第16話 依頼そしてギルド
芝や柔らかそうな雑草の緑が濃い牧場の端に立ち、牧草を食べている牛を眺める三人。
槍を背中に納めているロンダは両手を腰に当てている。
「この牧場だけど、ワイバーンの痕跡どころか、気配さえ無いよな」
ルドルは青髪を掻き揚げる。
「こんな真昼間より、早朝、夕刻、夜と、食事の地合いがあるんじゃないのか?」
レイルは何かを察知し、遠くの山を見ている。
「日が沈んだらすぐに飛来するかも」
信じたようなロンダとルドルはレイルに眼を向ける。
「レイルがそう言うのなら、ここでじっくり待とうか」
「そうだな。腹が減っては何とやらだから、飯にしよう」
依頼内容など忘れているかのように、草原の真ん中で呑気に弁当を食べる三人だった。
――そして夕暮れ時。
ロンダとルドルは、槍と弓を片手に持ち周囲を警戒している。
レイルは遠くの山を見ていて、すぐに察知した。
「来るよ、西の空」
薄暗くなっている空に、体長三m程で、鋭い牙と爪を持つ、二十体ほどのワイバーンが飛来するのが見えてくる。
ロンダとルドルもレイルに言われ視認したようだ。
ルドルが弓を持ち直し構えると、矢を持たずに空に向け大きく弦を引く。
「俺から行くぞ」
光る矢、炎の矢、雷の矢を連続して放った。
一直線に飛んで行く矢は、瞬く間に三体のワイバーンに突き刺さり、爆音と共に爆ぜた。
続けて魔法の矢を放つルドルだが、ワイバーンも馬鹿では無かったようで、威嚇するような咆哮を上げながらすぐに散開し、不規則に飛び回る。
これではルドルも連続では打てなくなり、練り込む攻撃魔法を変更し、追尾する矢に切り替えた。
狙いを定め追うように理不尽な曲線を描く矢がワイバーン突き刺さり、爆音と共に爆ぜ、一体、そしてまた一体、とゆっくりだが確実に仕留めている。
ロンダはと言うと、槍を投げる間合いにも入って来ないワイバーンに、ただ槍を構え、傍観しているのが現状。
レイルは剣を構え――ではなく、投げ針を取り出し、投げる瞬間に密かに神経毒の魔法を練り込み、三本連続で投げる。
投げられた針は、鋭い勢いで一直線に飛び、瞬く間に三体のワイバーンに突き刺さり力なく落下してくる。
それを見たロンダがレイルに振り返った。
「おい、レイル。それは何だ? 聞いていないぞ」
「ん、投げ針だけど」
「あー、ギルドで見せてもらった投げ針か。だー、コロッと忘れていた。レイル、それはズルいぞ。俺だけお手上げじゃないか。頼むから数本分けてくれ」
「ん」
レイルは数本の投げ針を手渡した。
ルドルは、一体、また一体、と避けるワイバーンに向かって、理不尽に曲がる魔法の矢に、さらに魔法を乗せて確実に仕留めている。
「ロンダ、何しているんだよ、お前も何とかしろよ」
「フフフ。まあ見てろよ」
ロンダもS級に近い冒険者なので、持っただけですぐに使い方も把握したのだろう。
投げ針に魔法を乗せ、ワイバーンに向けて大きく振りかぶり投げた。
「フンッ!」
ロンダの放った投げ針は、鋭い勢いでワイバーンに突き刺さり爆ぜた。
初めてなので、さすがに倒せてはいなかったが、飛べずに落下している。
「へぇ、投げ針か。これはいいよ、うん。俺にも中距離の攻撃方法が増えた。なあ、レイル、俺も今後使っていいよな」
「ん」
嬉しそうに投げ針を見て、確認するように投げ、また撃ち落とす。実戦で鍛錬するロンダだった。
撃ち落としたワイバーンは、攻撃してくる力はあったが、飛べなければ三人の敵では無く、顔を上げ威嚇するように咆哮を上げているワイバーンを片っ端から切り倒した。
こうしてワイバーンの討伐は思ったよりも簡単に完了したのである。
これはS級に近いA級のロンダとルドル、そしてレイルの三人だから完了した事であって、C級、いやB級の冒険者が同じ事をしても、撃退、討伐、殲滅には到底及ばず返り討ちに合っただろう。
「よし、完了だ。日も暮れているし、そこの町で泊まって行くだろ?」
ロンダの言葉にルドルは肯定する。
「ああ、そうだな。数軒の宿屋があったから、どこかには泊まれるだろう」
「俺は帰る」
レイルは準備が整ったのか一人歩き出す。
ルドルは両手を腰に当てレイルを見る。
「相変わらず一人が好きだな。どれだけ嫌なのかね」
ロンダは笑顔で茶髪を掻きむしりながらレイルを見る。
「ハハハ、今に始まった事じゃないだろ。いつもの事だ」
「それもそうだ。ハハッ」
そんなレイルに、手を振るルドルとロンダ。
「レイル―! じゃあまたなー!」
「気を付けて帰れよー!」
レイルは振り向く事無く、後姿のまま片手を上げて振っていた。
レイルは、必要な野営以外、他の町などでは宿に泊まった事が無く、今回の帰路も途中で手ごろな高い木に登り、太い安定した枝で寝て早朝には起床し自身の家に帰る、と言う繰り返しだった。
レイルがウイルシアン王国の家に着いてから二日後に、二人は帰って来た。
ギルドにはルドルが代表で完了報告をしに行き、ロンダはその足で武器屋に行って投げ針を、大人買い、した事は言うまでもない。
数日後。
日も高く昼を過ぎた頃、レイルは依頼の打ち合わせの為ギルドに出向いた。
ギルドに入れば、誰もいないし二人の姿もない。なので、いつもの席に座り二人を待つ。
何故かいつも先に来て待っている二人が、珍しく来ていなかったので、時間を持て余したレイルは、掲示板を眺めようと席を立つ。
受付嬢以外は誰一人いないので、緊張も無く安心して掲示板に貼りだされている依頼を眺め始める。
呑気に眺めているレイルにとって、自身よりかなり弱い者、たとえで言えばC級以下の冒険者程度であれば、殺気があろうと無かろうと察知していなかった。いや、相手にならないのだから察知する事さえ必要ないのである。
その時、ギルドに入って来る男四人組のパーティ。
依頼を完了したのか、入って来る早々、レイルの後ろを通り過ぎ受付に向かっている。
「やっぱり俺達強くね?」
「つえーに決まっているだろ。依頼完了だし、C級に昇格だしな」
レイルの後ろを通り過ぎる四人の声には、聞き覚えがあった。
レイルは声の主をチラ見すると、やはりジゼル、ラダム、ガリース、クラバーの四人であった。
リーダーのジゼルが、受付のカウンターに半身で肩肘を付き前かがみになる。
「よう、エルサちゃん。北部の依頼、完了したよ」
「はい、ジゼルさん達は久しく北部のギルドに来ていませんでしたね。はい確認しました」
ジゼル達四人は、各ギルドを転々と流浪し依頼を受け、ここ数十日は南のギルドで依頼を受けていたようだ。
「なあエルサちゃん。久しぶりに会ったんだから、デートしようよー。絶対に楽しいからさー」
エルサは受付としての対応はしていたが、馴れ馴れしいジゼルを嫌っているようで、終始、眼は合わせないで対応している。
「仕事中ですから止めてください。またギルドマスターに言いつけますよ」
「まだ何もしていないじゃん。俺と付き合いなよ。今ではC級に昇格している俺とさぁ」
ジゼルはカウンター越しから手を伸ばし、自身と同じ色の、エルサの金髪を摘まむように触れば、嫌がるエルサ。
他の三人は、またか、と離れ、円卓の椅子に座って、いやらしい笑みを浮かべて事の次第を見ている。
終始聞いていたレイルは、助けるどころか昔を思い出したようで、掲示板の前で固まりチラ見しているだけが精一杯。
そして運よく、いや、運悪く、チラ見していた時、嫌がるエルサと眼が合ってしまった。
そんなエルサがとった行動。
「止めてください。私はあそこに立っているレイルさんが好きなんです!」
のけ反るように驚くジゼル。
「えーっ?」
テーブル席で腰砕け、驚く三人。
「「「えーっ?」」」
掲示板の前では、驚愕の表情で、何言っちゃってるの? とエルサを見る信じられないレイル。
「は、はい?……」
視線を感じればレイルを見るジゼルと三人がそこにいた。
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