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第36話 協力


 再びバンパイア王国。

 サリアの家は、平民なので王国の端部に位置し、この国ではごく普通の、周辺の並びと同じ石造りの家だった。

 それ程広くはないが、住むには十分ではあった快適そうな家。

 朝、サリアは一人朝食を食べている。

 この家に住んでいるのは、サリアと兄の二人暮らしだったから。

 兄は、酒場で早い時で深夜、遅い時は早朝まで働いているので、まだ寝ている。

 なので、起こしては不味い、と兄を思いサリアはまだ対面していなかったのだ。

 朝食を食べ終えると同時に、外から馬車の止まる音が聞こえた。

 感じ取るサリアは少し不機嫌そうに玄関を見る。


「えー? もう来たの? まだ兄さんとも話もしていないのにー」


 しかし、待ってはくれない。

 扉が叩かれればサリアが仕方なしに開ける。


「サリア殿。王城に向かう時間です。お迎えに上がりました」

「は、はい。もう少し待ってください。準備した荷物を持ってきます」


 結局サリアは、久しぶりの兄と話も出来ないまま、また家を出るのであった。

 ――そして王城の客間。

 サリアは先日と同じ部屋に通される。

 そこには神官が数人、ソファーの奥にあるテーブルを囲み何やら作業している。

 グラバー提督は既に、ソファーに座って待っていた。

 勿論周りには、先日見た顔の男女も。

 グラバー提督はサリアを見れば立ち上がる。


「サリア殿、お待ちしていました」

「は、はい。失礼します」


 促され、ソファーに座りグラバー提督と対峙する。


「本来であれば、国王自ら立ち会うのだが、急な公務が入ってしまって、申し訳ないが来られない」


 サリアは焦った表情で、手を横に振る。


「いえいえいえ、滅相も無いです。わっちには勿体ないです」

「感謝します。で、話を進めたいのですが、まず、その男の居場所を付きとめます」

「先日も言った通り、私は知りませんが……」

「心配ありません。今から探させますので」

「は、はぁ……」


 後ろの神官から、準備が整ったのか声が掛かった。


「提督、いつでもよろしいか。と」

「うむ。ではアリア殿。テーブルまで御足労願います」

「は、はい」


 言われた通り、テーブルに移動すると、その上には、紋章が浮かび上がる魔石と、その左隣に間隔を置き、乳濁色の白い魔石、そして中間の奥には一回り大きい無色透明の水晶が置かれ、三角形の配置を保つ形になっていた。

 神官の一人が説明する。


「これは、そなたの相手を探す装置です」


 神官曰く。

 魔石に両手を乗せると、相手の居場所が水晶に映し出される。

 これは初めて血を吸った時に、自身の牙から極、極微量の血の結晶が、相手にも入りそこに留まる。

 その結晶のお陰で探知できる。

 全く知らなかったようなサリアは、驚いた表情だった。

 でも、一人で探さなくていいと知り、すぐに安堵の表情に戻った。


「では両手を魔石に乗せてください」

「はい」


 サリアは素直にテーブルの前に立ち、ゆっくり、と両手を魔石の上に乗せる。

 右手には金色に光る紋章が現れ、一度見てはいたものの、やはり凄い事なのか、またもや周囲からどよめきが起こる。

 そして左手からは、傷一つ無いのに、何処から出たのか一滴の血が、白い魔石を一筋滴る。

 すると、反応するように白い魔石も淡い光を発した。

 両手の反応を確認した神官は、頃合いなのか歩み寄り水晶の中を覗き込んだ。


 ――暫く覗き込んでいる。

 ――まだ覗き込んだまま動かない。


 そして離れ、両腕を組み首を傾げる。

 後ろに立っていた神官にも見るように促し、順に覗き込ませるがしばらく動かない――そして全員同じように?マークが頭上に出ているように首を傾げる。

 その様子を見ていて、苛立ちを見せるグラバー提督。

 提督は神官の所に歩み寄る。


「どうした。何かわかったのか?」

「――」

「どこが見えているんだ?」

「――」

「なぜ何も言わない」

「提督もご覧になってください」

「うむ。ん?」


 グラバー提督が水晶を見ようとしたら、周囲にいる者たちも滅多に見られない事なので見たいのだろう。

 屈強な男女もその背後から、邪魔にならない程度に覗き込む。

 グラバー提督は、かがんで食い入るように見る。

 一度起き上がり、天井を見て一呼吸し、もう一度かがみこんで見る。


「何だ? これは。何故、居場所が映らず魔物が映っているんだ?」


 水晶の中に映し出されたのは、真っ白な霧のような中にスランが現れ、こちらを向いて笑顔を出している。


「何故スライムが映るのだ。居場所では無いのか?」


 聞かれている神官たちも首をひねる。


「わかりかねます」


 ――へび姫の仕業だったようだ。


「これではわからんだろ。どうするのだ」

「故意に細工をされた。としか考えが尽きません」

「何? 我が国の極秘事項を知っている。と申すのか」

「それ以外、何を思いつきましょうか」

「では、どうするのだ」


 周囲も騒然とする中、サリアは伺うように、ただただ、黙って両手を出したまま動けなかった。

 神官が観念したような表情になる。


「提督。これでは手の打ちようがありません」

「仕方がない――何か他に方法がないか検討しよう。サリア殿、ご苦労でした」

「手を離していいですか?」

「うむ」


 サリアは、ゆっくり、と手を離し、振り返りソファーに戻ろうとする。

 突如、水晶が陶器でも割れるような鈍い音を立てて、粉々に砕け落ちた。


「なっ」


 神官が後ずさりする。


 ――ミャウの仕業だったようだ。


 グラバー提督も、驚愕の表情になる。


「我が国の国宝である水晶が砕けるとは、一体どういう事だ」

「これも相手からの細工としか考えられません。そしてもう一つ。この相手を探さない方がよろしいか。と」

「何故だ」


 神官曰く。

 探知する力を知っていて、さらにこれを逆手に取り、あからさまに仕掛けて来た。

 これは強大な、膨大な、絶大な魔力が無いと履行できない。

 同じ事をするのなら、神官を百数十人集め、一糸乱れぬ魔法の訓練し、錬成しないと到底無理。

 これは向こうからの警告だろう。


「これ以上近づくな。干渉するな。と」


 グラバー提督は、頭を抱えソファーに座り込んだ。


「英雄の上を行くのか――もしかして、十二神将の化身の類なのか?」


 サリアは、ただただ、事が過ぎるように黙って座っている。


「サリア殿、暫く待たれい」

「はい……」


 全員が一度、部屋を出て行き扉が閉まった。

 静寂になる部屋に一人残されたが、やっと緊張が解け力なく肩が下がる。


「ハァァ。わっちはどうなるのかなぁ……」


 そう思っているのもつかの間、すぐに扉が開きグラバー提督を先頭に戻って来た。

 すぐにソファーに座ったグラバー提督は開口一番。


「サリア殿にお願いがあります」

「は、はい」

「サリア殿にその男を探しいていただきたい。いや、これは絶対事項では無く、あくまでも希望です。運よく見つけられたのなら直接話をしていただき、我が国の協力をお願いしていただきたい。あくまでサリア殿、個人の意思として相手に伝えてほしい。もう婿だの求婚などとは言わない。これでどうだろうか」

「あのー、時折家に帰って来てもいいのですか?」

「無論だとも。休養も必要ですから、長い眼で待ちます」

「でしたら、わっちなりに探してみます」

「よろしくお願いします」


 そしてグラバー提督からサリアに小さな魔石を手渡された。


「これは偽装の魔石です。羽が無くなり変身し人族になれます」


 一度握れば人族に変身できる国宝級の魔石だった。

 試しに握って見れば、黒い羽が消え、牙も普通の歯に変わり、見た眼はごく普通の可愛い女性に変身した。

 サリアは、腰から背中を触りながら感激する。


「わぁ、すごーい。羽がなーい」

「持続力も長いので、数年は変身していられます。元に戻る時は、もう一度握ってください」


 そしてもう一人、同年代の同行者を紹介してもらう。

 ――紋章は赤色の女性強者。

 身長一六〇㎝程のサリアと同じ赤髪で、サリアよりもやや体格がよく、引き締まっているが出ている部分は大きく、美しい女性が透き通るような声を発する。


「初めまして。私はアセロナ・オリナンハ・ラブレイと言います。オリナ、と呼んでください」

「あのー、お願いがあるのですが、いいでしょうか」

「はい、どうぞ」

「これから一緒にいる時間が長くなるかもしれないので、お互いに敬語は止めましょうよ」

「よろしいのですか?」

「全然、よろしいです。わっちはその方がいいです」

「では、お言葉に甘えて。サリア、よろしく」

「うんよろしく。オリナ」


 オリナにも変身偽装の魔石を手渡された。

 更に、剣と防具の胸当てと腰当てを身に纏い、冒険者になって探すように命じられた。

 サリアの赤い装備に対して、オリナの濃紺の装備も露出度が高かった。


「二人共、気を付けて行くように」


 二人はその足で、王国を出立した。

 迷宮は、黒い羽を広げ羽ばたき、一っ飛びして越え森に入る。

 山越えも羽と魔法を使用し簡単に越える。

 王国まで、あと一つ残した山の場所から偽装し冒険者らしく徒歩で進む。

 森の小道を、獣道のような小道を並んで話しながら歩く二人。


「オリナは王国の強者と言ったけど、兵士とか騎士なの?」

「いえ、私たち強者と言われる者は、王室直下の護衛です。グラバー提督を筆頭に構成されています」

「へぇー、やっぱり強いんだね」

「滅相も無い。サリアの強さに比べたら赤子同然よ」

「そうなのかなぁ。実感が湧かないし、そんな極端に強くなってないと思うけど……」

「サリア」

「何?」


 刹那、横にいるオリナから電撃的な手刀が、サリアの顔面目がけ繰り出される。

 構えもとっていないので避けられず真面に受ける。

 ――普通なら。

 だがしかし、サリアにはオリナの動きが既に見えていたようで、オリナの繰り出される手刀を、自身の手前で手首を軽く掴み止めて見せた。


「ど、そうしたの? オリナ」

「これが証拠よ。今の一撃は、私の渾身の力を出したの。でも、御覧の通りこんなに簡単に防がれるとはね。サリアは本物よ」

「え? だって、それ程速くしていないでしょ?」

「感じないでしょ。でも、それが金色の紋章を授かった物の力よ。自覚するようにね」

「う、うん。わかった」


 サリアはよく理解していないようだが、オリナに従った。


 その後、オリナにサリアの強さ、金の紋章の偉大さ、そして持ている膨大な力の制御を教えられ、森の中を進んだ。


 ――そして。


 獣の通るような小道から街道に出た二人は、一路ウイルシアン王国に向かって歩く。

 ここまでくると、すれ違う商人や護衛する冒険者、依頼を受け出立したような冒険者も多くなって来る。

 サリアは、道中にオリナから教えられてはいたが、挙動不審になる。

 それを見たオリナがサリアの背中を軽く叩く。


「サリア。自信を持って。誰もあなたを疑っていないよ」

「う、うん」


 サリアも冷静になって、すれ違う冒険者を見れば、こちらを見ているがそれだけの事だった。

 相手から見れば、可愛い女性と綺麗な女性の冒険者として見られていたようだが、まさかバンパイアとは、誰も気づくはずも無かった。

 安堵するサリアにオリナが一喝する。


「サリア。これからが本番よ。ウイルシアン王国が見えて来たわ。堂々とするようにね」


 サリアは歩きながら両手で頬を二回叩いて、可愛い顔に気合を入れた。


「よし、大丈夫。行こう」


 二人は足取りも軽く、一路ウイルシアン王国に向かった。

 そして西の検問所から入る事となる。

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