第五話 「先輩と太ももに膝蹴り」
「誰がジャージ女よ?」
「他に誰がいる?今でもスカートの下にジャージ着てるし。」
「寒いからよ。それより、君は新入生でしょ?私2年生なんだけどね。先輩に対する敬意って物が足りないんじゃない?」
「あっ、パイセン。ちーっす。」
間髪入れずに太ももに膝蹴りを食らった。
「ったぁ!」
予期せぬ痛みに思わず膝を曲げる。
「あら、ごめんなさい。ちょっと虫がいたから、びっくりして足が上がっちゃって。」
「…、この季節に虫がいるか!いきなり暴力に訴えるなんて最低だ!」
「まさか。そんな非道い先輩に見える?」
「見える!そりゃぁもう。気を抜いて背中を見せると後ろから警棒で殴られて、財布を強奪される位には。」
「なんで倒置法?」
「ツッコミがオタク臭い。」
「うるさいわね。ふん。袖すり合うも多生の縁。先輩らしく、おごってあげるわ。」
「えっ、マジですか。いや。本当ですか!さすが美人な先輩です。」
あっ、目の前の先輩が、すごく尊敬できる先輩に見えてきた。
なんて言うか、そう。スカートの下にジャージはいてるところとか、すごい素敵だ。
「いきなり敬語になったわね。信用できないタイプ。」
「まさか、自分はいい奴ですよ。」
「いい奴は、自分の事をいい奴なんて言わないわよ。」
「ははは。信用できない輩が群雄割拠するいい奴界において、僕は珍しく信用できるいい奴なんですよ。ほんと、尊敬してますよ。スカートの下にジャージはいてるところとか、すっごく素敵。ぐぉ!」
間髪入れずにまた、太ももに膝蹴りを貰った。
「ふんっ!やっぱり止めても良いのよ。」
「えぇ……。僕の尊敬する先輩は一度言った事を無責任に取り消す様な人じゃないはずです。」
先輩は苦虫を噛みつぶした様な顔をした後に、大きくため息をついてかぶりを振った。
「はぁ。まぁいいわ。見切り品を奪い合ったのも、何かの縁だしね。」
「じゃぁ、牛乳で!」
「速いなっ!さっきまで散々迷ってたくせに。」
「人を優柔不断な、軟弱物みたいに言わんで下さい。迷っていたんじゃないです。思考していたんです。何がベストかを。」
「だからなんで倒置法?それを一般的に迷っているって言うのよ。」
名も知らぬ先輩は、呆れたようにかぶりを降ってため息を吐いた。
「ただし、条件があるわ。」
「お金ならありませんよ。」
「誰がそんな事を期待するか!」
また、太ももを蹴られそうになったので、さすがによける。
「ちっ。そんなものに期待するくらいなら、後ろから警棒で殴り殺してから、財布を奪うわ。」
「犯罪性が増してる!」
さすがの僕も殺すまでは言ってなかった。
「ははは、ところで、良い物持ってるじゃない?」
「えっ、つまりここでジャンプしろって事ですか。」
「そうそう、ほら。ポケットに小銭入ってるじゃない……。ってそんな事期待するか!」
「ぐはっ!」
今度は脇腹を軽く殴られた。さすがに痛くないけど、思わず大げさによけてしまう。
「丁稚羊羹。おいしそうね?」
「まだ食べてないですが、牛乳に合いそうでしょう。」
「鈍い奴ね。牛乳おごってあげるから、半分頂戴?」
「なんで、頂戴ってところだけ、すこし鼻声で言った?がさつ系のキャラのくせに、似合ってませんよ。ギャップ萌え狙ってます?」
「うるさいわね!」
攻撃が繰り出される事を予測して、半歩退く。
そのすぐ後に先輩の上半身が動く。
先読みの勝利……、と思った瞬間、右足の甲に重み。不意に足がロックされて上半身が後ろに傾く。
「えっ?」
一瞬、何が起きたか判断できずに、なすすべも無く体勢が崩れる。そこに間髪入れず、先輩が両肩を押す。
「うぉっ!」
ろくな抵抗も出来ぬまま、尻餅をつく……、付く前に右足から重みが消えたと感じるやいなや、尻が地面に落ちるよりも速く太股を蹴っ飛ばされた。
「なんで、執拗に太ももを攻撃するっ!?」
「まず、機動力を削るのが上下関係を後輩に教え付けるのに有効だと学校の教科書に書いているからね。」
「何処の学校の教科書ですか!?」
理不尽な暴力に対する、僕の抗議は正当性があると思う。体育会系はこれだから好きになれない。
とは言え、そんなには痛くなかった。それに実のところ、ちょっと楽しくなってきた。
とは言え、この丁稚羊羹は貴重な栄養源。
「後輩に対するこの暴力を学校に訴えれば、先輩は困った立場になると思いますが……、ここは牛乳パックを奢ってもらう事で手を打ちましょう。もちろん、丁稚羊羹は渡しません。」
「つまり私の目の前にいる名も知らぬ後輩君は、理由はともかく、いきなり先輩に押されてこかされた上に、太ももに蹴りを入れられたと……そう先生に説明する訳ね?」
「理由はちゃんと説明しますよ。まったく……。」
転んだ時にズボンに穴が空いていないがチェックする。空いてないけど、少し尻が汚れてしまった。
「その理由って言うのが、重要よね?どうして私が名前も知らない後輩君を押し倒して蹴りを入れる事になったのかしら?」
「可愛い系のキャラを演じたのに、拒絶されたから。」
そう言った瞬間、「はん、何言ってんの?このバカ」とでも言いたげな表情で先輩は僕を見下した。
若干苛つきながらも冷静になって、ズボンについた埃を払いながら、僕は立ち上がる。
「若干イラついたって表情してるわよ?」
「実際イラついてますしね。」
「カルシウム不足が疑われるわね?ちゃんとご飯食べてる?」
「ほっといて下さい!」
不意にいたいところを疲れて語気が強くなったが、先輩は悪びれる事も無く、ケラケラと笑う。
「そんなんじゃ、私には勝てないわよ?」
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ直してから自信満々で言い放った。