プロローグ2
レイルは剣を中段に構えれば、相対するスランはメタル化して、左右から四本の触手を出し、その先が鋭利な剣状になる。
そしてその伸びた触手は不規則にうねっている。
「行くよー」
「いいよ」
刹那、スランの触手が大きく広がったと思えば途轍もない速度で、四方八方からそれも不規則に入り乱れる。
その尋常では無い剣筋がレイルには見えているのだろう、無防備に歩み寄り、簡単に合わせて剣を振り回し受け続ける。
連続した金属音が、山々に響き渡る。一歩間違えば死ぬであろう遊び。
レイルは余裕で受けている中、ほんの些細な一瞬の隙を見逃さず、スランの剣を豪快に弾き飛ばし、踏み込んで一撃を繰り出す。
「フンッ!」
メタル化しているにもかかわらず、硬いスランの体が横一線に浅く切れる。
これで勝負あり、と思われたが、刹那、弾かれたスランの剣が一気にレイルを襲い、レイルも剣で受け流しながら後方に飛ぶ。
スランの切れた部分が浅かったため、すぐに元通りに修復される。
そんなスランも触手を振りながら、嬉しそうな表情だ。
「アハハー、楽しいねー、次行くよー」
四本だった触手が増え八本になり、更に尋常では無い戦いになり始めた。
――これが本来の遊び。
大きく広がった縦横無尽の触手から繰り出される怒涛の攻撃、その光景は、まるで剣の嵐と言った所か。
簡単に表現してしまってはいるが、その凄まじい中でレイルは、先程よりは真剣になっているものの、剣と硬化した手の平で全て受けきっている。
「アハハー、さすがあるじだー」
そしてレイルは、同じようにスランの剣を豪快に弾き飛ばそうとして、一歩踏み込もうとした。
刹那、レイルより一瞬早く他の方向から黒い影が途轍もない勢いで入り込み、メタル化したスランの触手の腕が簡単に中間から切断され、その触手は力なく地面に落ちた。
「あー、ミャウさん、止めてよー、いい所だったのにー」
「フンッ、貴方の触手が玄関の扉を傷つけたのですよ、お分かりですか?」
よく見れば、黒く光沢のある扉に、レイルがスランの触手を力強く弾き飛ばした時に当たったようだ。
ほんの些細な、細かいかすり傷程度のものではあったが、ミャウの眉間にしわを寄せた表情を見れば許さなかったことを物語っている。
屋敷の中にいても、擦れた小さな音を察知して、一足飛びに外に出て、嵐の中に飛び込み、朝とは違う威厳のありそうな黒く輝くロングソードで、いとも容易く切り落とした。
剣が飛び交う嵐のような遊びの中に、簡単に飛び込み切り飛ばすミャウも相当強く、レイルに引けを取らない。
「あー、ミャウさんゴメーン、気を付けてー、いたんだけどなー」
「レイル様も、このような弱弱しい輩の御託などに付き合うのはお止めになってください」
「傷つけて悪かったね、でもスランも楽しそうだったからさ」
「埃が立ちます。それに洗濯物に汚れが付いてしまいます」
レイルが眼をやる屋敷の端には、毛布やレイルの服、ミャウのメイド服がそよ風で、綺麗に揺らめいていた。
ちなみにミャウのメイド服は、十数着所持しているので毎日交換し洗濯している。
「じゃ、終わりにしよう」
「ハーイ」
地面に落ちたスランの触手は、怪我も疲労も無く既に元の体が吸収していた。
ミャウが、ロングソードをありえない形で軽々と片手に持ったまま、スランを怖い笑顔で睨みつける。
「何でしたら、わたくしと遊びますか? 今なら気分よく遊んで差し上げますよ?」
「えー? 嫌だよー。その剣を持ったー、ミャウさんはー、すぐにー、ボクの核を狙うんだもーん。死んじゃうよー」
「それは時の運です。そう、時の運」
「やだー。あるじー、またねー。お腹が空いたからー、ご飯食べよーっと」
スランは素早く振り返って森に向かって滑るように進み、一本の触手をレイルに向けて振りながら、逃げるように奥に消えて行った。
見ていたミャウであれば、簡単に止められたようだがレイルの為なのか動かなかった。
「ミャウ、あまり苛めるなよ。アイツも悪気はないんだしさ。やっぱり嫌いなのか?」
「嫌いではありませんよ、好きでもありませんが」
「嫌いじゃないならどうしてなのか?」
「レイル様のごめいれ、いえ、これは躾です、教育とも言いますが」
「そうか、あまり厳しくしないでやってくれよ」
「畏まりました」
ミャウは一礼した後、森の中を一度見て屋敷に入った。
「やれやれ」
レイルは剣を鞘に納め、屋敷とは反対の、眼下にある山々の景色を見渡す。
「そろそろ買い出しに行かないとなあ」
そんな時、森の中から体長一〇m程の大蛇、今度は上半身が色白で裸体の、可愛い女性が現れた。
胸は腰まである透き通るような綺麗な白髪に隠されて見えてはいないが、大きいのだろう。
そして、クリッとした可愛い紫の瞳を持った魔獣。
音も無く滑るように現れ、景色を見ているレイルに一目散に近寄り、両手を広げ抱きつき、体を包むように優しくとぐろを巻く。
レイルも察知はしていたようだが、気にする事無く大蛇に、されるがままだった。
「レイル、何か考え事かの、ん?」
「無理に変化しなくていいよ、へび姫」
「お主の好みにしたがダメかの。ん? 別に無理では無いぞ? いつも言っておろうがの。ん?」
「その形態は、魔法を発するときだけでいいのだし、普段は蛇じゃないか」
「まあ、そうだがの。ん? 嫌かの。 ん?」
「どちらでもいいけど。へび姫はへび姫だからさ」
一瞬で変化し、朝レイルと一緒のベッドにもぐり込んでいた大蛇に戻った。
「スランと遊んでおったのかの。ん?で、どこか痛い所とかないかの? 傷とか無いかの? ん?」
長い舌を出して、チロチロと、レイルの顔を重点的に嬉しそうに嘗め回す。
それはワザと――傷など追わない強いレイルに対する単なる口実だった。
それでもレイルはへび姫に対して嫌な顔一つしていない。
「どこも怪我なんてないよ、ありがとう」
「ならいいがの。ん?」
レイルが振り返り歩き出せば、足が邪魔にならないように、とぐろを緩め、巻いたまま愛おしむへび姫。
だがしかし、玄関の扉が開かれミャウが姿を現せば、一瞬でとぐろを解き素早く森に帰ろうとした、が間に合わない。
森へ向かう体制のへび姫の尻尾をミャウの細腕で掴まれ、一〇mの体を大きく引っ張り上げ地面に叩きつけた。
「んぎゃ! か弱い女をいたぶらんでくれの。ん?」
「誰がか弱いのですか、誰が」
「わ、妾……」
もう一度ひっぱりあげ反対の地面に叩きつける。
「んぎゃ! 手も足も出ない、か弱い女だがの。ん?」
「蛇ですからね」
「おいおいミャウ、可愛そうだからそのくらいにしてあげなよ」
「この淫売蛇は不死身ですし、叩きつける瞬間だけ武装硬化していますから、ダメージどころか痛みもありません」
「それは知っているけど、見ているほうがさ、何ていうかさ」
二人の会話の一瞬の隙を狙ったへび姫は、握られた尻尾を上手く振りほどき、音も無く素早く森の中に消えて行く。
「レイル、また後でのー」
「レイル様、次こそは滅ぼして宜しいですか?」
「だから止めなってば。そういう約束でしょ」
「ええ、まあ、仕方がありません」
ミャウは、へび姫の去った森を一度見てレイルに向き直る。
「で、ではわたくしが駄蛇の代わりを致します」
「だからそれもダメだってば」
「わたくしでは役不足だ。と?」
「いやいやいや、そう言う問題じゃないでしょ」
「ではいつの日か」
「気持ちだけ貰っておくよ――やれやれ」
辺境だが、結構賑やかで楽しそうなレイルの仲間? だった。
そして話は過去にさかのぼる。