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月曜日、駅にはさやかの姿がなかった。どうせ、木村の家から出かけたのだろう。学校もぎりぎりになってからくるのかもしれない。美紀はウォークマンにカセットを差し込んで歩き始めた。今時、カセットのウォークマンで音楽を聞いているのも珍しいのかもしれないな、と自分でも思いながら、学校への道を急いだ。
しかし、学校についても、さやかはやってこなかった。1時間目が始まっても、さやかの席は開いていた。そして、とうとう最後まで来なかった。
さやかに限って、誰かの家に泊まった次の日に学校に来なかったことは、一度もなかった。もし学校をサボれば、前の日のアリバイ工作がバレてしまう可能性が高くなる。友達どうしなら、嘘もつきとおしてくれるかもしれないが、その親までそうだとは言えない。第一、泊まりに行くこと自体、おあずけにされてしまうことだって考えられる。なのに、どうして、さやかは学校をサボッたのだろうか。美紀には不思議だった。木村なら、何か知っているかもしれない。美紀は放課後、美術室への階段を上った。
美術室には、誰もいなかった。美紀は、しかたなく階段を降り、駅に向かって学校を出た。駅の建物の中で、思いついて、木村のアパートの電話にかけてみた。こんなときに、携帯があったら便利だろうな、と思った。そういえば、さやかも携帯を持っていなかった。さやかの場合、わざと居場所をくらますために持っていない、ともいえる。ポケベルは持っていたかもしれない。ベルを打っても、電話をしてこないことが多くて意味がないので、最近はかけていない。番号も、忘れてしまった。
「はい、木村です。」
電話がつながると、木村の声がした。
「あの、あたし美紀だけど・・・。」
話し始めたところで、電話の向こうから、
「ただいま、留守にしています。ご用の方はピーっという発信音のあとに・・・。」
という、決まり文句が流れ始めた。美紀は、途中で電話を置いた。おそらく、電話がつながったときから録音を始めるタイプにしてあるのだろう。だから、わざと名乗ったあとに間を開けるのだ。たいていの人は、まず自分の名前をいう。すくなくとも、無言メッセージの留守番電話を聞かなくてすむ。美紀は、あきらめて電車に乗った。夜にでも電話がかかってきて、のろけ話をたっぷり聞かされるだろう。こちらで電話代をもってやる必要もないだろう。
8時ごろ、電話がかかってきた。美紀の母親が出て、美紀を2階に呼びにきた。電話をかわると、受話器から流れ出したのは、さやかのお母さんの声だった。あわてた声をしている。どうやら、さやかは家にも帰っていないということのようだった。
「美紀ちゃん。さやかが、昨日美紀ちゃん家に泊まらなかったのは、もう聞きました。別にそれはいいの。いつものことですもの。だから、昨日さやかが誰のお宅に泊まったのか教えてちょうだい。それとも、何処かのホテルとかに行ったのかしら?」
察しのいい母親だと、思った。
「さあ、聞いてないんです。」
美紀は嘘をついた。
「でも、心当たりに電話してみます。しばらくしたら、電話かけなおします。分かるかもしれません。」
美紀は、そういって電話を切ると、木村の家に電話をかけた。今度は木村が名前以外の何かを言うまで待っていた。
「もしもし、誰?」
木村本人のようだった。美紀は名乗った。
「ああ。美紀さん。なに?どうかしたの?」
「どうかしたのって、さやかと一緒じゃないの?さやかのお母さん心配して家に電話してきたのよ。」
「え、そうなの。でも、さやかとは今日の朝別れてから、会ってないから・・・。」
「さやか、何か言ってなかった?何処かに寄るとか。」
「ああ、あの、ちょっと待って。さやか、学校にも行ってないの?今日、さやかと美紀さん、会ってないの?」
「え、知ってると思ってた。今日、さやか、学校にも来なかったの。それで、家にもまだ帰ってないらしくて、さやかのお母さんが、うちに電話してきたってわけ。」
「そうだったんだ。昨日、さやか一人で自分のベッドで寝るの怖いっていうから、家に泊まっていったんだ。で、朝、別々の電車に乗って学校に行ったから。さやか、一旦家に戻って着替えなくちゃいけなかったし。だから、その後何処にいったのか・・・。」
「何か言ってなかった?何か、何処かに行くような。」
「言ってなかったと思うよ・・・。」
「そう。」
「オレ、ちょっと探してみるよ。今日はバイトもないし。バイクあるし。」
「じゃあ、あたしを向かえに来て。」
「あ、分かった。じゃあ、10分くらいで行くから。まだ、バイク寒いから、厚着して待ってて。」
出かけようとしたとき、美紀は母親に呼びとめられた。
「遅くなっちゃ、いけませんよ。」
美紀は、心の中では親友が、何かトラブってるかもしれないというのに遅くなるも何もないだろう、と思ったが、それはおくびにも出さないで頷いた。玄関のドアを閉めて門の前で待つことにする。バイクの後ろに乗ること悟られたら、家へ連れ戻されるかもしれない。
木村は5分ほどでやってきた。木村のバイクは薄汚れていた。木村は予備のヘルメットをホルダーからはずすと美紀に手渡した。
「美紀さん。さやかの行き先、心当たり、ある?」
「ファミレスとか、カラオケとかなら。」
バイクの後ろに恐る恐るまたがりながら美紀は言った。
「じゃあ、その辺から行ってみる?」
バイクは、後ろの美紀を気づかうようにゆっくりと発進した。
さやかとよく来るカラオケにつくまでに美紀はなんとかバイクの後ろに慣れ始めていた。最初はつかまるものがなくて、交差点を曲がる度に緊張していたが、木村の腰に手を回してバイクの動きに合わせられるようになったら、それほど気を使わなくても乗っていられるようになった。
カラオケに入っていくと、その日の店員は美紀の知っている人だった。さやかのことを聞いてみる。だが、中学の同級生だった、その店員は今日はさやかを見ていないといった。カラオケを出て、歩いて近くのデニーズを外から覗いてみたが、そこにもさやかはいなかった。美紀は、ロッテリアやローソンも回ってみようと主張したが、木村は、もう遅いから、と言って美紀を家まで送っていった。木村は一人で探すと言って走り去った。美紀は自分の部屋で、なかなか、寝付けなかった。
次の日の午後、完全に爆睡して5限を過ごすと美紀は、美術室へと急いだ。今日もさやかの姿は見なかった。放課にクラスメート達と話していると、その中の一人が、地下鉄の駅でさやかの姿を見かけたという。昨日の朝、学校へ行くのとは逆のホームで電車を待っていたらしい。路線は名港線だった。そのクラスメートが声をかけるスキを与えずに、やってきた電車に乗って行ってしまったという。さやかは、制服ではなく、私服を着ていた。美紀が最後に見た時の服装と同じもののようだった。
美術室には、木村が美紀を待っていた。
「ごめんね、美紀さん。」
美紀の姿を見た瞬間、木村は謝った。
「いいの。見つからなかったのは木村君のせいじゃないし。」
木村は、目を閉じて首を振った。
「そうじゃないんだ。さやかがいなくなったのは、たぶん、オレのせいなんだ。」
「え?」
美紀は驚いて、木村の顔を見つめた。
「それって、どういうこと?木村君、さやかに何かひどいことでもしたの?」
「ちがうんだ。確かにあの夜、オレはさやかの誘いを断わって、気まずい状況になった。でも、そのあと、仲直りをしたんだ。」
「木村君、さやかとHしなかったの?」
「してない。さやかはしてもいいって言ったけど。オレ、好きな人がいるから、って。そしたら、さやかが泣き出して。」
さやかが泣くのは珍しいことじゃない、と美紀は思った。いつだったか、さやかは演技でも泣ける、と美紀に話していたこともある。
「でも、そのあとは仲直りした。二人で少しビールとか飲んで話したりした。朝も、『じゃあ、部室で。』って別れた。」
木村は、手近にあったイスを引くと、それに座った。美紀もその前にあったイスに腰かけた。
「さやかが学校に来ない理由なんかなかったんだ。あれ以外は。」
「あれって?」
「この前、美紀さん家でオレ、『ふたりには良くない霊はついていない。』って言ったよね。」
美紀は頷いた。
「実はあれ、うそ。」
「え?」
美紀は木村の顔を覗き込んだが、木村はうつむいたままだった。
「とりあえず、なにかをしそうな雰囲気がなかったから言わなかった。」
「そんな、だって、木村君、幽霊なんか心理的に作り出されるもんだっていってたじゃない。」
「たいていの場合はそうなんだ。それは嘘じゃない。けれど、オレは霊感が強くて、見えるんだよ、そういうのが。それは確かにあるんだ。悪影響を及ぼす念みたいなものが。それがあの日見えた。さやかの周りについているみたいだった。だけど、オレのアパートに入るときにいなくなった。だから安心してたんだ。たぶん、朝になってさやかが出てくるのを待ってやがったんだ。」
「そんな・・・。」
「昨日、美紀さんと別れた後、ロッテリアとかを探すっていったよね。そこへも行ったけど、それよりもオレのアパートから駅までの間の川なんかを見てたんだ。あの霊からは、水のイメージが出てたから。けど、何も手がかりを見つけられなかった。」
「ちょっと、待って。水って、海も?」
「ああ、海のイメージもあった。」
「さやか、名港線に乗ってたって、うちのクラスの子が言ってた。」
木村は、制服の上着をつかんだ。