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むかしむかし

 

「何が『ワイの言う通りにしてもらう』だよ……」


 掘立小屋の魔王城(仮)の外。クラフトが馬に引かせてもってきた荷台。


 その中に埋もれるような格好で魔王が食糧やら雑貨やらを物色していた。あれもこれもと手にとっては値段を確認し、一喜一憂して表情をころころと変えている。


「そりゃあワイは商人やさかい。一番のお願いごとと言ったら、お客さんに商品をぎょうさん買うてもらうことや」


 荷台から少し離れた木立の下で、魔王の様子を見ながらクラフトが笑う。俺はその隣で呆れ交じりの溜め息をついた。


 俺のことを勇者に報告しない条件として、クラフトが提示したのは「持ってきた商品を買い取ってくれ」というものだった。それを聞いた魔王はお安い御用だと胸を張り、商品が外の荷台に積んであると聞くと物凄い勢いですっとんで行った。


 そして今に至るわけだが、魔王はかれこれ小一時間は商品の山と格闘している。宝探しに夢中になった子供のように一向に飽きる気配がない。クラフトはただでさえ細い目をさらに細めて、そんな魔王の様子を眺めていた。


 自分の持ってきた商品にあれだけ目を輝かせてもらえれば、商人としてはそれなり感慨があるのかもしれない。


「ポチさんも見てきたらどうです? お安くしまっせ」

「……そうさせてもらうよホモ野郎」


 客の名前を間違えて不機嫌にさせるという商人にあるまじき行動をとったクラフトを罵ってから、俺も荷台の魔王の下へ向かう。その途中で振り返ると、クラインはそんな俺のことも笑いながら見ていた。


 蔑称を呼ばれても笑顔を崩さないなんて、まったく見上げた商人魂だ。仕事柄、この程度の罵詈雑言は言われ慣れているのだろう。


 俺はクラフトから視線を切って、再び魔王の下へ行こうとして――なんとなく、もう一度だけ振り返った。


 相変わらずクラフトが笑いながら俺を見ていた。けれど振り向いた瞬間は、その視線が少しだけ下がって心なしか絶対に気のせいだと思いたいんだけど俺の尻あたりに向けられていたような気がしないでもない。


 俺は早歩きになって荷台で商品の山をかきわけている魔王の下へ向かった。俺に気づいた魔王が声を上げた。


「あ、ポチも何か買うかい?」

「まさか『本物』で言われ慣れてる……そういうオチじゃないだろうな……」


 うすら寒くなった首筋をさすりながら言うと、魔王が首を傾げた。


「うん? なんの話?」

「世の中には知らない方がいいことがあるって話だよ」


 魔王を軽くあしらいながら、俺は荷台に積まれた雑貨の山に手を伸ばす。クラフトのことはさておき、さりげなくまた俺のことをポチ呼ばわりした魔王をぎゃふんと言わせる小道具を買わなくちゃならない。勿論俺に手持ちはないから、魔王の金で買ってもらう。


「お、これは……」

「なにか面白いものでもあった?」


 意図していたものとは違うが、何気なく目に留まった物に俺が思わず声を上げると、魔王が興味津々に覗き込んできた。


「なんだい、それ。『泣いた赤鬼』……おとぎ話の本?」


 魔王が俺の前にあった古びた一冊を手にとってタイトルを読み上げる。俺が目につけたのは童謡やおとぎ話や民謡などの古書が置かれた一角だった。


 だいたいが子供向けの薄い絵本しかないが「シンデレラ」や「桃太郎」といったポピュラーで馴染み深いものから、「泣いた赤鬼」、「百万回死んだ猫」、「走れメロス」や「カンダタ」など、ちょっとマイナーなものまで入り混じって売られている。


「ふうん。ポチってこういうのが好きなんだ」

「……まあな」


 ポチ呼ばわりされた怒りを抑え、魔王の言葉を肯定する。


「私も本は好きだけど、こういうのはあまり読んだことないなぁ」


 本のページをパラパラとめくり、大雑把に目を通しながら魔王が言った。


「こういうのも意外と面白いから、馬鹿にしないで読んでみろよ――あ!」


 そして俺は、古書の中に紛れていた目的の本を見つけた。それを手にとって、わざとらしいくらいに驚く。


「おお、これは! この本は!」

「ん? なになに?」


 再び興味深そうに俺の方を覗きこんでくる魔王に、俺は手に取った本の表紙を向けた。


「魔王、これ知ってるか?」

「えっと『王様のお城』? いや、知らないけど……」


 魔王がタイトルを読み上げた。正直に言って、タイトルは重要じゃない。俺も手に取るまで知らなかったくらいだ。大事なのは、この本が「飛び出す絵本」であることだ。


 飛び出す絵本とは、紙でできた城などの建築物が挟まれている絵本のことだ。ページが開かれることで紙が左右に引っ張られ、それらが本を開いた人間の目の前に飛び出してくるように仕掛けられている。ちょっとしたびっくり箱のようなものだ。


「この本のことも知らないのか? これはだな――」


 俺はやむなくいやいや仕方なく、説明の為に魔王に本を向けて開いてやる。


 飛び出した紙の城が、魔王の顔面にぺチンと当った。


「っぎゃー!?」


 びっくりした魔王が悲鳴を上げた。


「惜しい! ぎゃ『ふん』がついてない!」

「こ、このバカ! 危ないじゃないか! よい子が真似したらどうすんだこのバカっ!」


 二回も馬鹿って言いやがった。しかし俺が怒りをぐっと堪える。


「悪い。傷ものにしちまったな……」

「んなっ!」


 これまでにないくらい魔王を気遣う俺の声色に、魔王が目を見張った。俺はすかさず小柄な魔王を抱きとめるようにして、その瞳を覗き込んだ。


「責任、とらないといけないよな」

「ちょ、ちょっと待て! なんだいきなり!」


 真剣な表情で見つめると、魔王があわてふためいた。


 俺はそれに構わず距離を詰め――それから顔を上げて、声を張り上げた。


「おーいクラフト! この本買わせてもらうわ~!」

「……それってつまり私が買うってこと?」


 不満げにつぶやく魔王をシカトして、俺は傷ものにしてしまった本の値段を確かめた。一応は魔王に買い取ってもらうのだから少しくらいは気にして――


「た、高っ!」


 本の表紙に張り付けられた売値の額を見て、思わずぎょっと目を剥いた。今の相場なんて明確なものは知らないけど、これは……いくらなんでも高すぎる。あきらめるしかない。


「くそっ。これを魔王に買わせて、また後で同じことしてやろうと思ったのに……」

「私が二度も引っかかると思ってるのか!?」


 怒った魔王が掴みかかってきて、取っ組み合いになった。腕力で負ける気はしないが、あまりやりすぎるとまた下半身を消される可能性もある。あの大事なものが消される喪失感はなかなか耐え難い。


 腕のリーチ差をいかして引き剥がすと、魔王はぜぃぜぃと息をきらして俺を睨んだ。


「きょ、今日のところはこのくらいしてやる!」

「……もう一度確認するけど、お前ってホントに魔王なのか?」


 そもそも魔王ってのは悪魔や魔物の王様で、人間にとって害をなす種族の頂点だ。この程度で退けられるような子供が名乗るものじゃない。


「何を言うとりますか。そのおちびさんは正真正銘の魔王やで」


 背後からの声に振り返ると、いつのまにかクラフトが近づいてきていた。


「……へえ。お前もこいつが魔王だって認めてるのか」


 俺が半身引きながら答えると、クラフトが残念そうな顔をした。こいつは本物だと確信し、ちょっと泣きたくなった。


「ポチはん、魔王はんから何も聞かされていないんか?」


 何気ない調子でクラフトが言った言葉に、魔王がギクッと音がするんじゃないかと思うほど体を硬直させた。俺はそれを尻目に口を開く。


「……色々とドタバタしていたからな。簡単にしか聞いていない」


 クラフトが何かしらの探りを入れてきている。そう判断し、ぼかして答えた。


 実際のところ魔王からたいした話を聞いていないが、その辺りの事情も含めて余計なことを話すのは得策ではない。わからないことには口にチャックだ。下手に答えれば魔王の立場が悪くなるかもしれないし、ともすれば契約を結んだ俺も芋づる式に道連れされる。


 俺の答えに、クラフトが魔王に視線を向けて言った。


「そこの魔王さんは『魔王の中の魔王』と称されるほどの有名人やで。これがその証拠や」


 クラフトが荷台の商品の中から一冊の絵本を拾い上げて表紙をこちらに向ける。本のタイトルは――勇者と魔王。


「そ、それはっ!」


 魔王が驚愕に目を見開いた。


「この絵本は、今や最も有名な勇者と魔王のお伽話や。そして何を隠そう、その中に出てくる魔王のモチーフになったのが、ここにいらはる魔王はんなんや!」


「そりゃすごいな。見せてくれよ。どれどれ……」

「見るなああああああ!」


 俺がクラフトから本を受け取ってページをめくろうとした瞬間、魔王が本を奪おうと飛びかかってきた。俺はひょいと本を頭の上に掲げて回避。勢い余った魔王が荷台の商品の山につっこんだ。崩れ落ちてきた商品に埋もれるも、魔王は手足をジタバタさせてすぐに這い出してくる。


「ポチ! その本は見るな! それだけは見ちゃダメだ!」


 なぜか魔王の顔色に、妙な必死さが浮かんでいた。自分のことじゃなく、まるで俺のことを気遣うような――


「そうか。そんなに見てほしくないのか……」

「わ、わかってくれたならいいんだ」


 俺がしみじみとつぶやくと、魔王がほっとした表情を見せる。俺は仕方なく魔王に本を渡すそぶりを見せてから頭上でばっと開いた。


「そー言われると是が非でも見てみたくなるなぁ!」

「うわぁあああ! やめろこの人でなし! 悪魔!」


 本の高さまで手が届かない魔王が、俺の身体に体当たりをしかけてくる。しかし魔王の体重ではたいした衝撃にはならず、俺は意に介さず「勇者と魔王」を読み始める。


 ――昔々あるところに、ユイスという殺戮最強剣士がいました。


「……これ、子供向けの本だよな?」


 冒頭の一文を呼んで、俺は魔王に問いかけた。けれど魔王は俺の問いかけを無視して、俺から本を奪うために俺の体に抱きつくような格好で揺さぶってくる。


「だから見るなって言ってるだろ! このバカ!」


 馬鹿と言われてムカついたので、疑問はさておき続きを読み進める。


 ――このユイスという男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろと悪事を働いた殺戮最強剣士ですが、それでもたった一つ、善い事をしました。魔王を倒したのです。


「どこかで見たことある文面でいきなり話が終わった!」


 ていうかこの殺戮最強剣士って言い回しはなんなんだ? 異様に気になるんだけど。  


「こら! 止めるんだポチ! と、届かない! おすわりだ!」

「あ、まだ続きはあるのか。それはある時この男が、通りがかった村で――」

「朗読するなああぁ!」

「さすがポチさん、鬼畜攻めやな。ちなみにわいはどっちでも――」

「てめえもポチポチ言ってんじゃねぇぞホモ野郎ッ!」


 妙な相の手を入れてきたクラフトに寒気を覚え、思わずげきを飛ばす。


「くそう! こうなったら最終手段だ!」


 その時、魔王が切羽詰まった声を出して――


風土竜かざもぐら!」


 凛とした声音が響き渡ると同時に足元から風音が唸り、俺とクラフトは荷台と一緒に屋根より高く舞い上がった。

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