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契約書はよく読もう

 

「状況を確認するぞ」


 魔王が泣き止み、落ち着くまで待ってから、俺は魔王におそるおそる問いかけた。


「さっきの、なに?」

「……気のせいじゃない?」

「んなわけあるか! 間違いなく身体が消えてたわ! 気のせいだったらどんなによかったか!」

「まぁまぁ落ち着いて。だいじょーぶだよ。原因はちゃんとわかってるから」


 さっきまでベソかいていたくせに、今はうってかわってケロッとしている魔王。

 俺はひたいを押さえながら問い詰めた。


「おいまさか召喚失敗が原因とかいうんじゃないだろうな」

「違うよ。さっきのはたぶん『契約の不履行』によるものだ」


「契約の不履行?」

「そう。契約で『友達になる』って約束したくせに、さっきはキミが私のことぶったりけなしたり友達らしくない行動を取ったから、ペナルティが発生したんだ」


「ちょっと待て。そのペナルティってなんだ。聞いてないぞ」

「誓約書にちゃんと書いてあるよ」


 言われるままに誓約書を取り出し、もう一度隅から隅まで目を通す。しかし「契約不履行」や「ペナルティ」なんて単語は一つも記載されていない。


「どこにも書いてないぞ」

「裏面に書いてあるよ」


 誓約書をめくると、裏面の端っこに小さな文字が躍っていた。


 ――この契約は一方的に破棄できません。この契約の一方的な破棄、または契約の不履行が認められた場合、不履行者の「存在を消失」をもって処罰します――


「なんだこれ……」


 引っかかった俺もどうかと思うが、いくらなんでもこれは酷い。詐欺の手口だ。


「というかペナルティが『存在の消失』ってのもえげつない……」

「ふふん。ちょっと魔王の本気出してみた」

「こんなことで!?」


 俺の突っ込みに、魔王が得意げに薄い胸を反らした。


「ふふふ。そもそも、契約というのはアメとムチだ。ムチがなんらかの形で強制力を持たなければ、契約は形骸化してしまう。このペナルティはそのためにの重要な――」


「おまえ、そこまでして友達ほしかったのか……」

「や、やめろ! 人をそんな可哀想なヤツみたいな視線で見るな!」 


 テーブルを叩いて抗議する魔王に、俺は本気で呆れながら問いかけた。


「ていうか『友達でいること』って何だよ。俺がちゃんとおまえの友達をできているかなんて、誰が判定するんだ?」


「それはもちろん私だよ」


 魔王が自分を指差して示す。


「どうやって判定するんだ?」

「それは――」


 俺が重ねて質問すると、魔王が腕を組み、右斜め上を睨んでしばし黙考。


 そして言った。


「私のさじ加減?」

「おいそこで疑問符をつけるな! こっちは命かかってんだぞ!」


 基準があやふやだと、この先も些細なことで消失しかねない。


「そう言われてもなぁ」


 本当にわからない、といった様子で魔王が自分の前髪をいじる。


「それに、命をかかってるのはこっちも同じだし」

「……は?」


 突然の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出た。魔王が「当たり前だろ」とでも言いたげな顔で俺を見る。


「同じ契約を結んだんだ。私にだって契約不履行のペナルティは存在するさ」


「う、嘘だろ?」


 理解が追い付かず軽くパニック。魔王の契約は「衣食住の提供」だからつまり――


「え……じゃあ、俺に飯を食わせなかったりしたら、おまえ消えるわけ?」

「うん。そうなるね」


 あっさりと認めた魔王に、あまりの信じ難さに、軽い目眩を覚えた。


「なに考えてんだ、おまえ……」


 額に手を当てて呻く。他人を欺いて貶めようなんて輩はごまんといるが、わざわざ自分の首まで一緒に締めつけるやつはいない。いや、ここに一人の例外がいるけど……


「な、なんだよ。べつにいいだろ!? ペナルティが大きいほど契約はより強固になるってことなんだよ! キミはご飯食べさせてもらえるんだから文句言うなよ!?」


 軽く逆切れする魔王。もはや呆れ果てて理解不能の域すら超えた。もういっそ吹っ切ってなるようになるかなんて考えようとして――


「いや、よくねぇよ……」


 午後八時。夕飯の時間リミットが近づいてきたせいなのか、髪の毛先あたりから少しずつキラキラと輝きながら消え始めている魔王を見て、俺はもの凄い不安に駆られた。


「すうぅ……ぴー……すうぅ……ぴー……」


 ベッドに突っ伏して、魔王が妙な寝息を立てている。

 それを見ながら、俺はこれからどうしたものかと頭を悩ませていた。


 契約通り魔王から夕飯をご馳走になったのが午後九時。


 もしかして俺の寝巻きがなかったら「衣」食住の提供の契約不履行になるんじゃないか、と先ほどちょびっと消えかけた魔王が気づいたのが午後九時半で、それからあわてて裁縫セットを引っ張り出し、布を継ぎはぎした簡易パジャマを作り終えたのが日付の変わる少し前。


 俺の寝巻きを作り終えた魔王はふらふらとベッドへ向かい、辿り着いた途端に糸が切れたようにバタンキューして眠りに落ちた。


「おまえ、俺がこれ着なかったらどうするつもりだよ……」


 魔王縫製の寝巻にそでを通し、椅子に座りながら問いかける。

 やり終えた感マックスで眠りこける魔王からは当然のように返答はない。


 疲れたのはわかるが、よくもほぼ初対面の人間の前でこれほどぐっすりと眠れるものだ。


「これって信用されてんのか? こっちは不安で胃が痛いっつーのにこんちくしょう」


 日常生活の中に命の危険があるなんでヤバすぎる。


 こんなことにビビって暮らすくらいなら戦場で命のやり取りしていた方がまだマシというものだ。

 戦死ならまだ格好もつくが『こいつなんか友達じゃない死』なんて格好つけようがない。


「少しばかり、安請やすうけ合いしすぎたな……」


 ボロ椅子いすに全体重を預けてきしませ、天井のクモの巣を仰ぎながらつぶやいた。


 いくらなんでも制約が多すぎる。飯を食わせなきゃ消えるとか、友達でなくなったら消えるとか、さすがにムチャクチャだ。明日にでも交渉して――


(やっぱこの契約は無理だわ!)


(それってつまり友達やめたいってことかい!?)


 俺・消・滅!


「割とマジでどうしよう」


 どれくらい困っているかというと、さっきからずっと一人ごとをつぶやいているくらいやばい。誰か助けて。


「さりげなーく、魔王から契約解除を申し出るように仕向ければいいのか……?」


 友達じゃないと思わせるのではなく、やっぱこいつとは友達ではいたくない、と思わせる。

 例えばそう、俺って実は足臭いとか手汗が酷くてヌルヌルするとかそういうアピールを――


「……結局、同じことか」


 友達じゃなくなったら消滅するわけだしと自己完結。そもそも自分の嫌なところとか嫌われる要素とか、数え上げたらきりがない。


 それでも友達になってくれと言われたわけだし、飯や宿や服の恩を受けてまで仇を返すこともないんじゃないかと考えてみたり。


「すうぅぅ……ぴー……ピッ、ピー……」


 魔王がちょっと息苦しそうに鼻を鳴らした。俺は宇宙と交信でもしてんのかこいつと思いつつ布団をかけ直してやった。ていうかこいつ、ベットの端で寝すぎだ。そのうち落っこちるんじゃないか?


「あ……?」


 我ながら間の抜けた声を出してから、その意味に思い至った。


 魔王がやけにベッドの端で寝ている分、ベッドには男一人がなんとか横になれそうなスペースが空いている。

 衣食「住」を提供すればいいのだから、ここの家の床で寝る分にはおそらく問題はないはずだが、念のためというか、もしものための予防措置というか、俺がこれに気づくかも含めてそういうことなんだろう。


 そうでなかったら、魔王のくせにありえない。


「ホント、なに考えてんだ、おまえ……」


 間抜けな寝顔を見つめながら、心底呆れて言葉を投げる。


 こんなふうに俺を気遣ったり、俺のために飯を作ったり服を作ったり、ちょっと叩かれたくらいで泣いたり――少しも魔王っぽくもないくせに、魔王を名乗っていたり。


「……せっかくだから、ここで寝かせてもらうぞ」


 少し迷って、契約があるし念には念を押した方がいいと言い訳して、さらにベッドを借りる前に断りを入れてから、空いているベッドのスペースに背中から無理やり身体を押しこんだ。

 

「むぎゅう」と変な声が聞こえたが無視して「足がはみ出て寝にくいな」と気を紛らわすための悪態をつく。床で寝て身体がバキバキにならないだけましかなんて思いながら眠りにつこうとした時――


「ママ……」


 小さなつぶやきと共に、背中からぎゅっと抱きつかれた。

 反射的に、身体が硬直した。


「……誰がママだ」


 思わず舌打ちし、顔をしかめた。


 大の男に抱きついておきながら何を言うとるんだこの小娘。

 意図せず言ってるなら男を萎えさせる才能ありすぎだ。


 いや寝言だから無意識なんだろうけどさ。


「なあ、魔王――」


 聞きたいことは山ほどあった。この世界のこと、魔王のこと、自分のこと。まだまだ、わからないことが多すぎる。

 わからないと、何をしていいか決められない。

 だから今は、一つだけ確認する。

 もし魔王が起きていたなら絶対に反応するであろう言葉。

 聞こえていたらまた馬鹿にしたとか言われて、もしかしたら消されるかもなんて軽く考えながら俺は魔王に尋ねた。


「お前の母ちゃん、男みたいにゴツいのか……?」


 やっぱり返事はなかった。


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