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第33話 帰宅

 噛まれているレイルは痛みを我慢しているのか、それとも何も感じていないのか、微動だにしていない。

少しして、満足したのか、吸いきったのか、口を離し顔を上げ、ゆっくり後ずさりするように離れるサリア。

 サリアは光悦の表情で、酔ったように半眼で何処を見ているのか、視線が定まっていなかった。


「これが強い男の血。極上の味……とても甘美であった」


 レイルは立ち上がり、膝を払うとサリアを見る。

 するとサリアの右手に紋章がしっかり現れた。


「紋章が出たみたいだね」


 言われたサリアが正気に戻ったのか手の甲を見た。

 が、確認するように手の甲を自身に向け、腕を下にしたり、上にしたり、と困惑している表情をしている。


「それじゃダメなのか?」

「いえ、言われていた色と違っているから。吸血族の国で言われたのは、強い血は赤、一般的には黒、弱いと薄い黒なんだけど……」

「ああ、金色だね。体調がすぐれない、とか具合が悪い、とか」

「いえ、すこぶるいい。レイルの血を飲んだら力が漲っているくらい」


 サリアが言うには、紋章は力を発揮するときなどに現れるので、心配はない。

 サリアは、横に立っている木を掴み少し力を入れると、綿でも握るように、木は鈍い音を立て簡単にひしゃげた。


「おお、凄い力だ。レイルは人でも鬼神、いや鬼人のたぐいか?」

「違うけど、普通に人だけど。でもこれでいいよね。俺は帰るよ」

「レイルに感謝する。この恩はいつか必ず返す事を約束する」

「いらないよ。さっきの約束は守る事。んじゃ」

「うん、必ず守る」


 そして紋章は静かに消えた。

 サリアが見送る形で別れ、レイルは帰路に戻って再び走り出した。


「話の分かる優しく強く、いい男だったな。少し名残惜しいけど、これでわっちも国に帰れる」


 サリアも別の方向を進み、森の奥に消えるように去って行った。


 レイルが帰宅する頃は、既に夜になっていた。

 降るような星空の下、屋敷内は温かみを感じるような明かりが灯っている。


「フゥ、我が家に着いた」


 玄関まで行くと、独りでに扉が開く。

 奥には察知していたであろうミャウが待っていて、レイルに合わせるように扉を開いたからだ。

 メイド服をきっちり着こなし、姿勢正しく綺麗な一礼するミャウ。


「レイル様、お帰りなさい」

「うん、ただいま。ミャウ」

「夕食の準備が整っています」

「ありがとう、一度部屋に行ってからすぐに行くよ」

「畏まりました」


 レイルは部屋で装備を外し、着替えて食堂に入り、ミャウと一緒に食べ始める。

 ――久しぶりの、いつもの静かな食堂。

 だが、しかし、姿勢よく正面を向いて食べているミャウが、珍しくレイルに話しかけた。


「レイル様。首元の噛み傷はどうされましたか?」


 レイルも食べながら手で傷をさする。


「ああ、これ? 帰り道の山の中で出会った吸血鬼の子に頼まれてさ……」

「血を吸わせた。と?」

「うん」

「女の吸血鬼に吸わせた。と?」

「うん」


 ミャウは肩を落としため息をつく。


「ハァ……。何事も無ければいいのですが……チッ」


 冷たい無表情になったミャウ。

 仕切り直したように、姿勢も元に戻り食べ終え、音も立てず重ねた食器を調理場に運んで行った。


「ん? ミャウは吸血鬼の事を何か知っているのかな? いや、気のせいだ。ハハハッ」


 そう言いながらも気にしていないレイルは、食事を食べ終え部屋に戻る。


 翌日からは、ミャウが洗濯や掃除をする傍ら、レイルは外で、へび姫とスランと一緒に、ウイルシア王国の事など談笑した。

 手合せ、と言う遊びを笑顔を出しているスランとしたり、嬉しそうなへび姫に優しく絡まれていたり、それを見たミャウが怒ったり、と楽しい毎日が始まる予定なのだろう。


 昼を過ぎた陽気の良い空の下。

 庭先で、スランと遊んだ後、椅子に腰かける。

 何故かスランは嬉しそうに触手を、ユラユラ、と出して、レイルを中心にして滑り回っている。


「アハハー、やっぱりー、あるじと一緒がー、楽しいなー、アハハー」


 横にいるへび姫は、上半身が可愛い金髪の女性になって、愛おしむように俺に引っ付いている。

 何でもそう言う気分なのだ、とか。


「キングスライムなのに、スランは強い部類だよな」

「そうだの、ん? スランは打撃系に特化しておるからの、ん? 妾から見ても強いの、ん?」

「そう言うへび姫も強いじゃないか」

「妾は主に魔法での攻防だの、ん? この状態での打撃は、尻尾と爪しかないの、ん? か弱いからの」

「ハハハ。へび姫はミャウだけにだろ。今まで見た中でも、群を抜いて相当強いと思うけど」

「レイルも強いの、ん? 強い男は好きだの、ん?」


 へび姫は、艶やかな長い金髪を揺らし、頭をレイルの首筋に、グリグリ、させる。

 いつもは蛇の状態で、チロチロ、しない。その代り、グリグリ、した後、首筋に甘噛みする。

 レイルも、たまにこういう時もあるので気にするそぶりも見せない。


「災い除けだの、ん?」

「え? 何?」

「魔除けだの。ん? いや……何でもないの、ん?」


 その間もスランは、何も考えていないように、アハハー、と笑顔を出して陽気に庭先を滑り回っていた。



 ウイルシアン王国、昼を過ぎた北のギルド。

 ロンダが一人、槍を手に持って入って来る早々、掲示板を見る。

 流していくと一つの依頼に眼が止まった。


「んー、何々? 山中の森に出没するバンパイアの討伐? ほおぉー、これは面白そうだ」


 さっそくカウンターに振り向けば、知った顔がエルサと話し込んでいた。


「よお、ラベルト。依頼か?」


 他に誰もいないのを確認して歩み寄る。

 振り向くラベルトは、ロンダに視線を向け、片手を上げて軽く振る。


「ああ、バンパイアだ」

「うわっ、先を越されたかぁ、くっそー」


 二人のやりとりを見ていたエルサが、苦笑いでロンダを見る。


「あのー、ロンダさん。その依頼は今しがた却下されましたので、剥がすところでした。エヘヘ」


 テヘペロする可愛いエルサ。

 エルサ曰く。

 数日間で三パーティ、十人程のB級、A級冒険者が、山の中で襲われた。

 場所は一定では無し不規則に現れ、徘徊しているようでもあった。

 しかし、その日以来姿を消し、一向に現れなくなって現在に至る。

 ラベルトも苦笑いして、髪を掻き上げる。


「ハハハ。だからその依頼は用無しになって、取り下げになったんだとさ」

「またどこかに現れるんじゃないのか?」

「いえ、バンパイアは姿を消すと、暫くは現れない、とギルマスも言っていました。それに古文書にも書かれているそうです」


 古文書に書かれている事を現在も実行している。

 バンパイアは自身からは敵対はしない。

 しかし、年に数回ほど現れる事がある。毎回別のバンパイアが現れ多少の犠牲はあるものの、すぐに姿を消す。

 余り追跡、追求して反対に強靱な力を持つバンパイアと一戦交えても利益など生まない、いい事無しなので、現行犯以外には手を出していないのが現状。

 ロンダはつまらなそうにため息をつく。


「ハァ。折角面白そうな依頼だったのにな」


 ロンダの後ろを見るラベルト。


「ん? 今日は相棒のルドルとつるんでいないのか?」

「ああ、後で待ち合わせしているよ。そっちこそナギアはどうしたんだ?」

「休みだよ。最愛の旦那様とお子様と弁当一式持ってどこかの草原に遊びに行くんだとさ」

「おお、おお、羨ましいこって」

「今日は諦めたほうがいいかな――ロンダ、どうだ? これから一杯」

「お、いいね、付きあうよ。ルドルも合流させよう。ハハハ」


 こうしてバンパイアの討伐は無くなった。

 二人の帰ったギルドには、静寂が戻り、一人残されたようなエルサは、両肘をカウンターに立て、組んだ両手の上に顎を乗せ、深い溜め息と共に、つまらなそうに時間だけが過ぎて行くのだった。


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