第36話 協力
◇
再びバンパイア王国。
サリアの家は、平民なので王国の端部に位置し、この国ではごく普通の、周辺の並びと同じ石造りの家だった。
それ程広くはないが、住むには十分ではあった快適そうな家。
朝、サリアは一人朝食を食べている。
この家に住んでいるのは、サリアと兄の二人暮らしだったから。
兄は、酒場で早い時で深夜、遅い時は早朝まで働いているので、まだ寝ている。
なので、起こしては不味い、と兄を思いサリアはまだ対面していなかったのだ。
朝食を食べ終えると同時に、外から馬車の止まる音が聞こえた。
感じ取るサリアは少し不機嫌そうに玄関を見る。
「えー? もう来たの? まだ兄さんとも話もしていないのにー」
しかし、待ってはくれない。
扉が叩かれればサリアが仕方なしに開ける。
「サリア殿。王城に向かう時間です。お迎えに上がりました」
「は、はい。もう少し待ってください。準備した荷物を持ってきます」
結局サリアは、久しぶりの兄と話も出来ないまま、また家を出るのであった。
――そして王城の客間。
サリアは先日と同じ部屋に通される。
そこには神官が数人、ソファーの奥にあるテーブルを囲み何やら作業している。
グラバー提督は既に、ソファーに座って待っていた。
勿論周りには、先日見た顔の男女も。
グラバー提督はサリアを見れば立ち上がる。
「サリア殿、お待ちしていました」
「は、はい。失礼します」
促され、ソファーに座りグラバー提督と対峙する。
「本来であれば、国王自ら立ち会うのだが、急な公務が入ってしまって、申し訳ないが来られない」
サリアは焦った表情で、手を横に振る。
「いえいえいえ、滅相も無いです。わっちには勿体ないです」
「感謝します。で、話を進めたいのですが、まず、その男の居場所を付きとめます」
「先日も言った通り、私は知りませんが……」
「心配ありません。今から探させますので」
「は、はぁ……」
後ろの神官から、準備が整ったのか声が掛かった。
「提督、いつでもよろしいか。と」
「うむ。ではアリア殿。テーブルまで御足労願います」
「は、はい」
言われた通り、テーブルに移動すると、その上には、紋章が浮かび上がる魔石と、その左隣に間隔を置き、乳濁色の白い魔石、そして中間の奥には一回り大きい無色透明の水晶が置かれ、三角形の配置を保つ形になっていた。
神官の一人が説明する。
「これは、そなたの相手を探す装置です」
神官曰く。
魔石に両手を乗せると、相手の居場所が水晶に映し出される。
これは初めて血を吸った時に、自身の牙から極、極微量の血の結晶が、相手にも入りそこに留まる。
その結晶のお陰で探知できる。
全く知らなかったようなサリアは、驚いた表情だった。
でも、一人で探さなくていいと知り、すぐに安堵の表情に戻った。
「では両手を魔石に乗せてください」
「はい」
サリアは素直にテーブルの前に立ち、ゆっくり、と両手を魔石の上に乗せる。
右手には金色に光る紋章が現れ、一度見てはいたものの、やはり凄い事なのか、またもや周囲からどよめきが起こる。
そして左手からは、傷一つ無いのに、何処から出たのか一滴の血が、白い魔石を一筋滴る。
すると、反応するように白い魔石も淡い光を発した。
両手の反応を確認した神官は、頃合いなのか歩み寄り水晶の中を覗き込んだ。
――暫く覗き込んでいる。
――まだ覗き込んだまま動かない。
そして離れ、両腕を組み首を傾げる。
後ろに立っていた神官にも見るように促し、順に覗き込ませるがしばらく動かない――そして全員同じように?マークが頭上に出ているように首を傾げる。
その様子を見ていて、苛立ちを見せるグラバー提督。
提督は神官の所に歩み寄る。
「どうした。何かわかったのか?」
「――」
「どこが見えているんだ?」
「――」
「なぜ何も言わない」
「提督もご覧になってください」
「うむ。ん?」
グラバー提督が水晶を見ようとしたら、周囲にいる者たちも滅多に見られない事なので見たいのだろう。
屈強な男女もその背後から、邪魔にならない程度に覗き込む。
グラバー提督は、かがんで食い入るように見る。
一度起き上がり、天井を見て一呼吸し、もう一度かがみこんで見る。
「何だ? これは。何故、居場所が映らず魔物が映っているんだ?」
水晶の中に映し出されたのは、真っ白な霧のような中にスランが現れ、こちらを向いて笑顔を出している。
「何故スライムが映るのだ。居場所では無いのか?」
聞かれている神官たちも首をひねる。
「わかりかねます」
――へび姫の仕業だったようだ。
「これではわからんだろ。どうするのだ」
「故意に細工をされた。としか考えが尽きません」
「何? 我が国の極秘事項を知っている。と申すのか」
「それ以外、何を思いつきましょうか」
「では、どうするのだ」
周囲も騒然とする中、サリアは伺うように、ただただ、黙って両手を出したまま動けなかった。
神官が観念したような表情になる。
「提督。これでは手の打ちようがありません」
「仕方がない――何か他に方法がないか検討しよう。サリア殿、ご苦労でした」
「手を離していいですか?」
「うむ」
サリアは、ゆっくり、と手を離し、振り返りソファーに戻ろうとする。
突如、水晶が陶器でも割れるような鈍い音を立てて、粉々に砕け落ちた。
「なっ」
神官が後ずさりする。
――ミャウの仕業だったようだ。
グラバー提督も、驚愕の表情になる。
「我が国の国宝である水晶が砕けるとは、一体どういう事だ」
「これも相手からの細工としか考えられません。そしてもう一つ。この相手を探さない方がよろしいか。と」
「何故だ」
神官曰く。
探知する力を知っていて、さらにこれを逆手に取り、あからさまに仕掛けて来た。
これは強大な、膨大な、絶大な魔力が無いと履行できない。
同じ事をするのなら、神官を百数十人集め、一糸乱れぬ魔法の訓練し、錬成しないと到底無理。
これは向こうからの警告だろう。
「これ以上近づくな。干渉するな。と」
グラバー提督は、頭を抱えソファーに座り込んだ。
「英雄の上を行くのか――もしかして、十二神将の化身の類なのか?」
サリアは、ただただ、事が過ぎるように黙って座っている。
「サリア殿、暫く待たれい」
「はい……」
全員が一度、部屋を出て行き扉が閉まった。
静寂になる部屋に一人残されたが、やっと緊張が解け力なく肩が下がる。
「ハァァ。わっちはどうなるのかなぁ……」
そう思っているのもつかの間、すぐに扉が開きグラバー提督を先頭に戻って来た。
すぐにソファーに座ったグラバー提督は開口一番。
「サリア殿にお願いがあります」
「は、はい」
「サリア殿にその男を探しいていただきたい。いや、これは絶対事項では無く、あくまでも希望です。運よく見つけられたのなら直接話をしていただき、我が国の協力をお願いしていただきたい。あくまでサリア殿、個人の意思として相手に伝えてほしい。もう婿だの求婚などとは言わない。これでどうだろうか」
「あのー、時折家に帰って来てもいいのですか?」
「無論だとも。休養も必要ですから、長い眼で待ちます」
「でしたら、わっちなりに探してみます」
「よろしくお願いします」
そしてグラバー提督からサリアに小さな魔石を手渡された。
「これは偽装の魔石です。羽が無くなり変身し人族になれます」
一度握れば人族に変身できる国宝級の魔石だった。
試しに握って見れば、黒い羽が消え、牙も普通の歯に変わり、見た眼はごく普通の可愛い女性に変身した。
サリアは、腰から背中を触りながら感激する。
「わぁ、すごーい。羽がなーい」
「持続力も長いので、数年は変身していられます。元に戻る時は、もう一度握ってください」
そしてもう一人、同年代の同行者を紹介してもらう。
――紋章は赤色の女性強者。
身長一六〇㎝程のサリアと同じ赤髪で、サリアよりもやや体格がよく、引き締まっているが出ている部分は大きく、美しい女性が透き通るような声を発する。
「初めまして。私はアセロナ・オリナンハ・ラブレイと言います。オリナ、と呼んでください」
「あのー、お願いがあるのですが、いいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「これから一緒にいる時間が長くなるかもしれないので、お互いに敬語は止めましょうよ」
「よろしいのですか?」
「全然、よろしいです。わっちはその方がいいです」
「では、お言葉に甘えて。サリア、よろしく」
「うんよろしく。オリナ」
オリナにも変身偽装の魔石を手渡された。
更に、剣と防具の胸当てと腰当てを身に纏い、冒険者になって探すように命じられた。
サリアの赤い装備に対して、オリナの濃紺の装備も露出度が高かった。
「二人共、気を付けて行くように」
二人はその足で、王国を出立した。
迷宮は、黒い羽を広げ羽ばたき、一っ飛びして越え森に入る。
山越えも羽と魔法を使用し簡単に越える。
王国まで、あと一つ残した山の場所から偽装し冒険者らしく徒歩で進む。
森の小道を、獣道のような小道を並んで話しながら歩く二人。
「オリナは王国の強者と言ったけど、兵士とか騎士なの?」
「いえ、私たち強者と言われる者は、王室直下の護衛です。グラバー提督を筆頭に構成されています」
「へぇー、やっぱり強いんだね」
「滅相も無い。サリアの強さに比べたら赤子同然よ」
「そうなのかなぁ。実感が湧かないし、そんな極端に強くなってないと思うけど……」
「サリア」
「何?」
刹那、横にいるオリナから電撃的な手刀が、サリアの顔面目がけ繰り出される。
構えもとっていないので避けられず真面に受ける。
――普通なら。
だがしかし、サリアにはオリナの動きが既に見えていたようで、オリナの繰り出される手刀を、自身の手前で手首を軽く掴み止めて見せた。
「ど、そうしたの? オリナ」
「これが証拠よ。今の一撃は、私の渾身の力を出したの。でも、御覧の通りこんなに簡単に防がれるとはね。サリアは本物よ」
「え? だって、それ程速くしていないでしょ?」
「感じないでしょ。でも、それが金色の紋章を授かった物の力よ。自覚するようにね」
「う、うん。わかった」
サリアはよく理解していないようだが、オリナに従った。
その後、オリナにサリアの強さ、金の紋章の偉大さ、そして持ている膨大な力の制御を教えられ、森の中を進んだ。
――そして。
獣の通るような小道から街道に出た二人は、一路ウイルシアン王国に向かって歩く。
ここまでくると、すれ違う商人や護衛する冒険者、依頼を受け出立したような冒険者も多くなって来る。
サリアは、道中にオリナから教えられてはいたが、挙動不審になる。
それを見たオリナがサリアの背中を軽く叩く。
「サリア。自信を持って。誰もあなたを疑っていないよ」
「う、うん」
サリアも冷静になって、すれ違う冒険者を見れば、こちらを見ているがそれだけの事だった。
相手から見れば、可愛い女性と綺麗な女性の冒険者として見られていたようだが、まさかバンパイアとは、誰も気づくはずも無かった。
安堵するサリアにオリナが一喝する。
「サリア。これからが本番よ。ウイルシアン王国が見えて来たわ。堂々とするようにね」
サリアは歩きながら両手で頬を二回叩いて、可愛い顔に気合を入れた。
「よし、大丈夫。行こう」
二人は足取りも軽く、一路ウイルシアン王国に向かった。
そして西の検問所から入る事となる。




