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目覚め

 

「ホントに大丈夫なんだろうね?」


 ガタゴトれる馬車の中、前座席に座った魔王が問いかけてくる。


 これで五回目だ。死活問題だから不安になるのもわかるが、俺は滅入った気分で答えた。


「大丈夫だ。何回も試したから安心しろよ。少しは俺を信じろって」


「むぅ……」


 魔王が納得いかない様子で、不満げなうなり声をあげる。

 話足りないようでもあったが、他に話題もないのか黙り込む。


 間髪入れず、シャルロットが話を『再開』した。


「それでですね、王都にはユイス様の銅像があるんです。北方の国から来た職人さんたちが作ってくださったんです。私の銅像も隣にあるんですよ。観光名所の一つになっていて毎年何百万人も訪れるそうです。ユイス様が『俺の許可もなく勝手に銅像作るなー!』って言ったら、観光大臣が首都銘菓のおまんじゅうを持ってきてくれるかもしれません」


「……そうか。その饅頭はうまいのか?」


 俺は溜め息つきたい気持ちを押し殺して、相槌を打つ。


「そうですね。定番のお土産のといわれるだけあって、万人に愛される味だと――」


 シャルロットがまた話し始める。

 馬車に乗ってから、終始こんな感じだ。


 シャルロットは魔王の横やりを全く意に介していない。だが、俺が口を開くとぴたっと話をやめて、それが魔王に向けた言葉であっても、一言一句逃すまいといった様子で聞き入る。


 あの後――魔王の家に火柱が立った後、なんとか消火はしたが天井に風穴が開いて一晩明かせる状態じゃないということで、とりあえず山の麓の宿屋に行くという結論に達した。


 魔王に宿泊代を払ってもらえれば契約も大丈夫だろうという判断だ。契約の限界ラインについては夜な夜な試した甲斐があって意外と寛容であることはわかっている。実際どこまで大丈夫なのかの確信はないが、こうなった以上はそうするのが一番だと思えるし、そのことで魔王に余計な不安を与えても仕方がないので魔王には適当に答えて煙に巻いている。


「ユイス様が帰還なさったら明日、いえ準備があるので明後日――はもうお祭りですね。凱旋がいせんですから、大々的に行わなければなりません」


 そして宿屋に行くことにした俺と魔王に目覚めたヨルコは難色を示し、シャルロットは歓迎した。今はクラフトに用意させた馬車で山の麓まで下りる途中だが、馬車に乗ってからシャルロットはずっと王都のことばかりを話している。翌日には王都へ連れて行こうという魂胆こんたんなのかもしれない。


 契約のことはシャルロットたちに打ち明けていない。魔王がちょくちょくシャルロットの会話に割り込んで確認してくるのは、契約の件を俺がうっかり口を滑らせないか心配しているのかもしれない。俺からすれば何度も確認してくる魔王の方が不自然で、気が気ではないのだが。


 しばらくして、ようやく諦めたのか魔王が黙り込む。


 さらにしばらくすると「すぴー、すぴー」と魔王の独特な寝息が聞こえ始めた。


 すると、それまで弾丸トークを展開していたシャルロットがピタッと話を止めた。


「……どうした?」


 突然の変化に不穏なものを感じて問いかける。


 シャルロットが「何でもありません」と微笑ほほえんで、前座席のヨルコに声をかけた。


「ヨルコ、もう寝てしまいましたか?」


「? 魔王はもうお休みのようですが、私はまだ起きていますよ」


 先ほどから黙っていたヨルコだが、眠気を感じさせないはっきりとした物言い応じた。


「ヨルコ、もう寝ましたか?」


 再度、シャルロットが問いかけた。


「…………すぴぃー……すぴぃー……」


 魔王にならったわざとらしい寝息が聞こえ始めた。


「おいどうした」


 ヨルコの変わり身の早さに何事かと腰を上げようとして、その動きを封じるかのようにシャルロットに勢いよく抱きつかれた。


「やっと二人きりですね、勇者様」


 シャルロットがささやくように俺に言った。


「いや、魔王は寝たみたいだがヨルコはまだ起きて――」


「ヨルコ、もう寝ましたか?」


 念を押すかのようにシャルロットが声をかける。


「すぴー! すぴー!」


 勢いの良い返事が返ってきた。おいだからなんだそれ。


「ね? 二人きりですよ……?」


 シャルロットが覆いかぶさるようにして、俺の視界をふさぐ。

 髪の間に手をさしこまれ、ぎゅっと強く抱きしめられる。

 やわらかくていい匂いがした。


「勇者様……」


 甘えるような声でシャルロットがささやいてくる。

 ぐい、とズボンが引っ張られた。

 気を取られている隙に、シャルロットの手が俺のズボンを掴んでいた。


「お、おい。ちょっとまて」


 俺はようやく制止の声を出せた。なんだこの急展開。


 俺も男だし、もちろんロリコンでもないから年ごろの女の子に迫られて悪い気はしない――が、理性はこう言っていた。


 うまい話には裏がある。どうせろくなことにはならない。


「ポチはん。ここで一つ、わいの身の上話を聞いてつかあさい」


 唐突に、前で馬の手綱たづなを操っているクラフトが話を振ってきた。


 そうだった。できれば永遠に忘れていたかったが、こいつの存在をすっかり忘れていた。


 そしてクラフトは、俺の了承りょうしょうも待たずに勝手に語りだした。


「わいの実家は、百年以上続く由緒ある商人問屋でして、おかげさまで今でも繁盛はんじょうしとるんです。それもあってわいは、小さいころから何一つ不自由したことありまへんでした。勉学も武術も人並み以上にはこなせて……唯一の悩みといえば、女の子にモテすぎて鬱陶うっとうしかったことくらいですわ。思えば、あの頃からきざしはあったのかも知れまへん」


「話が長い上に、何のきざしか金をもらってでも聞きたくないんだが」


 俺がズボンをまさぐるシャルロットの手を押さえると、シャルロットは無理に振りほどこうとしない程度に抵抗し「うまく脱がせられない」と涙目になって困っていた。


 うん。ちょっとかわいいと思ったけどうまく脱がせられたら困る。


 クラフトが話を続ける。


「わいは刺激を求めて勇者様の従者に志願したんですわ。わいは剣の腕もありましたし、顔も広いしそろばんもできる。男ってことで最初はヨルコに敬遠されましたが、旅支度や情報収集に役立つってことで仲間に入れてもろたんです。危険だと反対していた両親も、家の名前を売るチャンスだと言ったらしぶしぶ納得してくれたんですわ」


「おい、だから長いぞ。しかも何が言いたいのかわからん」


 つっこみを入れながら、俺は相変わらずズボンを脱がそうとしてくるシャルロットと格闘していた。クラフトがすぐそこで話をしているのに、シャルロットはまるで聞こえていないかのようで、全く気にしていないらしい。


「じゃあ端折はしょって『あの日』の話をしますわ」


 一応こちらの言葉は聞いていたらしく、クラフトが俺の要望に応えた。


「シャルロット様と行動を共にするようになってから数か月たったあの日、わいは夜中にトイレに行きとうなってふと目が覚めたんですわ。けど、その日は野宿。だから仕方なくその辺のしげみで用を足そうとして――わいに運命の瞬間がやってきたんですわ」


「おい。まさかヘビに噛まれたりして不能になって、そこから今の性癖に目覚めたとかそういう話か? 金を払ってでも聞きたくないぞ」


「いえ、少し違います。準備万端なワイの前を、シャルロット様が通りかかっただけですわ。そこでわいは完全に目覚めました」


「は?」


 意味が分からなかったが、俺は思わずシャルロットを見た。シャルロットは相変わらず俺のズボンを脱がそうと躍起やっきになっている。


 しかし自分の名前を出されたというのに、不自然なほどクラフトのことを無視し続けている。


「あ、シャルロット様にわいの話は聞こえていないはずですわ。少しでも下品な話は耳に入らんようになっとるらしくて。おそらく例の精霊様の処女解釈では、下世話なこと見知っているのはもう処女やないってことなんでしょうね」


 クラフトの言葉に、だからなのか、とシャルロットの様子に得心する。


 というか、クラフトは先ほどから生い立ちとかも含めてけっこう長いこと語っているが、シャルロットはそれら全てにまるで反応していない。


 しかし語った半生はんせいが『下品な話』にカテゴライズされるクラフトの存在ってなんなんだ。


「なぁ、シャルロット」


「なんですか?」


 俺が声をかけると、シャルロットは普通に反応し微笑みかけてくれた。

 とりあえず俺の存在はクラフトと同じカテゴリーではないらしい。


 相変わらずズボンを脱がそうとはしてくるけど、そこはちょっと安心した。


 だが次のクラフトの言葉で、それどころではなくなった。


「で、同じように、そういう『下品なもの』を目にしてしまっても、精霊が強制的に『見ていなかったこと』にするようですわ。端的たんてきに言うと、シャルロット様が認識する前に、精霊が『そういうもの』を燃やし尽くします。実体験をもって確認済みです」


「え?」


「つまり今、ズボンを脱がされたら、ポチはんの『それ』――」


 クラフトが言った。


「たぶん、燃やされます」


「うわああぇええああぇええ!?」


 驚いて声を上げた拍子に、押さえていたシャルロットの腕がするりと抜けた。


 シャルロットの手はまっすぐズボンにまで伸び、揉みあった後で勢いがついていたせいか、馬車が『ガタン!』と揺れて一瞬だけ俺の尻が浮いたせいか、俺のズボンを膝小僧ひざこぞうあたりまで一気にずり下げた。


「あああああぁあああ嫌だああぁあ! まだ新品なのにぃぃぃい!」 


「え? 新品? さらに燃えてきました!」


「やめて燃やさないでえぇえええええぇえええ」


 パンツ一枚になった俺の絶叫は聞こえたらしくシャルロットが目を爛々と光らせる。


「フフフ、ポチはんも目覚めるといいですね……!」


「目覚めてたまるかああああぁあああ!」


 俺は死ぬ気で抵抗した。


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