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勇者シャルロット

 

 一時間後――上の気配からすると、勇者シャルロットはまだ現れていないようだ。


 最初は声を出したりしてヨルコをからかったりしていたのだが、次第に本気でキレるようになったので今は静かにしている。


 しかしひまなので地下室に転がっていたつぼをなんとなくみがきながら、耳をまして魔王とヨルコの会話を聞いていた。


「いい? シャルロット様と会う時の注意事項をもう一度だけ確認してくわよ」


「えーもういいよ。聞き飽きたよ」


「まず一つ。下にいるポチにおしっことか粗相そそうをさせない」


「ちょっと待てコラぁ!」


 まるで犬畜生のような扱いに抗議の声を上げると、ダンッ! っと床を強く踏み鳴らされた。

 何を言われても黙っていろということですかそうですか。


 不貞腐ふてくされている俺の頭上で、ヨルコと魔王の会話が続く。


「もう一つ。シャルロット様の年齢に関する話題は避ける」


「え? なんで?」


「どの口が注意は聞き飽きたなんて言ったのよ……とにかく、年齢の話題は避けて。シャルロット様は17歳という設定になっているの。否定すると燃やされるかもしれないわ」


「それはわかったけど……なんで17歳なの?」


「先代の勇者、ユイス様が18歳の時に行方不明となったからよ。おそらく、それ以上に年を取りたくないのよ。もう3年も誕生日をお祝いさせてくれないわ」


「3年ってことは、本当は20歳?」


「数えては駄目よ」


 俺も指を折って数えていたが――不意に、上が静かになった。

 そして金属のこすれ合うような音と共に、コンコンと二回、扉がノックされた。


「いらっしゃったわ。くれぐれも失礼のないようにね」


 おそらく俺にも言い含め、ヨルコが動く気配がする。

 扉が開かれる音がして、ガチャガチャと騒がしい音が近づいてくる。


「お疲れ様です。ここでは鎧を脱いでくださって問題ありません。シャルロット様」


 うるさかったのは鎧の擦れ合う音か――


「お久しぶりです。ヨルコ」


 りんとした声が、ヨルコのねぎらいに応じた。


「念のため、まだ鎧は脱がずにいます。何か変わったことや問題はありませんか?」


「いえ、特には。魔王もこの通り大人しくしていますよ」


「…………」


 なぜか沈黙が流れる。


 まがりなりにも勇者と魔王の面会だ。

 雰囲気が悪いのかと気になって仕方がない。

 魔王が大人しいのもみょうだ。


「……少しだけ、少しだけだから」


 俺は小さくつぶやきながら、そっと出入口の戸に手をかけた。


 というか散々出てくるなと忠告されたわけだが、ここで出ていかないのは逆に男がすたるというものだ。


「何か、匂いますね」


 勇者の声にドキッとして、俺は動きを止めた。


 え? ばれた? 


 下にドブ臭いネズミが潜んでいやがるぜ、とかそういうの? 


 音は立てていないつもりだったが、ばれてしまったなら仕方ない。

 誤魔化すためにここは一発、猫の鳴き声でも――


 軽く錯乱している俺の方へと、ガッシャガッチャと音が近づいてくる。


「このベッドから……」


 よく考えたら、今はベッドで地下室への入り口は塞がれているはずだ。

 それなのに小屋に入ってすぐここへ目をつけるとは、流石は勇者と言われるだけの事はある。


「き、気のせいでは?」


 ヨルコの引きつった声。


 俺は俺で、やっぱり土下座かなと半ばあきらめていた。


「いいえ。間違いありません」


 勇者がきっぱりと断言する。

 罪の宣告を待つような、嫌な間を置いて――


「これは勇者様の匂いです!」


「…………は?」


 俺は思わず、上を見上げた。


 とはいっても勿論、薄汚れた地下室の天井しかそこにないわけだが――おそらく、上で魔王とヨルコも同じように「何を言ってんだこいつ」みたいな目で勇者を見ているに違いない。


「シャ、シャルロット様? いったいどうし――」


「ヨルコ! ここに勇者様がいたはずです! 何か知りませんか!?」


 ヨルコの声が、勇者の声に途中で遮られる。


「ゆ、勇者はあなたで――」


「違います! 先代の勇者――ユイス様のことです!」


 一拍、おそらく、勇者がヨルコから魔王へと向き直る空隙の後。


「魔王!!」


 耳をつんざくような弩号だった。


 あまりの声量と気迫に、地下室にいても空気がビリビリと音を立てて震えているかのようだった。


「どういうことですか!? 何をしたのか、正直に答えなさい!」


「は、はわわ」


 勇者の一喝いっかつに対し腰の砕けきった魔王の声。


 勝負にならない理由が音だけでわかる。


「答えなさい! さもなくばっ!」


 ――まずい!


 俺は咄嗟とっさに地下室の戸を開けた。


 入口をふさいでいるベッドを力づくで押し退け、隙間からい出る。


 あっけに取られているヨルコ。腰砕けになっている魔王。


 それに抜剣した全身鎧姿の――おそらく勇者シャルロットがこちらを見ていた。


「ユイス様……!」


 城に飾ってありそうな重厚なかぶと隙間すきまから、感極まった声がもれた。


「私です! シャルロットです!」


 勇者が床に剣を落とし、俺の方へと悲壮な声音で叫ぶ。


 必死な様子の勇者に戸惑いつつも、勇者の態度から一つの可能性が示唆されていることに気づく。


 もしかして勇者は、俺の――俺の後ろの誰かに話しかけてる?


 振り返ったけど、誰もいない。


 やはり話しかけられているのは俺だ。

 いや、でもこういうのって大事だよな? 痛い勘違いしてぬか喜びしたり、手なんか振り返したりした日には目も当てられない。


 そんな心配もなくなって、俺は胸を撫で下ろしながら勇者に向き直る。


 眼前に、勇者がもの凄い勢いで突進してきていた。


「うおおっ!?」


 身体を捻ってなんとか身を躱す。


 ドガンッ!


 勢い余って勇者が壁に激突した。


 衝撃で天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。

 勇者の体が半分ほど壁にめり込んでいることから、そのタックルの強烈さ見て取れた。


「あぶねぇ……」


「どうして避けるんですかっ!?」


 安堵の吐息を漏らす俺に、勇者が非難の声を上げた。今の突撃を受け止めろって事はつまり大人しく殺されとけって解釈でいいのか。


「抱きついただけなのに……もしかして、あの魔王に操られているのですか!?」


 びしっと勇者が魔王を指差す。


「はわわ」


 勇者に目をつけられて震え上がる魔王。

 俺はあわてて勇者の前に回り込み、魔王を背に隠した。

 もし貧弱な魔王があのタックルを受けたら、蛙みたいにぺしゃんこに踏み潰されてしまうに違いない。


「ユイス様……! なぜ魔王を庇うのですか!?」


 勇者が悲痛な声で問うてくる。契約のせいで魔王を倒されると都合が悪い――とは言える訳もない。


 魔王と契約している事実からして、誰かに知られるのはよろしくない。


 誤魔化すために俺は口を開いた。


「止めたのは、ただの親切心だよ」


「親切心……?」


 訝しげな様子の勇者に俺は言ってやった。


「うんこ踏みそうになってるやつがいたら止めてやるのが親切心ってもんだろ」


「その例えはちょっとおかしいだろ!」


 魔王が俺の背中をつねる。

 かばってやってんだから大人しくしてろよこの野郎と思いながら、次はどうしようなんて考えていたら、


「シャルロット様」


 これまで静観していたヨルコが口を挟んできた。


「そこの男は、ユイス様ではありませんわ。ユイス様に似ているだけの、魔王の使い魔です。クラフトの報告により先に発見していましたが、偽物ではシャルロット様を悪戯に混乱させるだけと思い、隠していました。申し訳ありません」


 一息に告げ、深く頭を下げる。


「ヨルコ! なんて失礼なことを!」


 しかし勇者は激高し――そしてなぜか、ガチャガチャと鎧の留め金を外し始めた。


「いけません! シャルロット様!」


 ヨルコが制止するも、勇者は身に着けていた兜を脱いだ。


 まず目についたのは、その髪の色だった。


 燃え上がるような紅色の長髪が、銀色の甲冑の上に滑るように落ちる。波打った髪の艶が揺らめいた炎のように見え、一瞬、部屋の温度が上昇した気さえした。


 顔にかかったその髪を、勇者が後ろにかき上げた。


 現れたのは、髪と同じ紅色の瞳に涙をためて、今にも泣きそうな顔の美少女だった。


「ユイス様あああああ~!」


 そして再びシャルロットが突進してくる。


 だが、俺は回避行動を取らなかった。


 先程はどこの馬の骨ともわからない鎧武者だったから身を躱したが、可愛い年頃の女の子が抱きついてくるというのに避ける男はいない。


 腰を落として右足を引く。

 先の壁にめり込むほどのタックルの威力を考慮し、衝撃に備えて踏ん張れるよう体勢を取る。

 そして俺の胸に飛び込んでくるシャルロットを――


 ドスゥッ!


「ぐふぅっ!?」


 飛びついてきたシャルロットの肩口がいい感じに鳩尾に入って、衝撃で肺の空気が漏れる。

 だがしかし、ここは男としてその背中にそっと腕を回し、平気な顔で頼りがいのあるところを見せ――


 そこまで考えていたのだが、俺の体は紙切れの如くその場からさらわれていた。


「ふぇ?」


 肺の空気が絞り出されて変な声が出た。

 そんな俺の情けない声を置き去りに、シャルロットに万力のような力で抱き締められたまま――


 ズドン、と轟音と共にシャルロットと壁にサンドイッチされた。

 壁が抜けて外に倒れこむ。

 地面とシャルロットに挟まれる。


 たぶん「ぐぇ」と蛙が潰れたような声を上げたと思うんだが、自分の声すらうまく聞こえない。

 頭がぐわんぐわんと揺れて、満足に呼吸ができず酸素を求めて喘ぐとヒューヒュー音がするのだけはよく頭に響く。


 なにこれやばい。死んじゃう。


 男の意地とか変なもの見せるんじゃなかった。


「嘘……」


 ヨルコがそんな有様におちいった俺を見て、呆然ぼうぜんとつぶやいた。


「死んでない」


「殺す気だったの!?」


 魔王がビシッとキレのいい突っ込みをヨルコに返す。


 俺も同じこと言いたかったけど、それよりもまず助けてください。


 シャルロットが締めつけてきて苦しいんです。

 女の胸に抱かれて死ぬとか男冥利おとこみょうりとかもうどうでもいいです。


「そうじゃないわ。シャルロット様の姿を見て焼け死なないなんて――」


 ヨルコが信じられない、といった様相で俺を見る。


「やはりあなたは、本物の――」


 そして、ごくり、と唾を飲み込んで口を開いた。


「ロリコンでしたのね」


「ぶっ飛ばすぞてめぇ……」


 ありったけの呪詛じゅそを込めてつぶやく。


 ていうか魔王、てめぇはいつの間にか俺の背後から逃げてただけじゃなく壊れた家の壁の方を気にしてんじゃねぇよ後で覚えとけよこんちくしょう。


「うっうっ……ユイス様……やっと会えた……」


 俺の胸に頬ずりしながら、シャルロットがぐずる。


 あなたは出会い頭に殺すつもりですかと文句の一つも言いたかったが、泣いている女性にそんなこと言えるはずもなく、ましてや気の利いた台詞で慰めることもできず、せめてシャルロットが泣きやむまで背中をさすってやろうと思ったけど体がうまく動かせません。


 ヨルコに「なんとかしろよ」と青ざめた顔で促すが、ヨルコはすっと目を逸らした。


 魔王に視線を向けると、魔王はとんでもないといった様子で首をぶんぶん横に振った。


 というわけでシャルロットが泣きやむまで――シャルロットのすすり泣く声と嗚咽だけの気まずい空間で三十分ほど、俺は地面に寝ころびながら待った。

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