第10話 出立
翌日レイルは、部屋で荷造りを始めている。
それは、ルードとの約束、いや、願いを聞いた事を実行する為に。
その時のルード曰く。
このままこの屋敷に住んでもいいが、その強さを身を持って体験する為、そしてルードの嫌っていた人族との繋がりを、レイルには絶ってほしくない為、町でも村でも好きな場所で構わないから、もう一度冒険者として仲間を持ち、一年以上生活する事。
もちろん休暇など、途中で戻って来る事は構わない。
そして、自分を見つめ直したらミャウと一緒にこの屋敷に住んでほしい。
あとはレイルとミャウに任せる。仲良くしてくれ。
レイルは荷造りを終えたが大した量では無い。
少し大きめの腰袋と装備だけ。住む拠点が決まったら、必要な物は購入する予定でいるから。
資金は、元々持っていたお金に付け加え、ルードの遺産もあった。
これは遥か昔の功績らしく、詳しくは教えてくれなかったが聞こうとも思わなかったのだろう。
一生贅沢して生活しても無くならない金額だったので、まだ十分に蓄えがある。
レイルとミャウが生活する分には、減ったのかわからないほどの金額である。
管理は勿論ミャウになっている。
ルードが無くなった後は、二人で管理するように言われたが、レイルは丁寧に断わりミャウにするよう願い出た。
なので、ミャウは受け、資金管理もお任せしてある。
出立前に、ミャウから手渡された当面の資金、金貨百枚と、元々持っていた金貨三〇枚。
これだけあれば、しばらくの生活には事欠かない。
屋敷を出るレイル。
ミャウがその後ろを付き従うように歩く。
登って来た急斜面の岩肌が見える、平地との境界線に立ち振り返る。
「じゃあ行ってくるよ」
「レイル様、行ってらっしゃいませ、ご武運を。お帰りをお待ちしています」
「うん」
踵を返したレイルは、力強く地面を蹴り、一足飛びに飛び降りた。
急斜面の下りは簡単だった。
ミャウに言われ内心は怖かったけど、飛んでしまえば何て事も無く、気分爽快に落下している。
ほんの数分で下の森との境界に着地し、その衝撃で地響きが発生し土煙が立ち上る。
「おお、簡単だな。足も痛くないし」
「あるじー」
森の中からスランの声が聞こえてくる。
急斜面を器用に音も無く滑るように出てくるスランとへび姫。
先回りして見送りに来てくれていたのだろう。
近寄るへび姫は、さっそくレイルに、愛おしむように優しくとぐろを巻き、チロチロ、と顔を舐めまわす。
「元気での。ん? 待っておるからの。気を付けての。ん?」
「うん、行ってくるよ、へび姫」
その後ろを触手を二本、ユラユラ、と出して笑顔のスランがいる。
「頑張ってねー、あるじー、待ってるよー」
「うん、ありがとう、スラン」
そして別れ、またも力強く地面を蹴って、一足飛びに森を越え麓まで来た。
鍛錬として鍛えられ、来た時とは違う完全な人外になったことは当然だろう。
残りの山二つは、走り登り駆け下りて半日ほどで三つ目の山の街道まで出るが、出発してまだ半日と数刻しか経っていなかった。
「こんな簡単でいいのかな。ま、いっか。ハハッ」
ゆっくり歩き出すレイル。
「ここからは力を使わないように注意しないとね」
ミャウから言われた事。
それは、桁違いな強い力を見せびらかしてはいけない。教え鍛えた魔法で、相手や魔物、魔獣の力量を調べて、僅かに上回る力を使うように。
さもないと、ルードのように、人族を信じられなくなり、嫌う様になるかもしれないから。
そして普段は、ルードに教えられたように魔力と力量を偽装する事。その程度なら使う魔力量も微々たるものだから。
それ以上詳しくは教えてはくれなかった。
「ミャウが言ってるんだし、注意しよう」
日も暮れる頃、道の先に町が見え始める。
いや、町では無く石で造られた高い城壁で囲われた国だった。
ウイルシアン王国
レイルが出て行った国であり、生まれ故郷でもある。
その高い城壁の上には、兵士が複数人並んで歩いて見まわれる歩廊になって、見張り台も兼ねている。
入口の扉は厚く重厚な両開きで、騎士兵士が立っている時は開いている。
荷馬車も複数台がすれ違える広さがあり、道を作る石畳が中に続いている。
中央には王のいる城が建ち、放射状に街並みが広がる活気のある、人口五〇〇万人の国。
検問所も広く、複数人が同時に受けられるので、あまり待たずに入れる。
レイルは、話しさえしなければ、慣れたもので、冒険者プレートを見せ何事も無く通過した。
レイルはこの国の東側にある城壁付近の施設で育ったので、道も知っているから迷う事も無い。
懐かしんで眺めいたが暗くなってきたので、取り急ぎ宿屋街に足を向けた。
以前から知っている、安くても定評のある宿屋で一泊することにする。
ススぼけた木造二階建ての宿ではあったが、部屋は綺麗で清潔そうなベッドが置いてある。
レイルは、荷物、装備を下ろしベッドで横になり仰向けで天井を見る。
「フゥ、明日は忙しいな」
明日からは、住む場所を探し必要な物を購入する予定で、時間が余ればギルドに再登録して依頼を探す予定。
レイルは宿の夕食を食べ、疲れはそれほど無かったが、早めに就寝。
翌日は、朝から賃貸住宅を探し、日当たりはあまり良くないが、北の検問所とギルドに近い場所で、小さな木造二階建ての建物で手を打つこととする。
一階が広間、上が寝室だけではあったがレイルには十分であった。
他にも石造りなど広く豪華で日当たりもいい物件は多々あったが、自身の身の丈に合わない、と却下した。
そして必要な衣服や毛布、敷き掛け布団などを購入し準備は整い完了。
ただ、レイルの人見知りは、ミャウやルードとの会話で治ったか、に見えたが――ダメだった。
しどろもどろになりながらも、レイルなりに頑張り、努力の甲斐あって何とか今に至る。
ただ、昔より悪くなったようにも見えるが。
「ハァァ、どっ、と疲れが出たなぁ。やはり治らなかったかー。ま、仕方がない、少しずつ頑張ろう」
昼過ぎ。
まだ日も高いのでギルドに行く。
ウイルシアン王国のギルドは、国が広いので、東西南北の検問所の付近に各一か所に配備してある。
レイルは昔から知っている行き慣れていた北のギルドに出向く。
石造りと木造の併用された二階建てで、地下は広い訓練場が設けてある。
ギルドの中は広く、円卓が幾つも置いてあり、入ってすぐの壁には依頼の掲示板になっている。
その奥のカウンターに受付の女性が座っている。
誰もが可愛いと思う、目鼻立ちの整った一七歳程の赤眼、金髪ツインテール。でる部分は、かなり、凄く、出ている女性。
ギルドの受付用の青い制服を着ている。
名札にはシエリナ・エルサム・ロースタ、と書かれていた。
レイルは歩み寄り、カウンター越しに声を掛ける。
「あ、あ、あの、ぼ、冒険者の……」
「はい? 何でしょうか?」
「さ、さいと、再登録に……」
「冒険者の再登録ですか?」
「は、はい……」
「ではカードを出してください。――ルーウェン・レイルツエース・ヴェイルさんですね」
「れ、レイルで……お、お願いします」
渡したカードに何やらチェックし終了。
「はいレイルさん。D級ですね。終わりました銅貨五枚になります」
オドオド、と支払い、掲示板に行く。人とは話さない生活を続け、やはり昔より酷くなっていた。
「やばい、怖い、これからどうしよう」
うつむきながら、人づきあいの無かった、昔の生活を思い出していた。
「ミャウ達に会いたいなぁ。いや、ダメだ。ルードさんとの約束だし、乗り越えよう」
そして試行錯誤して考え、出た結果――。




