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召喚する者、される者

 

 友達の作り方――


 塩水。木炭。石灰石。硝子がらす蛍石ほたるいし硫黄華いおうかくさった卵。剣の欠片かけら。トカゲの尻尾しっぽ蝙蝠こうもりの羽。骨つきジャーキーを混ぜる。


 そして触媒に、とっておきの魔力結晶を加えて召喚を行う。


「よし。材料はちゃんとそろってる」


 カーテンで閉め切った薄暗い部屋の中、床に大きく描かれた珍妙な円模様。

 その中央にうずくまり、ごそごそとうごめく小さな人影があった。


 全身をすっぽりとぶかぶかの黒ローブに身を包み、袖口が余りすぎないように腕まくりした手に杖を持っている。


「魔法陣も問題ない……」


 つぶやきながら、人影が立ち上がる。ローブが『中の人』に対して大きすぎたせいで、その拍子に頭にかぶっていたフードがぱさりとめくれて背中に落ちた。


 白銀の頭髪と、あどけなさの残る少女の顔が現れる。


「む……」


 フードを元に戻そうと少女が背中に手を伸ばす。

 その弾みでなぜかローブのすそをふんづけて転んだ。


「きゃんっ」甲高い悲鳴と共に少女のローブがひるがえる。

 そのすその内側に、見るからに手縫てぬいで『魔王』と刺繍ししゅうほどこされていた。


「ぐぬぬ……おしり打った……」


 銀髪の少女――魔王は腰をさすりながらむくりと起き上がる。


「いや、わざとだし。負けないし……」


 小さな握り拳をつくり、今度は裾を踏んづけないよう気をつけて、魔王が部屋の隅へとひょこひょこ歩く。そしてぼろい木机の上に広げてあった魔道書――ではなく『ペットの飼い方!』という雑誌を手にとって、付箋ふせんの張られたページを開いて目を凝らす。


『ペットは何よりも大切な友達!』とゴシック体で強調された文章の下、『ペットを迎え入れるときの準備』項目の再確認を行う。


「絶対に失敗するわけにはいかないんだ……」


 親の仇のように雑誌に目を走らせながら、魔王はこれまでの苦難の日々を思い出す。


 勇者シャルロットが魔王討伐に乗り出したと風の噂に聞いたのが二年前だ。

 たった一人の人間に何ができるなんて思っていたら、魔王軍が全員あっという間にフルボッコにされた。しまいには、先代魔王から受け継いだ魔王城を一瞬でぶっ壊された。


 城ごと魔王を倒そうとする勇者ってどんだけと思いつつ、圧倒的な力の差を前に仕方なくというかやむなく勇者に土下座しまくってなんとか命だけは見逃してもらった。

 だが、それを見た魔王軍四天王を始めとする部下たちは――


「我ら四天王がついていながら負けるとは……魔王の恥さらしめ……」

「やはり先代魔王の七光りか……やはりヤツは魔王の中でも最弱……」

「土下座までするってどんだけ~」

「うんこ」


 などと言い残して魔王の下を離れていった。


 おまえらだってボコボコにされて泣いてたくせに偉そうにすんなっていうかうんこって何だうんこってという不平は呑み込んで、独りぼっちになってから約一年、辺境の掘立小屋に引きこもりながら、今日までずっと屈辱に耐え忍んできた。


 しかし今朝、限界が訪れたのである。


 原因は一匹の蜘蛛くもだった。


 何やら鼻がムズムズするなと目を覚ましたら、握りこぶしくらいあるでっかい蜘蛛くもが、鼻の上にのっかっていたのである。


 とりあえず絶叫した。半狂乱になって飛び起きて、勢い余って壁に激突。


 そして「ぶちっ」と音がして――この世界に絶望した。


「こんな世界、ぶち壊してやる……」


 というわけで再び魔王として世界征服を目論もくろむわけだが、そのためには勇者を倒せるくらい強い仲間が必要だ。そこでこうして魔法陣を描き、召喚しようとしているわけである。


 けして次から寝ている間に蜘蛛くもを追い払ってくれる人が欲しくなったとか一人でいるのがさびしくなったとか心細くなったとか友達が欲しいとか考えたからではない。


「よし。召喚の準備は整った……!」


 魔王は一度深く深呼吸して、魔法陣に向け腕をかざす。目を閉じて神経を研ぎ澄ます。


(最後の確認――召喚の呪文は、どうしようか)


 魔法は使い手によって様々な解釈や術式論理があるらしいが、個人的に言ってしまえば森羅万象への祈りだ。願いの強さや意志の強さに呼応して精霊たちが祈りを形作る。


 それゆえ呪文は簡潔なものが効率的で、複雑にすれば余念が入って魔法を淀ませる。単純明快な言葉こそが力をもった呪文となり、その方が精霊たちも事象として具現化しやすい。


(よし。決めた。できるだけシンプルに――)


 呪文を定め、魔王は裂帛れっぱくの気合いをのせて声高こわだかに叫ぶ。


「動け魔法陣!」


 床に描かれた魔法陣が『スッ』と横に移動した。


「……いや、そうじゃなくて」


 魔王がそう言うと、魔法陣が心なしかとぼとぼと元の位置に戻った。


 こほんこほんと咳払せきばらいしてから、もう一度。


「今度こそ頼むぞ。動け! 魔法陣!」


 魔法陣がきびきびした動きで床や壁、天井などを動き回った。


「くっ! ば、馬鹿にしやがって! 魔法陣として起動しろ!」


『条件付け』により、ようやく魔法陣が正常に発動する。描かれた模様が薄紅に光って浮かび上がり、周囲を明るく照らし出す。


 ただし魔法陣は天井で起動していた。


「やっぱり『条件付け』は必要か……」


 簡素な呪文は強力な施行力を持つが、その代わり術者の意図しない暴走を起こしやすい。典型的な失敗例を前に、魔王はちょっと泣きそうになった。


 これから世界征服の為の仲間――まぁ言い方によっては? 『友達』といえなくもないような存在を召還するわけだけど――


 友達の条件って、なんだろう?


 魔法陣はすでに作動している。このまま条件付けをしなければ、どんなひねくれた友達が召喚されるかわかったものじゃない。かといって厳しい条件付けをしてしまっては、ただの使い魔に成り下がる。


 友達の定義――雑誌『ペットの飼い方』には書いてなかった事柄ことがら


「えっと、ええっと……!」


 迷っている間にも、召喚は進行していく。やばい、なんか片足が出てきてる!


「もうやけくそだ! なるようになれ!」


 制約は一つだけ。それを唱えようとした瞬間、爆発が起きた。



 ――――――



「ごほっ、ごほっ! 失敗したかな……あれ? ちゃんといる! やった! 成功だ!」


 最初の刺激は聴覚からだった。ほぼ同時に「身体がある」という感覚を認識し、次に「認識をする意識がある」という結論に至る。


「あ……?」


 ひどく近いところから間の抜けた声が聞こえた。それが自分の出したものだと理解するまで約三秒。やけに時間がかかったのは、意味不明の視覚情報を起動直後の脳が処理するのにてこずったせいに違いない。


 目の前で、銀髪の少女が小躍りしていた。


 何を言っているかわからないと思うが、俺も何を言っているかわからなかった。頭がどうかしたのかと思った。夢や幻覚じゃない。もっと恐ろしいことに――


「私は魔王だ。よろしく!」


 『俺』の手が、少女の小さな手に握られた。


 現実リアルだった。


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