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勇者がやってくる

「ふぁ……」


 気の抜けた声とともに、魔王が身動ぎして目を覚ます。


 俺は椅子の背もたれに頬杖をつきながら、何をするでもなくその様子を観察していた。


「……ぅむ?」


 魔王のうつろな目が、ゆっくりとこちらに向けられて焦点を結ぶ。


「おはようさん」


「……おはよう~」


 朝の挨拶をすると、魔王は目を擦りながらもそもそとベッドからい出る。


 そのまま少しフラフラしながらおそらく顔を洗いに外へ行こうとして、いきなりバッとこちらを振り返った。


「うわっ! ポチがもう起きてる!」

「朝っぱらからぶっ飛ばされたいようだなぁ!」


 売り言葉に買い言葉で返すと、魔王がわたふたと取りつくろうように言った。


「違う! 別にキミがいつもお寝坊さんだとか世話のかかるヤツだなとか言ってるわけじゃなくて!」


「俺が怒る理由をさらに増やしてくれてありがとよ!」


「え? いやべつに、褒められるようなことは……」


「わざと言ってるんだよな? 素で言ってるんだとしたらすごいぞ天才的だぞこの野郎」


「え? そ、そうかな?」


「……あぁー……もういい。とりあえず、飯を作ってくれないか」


 褒められたと勘違いしたのか照れる魔王に怒る気力も萎え、手のひらを振りながら促す。

 無下にされたのが不満なのか、魔王はちょっと頬を膨らませた。


「なんだよ。確かに、昨日みたいなケンカになるのはごめんだけどさ」


 ぶつくさ言いながら、魔王が台所へと向かう。

 その途中で、何か思い出したように魔王がこちらを振り返った。


「そういえばキミ、昨日の夜中にどこか出かけてたでしょ」


「なんだよ。出かけちゃいけなかったか?」


 クラフトと会話したことをとがめられた気がして、少しだけとげのある声が出た。

 魔王は一瞬ビクッと肩を竦めてから、ねたように唇を尖らせた。


「いけなくはないけど……いきなりいなくなったら、心配するじゃないか」


「……は?」


 まったく予想してなかった答えが返ってきて、素っ頓狂な声が出た。

 思わず魔王の顔をまじまじと見つめてしまう。


「な、なんだよ! 契約があるんだから、勝手にどこか行かれたら困るだろ! 何もおかしなことは言ってないぞ!」


「まぁ、その通りなんだが……なんか、魔王としては間違ってるような……」


 顔を真っ赤にして憤慨する魔王に、俺は半眼で指摘した。


 人の心配をする魔王なんておかしい。そりゃ魔王にだって感情はあるかもしれないけど、優しさとか思いやりとか熱血とか友情とか、そういうのと無縁だからこそ魔王なわけで。少なくとも、俺の中での魔王はそういう類のものだ。


「おまえさ、魔王やめたら? 向いてないって絶対」


「んなっ!」


 俺の言葉に、魔王が顔をひきつらせた。


「魔王を名乗ることに意味なんてないだろ?」


 そもそも世界征服を目指さないのに魔王を名乗ることにメリットがあるとは思えない。余計な恨みつらみを買って、勇者やなんかに狙われるだけだ。


「うるさいな! 今までだって部下にさんざん言われてきたんだ。向いてないってことくらいわかってるよ! でも、それでも――」


 魔王は少し俯いて、いじけるように言った。


「魔王をやめて、私は一体どうすればいいんだよ。残るものが何もないじゃないか」


「よくわからんが、何か爪痕を残すかどうかの話なのか? そんなこと言ったら、俺はどうなんだよ。何者でもないヤツとか、何も持っていないヤツなんて星の数ほどいるぞ。そんなこと気にしても仕方ないだろ」


 諭すように言うと、魔王はじっとこちらを見た。


「……キミは、自分の生い立ちとかそういうの、ホントに気にしてないのかい?」


「そりゃ、全く気にならないと言えば嘘になる。けど、結局のところ一番大切にするべきなのは自分自身だ。自分をないがしろにしてまで、他に気にかけることなんかない」


「自分のことだから気にしてるんだけど……」


「俺が言ってるのは地位とか立場とか人の目とかじゃなくて、自分自身の命のことだっつーの。おまえ、このままじゃ勇者に殺されるぞ」


「なんで?」


 素で聞き返してきた魔王に、俺は無慈悲な報告をする。


「俺を召喚したことが、勇者にばれるからだよ。昨日の夜、キツネ目ホモ野郎が勇者にチクって連れてくるって息巻いてたぞ。商品を買ったら黙ってると言ってたが、ありゃ嘘だったんだな」


 数秒の間を置いて、魔王が叫んだ。


「勇者が来るの!? うそぉ!?」


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