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生き様

 

「何やってるんだ、キミは!」


 怒気をはらんだ声で呼ばれても、すぐには振り返れなかった。


 魔王と顔を合わせる。


 その程度のことがひどく怖かった。


 だが振り向かなければ、魔王は俺の首根っこ捕まえてでも目を合わせようとするだろう。たとえ物理的に不可能でもそうしようと試みる魔王の姿がありありと想像できて、俺は自分から振り返った。


 あまり近寄られても困る。


 れしく友人みたいな気安さでそんなふうに距離をめられても……本当の俺には受け入れてやる資格も、突き放す覚悟だってないのだから。


「何をしてるんだっ!」


 肩を怒らせながら魔王が真っ直ぐに走り寄ってくる。


 こっちは直視できなくて、その後ろにいたヨルコと視線が合った。ヨルコはわずかに申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、一歩引いたその位置から動く素振りは見せなかった。


「普通に逃がしといてくれよ……」


 距離的に聞こえるわけがなくても、愚痴がこぼれた。血生臭ちなまぐさいことになるとわかっている場所に、わざわざこいつを連れ戻さなくてもいい。


 そんな子供に対する責任感のようなものに背中を押されて、ようやく魔王と向き合う。


「魔王、何しに戻って……っておい!」


 魔王が俺の横を通り過ぎ、倒れている神父へ駆け寄ろうとするのをあわてて止める。魔王の細い腕を掴んでから触れたことに少し後悔したが、今はそれどころではない。


「何するんだっ! 放せ!」


「お前こそ何するつもりだ! 危ないからそいつに近づくな!」


 グレン神父は既にぐったりして意識があるのかもわからない状態だったが、つい先ほどまで「殺してやる」を連呼していたヤツにズカズカと歩み寄るのは危険極まりない。


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」


 魔王が目をり上げて俺をにらむ。


 負い目から一瞬だけ怯んだが、俺は魔王の手は離さなかった。契約を抜きにしても、こいつを危険に晒すことだけは避けなくてはならない。


「こいつはお前を殺しに来たんだぞ! まさかとち狂って助けようなんて言うつもりじゃないだろうな!?」


「怪我してる人を助けようとして何が悪いんだ!」


 開き直った信念を持っているヤツほど厄介なものはない。その信念に少しでも頷けるところがあると殊更に説得は困難なものになる。


 懐柔かいじゅうする苦労が目に見えて、思わず厳しい口調で反論する。


「悪いに決まってるだろこの馬鹿野郎が! 怪我していようが何していようが、口から羊肉はみ出した狼を助けようとする羊がどこにいる! 食われて死ぬのがオチだ!」


「お、狼だって、怪我をした時に助けてくれた羊は食べない!」


「……子供のお伽話をされてもな」


 反論に力がないのを自覚した。

 その隙を見逃さず、魔王が勢い良くまくしたてる。


「わ、私だってな! 嫌われてることくらい知ってるよ! 恨まれてるってわかってるつもりだよ! それでも――」


 自分の言葉に傷ついたのか、少しだけ顔をしかめる間をおいて。


「それでも本当に苦しい時は、誰にだって……わ、私にだって助けて欲しいはずなんだ! 救ってくれるなら誰でもいいはずなんだ!」


 返答にきゅうした。こいつを危険な目には合わせるわけにはいかない。合わせるわけにはいかないが――暗に俺の存在すら肯定してくれるこいつの言葉を、無下にするのは――


「もういいだろ!? 手を離してくれ!」


 思わず、言われるがままに魔王の腕を離す。


 解放された魔王は飛ぶように神父の元まで駆け寄ると、足に乗っている岩をどかそうとした。だがすぐに一人では無理と判断したようで、振り向いて真っ直ぐに俺を見据えて叫ぶ。


「ポチも手伝え!」


「そんなヤツ、助けてどうするんだよ」


 言外に「止めよう」と言い含めるが、なんだかみじめな気持ちだった。


 まるで俺が空気を読まず、子供のように駄々をこねているような構図のように思えたからだ。自分を殺そうとしてきた相手すら助けようとする愚行を前に、正しい行動への劣等感みたいなものが、俺の足をその場にくぎづけにした。


「いいから手伝え!」


 魔王が有無を言わさず命令する。魔王だけでも魔法を使えばどうにかできる気もするが……興奮して気が動転しているのか、あるいは、俺に手伝わせたいだけか。


 勘繰るが、おそらく前者だ。だが例えどちらでも、俺は引き下がらない。


「俺は助けた後に殺されたくなんかないし、助けた後に殺したくもないんだ。ちゃんと納得のいく答えを聞かせてくれ。そいつを助けてどうするつもりなんだ」


「別にどうもしない! いいから早く!」


「だったら助ける意味はないな」


 俺がそう言って腕を組むと、魔王の瞳に困惑と、失望の色が宿った。


「なんでそんなこと言うんだ!」


「俺は今まで、聖人君子かなんかに見られてたのか? そんなわけないって、お前が一番わかってるはずだろ?」


 先代魔王――こいつの母親を殺したのは俺だ。


 半ば開き直って問いかける。魔王はわずかに顔を歪ませた。そして躊躇いがちに言った。


「私は……この人と友達になりたいんだよ」


 魔王が倒れている神父を見る。神父が既にぴくりとも反応しなかったことに安堵している自分がいた。いっそこのまま息絶えてくれとすら思う。


「無理だ」


 否定が反射的に口をついて出た。無理とか不可能とかそういった類の言葉は嫌いだが、それでも黒は白になりえない。命を救われる、神の啓示、どんな色が混じったとしてもだ。


「でも!」


 魔王が叫んだ。


「キミとだって友達になれた! どんな関係からだって友達になれるってキミが証明してくれたんじゃないか!」


「……その俺が無理だと言ってるんだって言えば、少しは納得するのか?」


 さっきはすぐに言い返せたのに、今度は時間が必要だった。


 だが魔王も引き下がらず、口を開く。


「私だってそこまで能天気じゃない。難しいとは思うよ。今すぐになんて無理だってわかってる。でもここで見殺しにするのはダメだ……自分で自分の可能性の芽を摘むのはダメなんだ。誰とでも仲良くしたいって思わなかったら……誰でもいいって思わなかったら……私は、ずっと一人ぼっちだった」


「…………」


 今度こそ何も言えなかった。足も地面に縫い付けられたかのように動かない。正論やわかりきった事実に素直に頷けないのは、それが自分のせいだからだ。


「キミと友達になれて、本当によかったって思うから……だから私は、この人を見殺しにしちゃいけないんだ。何があったって、例え殺されかけたって、人を傷つけるようなヤツになったら同じじゃないか」


 魔王が俯いて、俺から視線を逸らす。それからぼそぼそと呟く。


「私は母さんみたいになりたくない。キミにだけは……殺されたくない」


「…………俺が、おまえを――」


 殺すわけがない。


 だが、言葉にならなかった。


「……おまえ、本当に馬鹿だな」


 代替品として思わずこぼれた罵倒の、その言葉尻が震えた。魔王にこんなことまで言わせた自分の不甲斐なさが、己の愚かさが、泣きたくなるくらい悔しかった。


「な、なんだよ。馬鹿の言うことは聞けないってことか!?」


「そうじゃない」


 頭を振って、まともに見ていられなくなって、魔王から視線を切る。


 魔王の頼みなら何だって聞いてやる。出会った時、気づいた時から、その覚悟はしたつもりだった。それなのに今さら、こうして魔王と問答を重ねている。


 これは、俺の覚悟が足りなかったということに他ならない。自分の思い通りに片がつけられないから、駄々をこねている子供そのものだ。


「なぁ、確認したいんだが」


「なんだよまだ何かあるのか! それで最後だぞ! 早く助けるんだ!」 


「お前じゃなくて、俺がこいつを殺すのも駄目なのか?」


「何を言ってるんだ! 駄目に決まってるだろ!」


「……わかった」


 魔王の即答を受けて、俺は腹を括る。倒れている神父に視線をやる。


 神父は白目を剥き、口の端からはぶくぶくと泡を吹いていた。完全に気絶している。だがもし仮に目を覚まし傷が癒えたなら、すぐに襲い掛かってくる姿が容易に想像できる。


 それでも助ける。困難は目に見えているが、そんなのはもう関係ない。


 この先こいつがまた襲ってきても、俺が再び撃退すればいいだけの話。


 俺が余計な苦労を負いたくないからという理由で、魔王の選択の自由を奪っていいことにはならない。


 これ以上、魔王から何かを取り上げるような真似は……


「せいっ!」


 俺は神父を押し潰している岩を敵と見なし、気合いの掛け声とともに拳を打ち付ける。


 ボギッ、と嫌な音がした。


 岩はびくともしていない。


 一方俺の右拳は、拳の端が一瞬で異様なほど腫れ上がっていた。


「え?」


 ぶわっ、と全身の毛穴が開く。やや遅れて、激痛が走る。


「いってぇええぇえええええええ!?」


 拳を押さえてうずくまる。


「何やってるんだキミは!」


 魔王が叫んで俺の傍らに膝をつく。


「うごごごごごごごごご……」


 冷や汗をダラダラ流しながら、痛みを紛らわすための意味不明なつぶやきを口にする。


「まったく。本当に、何をしているのよ」


 頭上から見かねたようなヨルコの声が降ってくる。


 俺は顔も上げず、息を飲むようにして押し黙る。


 いやだってあんな巨大なゴーレムを拳の一撃でバラバラにした後なわけだし、ちょっと気が大きくなって岩くらい砕けるんだと勘違いしても許されるのでは。


 と、頭の中で言い訳だけは考えていたけど口にしない。


「痛いの痛いのとんでいけー」


 ヨルコの「はぁ?」と言いたくなるような文句の後、嘘のように拳の痛みが引いて行った。


「はぁ!?」


 驚きのあまり飲み込んだつもりの言葉が出た。


「魔法で癒しました。土竜の二連頭突き」


 続いてヨルコが呪文を唱える。近くの地面が一部膨れ上がったかと思うと、そこから土が蛇のように鋭く伸び、神父の上に乗っている岩に激突した。衝撃で岩が動き、神父が岩の楔から解放される。一瞬だけびくんと痙攣したが、気を失ったままだ。


「ちちんぷいぷい。痛いの痛いのとんでいけー」


 もう一度ヨルコがへんてこな呪文を唱える。はっきりと効果を認識できないが、神父の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。


「この程度、あなたたちの足元にも及ばない魔法のはずなのですけど」


 呆気にとられたようにヨルコを見る俺と魔王に対し、謙遜しているのか、やや照れくさそうな顔をしてヨルコが言った。それに対し俺は――


「いや、できるなら最初からお前がやれよ」


「んなっ!」


 ヨルコが何か反駁しかけ、途中で言い直した。


「……んでもありません。ええ。あなたのこと、少しだけわかってきました」


「あっそう」


 魔王を連れて逃げていなかったこと。俺と魔王の痴話口論を今の今まで黙って見ていたこと。その批判をそっけない態度で示す。本来ならシャルロットの傍にいてくれたことや魔王に少しでも肩入れしてくれたことなど、俺が感謝すべきことは山のようにある。だがそれらは俺が頼んだことではなく、ヨルコが自主的に取り組んだことだ。俺に礼を言われる筋合いはないだろう。


 だからこそ俺が、本当に感謝の念を抱いたとしても――


「天邪鬼なんですね」


 言いながら、ヨルコの眉尻が僅かに下がる。対照的に口角が上がる。


「……なんとでもいえ。俺が宿の中で言ったことは、公言するなよ。それから、この場の後片付けはすべて任せる」


 言い切って右手で魔王の手を取る。いきなり手を握られた魔王がびくっと震えるが、知らんぷりして手を引く。岩を持ち上げようとして土で汚れ、夜の冷気でかじかんでいる小さな手のひらをぎゅっと握り込む。


 ヨルコのおかげで痛みが緩和されている右手。神父を押さえている岩を敵と認識できなかった右手だが、色々と口喧嘩したが、それでもお前の味方だという身勝手な気持ちを込めて。


 魔王は何も言わなかったが、振りほどいたりもしなかった。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 魔王の手を引いて踵を返そうとしたところ、ヨルコが慌てたように声を上げた。


「この場は任せてもらって構わないけど、行方も告げずにどこかへいなくならないで。それにシャルロット様のことは――」


 魔王を気遣ったのか、やや言葉を濁しながらヨルコが俺に問いかける。


「ここに残るのは危険かもしれないから、とりあえず俺の知り合いを頼ろうと思っているだけだ。落ち着いたらすぐに手紙でも送る」


「あの、一応断っておくけれど、シャルロット様の庇護下で危険ということはまずありえないわ。今回は私が狙われて、それに運悪く巻き込んだ形になってしまっただけなの。シャルロット様が目覚めたら、あなたを傷つけようとしたこの神父と同じ教派の人間を根絶やしにしようとする可能性さえあるわけだし、誰もそんな愚行をするわけが……あれ、考えたら今回やばい? 大虐殺……宗教、いや世界戦争が起きる可能性も……」


 ぶつぶつ呟きながら青ざめていくヨルコを見ながら、俺は自分の見解を示しておく。


「俺はシャルロットの力がどれほどのものなのか、まだいまいち把握しきれていないが……シャルロットがそれほどの火種になりえるのなら、俺とシャルロットは距離を取っていた方が、いろんな奴らは安心するだろう」


 火と油。便利だから近くに一緒に置いておこうとするヤツもいるだろうが、大抵の輩は離れた箇所に置いて管理したいはずだ。


「……あなたがそこまで考えてくれる人で、本当に良かったわ。じゃあ一応、今夜の騒動はシャルロット様には内密にする方針でお願い。私の方で可能な限りの制裁を行うけれど何か不満があれば言って。連絡先はこれよ」


 ヨルコがこちらに向けた手のひらに、薄い羊皮紙のようなものが出現する。金色で縁取られた中に、銀糸の刺繍で文字が綴られていた。


「やけに高そうだな」


 受け取って眺めてみても、素人目でさえ骨董的な価値が付きそうな代物だ。


「特別製なの。そちらの連絡先――というか、どこへ向かうつもりなのか教えて」


「そうだな……ギャロの魔術師、ウィンディの所へ行くつもりだ」


 貸しのある人物の名を口にしてから、新たな心配事が浮上した。


「ギャロのやつ、まだ生きてるよな? ヨルコ、知ってるか?」


 ご存命よ。悪くない選択だと思うわ」


 ヨルコが魔王にちらりと視線をやる。


「魔法使い同士、友達になれるかもしれないし」


「……別に、私に余計な気を回さなくてもいいんだけど」


 魔王が若干ふて腐れたようにぶすっと口を挟む。


「全くだ。まるでおまえに友達が少ないかのような言い草だ」


「キミに向けて言ってるんだけど」


 非難を込めてか、魔王が俺の手を痛いほどきつく握り締める。俺はその程度まったくきいてないふうを装って、睨みつけてくる魔王を無視してヨルコに告げる。


「まぁそういうわけだ。じゃあな、ヨルコ」


「道中、気をつけて」


「お前も気をつけろよ。じゃあ、行くぞ魔王」


「……うん。じゃあね、ヨルコ」


 俺はヨルコに目配せて頭を下げ、魔王と共にその場を後にする。


 踏み出して数歩もしないうちに、


「あのさ、覚えてる?」


 魔王が意味不明の問いかけを投げてきた。主語と述語を略すな具体的に言え。空気を読まずにそう突っ込みたかったが、手を繋いでこんなに近くにいるにもかかわらずそういうものをすっ飛ばして理解してやれない自分が悪いのだと、今回ばかりは思うことにした。


「何がだよ」


「キミと最初に会った時もさ、こうして手を繋いで、握手したんだ。覚えてるかい?」


「そうだったか? ……そういえば、そうか」


 この世界に戻ってきて初めてのリアルは、こいつに手を握られたことだった。


 同時に仲直りの握手とか言って魔王を机の上に打ち付けた悪事も思い出したが、努めて忘れることにした。


「実はさ、キミが初対面のクラフトと、ごく普通に、自然に握手した時はさ、すごく焦ってたんだ」


「何を焦ることがあるんだよ!」


 いきなりあらぬ疑惑を向けられたのかと思い声を荒げてしまった。魔王がわずかに委縮しながら、ジト目で睨んでくる。


「だって私にとってキミは、たった一人の友達だけど……キミにはたぶん、たくさんの友達がいるはずだし、できるはずだから……とられちゃうんじゃないかって……こんなこと考えるのも変なんだけど……」


「俺はホモじゃない。取られるなんて心配は無用だ」


「……もう。茶化さないでよ」


「俺が言いたいのは、いらない心配はするなってことだ。それに俺は――」


 途中で言葉を切った俺を、魔王が見上げてくる。


「俺は? なに?」


 こいつの前で、俺はユイスじゃない。でも……ポチって名前を認めるのもやっぱ嫌だ。


 何があっても魔王の味方だと、それだけを伝えるにはどんな言葉がいいのか。逡巡し、咄嗟に出た思い付きをそのまま口にする。


「――ロリコンだ。安心しろ」


「えぇ……」


 魔王がドン引きながら俺を見つめる。


 自分で言っておいて全く安心できないなと思いながら、俺は魔王の手を引いていく。


 それでもやっぱり魔王は、手を振りほどいたりしなかった。

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