第34話 王国
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吸血族の国、バンパイア王国。
ウイルシアン王国から遥か西、レイルの屋敷から遥か南西に位置する、険しい山々を越えた先に、未だに知られていない迷宮がある。
その迷宮を越えると、高く切り立った岩山で囲まれた、隔離されたような王国があった。
迷宮の出口から国に入れ、建物は重厚な岩や石で造られた城塞都市を思わせるようだ。
今現在、この国まで来た者など皆無だったので、未だ検問所などの門は無く、その先に広い石畳の街道が一直線に奥に進み、そこから規律正しく左右に道が分かれて街並みを形成している。
一直線に進んだ道の先に王城が腰を据えるように建っている。
王国とは言っても、ウイルシアン王国と比べれば小さく小規模で、人口も三十万人程しか居住していない。
それでも強者の国ならではの、活気がある国。
人の往来に店構えなど、ほぼほぼ、人族の国と何ら変わらなかった。
只一つ違う点は、全員が黒い羽を身に纏ったバンパイアだ、と言う事。
この日、バンパイア王国にちょっとした騒ぎが起こる事となる。
今日までに、順次旅を終え帰った男女のバンパイアが集められ、紋章を確認する儀式が執り行われる。
稀に、極稀に、何もせずに帰って来る者がいるので調べるのだ。
何もしなかった者は厳罰になるので現在では、皆無に等しいがこれも儀式なのだろう。
城の広間に通された十数人の男女が中央に立たされている。
壁際には騎士のような井出達のバンパイアが数人見張るように立っている。
ほとんどの男女がこの国の平民に値するので、場違いなのか、落ち着きがなく、周囲をチラ見している。
もちろんその中に立っているサリアもその一人である。
只一人、同年代の男のバンパイアは平然としている。
むしろ自信ありげに立っている。
自身の紋章に自信でもあるのだろう。
余裕もあるのか周囲に自慢するように、誇示するように話しかけ始めた。
「どうだった? 俺は赤の紋章を手に入れたよ」
廻りからは、凄い、とか、強いんだ、とか、羨ましいなぁ、などと聞こえて来た。
調子に乗った素振りの男は、端のほうで静かに、目立たないようにしていたサリアに逆に眼が行った。
「お、君可愛いな。俺はシャルス。君は?」
「サリア……」
「見た事無いけど何処の子だい? 終わったら遊ばないか?」
「家に帰るから、いい」
「いいじゃん、俺、赤の紋章だぜ? 廻りの奴らより強いんだぜ? サリアはどうだった?」
しつこいシャルスにサリアは諦めたように、そして恥ずかしそうに話す。
「わからない。初めて見た色だったから……」
「は? 黒でも赤でもないの? それ、おかしいだろ。あ。嘘をついて紋章を持ってないんだな?」
「ち、違う。あるもん……一応」
「じゃあ何色なのか、言って見ろよ」
言われたサリアは、レイルの血で強くなった、と感じていたのだが、自信が無くなったようで、右手の甲を左手で隠し下を向く。
「き、金色……」
「ハァ? 金色だぁ? 何それ、嘘ついてんなよ! 見せろよ!」
シャルスの発したその言葉に周囲の大人たちが動揺し始めている。
サリアの腕を取ろうとしたシャルスも、空気の質が変わった事に気が付いたようで手を引っ込める。
すぐに至る場所から、微かな小声が聞こえる。
「ウソだろ? 金だと?」
「ありえない」
「信じられん。が、しかし、それが本当なら」
異様な雰囲気にはなったが、それはすぐに掻き消える。
力強い威圧を放ちながら、壇上に上がる装備した精悍な男のバンパイアが眼を向けた。
清涼な張りのある声が広間に響く。
「同志たちよ、良く帰って来た。何事も無く健在で嬉しく思う。私は国王の配下で国を管理するアスタレン・グラバール・ビオレール提督だ。グラバーとでも覚えてくれ」
本日集められた平民にとっては、提督がいるなど知る由も無いほど、高嶺の存在、まさに雲の上の人だった。
簡単な説明の後、一列に並ばされる。その中ほどに並んでいたシャルスとサリア。
グラバー提督は、先程の話を聞いていたのだろう。
「君、君と後ろの君は最後尾に並んでくれないか?」
シャルスは嬉しそうに先に後ろに動き、移動しその後ろに並んだサリアは、右手の甲を左手で押さえうつむく。
並んでいるその先にある石台の上で、淡く光る魔石に手を乗せると、紋章が現れる。
やはり、と言うか、いつも道理なのか中盤を過ぎて、今回も手を乗せた全員が黒なので流れ作業のように進んだ。
終わった者から返されるのを見たサリアは、安心したのか心を撫で下ろすように落ち着きを取り戻し、前を向いた。
サリアの前に立つ、シャルスの順番が回って来て石台の前に立ち、自信たっぷりに右手を乗せた。
すると確かに黒では無かった。
後ろのサリアも体を斜め後ろから背伸びして視認し、凄いな、と感じていたようだ。
自身でも紋章を再確認したシャルスは、勝ち誇った表情でサリアに振り返る。
だがしかし、予想とは違う反応が待っていた。
「はいご苦労さん、次」
向き直すシャルスは理解できない表情になる。
「え? それだけ?」
「終わりだよ、早く帰りなさい」
グラバー提督も、期待外れだったのだろう、うつむき片手で両目を覆っていた。
信じられないのは当のシャルス本人だろう。
「何でだ? 赤だぞ? 黒じゃないぞ?」
計測していた神官が教えてくれた。
「青年よ。悪いがそれは薄赤色だ。強者の順列は知っているか?」
「赤、黒、薄黒だ」
神官は、一度手を額に当てて悩んでいたが、シャルスに向き直る。
「稀にいるのだがその薄黒の下が、薄赤なのだよ。誰にも言わんから、だから静かに、早々に立ち去ったほうがいい」
シャルスは、最低の色だと聞き、涙眼になり、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせて、サリアにも振り向かず、逃げるように足早に広間から出て行った。
「次」
最後のサリアが前に進み、石台の前に立つ。
一呼吸おいて手を前に差し出せば、グラバー提督を始め、壁際にいた屈強な男達、筋肉質を露出した強そうな女性達が、いつの間にか間合いを詰め後ろに現れ、そして周囲を取り囲んだ。
思わず見渡し、手を引っ込めて両手を胸の前で握り焦るサリア。
「え? え? な、何ですか?」
焦りを感じ取ったようなグラバー提督が、優しい笑顔でサリアに話す。
「どうぞ乗せてみなさい」
身震いしたサリアだったが、レイルを信じるように意を決し右手を魔石に乗せた。
――すぐにサリアの手の甲には、金色に輝く紋章が現れた。
「「「ウォォォーッ!」」」
周囲から咆哮のような歓声が上がる中、グラバー提督が、驚愕しながら拝むように恐る恐る魔石に歩み寄る。
「正しく黄金色だ。信じられん」
周囲の屈強な男女も、魔石に手を乗せているサリアを崇拝するような眼になっている。
急に怖くなったサリアが手を離し、右手の甲を左手で隠した。
「あのー、やはり……変なのでしょうか……」
グラバー提督は、サリアに向かい合い、優しい笑顔ではあったが、興奮を抑えるように話す。
「も、もう少し、別の部屋で、く、くつろぎながら話しでもしようか。どうぞ、こちらへ」
急に接待されるように連れて行かれるサリア。
後ろには、見ていた男女も、崇めるような従順な笑顔になって付き従うように付いて来た。
豹変した態度も怖かったようだが、もはや逃げ道のないサリアは観念し、提督に従うしかなかった。




