第 1話 少年期
話は昔へ遡る。
ルーウェン・レイルツエース・ヴェイル
孤児で、施設で育つ。当時は極度の人見知りと対人恐怖症で馴染めず孤立。
他の子供より細身で、いつもオドオドしている。
そうなれば、必然としていじめの対象になってしまった。
ただ、施設管理も行き届いた事が功を奏し、陰湿な、眼を覆うようないじめでは無く、小突かれたり、使い走りをさせられる程度で済んでいた。
施設では、七歳になれば将来の仕事に就く教育を本人の希望を尊重し、冒険者を始め、商人、行商、工芸、鍛冶師、大工、土木、農民などに分かれて指導する。
レイルも七歳になった時、人前にあまり出ない鍛冶師か小作人を選ぼうとしていた。
――決める日の朝。
施設の裏に連れて行かれるレイル。
そこには数人の子供がいて、中央にボス的存在の少年が立っていた。体格も良く、金髪の如何にもガキ大将に見える少年。
レイルを連れて来た少年が声を掛けた。
「ジゼルくん、レイルを連れて来たよ」
「おせーよ、ま、いいや。レイルは俺達と同じ冒険者を希望して登録しろよな」
ゆっくりと囲まれ、ジゼルもレイルの前に歩み寄る。
「え? ボ、ボクは……鍛冶師か……」
「うるせーよ、そんな事は聞いてねーし。冒険者に決まってんだよ、あ?」
「で、でも……い、嫌だよ。ゲフッ」
レイルの腹にジゼルの蹴りが入る。
「おっと、転びそうになって偶然レイルに当たっちゃったよ、ゴメンな」
「ゴホゴホッ。う、うん……でも、別の。ゲエッ」
更に強い足蹴りがレイルの腹に入り、膝が崩れ落ち、前のめりで嘔吐する。
「あー、業とじゃないんだよ、本当だよ、この石がねこの石、わかるだろ? あ? 冒険者になるよな」
「ハァハァ、う、うん」
「よーしよし、なら決まりだなレイル」
「う、うん……」
勝手に決められ、これからこの先、厳しく辛い生活がが待っているレイル。
こうして理不尽な冒険者教育が始まった。
それからの毎日は今までとは違い、レイルにとって地獄のように感じる、鍛錬、と言ういじめの日々だった。
稽古は木剣ではあるが、毎日数十回は叩きつけられ打撲は日常茶飯事、時には骨にひびが入る事もしばしば。
同期のジゼルを始め、年上の少年たちも仲間に入り、したたかで施設長や指導者、教育長に知られないように用意周到だった。
「レイルは今日も負けだから、約束通り罰として素振り五百回ねー」
「ハァハァ、う、うん。ハァハァ」
陰湿ないじめに耐えながらも、誰からも打たれたくない、と、泣きながらも努力家なのだろう、さらに人知れず鍛錬する。
その甲斐あって強くなる頻度が周囲よりも早く、天性の力もあったのか本人も知らないまま、ずば抜けて早く、見る見る強くなっていった。
九歳になった頃、施設内で一番の強さになっていたが、周囲どころか本人も知らない。
しかし、誰の攻撃も見切れるようになっているレイルは、妬まれたりしたら困るから、といつもギリギリで攻防をするように心がけその強さがあってなのか、加減、と言う調整方法もいつの間にか身に付いていた。
そして、自身からは人前に出たりすることなどはせず、さらに影を薄くするように努力して生活した。
十三歳になるまで、自身の意志で努力し人知れず鍛錬し、その甲斐あってまだまだ強くなった。
この頃は、いじめていた少年たちも、きわどく強くなってきたレイルをつまらなく感じたようだ。
そして、自分たちの今後、将来も考えるようになり始めたので、いつの間にか、いつの頃かレイルは、いじめの対象から外れていた。
レイルの強さは、いじめと言う鍛錬を、歯を食いしばり耐え、そして徐々に強くなり克服した。
さらにいじめを受けないように、と、人知れず使える時間を惜しみなく鍛錬に使い、厳しく努力した結果、強くなる糧となって現在に至る。
施設では、周囲よりも強い、と言う本人の自覚は全くなかったが、全力を出したことが一度もなく、実のところ半分の強さも見せてはいなかった。
一三歳で施設を卒業し、グループを組む者もいたが、レイルは影を薄くし避けた。
そしてレイルの順風満帆の生活が始まる。
が――その予定はすぐに打ち砕かれる。
ジゼルがレイルを何かの役に立つと考えたのか、冒険者パーティに入るように強制して来た。
最初は断ってはいたレイルだが、強さよりも気の弱さが勝り、何をされるか分からない施設での恐怖が湧きあがり、嫌々ながらも承諾してしまった。
金髪のジゼル、黄髪のラダム、茶髪のガリースは身長一六〇㎝程で、三人とも鍛錬は手を抜いていたが体格は良かった。
そして身長一五〇㎝程で細身のレイルの四人パーティで登録し、E級からのスタートを切る事となる。
依頼を受け始めれば、施設での殴られるようないじめは無かったものの、後方での荷物運び三人の支援がレイルの仕事になっていた。
四人分の食料から回復薬を初め必要なのも全てレイルに任せ、体の三倍はある荷物を背負い運ぶ。
更に、後方に位置している自分の身は自身で守らなければならなかった。
だがしかし、鍛え抜いていたレイルにとっては苦にもならないのが現状。
楽な表情は見せないで、後方から三人の動向と周囲の状況を常に把握しながら同行した。
始めての依頼を受け、完了してからは、苦も無く順調に、次々とこなし、一四歳になる一年後には、既にダンジョンに入っていた。
まだ浅い階層だがコボルトやゴブリン、オークを討伐して報酬を得てレベルも上がっている。
四人とも皮の鎧と剣を装備した剣士であるが、現在魔法は使えない。
二階層を歩くリーダー格のジゼル。
「俺達強くね? 何だか拍子抜けだよな」
ラダム、ガリースも同調する。
「サクッ、と討伐して、もっと深い階層に行こうぜ」
「今じゃD級になっているし、行けるんじゃね?」
三人の後ろを歩く荷運びのレイルは、声は小さいものの否定する。
「ま、まだ早くない? も、もう少しこの階層で……」
ジゼルが強気な表情で振り返る。
「うるせーよ、レイル。お前は俺達の荷物を運んでいればいいんだよ」
「で、でも……」
ラダムがレイルの話を遮り口を挿む。
「俺達と一緒で安心だろ? 荷物を運んでいるだけで報酬を分けて貰えるんだから、黙っとけよ」
「……」
ガリースもレイルを見ながら後ろ歩きで笑っている。
「ヘヘヘッ、レイルはこのパーティから抜けたら誰も雇ってくれないぞ。あぁ?」
「う、うん……」
その時レイルは、ダンジョンの奥から魔物の気配を察知している。
「な、何か、奥に何かいるよ」
気配を察知できない、そんな事もわかっていないジゼル達三人。
「ハァ? 何もいねーだろが」
「レイルは弱虫だから怖えーんじゃね?」
「何も感じねーよ、愚図野郎」
レイルの言葉を無視して無防備に歩き進む。
少しすればレイルの言った通り、体長二m程のオーガが三体、棍棒を持って奥から四人を構えて見ていた。
やはりレイルの言った後から既に見つかっていたようで、先頭のジゼルに向かって来た。
一応そこは冒険者なのだろう、ジゼル達が剣を抜き構える。
「オーガだよ、それも三体。でも俺達なら討伐できるんじゃね?」
「出来る出来る。問題ないんじゃね?」
「よーし、イッチョやるか」
後方のレイルは何も言えないので、一歩下がり冷静に黙って見ている。
三対三の戦闘が始まった。
ジゼル、ラダム、ガリースは、力任せに無闇に攻撃したが、今までの魔物とは比較にならない強さを持っていたので、ことごとく弾かれ、ジリ貧で押され始めた。
力の差は歴然で、オーガの強さには敵わなかった。
このままなら殺されるだろう――このままだったら――。
後方のレイルは、攻防を冷静に見定め、背負い袋と背中の間から、隠し持っていた、細く鋭い二〇㎝程の刺突武器を数本取り出し、棍棒を振りかぶろうとしている三体のオーガの両肩の関節に、鋭い勢いで音も無く投げた。
刹那、一直線に勢いよく飛んだ投げ針は、見事に貫きオーガの両手が力なく落ちる。
何が起こったか分かっていない三人だが、そこは曲がりなりにも冒険者。
その隙を見逃さず切りかかり、闇雲に切りかかり、無鉄砲に切りかかり、何とか討伐に成功した。
剣を鞘に収めたジゼルを始め、ラダム、ガリースは無我夢中だったようで、両手を膝に付き疲労困憊だったが表情は明るい。
「ハァハァ、やったぞ」
「ハァハァ、俺達つえー」
「ハァハァ、オーガを倒したー」
ジゼルがレイルに振り向く。
「おいレイル。回復薬だ」
「俺もだよ、早くしろよ」
「レイル、気を効かせろよ。いつも言ってるだろ?」
「う、うん……」
その三人に回復薬を手渡しているレイルは、いつもこうして三人の手助けする補助を、言われる事無く秘密に行っていた。
それは、誰一人かが怪我でもしたら、依頼も受けられず、とばっちりが来る事を知っていたから。
疲弊したこの日は地上に戻り、ギルドで報酬を貰っていつものようにテーブルで分けることとなる。