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10/26

それぞれの推理

「すぅう……ぴー……」


 相変わらず宇宙と交信するような寝息を立てながら魔王がベッドの端に転がっている。


 俺はその暢気な寝顔から視線を切り、掛け時計を見上げた。


 現在時刻は午後十一時半。

 昼間の一騒動があった後、ケンカして消したり消されたりしまくって、なんだかんだで口論しながらも一緒に夕飯を食べ、そのせいで副交感神経が優位になった魔王が眠りに就いたのがついさっきの出来事だ。


「さてと……」


 俺は椅子から立ち上がり、魔王を起こさないよう抜き足差し足でそろそろと歩く。

 立てつけの悪い小屋の戸を慎重に開け、外へと出た。


 屋外へ出ると、少し湿った夜の空気に迎えられた。夜の森に特有の草木の匂いがして、鼻をすんと鳴らす。何気なく夜空を見上げると、丸い満月が輝いていた。その月明かりのおかげで、道に迷うことはなさそうだ。


「今日もやるか……」


 魔王が寝たのを見計らって外へ出たのは『契約』について知るためだ。

 いざという時の為に契約不履行の限界ラインは知っておく必要がある。


 魔王と喧嘩するのも、半分くらいは実験のつもりだ。

 けしてからかって楽しんでいるだけではないのだ。


 そもそも、魔王に協力を求めても「そんなこと言っときながら、ホントは私をちょっと消したりしてみたいだけだろ!」なんて言われるのがオチだし、あまりしつこくすると「嫌だって言ってるのに! キミなんか友達じゃない!」とか言って消されるにきまってる。


 だが、寝ている間ならどうだ? そんなこと考えられないはずだ。

 というか、もし考えられたらヤバイっていうかどうしようもない。


 あんまり魔王をいじめるなよ、と魔王の夢の中の俺に祈りながら歩を進める。


 前回は山のふもと近くまでいけた。魔王が消えていないか、確認の為に何度も戻ったから朝までかかってやっとこれだ。

 そのせいで朝寝坊して契約不履行を起こしそうになったこともあった。

 本末転倒にならないために、今日は少し早めに切り上げる必要がある。


「ポチはん、もういいんでっか?」


 考え事をしていたところにいきなり背後から声をかけられて、心臓が止まるかというほど驚いた。

 それを悟られるのがしゃくで、ポーカーフェイスを気取って振り返る。


 しかし、声の主が見当たらない。


「クラフトか? どこにいる?」


「ここですよっと」


 近くの茂みがガサガサと揺れ、その中からクラフトが顔を出した。

 右手には歯ブラシと鉛筆。左手には本と干し肉が握られていた。なんでそんな物を持っているのかと訝しげな視線を向けると、クラフトは「ああ、これでっか」と自分の手に視線を落とした。


「魔王はんに吹き飛ばされた商品を回収しとったんですわ。これが最後の商品や。やっと終わったわ」


 クラフトはそう言って屈託のない笑みを浮かべる。


「そうか。悪かったな」

「いやいや、ポチはんは悪くないやろ」

「ま、それでも一応な」

「……ふぅん」


 クラフトが目を細め、俺を値踏みするようにじっと見やった。

 なんとなく癪に障って睨み返すと「そんな見つめんといてください」と言って照れた。

 軽く殺意がわいた。


「俺は忙しいんだ。用が済んだならさっさと帰れホモ野郎」

「そう言わんといてくださいよ。商人が手ぶらで帰るわけにはいかんのや」


 突き放すように言い放つが、クラフトはへらへら笑いながら受け流す。


「何が手ぶらだ。お前の持ってきた商品なら、かなりの量を魔王が買い取っただろ」

「いや、それでもまだ手ぶら同然でして……あ、思いついたわ」


 クラフトがぽんと手を打ち鳴らした。手に持っていた商品をポケットに無理やりねじ込み、空いた手のひらで自分の胸元を隠すように覆った。


「手ブラ」

「よし死ね」


 足元に落ちていた小石を拾い上げてクラフトめがけて投げつける。しかしクラフトは上体をわずかに逸らし、あっさりとそれを避けて見せた。回避されるとは思っていなかったので、俺は驚きながらクラフトを見た。


「なんやポチはん、ホンマにわいのこと知らへんのやな」


 余裕しゃくしゃくに、クラフトが意味深なことを言った。

 その態度が気に入らなくて、吐き捨てるように告げる。


「当たり前だ。知ってたら絶対に関わろうとしなかった」


 クラフトはそんな俺を見て、少し笑った。


「ポチはんは、どうしてあの魔王はんと一緒にいるんや?」

「そんな事、どうだっていいだろ」


 急に話題が変えたクラフトに、俺は少し警戒して身体の重心を後ろに置く。クラフトは笑みを浮かべたまま言った。


「知らなかったらあれやから一応忠告はしときますわ。あのちびっこ魔王はんはシャルロット様に目ぇつけられとる。関わらん方が身の為やで」


「……そもそもの疑問なんだが、どうしてあいつは勇者に狙われてるんだ? 何か悪い事でもしたのか?」


 俺の言葉に、今度はクラフトが豆鉄砲を食らったような顔で目をパチクリさせた。


「ポチはん、そんなことも知らんのですか? ほんまに?」

「知ってたら聞かないだろ」


 なんだか馬鹿にされたような気がして、ぶっきらぼうに言い放つ。


「それもそうやなぁ」


 クラフト一人頷くと、キョロキョロとあたりを見回してから声を潜めた。


「話してもいいんやが、万が一にも魔王はんに聞かれたら不味いですわ。ポチさん、ちょっと尻を貸して――あいや間違った。顔を貸してつかあさい」

「今のは単なる言い間違いだよな? 他意はないんだよな?」


 きつく握り締めた拳を翳しながら尋ねると、クラフトは飄々とした笑みを浮かべた。


「いいから、あっちで話しましょ」

「いやだ。ここで話せ」

「それが人にものを頼む態度かいな。まあ、ええですけど」


 クラフトは「強気なのも嫌いやないし」とわけのわからない供述をした後、ぽつぽつと語りだした。


「昼間、ポチはんが読みかけた本があったやろ?」

「ああ。『勇者と魔王』だっけか?」


 魔王が読むなと必死になって止めてきた本だ。


「あの時も少し言ったんやが、あれは勇者シャルロット様とあのちびっこ魔王をモチーフにしたお話なんや。子供向けのお伽話やから、虚実入り混じっとるんやけど……」


 俺は黙り、聞きの姿勢に徹する。俺の様子を見て、クラフトが話を続けた。


「あの物語の冒頭に、ユイスっていう男が出てきたやろ。ユイスってのはシャルロット様の育ての親で、先代の勇者様なんや。けど、魔王の手にかかって殺されてまう。つまりシャルロット様にとって、魔王は親の仇も同然なんやが――」


 さっそく疑問が浮かび上がり、俺は声を上げた。


「ちょっと待て。あの魔王が本当にそんなことしたのか?」


 とてもじゃないが、あの魔王が人を殺せるようなタマには見えない。だからこそ、お前魔王じゃないだろと散々馬鹿にしてきたわけで。


「あの魔王はんは、そないなことしてないと思いますよ」

「……おい」


 あっさりと真逆の事実を認めたクラフトを半眼で睨むが、クラフトはしれっと俺の視線を受け流しながら言った。


「まあまあ。肩の力抜いて聞いてつかあさい。勇者シャルロットとあのちび魔王はんの決着は、今からおよそ一年前や。追い詰められた魔王はついに降伏し、シャルロット様は仇である魔王の命を取らず許した――あの物話はそんな美談で終わっとるが、実際のところシャルロット様は魔王と剣を交えてすらいないんですわ」


「そういや、土下座したとか言ってたな」


「そもそも、あのチビ魔王はん、どう見てもまだ十五歳くらいがいいところやろ。それが十年前、五歳以下の時分に、シャルロット様の『育ての親』を殺したっていう話もなかなか無理がありますやん」


 五歳。普通に考えれば、たしかに無理のある話だ。


「……だったらどういうことか、もったいぶらずに事実だけ教えろよ」


 俺が促すと、クラフトが少し遠い目をした。


「どうやら、ユイス様が殺されてから十年の間に魔王も世代交代していたらしいんや。シャルロット様が決戦を赴いた時、シャルロット様の仇である魔王――わかりにくいから先代魔王としましょか。先代魔王はすでに死んでいて、その後釜をあのちびっこ魔王はんが継いでいたっちゅうわけや。つまりシャルロット様が親の仇を許したっていうのはいわゆる脚色や。一般的には、こちらの方が聞こえがええですから」


 クラフトはそこで言葉を区切り、俺の反応を窺った。

 俺が顔をしかめて睨みかえすと、ちょっとだけ笑って続きを語り始める。


「シャルロット様は事実を世間に公表し、先代魔王を倒したのはユイス様だと主張されとるんやが、真相はわからへん。先代魔王は、先代の勇者ユイスとの戦いで負傷して、その傷が元で死んだという見解が今んところの有力候補やな」


「相討ちだったのか」


「おそらくはそんなところや。確かに十年前ほどから、それまで破竹の勢いだった魔王軍の勢力拡大には翳りがみられとった……それでも、シャルロット様が現れる二年前まではろくすっぽ手出しもできんかったわけやが」


 自嘲気味に笑いながら俺の反応を見た後、クラフトが続ける。


「膠着状態だった魔王軍との戦いにあっさり決着つけたシャルロット様は、今や知らない人はいない時の人やで。若くて綺麗な方やし、おまけに人格者や。まぁ、性別の関係上、どうしてもわいの眼鏡にはかなわないんやけど」


「おまえ個人の感想は心底どうでもいい」


 俺が言うと、クラフトが口を尖らせた。その仕草がかわいいとか勘違いしているようなら俺にはその間違いを渾身の右拳で正してやる義務があると感じた。


「ま、そんなわけでシャルロット様の伝記やら物語やらが世界中で爆発的に売れるようになって、あのちび魔王はんの存在もそれに付随して知られるようになっとるんや。『泣き虫魔王』とか『最速で土下座した魔王』っていう通り名が一番ポピュラーやな」


「なんて不名誉な……」


「だからって馬鹿にできないんやで? 勇者シャルロットに目ぇつけられて、生き延びただけでも物凄いことなんや。なんせ彼女は――」


「ちょっと待て。また話が脱線しそうだから確認するが、シャルロットの仇っていうのは先代魔王だったわけで、あの魔王とは別人だったわけだろ?」


「ま、そうなりますな」


 話を遮られたのが気に食わないのか、クラフトが不満そうに応じる。

 それにかまわず、俺はまた疑問をぶつけた。


「だったら、どうしてあいつが今でもシャルロットに狙われているって話になるんだ?」


 仇とは別人なのだから、むしろ勇者が「人違いでした。お騒がせしてすいません」と魔王に謝って終わる話だ。それがなぜ、勇者が魔王を許すとか許さないとか、未だに魔王に目をつけているなんて話になるのか。


 俺の問いに、クラフトが少し言いにくそうにして頭を掻いた。


「どうも先代魔王ってのは、あのちびっこ魔王はんの母親だったらしいんや」

「……そういうことか」


 クラフトの言葉に、脳裏に「ママ」なんて言いながら寝ぼけて抱きついてきた魔王の姿が蘇る。口の中に不快な苦みが広がるのを覚えつつ、俺は口を開いた。


「でも、だから何だって言うんだ。親のしたことは子供に関係ないだろう。そんなのは、あいつが恨まれる理由にならない」


「そいつはただの正論やな」


 俺の言葉に、クラフトがどこかあざけるように言った。


「復讐のために十年近くも追いかけていた相手が、すでに死んでいた――シャルロット様にとってそれがどれほどの衝撃だったか……わいには想像もできん。子供とはいえ、よくあの魔王を殺さなかったものやと逆に感心しますわ」


 クラフトが一瞬だけ空を仰ぎ、またすぐに俺へと視線を向けた。


「それにあの魔王はんかて、まったく非がないわけやない。仮にも『魔王』を継承してたんやから。実際に権力を持っていたのは、四天王のヤツらって感じやったけど」


「…………」


 だんだんと、あの魔王が置かれている状況がわかってきた。なんだかんだで人類の敵で人気抜群の勇者の敵でもあって、しかも一度は戦ってボロ負け済み。


 そりゃ、友達いないわけだよな。当然といえば当然か。


「ま、あの魔王はんと勇者シャルロットの確執はこんなもんや。これで、ポチはんの聞きたいことはだいたい話しましたかな?」


「……ああ。ありがとよ」


 まだ知りたいことは山のようにある。だが、一度に全部を聞いても仕方がない。情報源が偏っては正しさを見失いかねない。俺はもう話は終わりとばかりに手を振る。後ろ暗い話に契約の実験をする気力も消沈し、小屋へ戻ろうと一歩踏み出す。


「待ちぃや」


 クラフトの制止の声に、首だけで振り返る。


「ぎょうさん話したんやから、こっちの質問にも答えてもらわんと。そうやないとフェアやないやろ?」


 ……はっきり言ってめんどくさい。俺は深く息を吐いた。


「俺から話すことなんて何もない」


 それだけ言って、また歩を進める。


「そないなつれへんこと言わんといてくださいよ」


 背後から、クラフトの人をからかうような声が追いかけてくる。


「わいが聞きたいのはたった一つ――」


 その声が、急に。


「あんた――誰や?」


 無機質なモノに変わった。


「…………」


 俺は立ち止まって、今度は身体ごと振り返った。


 一瞬で空気が張り詰めていた。


 石を軽々と避けたクラフトの機敏な動きを思い出す。

 警戒しなければ、何をされるかわからない。いろんな意味で。


「さっきは言わへんかったが、シャルロット様があのちび魔王はんをここで放し飼いも同然にしてるのは、ちゃんと理由があるんや。その理由ってのが――『魔法』や」


 クラフトが鋭い視線でこちらを見る。


「ちびやが、魔王の肩書きは伊達やない。シャルロット様が現れるまでの十年間、なぜあのおちびさんが幼いながらも魔王でいられたか……とんでもない魔法を使えたからやと言われとる。けど、あの魔王はんはシャルロット様に速攻で土下座した。まともに戦わず、自分の魔法を隠したんや」


「勝てないと思ったから土下座したんだろ?」


「シャルロット様はそうは思わなかったはずや。戦闘用ではない魔法を隠していると読んだ。でなければ、生かしておく意味がわからへん。いくら幼いとはいえ、危険な存在には変わりないんやから」


「…………」


 俺は思わず口を噤んだ。生かすとか殺すとか、物騒すぎる。いや、本来はこれが魔王の身を置く世界なのかもしれないけれど――


「そしてシャルロット様は、魔王が『死者を蘇らせる魔法』を秘匿していると睨んだ」

「はっ」


 クラフトの突拍子もない憶測に、思わず失笑が漏れた。


「死者を蘇らせる? 本気で言ってんのか? アホらしい」


 大げさに肩を竦めるが、クラフトはいたって真面目に続ける。


「わいかてアホらしい話やと思っとりますよ。けど、この世界に魔法は確かに実在する。昼間も一緒に体験したやないですか」


 荷台ごと空に打ち上げられ、数秒後、地面と歯が浮くようなキスした――そんなろくでもない記憶が蘇る。


「仕組みがさっぱりなわいからしてみれば、そういう魔法があると言われたらそうなのかと納得するしかない。例えどんなに荒唐無稽でも、ありえないとは言いきれんのや」


 一理あると思った。

 理屈じゃなくて、事実なら認めるしかないことはある。

 空を飛ぶなんて絵空事も、霊体験も超能力も空から美少女が降ってくるなんて事態でさえ、実際に体験してしまえば理由はわからずとも受け入れる他にない。


 受け入れないのは、それこそ現実逃避というやつだ。だが――


「シャルロット様はおそらく……ユイス様を蘇らせたいが為だけに、危険を承知で、魔王を利用しようと考えていたんや。せやから、殺さずにわいらに監視をさせた……」


 クラフトは一度そこで言葉を切り、試すように俺を見た。


「これ、やっぱり危険なことやと思いまへん?」


「火遊びするなと注意しとけば、あんなガキ放っておいても危険なことなんかないだろ」


「もし、あの魔王はんが死者を蘇らせる魔法を本当に使えるとしたなら」


 クラフトが俺の軽口を無視する。けれど、俺からは一時も視線をそらさない。


「あのちび魔王はんが、いの一番に蘇らせる対象は――」


 そして、クラフトは俺を射殺さんばかりに見据えたまま言った。


「先代魔王、あんた以外にはありえへんのやから」

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