第19話 鍛錬
平地と急斜面の境界に立ち、ロンダとルドルは、山々を眼下に見下ろし眺める。
今立っている場所が天空に近いと、改めて実感していたようだ。
「しかし、凄い場所だな」
「ああ、ウイルシアン王国さえ見えないし、辺境の地に屋敷があるなんてな」
屋敷から出て来たレイルは、そんな二人を気にしないで森を見る。
すると何時もの如く、森の中からレイルを察知していたかのようにスランとへび姫が音も無く現れた。
小さな気配に気が付いたロンダが振り向き、瞬時に槍を構え戦闘態勢に入る。
「気を付けろ! 魔物だ!」
既にルドルも弓の弦を大きく引き、間髪入れず光の矢をへび姫に放った。
鋭い速さでへび姫を狙った光の矢。
レイルなら簡単に叩き落とせたのだが、安心しているし余計な事はしたくはないようで、動けない振りをして動かない。
光の矢は確実にへび姫を捉えたか、に見えたが当たる直前に弾け掻き消える事となる。
「ん? 何かの?」
へび姫は、興味なさそうに何気なくルドルに振り向く。
最上位階の魔法力のあるへび姫にとって、ルドルの矢の効果は対象にもならず、無効化されるのは必然。
万が一にでも体に当たったとしても、瞬時に武装硬化していれば並大抵の攻撃は無力化したのと同じ効果になる。
「何だと? 無力化されただと? こんな事は初めてだ。ロンダ! 気を引き締めて行け!」
レイルは両手を前に出しながら割って入り、二人を止めに入る。
「ちょっと待って、二人共。スランとへび姫は友達だから」
レイルは、信じられない表情で構えたままの二人に、事の発端を少しだけ簡単に話した。
レイルの言葉に、すぐに納得する二人。今までのレイルの行動を見ていたから当然なのだろう。
ルドルが、透き通った様な水色のスランを正面に、珍しそうに見ている。
「キングスライムかぁ、俺の知っている魔物と違って、本当に強いのか?」
相手がルドルなので、ほんの少しだけ警戒しているスランは、手の内は見せずに触手も出していない状態で体だけが揺れていた。
口を真一文字にした顔を出して。
「ボクはー、強いよー」
一方ロンダは、レイルにとぐろを巻いている、へび姫を興味深そうに見ている。
「大蛇の魔物かぁ、初めて見たよ。しかしレイルは凄い魔物に好かれているなぁ」
そんなロンダを見るへび姫。
「強くないの、普通の男だの。 ん? レイルの足元にも及ばないの。ん?」
そんな二人にレイルの考えた鍛錬方法を話した。
へび姫の魔法は強すぎるので参加せず、打撃戦としてスランと二人同時に手合せする事が決まった。
ロンダとルドルは、当然スランの実力をしらない。
スランは、自身が強い、と言い、レイルも一対一ではなく、二人で、と言う事だから、強いのだろうと思っているが、平地のキングスライムの強さを知っている二人は、高をくくっていたようだ。
気づいたレイルは、ロンダとルドルを心配したようで一声かけた。
「全力で戦った方がいいよ」
頷く二人だったが、自信たっぷりの様子。
「ああ、いつでもいいぞ」
「俺も準備万端だ」
ロンダは槍を構え、ルドルは弓を背にしたままガントレットだったので、初めから近接戦で手合せするのだろう。
レイルは、無表情な顔を出し無防備で揺れているスランに振り向く。
「スラン、いいよ」
「はーい」
直後スランは、メタル化し、左右から二本の触手を伸ばした。
レイルとの、手合わせ、と違う所は、触手の先がいつもの剣状の鋭い刃先では無く、棒状になっていた。
これは事前にレイルに言われていたので、スランは素直に従った。
今、二本の触手がスランの体の上で、不規則に動いている。
構えていたロンダとルドルが緊張したのか身構え直した。
「おいおい、武装硬化か? 本当にキングスライムなのか?」
「俺の知っている魔物とは別物だぞ」
「よーし、行くよー」
刹那、二本の触手が、高速に、不規則に、縦横無尽に二人を攻撃する。
その速さにロンダは槍で、ルドルはガントレットで受け、防戦一方になる。
だがしかし、そこはS級冒険者。
少し耐えていればスランの速さに慣れ、ロンダが二本の触手を槍で受け、ルドルが後方に飛んで背中の弓を構え弦を大きく引く。
ルドルはすぐさま光、炎、雷の矢を連続で放つと、鋭い勢いでスランに突き刺さり、爆音と共に爆ぜた。
手ごたえを感じたルドル。
「やったか?」
そう思ったのは一瞬だけ。
爆炎が消え、スランの姿が視認できたが、突き刺さりもせず、体の何処にもかすり傷一つ付いて無かった。
だがロンダだけは、スランの触手攻撃が続いていたので、効果が無い事を知ったまま受け続けている。
ルドルはもう一度弦を引き構えようとしたが、別の形で阻止される。
「アハハー、行くよー」
スランの縦横無尽に攻撃してくる触手が四本に増え、瞬時に襲い掛かる触手にルドルも弓を手放し防戦一方になった。
現在二本の触手攻撃をロンダは、受け続けているのが精一杯だ。
「クッ。何なんだよ。尋常じゃない強さだぞ。クッ」
ルドルもガントレットで受け、やはり受け流すのが精一杯である。
「グッ。俺の知っているキングスライムとかけ離れた強さだ。だー、くっそーっ」
山々に響く連続した金属音が、虚しさを伝えているようにも思える。
スランはニッコリと笑顔を出している。
「はーい、少しー、強めるねー」
体の温まったかスランは、更に二本増やし、計六本の触手で二人を襲う。
ロンダとルドルは、必死で防戦していたが、一人が二本で目一杯なのに、もう一本づつ増えれば攻撃を喰らう事は明らかだった。
一度、メタル化している棒で殴られ、二度殴られ、三度殴られたら、受けが間に合わずに止まらなくなるのは必然。
怒涛の勢いでタコ殴りになり始めたところでレイルに止められ、すぐに触手を引っ込め終了。
あざだらけのロンダは膝間付き、両手を地面に付いた。
「ゼッゼッ。何だよ、ハッハッ、理不尽だろ、ゼッゼッ」
ルドルもあざだらけの上、鼻血を出して、大の字に仰向けで倒れていた。
「ガハッ、ハァハァ、尋常どころか、ハァハァ、強さが逸脱しているよ。ハァハァ」
レイルは冷静に二人に話す。
「でもこれだけ耐えられたのだから、二人とも強いよ」
二人共レイルの声を聞いていた、聞こえてはいた。が、息を切らしたまま無言だった。
へび姫は兎も角、スランはレイルとの手合わせの時と比べ、半分の力も出していないのでつまらなそうな顔を出している。
「あるじー、つまらないよー、あそぼー」
やる気満々のスランは、八本の触手を出して、フルフル、とレイルを待っている。
遊びたい感を出しているスランを見るレイル。
「いいよ、少しだけやろうか」
とぐろを巻いていたへび姫は、察してレイルと離れ、スランの後ろに回った。
へたばっているロンダとルドルに退いてもらう。
息の整い始めた二人が屋敷寄りに離れて座り、傍観し始めるロンダとルドルが更に驚くこととなる。
「おいおい、なんだって? 触手が八本だぞ?」
「参ったな。全力じゃなかったスライムに翻弄されるなんて」
中央で対峙する、剣を構えるレイルと触手を動かしている嬉しそうなスラン。
「あるじー、いくよー」
「いいよ、スラン」
刹那、スランから繰り出される嵐のような高速の、怒涛の勢いの触手攻撃。
その切っ先はレイルとの手合わせなので、鋭い両刃の剣状になっている。
信じがたい攻防を見ているロンダとルドルが、桁違いな攻防に目を見開き口を開けて固まって見ている。
だがしかし、二人はあまりにも理不尽な速度の手合せに、全く眼が追いつかず剣筋さえも見えていないようだった。
レイルは何時ものように、スランの攻撃を全て受け、息も上がらずに受け流している。
先程の二人との連続した金属音とは桁違いの鈍く重厚な音が山々に響き渡っている。
それでさえ驚愕に値するのだが、これだけではレイルの方が簡単に勝ってしまう事を知っている全力のスラン。
「アハハー、あるじー、楽しー、アハハー、へび姫―」
「ん、妾もやるかの。ん?」
そこに半人間化した可愛いへび姫が参入し、両手を前に出し魔方陣を展開させ、ルドルとは桁違いの蛇姫にとって中位階である氷や炎、雷の魔法攻撃を連撃する。
レイルは冷静に、剣で受け、避け、手の平で無力化している。
レイルにとっては、あくまでも鍛錬なので、幾度かは反撃出来たが、そこを確認しつつ受け続けた。
そして納得し、満足したようなスランとへび姫が攻撃を止めた。
「アハハー、あー楽しかったー。お腹が空いたからー、帰るねー、あるじー、またねー、アハハー」
スランはメタル化を解き嬉しそうに体を、フルフル、と震わせ八本の触手を二本に戻して、ユラユラ、と音も無く滑るように森に消えて行った。
人化を解いたへび姫も、一度レイルに近寄り巻きつき、レイルの顔に、チロチロさせる。
「さすがだの。ん? レイルは楽しいの。ん? 妾も帰るとしようかの。ん?」
「ああ、ありがとう、へび姫」
へび姫は優しく巻いていたとぐろを解き、音も無く森に帰った。
帰って行ったスランも蛇姫も、ロンダとルドルには見向きもしなかった事は言うまでもない。




