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勇者の商人クラフト

 いつのまにか若い男が家の入口に佇んでいた。

 キツネ目に癖っ毛の茶髪が特徴的で、ひょうきんな雰囲気の青年だ。


「おひさしぶりやな魔王はん。元気しとった?」


 軽薄な口調で手を振りながら、男が唇の端をニカッと吊り上げる。

 わずかにそばかすの浮いた男の頬に深い笑窪ができた。二枚目というほどでもないが、人懐っこい顔立ちだ。


「クラフト! あわわ」


 魔王がわたふたと俺の前に立ち、俺を隠すようにクラフトと呼んだ男と対峙した。

 俺と魔王はけっこうな身長差があるから、俺はこれっぽっちも隠れてない。

 それでも必死になって魔王が男に向かって叫んだ。


「これは違う! 違うんだ!」

「何が違うんだよ。ていうかこいつがおまえの好きなヤツか? だからって人をエロ本みたいに扱うのはどうかと思うぞ」

「キミはもう黙ってろこのバカ!」


 魔王が俺を睨んでいる間に、クラフトと呼ばれた男は笑顔で俺の方へ歩み寄ってきた。さっと自然な動作で右手を差し出して、まだ上がりもしていなかった俺の手を勝手に取ってシェイクハンドする。


「ハハ。なにやら楽しそうな使い魔さんやな。はじめまして。わいの名前はクラフト・カイゼン。この近辺で商売をやらせてもらっとります。以後、お見知りおきを」

「これはご丁寧にどうも」

「違うぞクラフト! 彼は使い魔なんかじゃない!」


 挨拶を返そうとしたところ、魔王が俺とクラフトの握手をぐいっと引き剥がす。

 そして俺の右手をひったくるようにして掴み、ぶんぶんと上下に振った。


「彼は私の友達だ! マイフレンド! オーケー!?」


 魔王が言葉尻に力を込めて熱弁をふるう。

 どうやら俺が召喚された使い魔ということがクラフトにばれたくないらしい。

 先ほど言っていたように、クラフトから勇者にその情報が流れるのを恐れているといったところなのだろう。


 しかしクラフトは、余裕の笑みを崩さない。


「往生際が悪いで魔王はん。この人が……えっと、あんさんの名前、なんて言いますん?」


 クラフトがこちらに問いかけた。名前――思い出して、俺はなんとなく魔王を睨む。魔王はあわててクラフトに言った。


「か、彼は記憶喪失で、名前がわからないんだ!」

「名前がわからない? ふうん。そないでっか……」


 意味ありげに俺を見て、クラフトが一人納得したように頷く。明らかに疑われているというかなんというか、後味の悪いものを感じて俺は魔王に言った。


「そういや今まで気にしてなかったが、名前がわからないとこういった自己紹介の時なんかに不便だな。魔王、適当でいいから、俺に名前を付けてくれないか」

「え? 私がつけていいの?」

「なんだかんだで、お前が一番よく呼ぶ名前だと思うからな」


 契約的に一蓮托生だ。必然的に一緒に過ごす時間も多くなるし、ともすれば呼ぶ機会だって増える。


「友達」ならなおさらだ。


「ううん……」


 魔王がうなって、深く考え込んだ。さすがに二回目ともなれば、反省して少しはまともな名前を付けてくれるに違いない。そう思って頼んだわけだが――


 魔王が手のひらを打ち鳴らし、顔を上げる。


「じゃあ『ポチ』なんてどうかな?」

「素敵な名前をどうもありがとうよこの野郎!」


 吐き捨てるように言うと、魔王が照れくさそうに頬をかいた。


「いや別にそんな感謝されるようなことは――」

「俺が感謝しているように見えるのか? ポチと呼ばれて喜ぶ人類がいるとでも思ってんのかこのアホ!」

「し、失礼だなキミは! 全国のポチさんに謝れ!」

「いねえよそんな名前のヤツぁ!」


 額がぶつかるほどの距離で睨みあう。クラフトがおずおずと声を上げた。


「ええっと、その……ポチさん? 改めてよろしゅうお願いします」

「てめえも俺に喧嘩を売ってんのか!? 初対面なのにいい度胸だな!」


 どさくさにまぎれて俺をポチと呼んだクラフトの胸倉を掴み、顔を寄せてメンチを切る。


 すると、クラフトが訝しげに俺を見つめた。


「あれ? そういや、あんさんの顔ってどっかで見覚えあるような……」

「…………」


 俺はクラフトをぺいっと床に放り捨てた。そして無表情に魔王に向き直る。


「おい魔王。悪いこと言わないからこいつを好きになるのは止めておけ。初対面の男をいきなり口説くホモ野郎だ」

「だから違うって言ってるだろ! 私は――」


「あ? こいつがホモじゃないってか? いくら好きな相手だからってそこまでして庇わなくても……それとも、自分がこいつの守備範囲外という事実を認めたくないのか?」

「さっきからそれわざと言ってるだろ!? まださっきのこと怒ってるのか!? ポチって名前の何が気に入らないんだよこのバカ!」


「そっちもわざと言ってるんだよな? そのポチごり押しはネタなんだよな?」

「ネタじゃない! ちゃんと真面目に考えた名前だぞ!」

「よーしわかった。今度こそ消される前に筋内バスター決めてそのポチ絶対神的な思想を再起不能にしてやる」


 とりあえず取っ組み合いを始めた俺と魔王。それを見て、クラフトが言った。


「二人とも、やけに仲がいいんやなぁ」

「……あ?」


 クラフトが何気なくつぶやいたその一言を、思いっきり眉をひそめて見咎める。しかしクラフトはにやりと笑みを深くして、悪巧み顔を魔王に向けた。


「魔王はん、いくら仲のいい振りしとっても、わいの目は欺かれんで。ポチさんは友達やなくて『使い魔』や」

「う……」


 魔王が言葉に詰まってたじろぐ。好機とばかりにクラフトはさらに畳みかけた。


「魔王はんは勇者様に負けた際、『戦力となる部下は持たない』と約束させられたはずや。ポチはんは、その件に反すると違いますか?」


「だ、だからポチは友達で……」

「往生際が悪いで魔王はん。そないな苦しい言い訳、勇者様には通じんで?」


 クラフトに追い詰められ、魔王の旗色が悪くなっていくのが目に見えて分かる。


「ポチはんのこと勇者様にばらされたくなかったら、ワイの言う通りにしてもらうで!」

「くっ……!」


 クラフトのいかにも下種の三下が使いそうな台詞に、魔王が呻いて唇を噛んだ。怨嗟のこもった目でクラフトを睨みつける。


「……わかった。ポチの為だ。クラフトの言う通りにしよう……!」

「魔王……」


 絞り出すような魔王の苦渋の決断に、俺はかける言葉が――


「さっきから気になってたんだけどポチのことが勇者にばれて何の問題があるんだよそれって俺と無関係だろなんで俺の正式名称に見たいに受け入れてんだよあぁん!?」


 ありすぎて困った。

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