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対決

 

「さて、俺は……」


 魔王とヨルコがいなくなって、俺は一人でつぶやいた。


 元勇者として、俺の行動はどうかと思う。


 だが――あの魔王をこれ以上いじめるヤツを、俺は放置できない。


(……さっきの衝撃で、二階に侵入目的の穴が開けられたみたいだな)


 単純なその予測から階段の手すりに手をかける。動かなかった重い足を、魔王を追いかけることのできなかった足を引きずるようにして階段を上る。


 階段を上っていくと、巨大な岩が外からめり込んでいるのが見えてきた。教会のヤツら投石器なんか持ち出してきたのか。


 なかばあきれた思いに至った瞬間、それが思い違いだったと気づかされた。岩が動いたのだ。ただ下に落ちるというものではなく、真横一文字にぎ払われた。


 轟音と共に、目の前から宿屋の二階、一部屋分ほどの体積が吹き飛んだ。風通りが良くなり視界も良好になった俺の目に、外の全貌、情報が飛び込んでくる。


 月明かりに照らされながら不気味にうごめく、不格好ぶかっこうな岩の集合体。その腕らしきものがたった今、旅館に突き刺さっていたものの正体だった。


 ゴーレム。全長十メートルはある岩の化け物だ。


「あなたに用はありません! 即刻この場から立ち去りなさい!」


 下から、グレン神父の声が聞こえた。ゴーレムの足元に三十人ほど、人影が見える。おそらくは武装した教会の神兵とやらだ。


 俺は無造作に二階から飛び降りた。一瞬の浮遊感、そして足からの落下。


「なっ……!」


 神兵たちに緊張が走るのがわかった。俺自身、骨折しないまでも相当な衝撃を予測しながら――難なく着地に成功する。


 痛みがない。現実とは思えない、今なら何でもできるという万能感を錯覚する。確かな魔法の力、能力の発動を実感しながら、俺は彼らに歩み寄る。


「そこで止まりなさい! 聞こえなかったのですか!?」


 だが、グレン神父だけは怯んだ様子がない。距離にして約十メートルのところで言われた通り立ち止まった俺に向けて、再び呼びかける。


「私どもは慈悲深き神の僕。無益な殺生は望むところではないのです。魔王と裏切り者の魔法使いに与さないのであれば、この場から立ち去りなさい。個人的にも、あなたをこの手で殺したくはありません」


 口調は丁寧だが言っている内容はケンカ腰で、普通の話し合いが行える余地はないように思えた。ただ、一つ気になったことがあったので問いかけた。


「俺を殺したくない理由ってのはなんだ? あんたと俺は初対面だったよな?」


 俺の正体と能力を知ってなお、この傲岸不遜ごうがんふそんな態度だというのなら、あなどっていたのは俺の方だったという事態もありうる。相手に俺への備えがある場合、格好つけて意気揚々と出てきたくせして即座に逃亡しなくてはならない。


 俺の質問に神父は堂々とした態度で応じた。


「簡単な話ですよ。あなたのようなホモを殺したら、あの世で私が『最後の相手』だったなどと吹聴ふいちょうされかねませんからね!」


「そんな心配はいらんわ!」


 神父の壮絶な勘違いに、こちらの心配が杞憂きゆうだったことを知る。巨大なゴーレムの力に慢心しているせいもあるだろう。そう判断し、胸を撫で下ろす。


 身を隠す遮蔽物もない場所で、堂々と敵の正面に立っている自分の方こそ油断しているといっても過言ではないが……あくまで、それはポーズだ。俺の魔法は「大丈夫だ」という自信が大事――というか使っている感覚がなくて発動条件が曖昧なモノを信じるのってすごく怖い。


 昔は何も考えてなかったけど……一度、負けたから尚更。


 でも、これでまた負けて、あの魔王を守れないなら……あいつを追いかける勇気もなかった俺の存在価値なんてない。


「あのな、一応言っておくが……」


 震えそうになる唇に力を入れて、既に拳を振り上げた相手に無駄だと思いつつも、最後の説得を試みる。


「魔王は無害だ。ヨルコも……まぁ、悪い奴じゃない。殺すだのなんだのは終わりにして帰ったらどうだ?」


 俺の言葉を耳にした神父の表情から、すっと感情が抜け落ちた。


「魔王を擁護しましたね」


 道端の石ころを見るような目つきで吐き捨てる。そして、


「やれ」


 端的に命令を下す。


 背後の部下たちが素早く動き出す。弓矢が射られ、尖った石のようなものを投擲される。


 それらは俺にぶつかり――跳ね返った。


「なんだ!?」


「やはり魔法使いか!?」


 神兵たちに動揺が広がる。それを制する怒号が飛んだ。


「狼狽えるな! 対魔法兵! 攻撃開始!」


 躍り出るように飛び出してきた一人の剣士が、上段の構えから袈裟に斬りかかってくる。反射的に、必要もないのに腕を上げて防御してしまう。


「!?」


 甲高い金属音とともに、折れた刃が宙を舞う。剣士が驚愕の表情を浮かべながら素早く後退する。それを援護するように弓矢が放たれる。だが俺と接触した瞬間、不規則に跳ね折れる。


「なんだこいつは!?」


「破魔の武器もきかない!」 


 神兵たちにさらなる動揺が広がる中、神父の熱い檄が飛ぶ。


「何をしている! これ以上時間をかけるな! 魔王とあの裏切り者に逃げられるぞ!」


 一方俺は、心が冷え切っていくのを感じていた。


「何なんだよ、おまえら……」


 問答無用の波状攻撃。しかも、生け捕りにしようとする意思すら感じとれない。躊躇いのない殺意。俺には通用しなかったからいいようなものを……こんな暴力をあいつにも……魔王にも向けるのか。


 想像したら、ぞっとするような怖気が背筋を走った。


「手加減はしなくていい! 魔王に与するもの全て敵だ! 神に仇なす者に死の鉄槌を!」


 神父の叫びに呼応するように、ゴーレムがゆっくりと動き出す。


「あいつは敵じゃないだろ……」


 俺の声を遮るかのように、礫が飛んでくる。弓矢が頬の横を掠めていく。


 俺の言葉なんか誰も聞いちゃいない。相手は待ってくれないし、考え事している暇なんかない。戦場での迷いは命取りだ。


 だが、どうしても俺の思考は暗いスパイラルへと落ち込んでいく。


 親の罪が子供に受け継がれることはない。親を殺されたアイツが怒り狂うままに死をばら撒いているのなら、殺さなくちゃいけないのもまだ頷けるけど、そうじゃない。


 一緒に過ごしたわずかな期間の思い出が脳裏をよぎる。馬鹿やって笑い合って、苦労したこともあったけど普通に生活してきた。誰かに迷惑のかかる悪事なんて働かなかったし神様なんて信じちゃいないがそれに弓を引くような真似もしなかった。


「もう、あんたたちに敵なんかいやしないだろ……!」


 十年前、国中に死と恐怖を撒き散らしていた魔王……先代魔王は俺が倒した。俺が先代魔王と刺し違えたのは他ならない俺の意志だ。誰に指図されたわけでもない唯の復讐だ。


 だけどそれだけじゃなくて、先代魔王に破壊された村々を見て回り、故郷と家族を失くした俺と同じように泣いて苦しんでいる人たちが大勢いたからこそ――誰かの為になるとも信じられたからこそ、それこそ死ぬ気で頑張れたところもあったんだ。


 だから……「何の為に頑張ってきたのか」なんて俺に考えさせないでくれ。


 傲慢かもしれないけど……結果的に「おまえらなんか助けなきゃよかった」なんて思わせないでくれよ。


 そうしてくれなきゃ俺が……あいつの親を殺しておきながら、今は罪悪感を抱えてまであいつの友達をやってる……こんなことになっている俺が、本当に馬鹿みたいじゃないか。


「押し潰せ! ゴーレム!」


 神父の号令に従いゴーレムの腕が振り下ろされる。たかが人間ひとり程度、捻り潰すことなど造作もない圧倒的な質量。己の矮小さを痛感させられる。本能的に敵わないと錯覚する。只々人にとっては巨大すぎる岩の塊。勝利を微塵も連想させない彼我の実力差。


 ――こんなモノに!


 窮鼠が猫を噛むような、やけくその怒りが爆発する。


 俺が死線を彷徨い目覚めた力は、まさに無敵と呼べるものだった。


 単純明快に「敵」の攻撃を跳ね返す。


 重力以上の加速度がついた岩の巨腕。それを避けずに正面から迎え撃つ。傍目には無謀にも殴り返す。ゴーレムのそれと比較すれば小枝のような腕を、がむしゃらに突き出す。


 衝突の直後――火を見るよりも明らかな結果が覆る。


 ゴーレムの腕が耳障りな不協和音を立ててから――爆発するように四散した。飛び散った岩盤が周囲に降り注ぐ。


「なんだとおおぉおおおお!?」


 大小様々の岩の断片、ゴーレムの腕だったものを必死に避けながらグレン神父が絶叫する。神兵たちも阿鼻叫喚に逃げ惑う。


「あばばばばばばばばばばば」


 ちなみに俺も必死の形相で回避していた。


 ゴーレムは敵と認識していたが、崩落しているただの岩に成り果てたものを果たして敵と呼べるのか。その辺に自信がないからだ。


 敵に投げられた矢や石礫は跳ね返したが――例えば不注意で頭を机にぶつけた時、痛い時と痛くない時がある。天井に叩きつけられて無傷だったかと思えば、床に落下した際の衝撃は受けた。地面は駄目なのかと思いきや、先ほどのように二階から飛び降りても平気な時がある。


 俺の魔法能力は基本的には自動的で、強力だが不安定で制御できない代物。そういう認識から、体が自然と回避行動を取ってしまう。怒り任せの考えなしに行動した結果がこれである。


 油断しないという意味では正しいのだが、あまりにも無様だという自覚はある。そもそも跳ね返すのだから、相手が攻撃してくるならこちらから殴りかかる必要もたいしてなかったわけで。


 ずずん、という地響きとともに一際大きな岩が落ちる。それに重なるようにして、片腕を破壊されたゴーレムも膝をついた。左右のバランスが崩れ、倒れそうなほど傾いてから何とかいう体で持ちこたえる。


「くっ、くそっ! くそおっ!! こんなバカなことが……!」 


 神父が血走った目で毒づく。一瞬、神父は転倒しかけたゴーレムに気を取られた。気を逸らさず目を皿にしていたとしても避けるのは困難だとは思うが――まさにその間隙を突くかのように、米俵ほどもありそうな岩が神父の足の甲へと落下した。


「ぐぎゃあぁっ!」


 苦悶の悲鳴を上げ、神父が転ぶ。そして放り出された無防備な足に続いて岩が落ちる。


「あがあぁあああああっ!」


 嫌な音と悲痛な声が響く。命中した岩は大人が両手でなんとか抱えられそうなほどの大きさだ。勿論無事に済むはずもなく、神父の足の膝関節はありえない方向へと折れ曲がっていた。神父は虎ばさみにかかった獲物の如くのた打ち回る。


 ぞっとする光景を尻目に、俺は腕をクロスして頭上を守った。落ちてくる岩をすべて華麗に回避できる思い上がれるほど、動体視力や身体能力に自信はない。


 嵐が来たなら頭を抱えてじっと待つ。地味で見る人が見ればみっともない行為だが、そういう堅実な行いを我慢強く続けることがえてして最善となる。嵐の日に、自分の家は余裕だからと変に欲を出して外の様子まで見に行こうなんて真似をすると、身を滅ぼすのだ。


 だが無情にも、大人しくしている俺の頭上に岩が迫り――跳ね返った。


 擬音をつけるとしたらぼよんという感じだ。あ、俺はこれ大丈夫なんだ。


 安堵の息をつきながら周囲の様子を窺う。そして思わず感心の声を上げてしまった。


「……へぇ」


 俺の目を引いたのは神兵たちだった。神兵たちはさながら恐慌状態だったが、それでも怪我を負った仲間に肩を貸す、あるいは背負うなどして速やかに撤退を始めていた。おそらくは咄嗟の行動がそれなのだから、よほど錬度の高い兵士なのだろう。


 だがそれはただの訓練の賜物――犬畜生が餌を貰えるからという理由で躾けられたようなものであって、自分の危機に他人を助けようとする、そんなバカみたいなヤツの心の機微とは発する所以が全く異なるもののはずだ。


「深追いは……やめておくか」


 あいつを、魔王を殺そうと平然と奇襲をかけてくる奴らが、隣人愛や友愛を持ち合わせていることを信じたかったわけではない。わざわざ相手の腹の黒いものを一つ一つ暴くことに気が引けただけだ。


 やがて岩の雨は止む。神兵たちは全員が散り散りになって遁走し、その場には神父と半壊したゴーレムだけが残された。


 神兵の奴らは見事という他ない逃げっぷりだ。まぁあの惨状で逃げるなという方が辛いだろうが、司令塔らしき人物を置いて逃走するのはあまりにお粗末な気がした。


「頭じゃなくて……蜥蜴の尻尾なのかもな」


 呻き声をあげ続けている、仲間から見放された神父を見やってから、これからの身の振り方を考える。


 結局、神父を尋問する。まずはそれが一番のように思えた。


 情報が多いに越したことはない。やはり可能なら逃走した連中も捕らえて情報を吐き出させるべきだったかもしれないと後悔もするが、こちらの仲間は少数だ。最優先すべきは魔王の安全確保。この場を離れるのは得策とは言い難いと、言い訳しながら結論付ける。


「ぐぅっ……! はぁっ、はぁっ、はぁーっ! 悪魔っ、悪魔め……! 天罰を……はぁ、はぁっ、この私がっ、あっ、この手でえっ……!」


 神父は額に大量の脂汗を滲ませながら、喘ぐように言葉を紡ぐ。


「殺してやる殺してやる殺して殺して殺してやるうっ……!」


 初めて会話をした時の、慇懃無礼ともいえる態度はすっかり鳴りを潜めていた。


 人間、極限状態に陥ると素が出るらしい。まぁ、足を複雑骨折させられた直後に、原因となった相手に平然と接することのできる奴がいたら、こいつは慈悲深い神の敬虔なる信徒だと認めてやってもいい。


 同様に、親を殺された相手に友達になってくれと言ってのける奴がいたなら――こいつは神だと崇め奉って友達になってやってもいい。


「なぁ、神父さん。俺の力ってのは、結構な皮肉がきいててね。制御がうまくきかなくてイラつくことは多いんだけど、そこだけは気に入ってるんだ」


 尋問の前に一つだけ、神父に言っておきたいことがあった。


「原理はよくわからんが、とにかく跳ね返すんだ。跳ね返してるっことは……見方によれば勝手な自滅。自業自得だって思わないか?」


 自分に対するちょっとした免罪符。そして神父への当てこすりだ。


 辛い時っていうのは、自分ではない誰かを恨むのが正常だし普通だと思う。辛いのだから、それくらい許されないと余計に苦しくなるからだ。自分が悪いと思ってしまえば、どこにも逃げ場がない。理不尽が全て人のせいじゃなくて自分にどこか原因があるっていうのは、本当にやってられない。


「絶対に殺してやるぞっ! この私にぃっ……ひっ、はっ、はぁっ……殺してやるぅ!」


 だがその目論みはあっさりスルーされ、見事な会話ドッジボールの戦端が開かれる。呪詛のように「殺してやる」を繰り返す神父を見下ろしながら、これは尋問だって無理かもと諦めの気持ちが顔を出す。そもそも尋問の手管なんて持ち合わせはないし、上手くいったとしても命を狙ってくる相手の背景なんてろくでもないに決まっている。そんなものをわざわざ問いただすのかと思うと、徒労感しかない。


 何も聞かずにこのまま逃げるのが一番、楽な気がしてきた。 


 魔王と二人でどこか遠くに逃げる。現実から目を背けた逃避行。それも悪くない。


 ただ、その前に――禍根は断つべきだ。


 自分の過去を省みれば自明の理。神父を見る目が自ずと険しくなる。先代魔王も、俺を家族もろとも皆殺しにしていれば復讐されることはなかったはずだ。


 神父も魔王を殺しに来たのだから、逆に殺される覚悟くらいはあるだろう。それにこんな、恨みに塗れた人生なんて、ろくなものにはならない。上手く生きていくやつだっているのかもしれないが、少なくとも俺はどうにもならなかった。艱難辛苦を味わう前に楽にしてやるというのも一つの優しさだ。


「俺だって、そうしてもらった方がよかったのかもな……」


 死んだほうがマシ。そんな仄暗い気持ちは確かにある。先代の魔王と刺し違え、人生終わっていた方が幸せだったんじゃないかって退廃的な考えもずっと脳裏にちらついてる。


 足元に転がっている岩を物色し、片手で握り込めそうなものを拾い上げる。


「……こんなんでいいかな」


 人を殺す時、頭を鈍器で殴りつけるのが最も効率的な気がする。苦しませないためにはギロチンで首を一刀両断するのがいいのかもしれないが、そんなものはおいそれと準備できない。剣や刃物を振るって首を切断するのは熟練者でなければ難しいと聞いてからは、それらも敬遠している。絞殺は生々しい感触が残るから遠慮したい。あ、紐を使えばいいのか――


 ろくでもないことをとりとめなく考えながら神父に近寄る。


 まともに考えたら駄目だ。


「殺す……殺すぅ……殺してやるぅ……」


 俺が迷っている間に神父は衰弱したらしく、言葉から力強さが薄れていた。顔色は青ざめて唇は完全な紫だ。視線も定まらず虚空を見ている。


 直視しては駄目だ。耳を傾けても駄目だ。


 目を瞑って、神父の表情や仕草、入手してしまった情報を忘れようと努める。


 何も考えなくていい。こんな奴らに、感情をマイナス方向に引き摺られてやる謂れなんかないんだ。


 覚悟を固めて目蓋を開く。腕を振りかぶり、岩を神父の側頭部めがけて――


「やめろっ!」


 制止の声に身体が硬直した。振り返らなくてもわかる。既によく耳朶に馴染んだ声だ。


 てっきり逃げたものだと思っていた。見られたという気まずさがまず胸に来た。そんなのは今更のはずなのに。


「魔王……」


 その名前を噛みしめるようにつぶやく。

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