第29話 討伐
突進してくる魔物の群れ。いや、怒涛の大群。
先頭を走る、鋭い牙が突出した黒い狼のような魔物の群れが横一線に土煙を上げながら向かって来る。
その後方からはオーク、オーガ、ミノタウロス、サイクロプスが混ざっているのも見えた。
ナギアが仁王立ちのまま状況を、見いるように一通り眺めたら、意を決したのか剣を持ち替え力強く一歩踏み出した。
「ラベルト行くぞ」
「おう、ナギア、了解だ」
二人が一気に飛び出した。
一方、矢を放つルドルの横で、ロンダが先に飛び出したラベルトとナギアを視認する。
「お、ナギアたちもさっそく動いたか。レイル、俺たちも行こうか」
「ん」
力強く地面を蹴り、二人は同じ速さで飛び出し、ルドルは二人を援護するように歩きながら前に進む。
四人の速さは、他を圧倒するほどで、追随など皆無に等しい。
いや、普通に無理だ、と全員が理解しているようだ。
最左翼のナギアとラベルトは、魔物の攻撃を紙一重に避け、上から下から縦横無尽に繰り出す剣さばきで、豪快に切り倒す。
その間を見て、片手剣で対応しながら手の平を魔物に向けるナギアとラベルト。
「ヘルフレイム!」
「ファイアウォール!」
二人の手の前に赤い魔方陣が展開されると、その先の魔物たちを獄炎が包み込み断末魔の咆哮と共に黒焦げになり絶命する。
息の合った二人の攻撃は、見ていても全く隙が無く、そして開拓でもするように突き進む姿は壮絶だ。
最右翼のレイルとロンダ。
レイルはスランの触手の速さを越える剣さばきで、速攻で次々に切り飛ばしていく。
今のレイルにとって、怒涛の勢いで襲ってくる魔物の攻撃なのだが、スランの攻撃とは比べ物にならない速さで、とても遅く見えている。
なので、流れるように、無駄の無い動きで、血しぶきが舞う中を流れ作業のようにこなしている。
ロンダもレイル程ではないにしても、人外の域に達しているので、ランサー、の名の如く、普通の肉眼では見えない連撃で、避ける事も出来ない魔物を次々と突き刺し、偶然免れた魔物には、踏み込み袈裟懸けに切り倒す。
やはりロンダの周囲にも血しぶきが舞っている。
ただ、二人の差は歴然で、レイルの凄まじさに付いていけないロンダだが、まだ戦場に到達していない冒険者たちにとっては、人外の二人の、桁外れな速さは同じに見えているのだろう。
そしてようやく、最前列の騎士たちも追いつき本格的な開戦となった。
怒涛の如く攻め込んでくる魔物の群れに対し、戦う、騎士、兵士、冒険者たち、その死闘はどうなるのか。
だがしかし、それは一方的な蹂躙に変わることとなる。
ナギアとラベルトが、全体の三分の一の左翼を剣技と攻撃魔法を上手く使い、英雄級らしい破壊的な強さで疲労も見せずに討伐し続けている。
全体の三分の一の右翼を受け持つレイルとロンダも、引けを取らず、いや引けを取るどころかそれ以上に、これ以上ない壊滅的な強さで、尋常では無い力で、鉄の匂いと獣臭が強くなる中を流水の如く討伐、いや蹂躙していると言ったほうが妥当か。
さらに弓を背中に納めたルドルが、ガントレットで撲殺しながら二人に追いつき倒し始めたので、その勢いにも拍車がかかることは必然。
残るは三分の一の中央を攻めて来る魔物の群れに、残りの騎士、兵士、冒険者たちが、少数対絶対多数、での寄って集って(たかって)のなぶり殺し状態であった。
傍から見れば、タコ殴り状態、にも見えるのだがそれは余計な事。
その中には、ジゼルとその仲間たちが、必死の形相で遮二無二剣を振り回し、魔物を取り囲み攻撃しているのが見えた。
しかし三分の一の魔物とはいえ、そこまで弱いはずがない。
だがよく見れば、冒険者たちの討伐している魔物の数が左右と比べれば断然少なかったのだ。
それはレイルの仕業だった、いや、言い方を変えよう、的確な援護だった。
レイルは魔物を切り倒しながら間を見て、背中から投げ針を抜き出し、魔物に向かって大きく振りかぶり投げた。
唸りを上げて一直線に魔物に突き刺さり、突き抜け、突き抜けても速度は衰えず、突き刺さり付き抜け続け、一直線の一撃で一〇〇体程の魔物が次々に倒れる。
投げ針に仕込んだ魔法の効力が引き出され、とてつもない威力を発揮していたのだ。
五本も投げれば圧倒的な数の魔物が、何が起こったのか知らないうちに倒れ絶命していく。
戦闘しながら見ていたロンダとルドルもすぐに気が付き、レイルを横目にし、ずるいぞ、とか、よこせ、とか、ひでー、とか言っていたがレイルは無表情のままで気にしなかった。
ナギアとラベルトも、尋常では無いレイルの戦いを遠巻きに観察していたようだ。
「フーン。面白い男がいるもんだな。ハッ」
「あいつも人外だな。でも見た事無いぞ? 新しいS級か? フンッ」
「そんな事はどうでもいいさ。早く終わればいいんだよ。ハッ」
「ま、そりゃそうだ。サクサク行こう。セッ」
そして数刻後、魔物は撃退し、ウイルシアン王国の圧勝、完全勝利で終結。
まだ暗い中、騎士、兵士は、その場に残り、魔物の数、種類の確認と後処理を行う。
冒険者たちは一度各ギルドに立ち寄り、完勝とは言っても怪我人も多く出たので、安否の確認をして帰宅となった。
翌日のギルドは一日中ごった返すこととなるのは当然か。
いつもより早く受付を始めたエルサは、今にも発狂しそうな顔で、大汗をかきながら必死に対応し、作業をこなしている。
――報酬である。
エルサの頭から湯気が出ているようにも見え、限界が近づいたのか、カウンターをひっくり返しそうなほどの形相になっていたので、急遽受付を増やしたことは当然だろう。
その後は三列で対応し、文句もなく並びなおす冒険者たち。
並んでいる冒険者は、ほぼほぼ、E級D級C級が占めていた。
金銭面で苦しい冒険者ほど朝早くから並び、報酬を受け取っていたのだ。
今回は、特殊な召集依頼の為、数では無く、各級で一律に支払われる。
全員が理解、納得しての討伐だったので、文句の一つも出なかったことは事実である。
その理由は、一律とは言ってもウイルシアン王国の存亡にかかわる討伐だったので、割が良かったためだ。
やがてギルド内に、報酬を貰った冒険者たちが少なくなる頃にB級が、昼ごろにはA級がギルドに現れ、ここまでになると、立ち並ぶほどもいなくなっている。
上位になる程、資金面に余裕があるからだろう。
昼を挟み午後になると、テーブル席に座り次の依頼を検討する冒険者や、今回の報酬について話しあったりしている冒険者が疎ら(まばら)に残っているだけになる。
増やしていた受付も既に一つに戻って、一段落したエルサも、落ち着きを取り戻し、カウンター越しに座り、両手で囲むようにお茶をすすっていた。
ホゥ、と眼を閉じ、やっと可愛い安堵の表情になる。
そこに、腰まである美しい銀髪をなびかせるナギアとラベルトが威風堂々と入ってくれば、伝説級だ、漆黒だ、鉄壁だ、と周囲の冒険者たちから一瞬緊張が走る。
だが、受付に向かっているのを視認すれば、すぐに解けた。
受付で報酬を受け取るナギアとラベルト。
ラベルトはエルサに話があるので、ナギアはテーブル席の椅子に腰を下ろし、両腕と足を組んで眼を閉じて待つ。
ナギアの姿は、これはこれで一枚の絵になるような美しい姿だ。
ラベルトはカウンターに片肘を付いて半身になる。
「なあエルサ。ロンダとルドルの仲間はもう一人いるのか?」
「え? あ、はい。レイルさんですね。ただ、時折実家に帰るようなので、その時はお休みです」
「エルサちょっと聞きたいんだけどさ、レイルって男は、新しいS級なのか?」
「いえ。ラベルトさん、レイルさんはB級です。現在もですけど」
「そいつは違う男じゃないのか? 二人いるとか」
「登録しているレイルさんであれば一人ですけれど。何か」
「あ、い、いや、いいんだ。気にしないでくれ。悪かったね」
ラベルトは、何かを察し、ナギアとテーブルを挟み相対して座る。
「なあナギア。昨日のレイルって男の戦いっぷりをみてどう思う?」
片眼だけ開けるナギア。
「あれは強いな。同等、いや、戦い方によってはそれ以上か。まだ何か隠していそうでもあったしな」
「そのレイルはB級なんだと。おかしくないか? 何か変だと思って話は切りあげたけどさ」
「別にいいだろ。中には上がりたくない奴だっているさ。私もその一人だけどな」
「そんなもんかね」
「ああ、そんなもんさ。もういいか? ラベルト、もう用が無いなら帰るぞ」
「あ、ああそうだな」
二人は立ち上がり、威風堂々とギルドを出て行くのだった。




