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暗夜

 

 なんなんだ、あの男は!


 ヨルコは肩を怒らせながら、魔王の家を後にしていた。


 せっかく人が心配してやっているというのに! 

 魔王と、あんないたいけな子供とイチャイチャして! 


 シャルロット様を恐れないのはやっぱり本物のロリコンだからじゃない! 

 あんなヤツ、馬に蹴られて――


 大きなスライドで再び足を踏み出したその瞬間、ヨルコは『ぐりっ』と思い切り何かをふんづけて転びそうになった。


「わっ! もう、誰よこんなところに……」


「ワイをめたのはポチさんやで」


「きゃああああぁあああ! 生首がしゃべったああああああぁああああ!」


 思わず取り乱して後ずさる。


 地面からクラフトの首がえていた。


 どうやら踏みつけたのはこれだったらしい。


「なんやヨルコ。魔法使いのくせに幽霊とか苦手なんか」


 平然とした口調でクラフトが言う。


 魔法使いだろうがなんだろうが、暗い夜道で生首に遭遇そうぐうしたら誰だって叫ぶに決まってる。


「あなたいつから……って昼間からよね。なんでそのままなのよ……」


「まぁこれもポチさんの一種の愛情表現っていうからしプレイなのかなぁ思て」


「……人の想像力ってすごいわね」


 放置した私も私だが、助けての一声も発さないこの男も大概だ。


「ところでヨルコ、ポチさんと話したんやろ。どないやった」


 急に真面目な声でクラフトが私を見上げた。


 というか足元に埋まっている人間、もとい生首と言葉を交わすのはものすごい抵抗感があった。


 自分はどちらかといえばSだと思っていたが、考えを改める必要があるかもしれない。


「おいヨルコ。聞いてんだからとっとと答えんかい。ポチさんのこと、どう思う?」


「どうって別に――ただのロリコンだったわ」


「やっぱりロリコンなんか。道理でワイが誘惑しても引っかからんはずや」


「…………」


 無視して帰ろうとすると、クラフトが必死な声を上げた。


「しかぁし、こらいよいよまずいで!」


 内心めんどくさいなと思いながらも仕方なく振り返り、ヨルコは冷めた態度で応じた。


「何がまずいのよ。ただのロリコンなら勇者様に燃やされる心配はないわ。ユイス様そっくりだから、使い魔にしている魔王に対して怒る可能性はあるけど」


 言いながら、脳裏にわずかな不安がよぎった。


 あの男が正真正銘のロリコンで、勇者様が素顔を接しても燃えないとわかれば、勇者様があの男を傍に置きたがる可能性もある。


 それは勇者ユイスを慕い続けると誓った精霊との契約の違反につながりかねない。


 そこまで考えて、ヨルコは頭を振った。


 シャルロット様は勇者ユイスの為に命すら懸ける人だ。


 偽物に心動かされることはない。やはり何も問題はない。


「機嫌損ねるとか、そんなどころの話やないで。勇者様が危ない。マジでヤバイで」


 しかしクラフトがまくしたてるので、ヨルコは顔をしかめた。


「そこまで危険視すること?」


 確かに魔王が勝手に使い魔を召還したのは協定違反だ。だが正直なところ、ヨルコの中には事を大きくしたくない気持ちがあった。自分がそうだからというのもあるが、魔法使いの自由を危険だからという理由で制限するのには抵抗がある。


 それに魔王が使い魔を召喚するのは、ある程度は予測できたことだった。孤独に耐性はつきにくい。いくら魔王とはいえ、まだ幼い。例外ではない。


 ただ、まさか勇者ユイスに似た使い魔を召喚するとは思わなかったが――


「ヨルコ、あんた意外と頭固いんやな」


 クラフトの声で現実に引き戻された。首元まで地面に埋もれた男と会話している現実だ。


「……あなたほどじゃないわよ」


 先ほど思いきり踏みつけた皮肉をこめて言い放つ。


「そらこんなこともあろうかと頭に脳みそ詰め込んどるさかい――ってちょ、待ちぃ!


 これから真面目な話するとこなんやから!」


「その体勢で真面目な話をするつもりなの?」


 再び帰ろうとしたところを呼び止められ、うんざりしながら振りかえる。


「ヨルコ、今の状況がやばいってわからんのか?」


「十分わかっているつもりよ。夜の山奥で、地面から首だけ生やした男と会話をしている。そんな私は傍から見て相当やばいわね」


「そうやのうて、真面目まじめな話や!」


 クラフトがつばを飛ばしてきたので、ヨルコはさらに距離を取った。


「ヨルコ、あんたもわかっとるはずや。現状、この国が諸外国から独立を守っていられんのも、たいした魔物の被害もなく平和なんも、シャルロット様の活躍によるところが大きい。シャルロット様がいなくなれば傾きかねんほど、この国はシャルロット様に依存してる節がある!」


「だから何よ。シャルロット様が死ぬなんてありえないわ」


 ヨルコは平然と応じた。


 ありえない仮定など無意味だ。


 シャルロット様の強さは次元を超えている。


 あの人は最早もはや、紅蓮の炎そのものだ。


 どうしたらあの人が殺せるのか、想像がつかない。


 それほどに、死にようがない。


「わいかてそう信じて疑わんかった。昨日まではな」


 意味深なクラフトの発言に、ヨルコはまゆをひそめた。


「あなた、まさかあの ポチとかいう男を危険視しているの? あれは先代魔王でも何でもない。ただの勇者ユイスのそっくりさんよ。危険でも何でもないわ。ロリコンだから性犯罪予備軍という意味では危険かもしれないけれど」 


「違う。そうやない」


 ヨルコは茶化したが、クラフトが真面目な表情で否定した。


 ちなみに、埋まったままだ。


「ポチはんがユイス様の偽物なら何も問題あらへん。ユイス様の姿をした先代魔王だったとしてもシャルロット様なら勝てると思うとった。けど――」


 クラフトはそこで一度言葉を切り、ヨルコを見上げた。


「あれは『本物』や。それを魔王が使役しとる。一番最悪のシナリオや」


「本物?」


 ヨルコが聞き返すと、クラフトが大真面目に言った。


「あの人、本物の先代勇者ユイス様や――ってちょ、待てやヨルコ! 無言で帰んなや!」


 三度呼び止められて、これで最後とヨルコは心に決めて振り返る。


一目惚ひとめぼれして恋焦がれるあまりに妄想が大爆発しちゃったわけ? ご愁傷しゅうしょうさまね。もし彼が本物の勇者ユイスだったなら、魔王の味方をするわけがない」


「なして断言できんのや。契約の一つでも結ばされたらわからんやろ?」


「ありえないわね。第一、勇者っていうのは――」


 続けようとした言葉があまりにも陳腐だったので、ヨルコは言葉を選ぼうとした。


 だが少し悩んでも他に適当なものが思い浮かばず、結局、最初に思いついたままを口にした。


「勇者っていうのは――無敵の存在なのよ。十年前、勇者ユイスが死んだという噂が流れた時だって最初は誰も信じなかった。今でこそ亡くなられたという認識はされているけれど、シャルロット様と同じでどうやったら負けられるか、想像もつかない魔法の使い手だったはずなの。そんな何でもできるような人間に、どんなえさをちらつかせたら契約できるっていうのよ」


「死んだ人間を生き返らせる。これならどうや?」


 クラフトが得意げに言った。


「わいの推理はこうや。魔王は死人を生き返らせる魔法を隠しとった。それで勇者ユイスをよみがえらせ、さらに誰かの蘇生を条件に、勇者ユイスを使い魔として契約させた。これなら全部の説明がつくんとちゃうか?」


「そもそも、荒唐無稽こうとうむけいな死者蘇生の魔法ありきで考えるのはどうかしてるわ」


 腐敗した肉体の蘇生、魂の定着――どちらか一方さえ困難を極める。


 成功例など眉唾ものの噂にしか聞いた試しがない。

 伝説に謳われるほどの大魔法使いさえ、十年かかっても成功しなかった話だ。


「あの人の名前はポチ。勇者ユイスそっくりのロリコン――そう考えるのが一番妥当よ。魔王にも敵意らしい敵意はないようだし、騒ぎを大きくするよりは、使い魔の一人くらい目を瞑ってあげる方が賢明じゃない」


「ワイらが黙認しても、シャルロット様が許すとは思えん。明日にはシャルロット様がお見えになるんやろ?」


「私たちが何も言わなければいいじゃない。ポチにも明日、シャルロット様が来ると忠告しておいたわ。ノミほどの脳みそがあれば、身を隠すなりするはずよ」


「えぇー……」


 クラフトが納得いかない様子で声を上げた。


「ヨルコ、おまえ魔王の肩を持ちすぎやないか? まさか魔王に魔法で操られたりしてないやろな?」


 ヨルコはあきれ、嘆息混じりに応じた。


「私まで疑うの? あなた、教会と同じで色々と妄想が酷いわね」


「そりゃあこの手の妄想はお手のもんやで。ヨルコかて、街中でナイスガイを見つけたら頭ん中でひんむいて裸にしたりするやろ? っておい! だから待てや帰んなや! わいこのまま放置かいな! それはそれでそそられるけども!」


 これで最後と決めたはずなのに、わざわざこんな変態の相手をしてあげる私ってなんて優しいんだろう。自画自賛と自虐を胸に、ヨルコは振り返った。


 クラフトが意外そうな顔をした。


「お? なんやヨルコ。助けてくれるんか? お前も大概ツンデレやな」


「うるさい黙れ。このまま放置してあんたに死なれたら目覚めが悪いからよ。あなたみたいな馬鹿で阿呆な腐れホモ野郎でも、魔王討伐の――」


 仲間だ。そう言おうとして、咄嗟に言葉を飲み込んだ。


 たとえ建前だとしてもこんな奴を仲間と口外したくない気持ちは当然の如く存在した。


 だが、思わず言葉に詰まったのは、それのせいだけじゃない。


 ……あれを「魔王討伐」と言っていいのか、今でも自信がなかったからだ。


 一年前の決着。旅の結末は、あまりにあっけなかった。


 魔王軍四天王とやらを蹴散らしたと思ったら、先代魔王はすでに死んでいて、最後の最後に待っていたのは、その子どもだった。


 あんなちっぽけな魔王だけだった。


 魔王らしく王座で待ち構えてはいたけれど、部下はみんな逃げてしまって一人ぼっちだった。


 なぜ一人で残っていたのか。


 その理由を考えたら、子供が、親の残した居場所にすがっているようにしか思えなくて――


「土竜の大合唱」


 余計な思考を中断して、ヨルコは魔法を唱えた。


 クラフトが埋もれている近くの地面に空気を混ぜる。


 もこもこと地面がふくれてやわらかくなれば、あとは引き上げてやるだけだ。


 手を貸してやろうとクラフトに近づこうとした時、クラフトが鋭い声で制した。


「おいヨルコ。あんま近づくなや」


「なに? いくらなんでも、自分で柔らかくした地面に埋もれたりしないわよ」


 クラフトが首を横に振った。


「そうやない。おまえスカート穿いとるから、あんま近づかれるとパンツ見えそうになるやんけ」


 言われて立ち止まった。丈の長めなスカートを穿いているから、その心配はないけれど――この男も意外と紳士なところあるんだな、と少し見直したところで、


「お前のパンツなんか見たらワイの目が腐ってまうやろ。せやからもうちっと離れ」


土竜もぐらたたき百連発」


 ヨルコは呪文によって鉄製のつちを出現させ、無表情にクラフトの頭上に放った。


 ごっ、と鈍い音がした後は、クラフトはめっきり静かになった。


 やっぱり自分にはSの素質がある。


 認識を新たにヨルコは帰途きとについた。


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