魔王の正しい勇者を待ち方
その日の朝は、これから魔王と勇者が相まみえるとは思えないほど長閑なものだった。
窓から差す朝日と、小鳥の鳴き声と、朝食のトーストが焼ける匂い。
さらに俺の手元からは、挽いたばかりの珈琲の香りが立ってきている。
「こっちはもうすぐ準備できるよ~」
キッチンから魔王の声。
俺は挽いたコーヒー豆をドリッパーに入れて、少量ずつお湯を注ぐ。
クラフトから買ったコーヒーセットをさっそく試してみたが、質は悪くない。
サーバーにコーヒーを抽出し終えたところにタイミングよく、魔王がトーストとハムエッグ、サラダを盛りつけた皿を運んできた。
「こっちもちょうどコーヒーが淹れられたところだ」
魔王が料理をテーブル並べている間に、俺はサーバーからコーヒーをカップに注ぐ。
「いい匂いだね。キミ、私よりコーヒーを淹れるのが上手いんじゃないかい?」
「大差ないだろ。ほらよ」
カップを魔王に渡すと、魔王はカップを両手で受け取った。
そっと鼻を近づけてから、満足そうに顔を上げる。
「うん。やっぱり、私が淹れるよりいい香りがするなぁ。ちょっとやり方を教えてよ」
「後でいくらでも教えてやるさ。それより、冷めないうちに食べさせてくれ」
「あはは、仕方ないなぁ」
談笑しながらテーブルにつき、料理を前に二人仲良く手を合わせる。
「「いただきま――」」
「いつまで茶番を続ける気!?」
バーン! と力強く扉を開け放ち、ヨルコが颯爽と登場した。
昨日と少しデザインは違うが相変わらずのふりふりの黒いゴシックドレスに身を包んでいる。
質素なこの小屋では場違いなこと甚だしい。
「今なにか失礼なこと考えなかったかしら?」
「そんなことないぞ?」
詰め寄ってくるヨルコから視線を逸らしつつ俺は答えた。
「それならいいけど……ってよくないわ!」
ヨルコがバンッ! と今度はテーブルを力強く叩いた。
なんだコイツ。今日はやけにノリがいいな。
魔王に目配せすると、魔王は「さぁ?」と首を傾げて肩をすくめた。
いったい何があったと言うのか。
ヨルコが朝からこんなにもハッスルしている理由なんて、俺には思い当たる節がない。
ヨルコが射殺さんばかりに俺を睨んだ。
「呑気にいただきますなんてしている場合じゃないわ! 何をしてるのあなたちは! どうして隠れていないの!? 昨日、勇者様が来るって言ったわよね!?」
「もちろん、それについては魔王と話し合ったが――」
ちらりと魔王を見る。魔王が頷いたのを受けて、俺は言った。
「いざとなったら土下座すれば大丈夫、という結論に至った」
かつての経験を活かす。魔王の談だ。
「全っ然、大丈夫じゃないっ! ああ、もうすぐシャルロット様がいらっしゃるのに……いえ、前向きに考えれば、先に来て正解だったわ。ポチ、あなたには今すぐそこのベッドを動かして地下室に入って」
ヨルコの指示に、魔王が驚きに目を丸くする。
「な、なんでヨルコが地下室の場所を知ってるんだい?」
「あなたが隠れて何かしないか見張るのが私の役目よ。知っていて当然じゃない」
俺がトーストをかじりながらベッドを動かすと、確かに床に地下室への入り口らしきものがあった。
こんなものがあったとは知らなかった。
そういえばクラフトが来る前にベッドを動かそうとしていたが、あれはエロ本隠すためではなく、俺をここに隠そうとしていたのかもしれない。
コーヒーをすすりながら入口を観察していると、魔王が声を上げた。
「こらポチ! お行儀が悪いぞ!」
「もうゆっくり食事していられる雰囲気じゃないだろ――って誰がポチだこの野郎!」
「いいから、あなたは早くここに隠れて!」
ヨルコが苛立った声で告げ、勝手を知っているかのように地下室の入口を開けた。
地下室は物置になっているようだったが、人が一人入っても全く差し支えはなさそうだ。
ここで妙に逆らうとヨルコがうるさそうなので、俺は大人しく地下室に降りた。
何があるか気にもなったというのも大きい。
地下室は男のロマンだ。
「いい? シャルロット様がいる間は絶対に出てきては駄目よ」
上の入口からヨルコが注意してきたので、俺は思わず聞き返した。
「それはあれか? 実は『出てこい』っていうフリなのか?」
「出てきたら殺すわよ?」
額に青筋を立てたヨルコがピシャッと乱暴に地下室の出入口を閉める。
薄暗い地下室に一人残されて、俺は思案した。
ここ思ったより狭いし暗いし何もなさそうだし、そもそも勇者がいつ来るかわからないのに待たされるのは嫌だし出るなと言われると逆に出たくなるのが人間の性ってものだ。
というわけでものの数秒で地下室からの脱出を試みたところ、タイミングを計ったかのように入口が開いてヨルコが再び顔を覗かせた。
「間違っても故意じゃなくても何か理由があっても、とにかく出てきたら殺すわよ?」
「……はい」
ドスの効いた声で釘を刺され、俺は大人しく頷いた。
ヨルコが俺を睨みながら、バタン! と勢いよく入口を閉める。
薄暗い地下室に一人残され、俺は腕を組んで思案した。
いや、でもこれって絶対フリだよな?




