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言えなかったこと

 

「ヨルコ!」


「たった一つの楽な道!」


 俺の呼びかけに応じるように、ヨルコが呪文らしきものを叫びながら大きく飛び退く。


「クラフト! シャルロット様を!」


 ヨルコに命令されるより早く、クラフトは馬車に飛び乗っていた。

 馬が鋭くいななき、馬車が派手に逃走を始める。


 注意を引きつけてくれているのだと悟った。


「あなたは魔王と逃げるんでしょ?」


 宿舎の中へ駆け込むヨルコに並走すると、ヨルコが息も乱さずに言った。


「もう話し合いの余地はないのか!?」


「ないわね。土竜もぐらの建築家!」


 宿の中へ入った瞬間、ヨルコが魔法を唱えた。見る見るうちに地面が迫り上がり入口を塞ぐ。さらに視界がどんどんと暗くなっていく。土くれが窓も覆い始めていた。


「これで少しは時間が稼げる。これからのことを決めるわよ」


 魔法で掌に小さな火球を灯して明かりとし、ヨルコが俺に向き直った。


「私はこれからあのクソ神父を叩きのめして、王都に連れて行ってさばくわ。だけど相手の強さによっては逃げて身を隠す。相手だってこの私に勝てると増長するだけの戦力は用意したはずだから、あなたたちの面倒を見る余裕がないかもしれない」


 一息にそこまで言って、ヨルコが俺の顔色をうかがった。


「その場の雰囲気に流されるんじゃなくて、自分の実力をかんがみて答えて。あなたは魔王を連れてここから逃げられる? あなたにはそれを完遂かんすいする力がないのなら、私はあなたたちを守る事だけに専心するから」


「ヤツらの目的を教えてくれ。それ次第だ」


「はァ?」


 イエスかノーではない俺の答えにヨルコは苛立った声を上げた。


 俺はあわてて両手をかざし「落ち着いてくれ」とジェスチャーした。


「俺は……なんといったらいいのか、不安定な魔法しか使えない。使いこなす為には、敵のことをちゃんと知っておいたほうがいいんだ」


「あなた、まさか自分の使う魔法を制御できないの!?」


 信じられないモノを見たといわんばかりに目を剥いて、ヨルコが言った。


「そんな半人前が、無敵と謳われるわけが……そもそも、どうやって先代魔王を――」


「――そうだな。一度やられるくらいには、弱かったみたいだ」


 俺が皮肉をまじえて言うと、ヨルコが掌を額にあてて呻いた。


 俺の正体と実力をまだ測りかねているようだったが、やがて意を決したように口を開く。


「あの神父が属する教会は近頃、王都の政治家たちとそりが合ってないの。だからシャルロット様を仲間に引き込むことで、王都の政治家に軍事的な圧力をかけるのが奴らの狙い。その上でシャルロット様の側近である私が邪魔というところかしら。私が裏で魔王と繋がっているとか、何か適当な理由をでっち上げて魔王もろとも始末しようとしている。これでいい?」


 魔王の命も狙われている。それだけでも契約を交わしている俺が戦う理由としては十分だ。


 だが、俺にはもう一つ気にかけなくちゃいけないことがあった。


「シャルロット本人の意思は? それと、仲間に引き込もうとしているならシャルロットは安全と考えていいのか?」


 質問を重ねると、ヨルコが苦笑した。


「なんだ?」


 笑いどころがわからず、真顔で尋ねてしまった。

 ヨルコはうつむいて、一つ息を吐いてからようやく口を開いた。


「今の今まで、やっぱり疑っていたんだけど――シャルロット様の力を見た後でも、この状況でもあの人の心配ができるなら……本当に本物なのね」


「人の心配はお互い様だ。こっちの質問に答えてくれ」


 あなたたちを逃がす。

 先にそう言ってくれたヨルコに、問いの答えを催促する。

 ヨルコが呆れたように応じた。


「例え眠っていても、勇者様に手出しはできないわ。猿でもなければ炎に手は突っ込まない。せいぜいが上手に利用しようとするだけよ」


 ヨルコが顔を上げて俺を見る。

 その視線に、初めて畏敬の念が見えたような気がした。


「たぶん、あなた以外に本気で勇者様の安全を心配する人なんていないわ」


「……お前は違うのか?」


「私はシャルロット様に救われた側だから。少し違うの」


 似つかわしくない謙遜をして、ヨルコが俺をまっすぐに見つめた。


「シャルロット様はきっと、あなたの意思に従うわ。だから教会と敵対するのも、入信するのも、逃げるのも、全てあなた次第よ。ユイス様」


 名前を呼ばれてドキッとした。

 いきなりのしおらしい態度にときめいたとか、そんなのではない。


 ヨルコが「はぁ」とまた一つ息を吐く。

 緊急時だというのに、安堵の息のように思えた。

 そして俺に少し砕けた感じで笑いかけてくる。


「でも、あなたが話の通じる人で良かったわ。シャルロット様に命令できる唯一の人が、畜生のような性格だったらかなり困ったことになっていたから」


「とりあえず、お前に頼みがあるんだが」


「? なに?」


 口にするのに若干の抵抗を覚えたが、俺は羞恥心しゅうちしんを殺して言った。


「俺のことは、ポチって呼んでくれ」


「せっかく褒めたのに……どうして自分から犬畜生に成りたがるのかしらこの人は……」


 ヨルコがげんなりと肩を落とし、態度を崩して問いかけてくる。


「ずっと気になっていたのだけど、どうして自分の正体を明かそうとしないの?」


「一つ嘘をついたら、後に引けなくなる事ってあるだろ」


 尋ねられたことに、俺は間髪入れず答えた。


 脊髄反射みたいに口を衝いて出た。


 自分でも驚いたけど、心のどこかではわかっていた。


 嘘をつくのはもう限界で、俺はずっと、黙っていた理由を、一人で抱えてきた問題を、誰かに聞いてほしかったんだ。


「どういう意味?」


 期待通りに質問してくれたヨルコに感謝して、俺は白状する。

 情けなくも声が震えた。


「……最初にさ、言えなかったんだ」


 召喚されて魔王と初めて出会ったとき。混乱していてわけわかんないことばかりだったけど馬鹿みたいに小躍りしている少女が目の前にいて、その顔を見てしまった時に一つだけ、最初からはっきりとわかってしまったことがあった。


 面影おもかげが似ていた。


 魔王が、俺が刺し違えて殺した先代魔王の子供だと、すぐにわかってしまった。


「魔王に名前を聞かれて……答えられなかったんだ……」


 咄嗟に出た嘘が記憶喪失。なんだよそれ。笑っちまうよ。普通、そんなの信じるか?


 でも、あいつは信じた。


 あいつだってきっと俺のことわかっていたはずなのに「そういうこと」にしたんだ。


「なぁ、わかるか?」 


 それ以上は、言いたかったけど、言葉にできなかった。


 なぁ、わかるか? どうしたら――


 どうしたら親の仇に、友達になってくれって頼めるんだ。


 どんな状況でなら、俺に「よろしく」って手を差し出せるんだ。


 俺にしかすがることのできないあいつの状況って、何なんだ……


「…………」


 頷きもせずに、ヨルコは黙って聞いてくれていた。


 その静寂を、不意に聞こえ始めた地鳴りが破る。


「――来たわね」


 ヨルコが宿の壁、その先を見据えるようにして、俺から視線を逸らす。


「それで、どうするの? 私はとりあえず一戦交えて様子を見るつもりだったけど……」


「俺は――」


 近づいてきた地鳴りが一瞬止んだかと思うと、突然、轟音と共に宿全体が揺れた。


 真上から、縦にシェイクされるような振動だ。あまりの衝撃に俺は天井近くまで浮かび上がり、危うく余所の家の天板にまでキスをしそうになった。そしていつくばるような格好で着地する。


 一方でヨルコは、おそらく魔法を使ったのだろうが平然としていた。


 おのずとヨルコに見下ろされる形になる。

 なんだか無性に気恥ずかしくなって、誤魔化すように口を開いた。


「さ、さすがだな。魔法使いの面目躍如といったところか?」


「この程度で動じる魔法使いなんているわけが――」


「うわぁああああ!? なんだ今のはぁああ!?」


 魔王が悲鳴を上げながら廊下に飛び出てきた。直後、揺れが収まる。


「真っ暗だ! ポチ! どこだ!? どこにいる!?」


 魔王は叫びながら、すぐさま宿屋の奥の方へと走り去ってしまった。

 ヨルコと俺が声をかけて引き留める暇もない。


 いや、正確に言うなら、俺たちが反応できなかっただけだろう。


 たぶんヨルコには、先ほどの話を聞かれていたんじゃないかという戸惑いがあった。


 そして俺には――追いかける勇気がなかった。


「……ヨルコ、あいつを頼む。敵は……俺が倒す」


 俺の言葉に、ヨルコは迷ったように俺と魔王が走り去った方向を見比べる。


 気まずい、酷く引き伸ばされた数秒が経過した。


「……くれぐれも無理はなしないで」


 言うが早いか、ヨルコは魔王の後を追いかける。


 その背中は暗闇に溶けて、あっという間に見えなくなった。

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