冷酷な眼を更に細くして睨んでいる。
今にも走って来そうなそぶりを見せていたからなのだろう。
スランも察知しているようだ。
「ならボクもー、帰るー、あるじー、またねー、アハハー」
へび姫とスランは、滑るように森の中に帰って行った。
洗濯物を干し終えたミャウが、姿勢正しく両手を前に組み、美しく歩いて来る。
その姿はメイドの品格を醸し出すような、メイドの中のメイドと言ったところか。
顔を横にして森を眺めるミャウ。
「レイル様は、あの者どもに優しすぎるのでは――」
「ん? まあ友達だしさ」
「特にあの駄蛇、いえ、へび姫に対する甘さが目立って見てとれますが……」
「んー、へび姫も嬉しそうだしさ」
「では、わたくしも同じように――」
「いや、ダメでしょ。ミャウは止めなさい。それにへび姫は大蛇だからさ」
姿勢正しくスタイルも良く、胸を張り一歩前に出るミャウはレイルに接する程近くに立ち、いや、一部が接していることは言うまでもなかったか。
ミャウの美しい顔は、怒ってはいないようではあるがレイルの顔を近くして、合わせるように顔をあげ無表情で話す。
「わたくしは、ホムンクルスですが、何か」
いつにないミャウの気迫に、身動き一つできないのであろう、その状態のままである。
「いや、あのね、ミャウはそれでもダメなの」
「わたくしを嫌いだ、と。虫唾が走る、と。消えてしまえ、と」
今にも鼻と鼻が付きそうであるが、その状態を保持している。
「ち、違うって。ミャウは好きだよ、大好きだ。うん。え?」
美しい真顔だったミャウの頬がほんのり赤くなり、無表情ながら口元がほんの少し緩み、嬉しそうだ。
ミャウは一歩下がる。
「わたくしもお慕いしています。し、失礼します」
とても長く話ができたと感じているような、満足した表情のミャウは、踵を返し屋敷の玄関に足早だが嬉しそうに歩き出す。
そしてミャウを見送る形で立っているレイル。
ところが二人は振り返り、こちらに向かってくる何かを察知したのだった。




