気まぐれ短編【基本一話完結】
魔女の理髪店
小さな街の小さな空き地。
そこに店を構えた小さな理髪店。
小さな街なだけあって、店が出来た事はあっという間に街中に知れ渡り、客足もぼちぼちと増えていった。
従業員は雇っていないのか、店には美人の理容師が1人いるばかり。
ある日、ある少女がその理髪店に訪れた。
それは早朝の事だった。
ひんやりとした空気にやや湿っぽい空気は、田舎のそれとよく似ていてた。
「お姉さん。髪切ってください」
幼気なその少女は、ドアから顔を半分覗かせて言った。
「分かった、ならそこに座るといい」
お姉さんと呼ばれた女性は、少女を店に一つだけしかないバーバーチェアに案内する。
少女は、ちょこんと席につく。
その様子は、座るというより乗ると言った方が正しい様に思えた。
それほどに少女は小さいのだ。
「長くて艶のあるいい髪だね。今日はどんな風にして欲しい?」
「あ…あの」
「なんだい?」
「ショ、ショートにして下さい」
「…ふーん、分かったよ」
彼女は、棚にあるシャンプーを幾つか睨んみ、その内の一つを手に取る。
そして、少女に目隠しをした。
「あの、これは…?」
「これかい、これは私の仮眠用のアイマスクさ」
「そうじゃなくて、なんで目隠しを?」
「自分の髪が消える瞬間を見るのはあれかと思ってね」
椅子を倒し、慣れた手つきで少女の髪を泡立たせていく。
「このシャンプーはラベンダーの香りで、更に私の特製のティーツリーのエキスが入っているんだ。とても落ち着くだろう?」
「はい…」
「どうして今日はショートに?」
「えっと…あの…」
「あぁ、もし言い難いなら言わなくてもいいんだよ。私には嫌がる相手に立ち入った話をする趣味はないからね」
「いえ、大丈夫です。
実はお母さんが癌で…お医者さんが、お母さんの髪が抜けちゃうって言ってて…」
「ふぅん?」
「だから少しでもお揃いにって…」
「それでショートにしようと」
「はい…」
泡を流すと、さっきより光沢のある黒い髪が出てくる。
彼女は、髪留めで髪の上部を固定し、それ以外の部分の毛先を揃えていく。
一瞬前まで少女の髪の先端だったものが、パラパラと床に落ちる。
「この事はお母さんには言ったのかい?」
少女の首が左右に揺れる。
彼女は「そうか」とだけ言ってタオルで少女の髪を拭いた。
髪を乾かし終わると、寝かせてたチェアを立て、少女をアイマスクを付けたまま歩かせ、預かっていた手提げをその肩に掛ける。
「えっ…なんですか?」
戸惑う少女を無視して、背中を押す。
「ちょっ、えっ!?」
そしてそのまま店の外に追い出してしまった。
追い出された少女は、ガラス製のドア越しに、困惑が入り交じった視線を彼女に投げた。
彼女は鏡を持ち、少女の方向に向けて言った。
「いやー、うっかりしてしまったよ。私のミスでショートのはずが、セミロングのままにしてしまったみたいだ。だけど君の髪は、光に当たるだけで眩しい程に輝くから、これ以上太陽が登ったら眩しくて切れなくなってしまう。だから今日は帰るといい」
少女の長い髪は、無くなった先の部分以外殆ど変わっていなかったが、全体から受ける印象は大分変化していた。
長さそのまま可愛さ増量といったところだろう。
「でも、私まだお金払ってない…」
少女の手提げから小さな、家を形どった貯金箱が出てきた。ずっと貯めてきたのだろう、持ち上げただけでザッと音が鳴る。
「私が間違えてしまったんだ、お金は受け取れないよ」
しかし彼女は、人差し指を顔の前でチッチッと振り、「いらない」のジェスチャーをする。
「でもそういう訳には…」
「じゃあこうしよう。そのアイマスクをプレゼントしてあげよう。君にじゃないよ、入院生活をしてるであろう君のお母さんにだ。それは私の手作りなんだが、他人の評価を聞いてみたくてね。1ヶ月もしたら君のお母さんに使い心地を聞いてきてくれ、お代はその感想という事にしよう」
少女はそれに納得し、店を去った。
その背中を見届けると彼女は店に戻り、机の上に正方形の紙を置き、何かを書き始めた。
滑るように紙の上を走るペン先から、あっという間に綺麗な模様が描かれた円が出来上がる。
「うん、これでいいだろう。お節介かもしれないが、今回は特別だ」
紙を折りたたむと、ティーツリーのエキスを垂らし、紙を跡形もなく焼いてしまった。
ゆらゆらと煙が細く立ち上り、部屋に森の香りが広がる。
「やはりこの手の事をすると眠くなってしまうな。客が来るまで一眠りするとしよう」
彼女はバーバーチェアーを横向きに倒し、その上で眠りに落ちた。
昼下がりになっても起きず、その時に来た客が寝てる彼女を起こすまいと黙って帰っていったのを本人は知らない。
アイマスクを少女に渡して1ヶ月。
30日ピッタリ経ったその日、少女はまた店の戸を開けた。
「お姉さん、髪切ってください」
1ヶ月前と変わらず、ドアからちょこっと顔を出して言った。
彼女は、それをみてニッと微笑んだ。
「分かった、ならそこに座るといい」
大きな椅子に座る小さな少女に、彼女は問う。
「今日はどんな風にしようか?」
「前してくれたみたいに、可愛く整えてください」
「よし、引き受けた」
そして彼女は、1ヶ月前と同じように髪を切りだした。
それと同時に、少女は話を切り出した。
「お母さんね、病気治ったんだよ」
「それはいい事だ。きっと君の思いが届いたんだろう」
「髪も抜けずに済んだんだよ」
「君の思いの強さ故だろうね」
「お姉さん」
少女の目の前に置いてある、理髪店用の大きな鏡を通して、彼女と少女の目が合う。
「ありがとう」
「私へのお礼は筋違いなんじゃないのかい?」
「お姉さんが、お母さんの事治してくれたんでしょ?お姉さんは、魔法使いなんでしょ?」
少女の言葉に、彼女はクスクスと笑った。
「ふふっ、違うよ。私は魔女さ。それも悪い魔女さ」
「悪い魔女なの?」
「そうさ、悪い魔女さ。君のお母さんも、髪が抜けなければこの店に切りに来るかもしれない。そうしてお金を稼ごうとしてる悪い魔女なのさ」
その言葉に少女もつられて笑う。
「あぁ、それと。私が魔女だって周りに言ったら絶対にダメだからね?魔女は沢山の人に知られると魔法が使えなくなってしまうんだ。君のお母さんにかかってる魔法が消えて欲しくないのなら、私達2人だけ秘密にしておくんだよ」
「うん、約束だよ!」
「いい子だね。…はい、出来たよ」
切り終わった髪を鏡の角度を変えながら少女に見せる。
その出来栄えに、少女も満足げに椅子から降りる。
彼女は少女に手を出して言った。
「私は悪い魔女だから、君みたいな小さい子供からもお金を頂いてしまうのだ」
「大丈夫、ちゃんと持ってきたよ」
少女の手提げから出てきたのは、大人っぽい長財布。恐らく母親のだろう。
少女はその中からお札を2枚取り出し、彼女に渡す。
「はい確かに、気をつけて帰ってね」
「まだもう一つの方、払ってないよ。お母さん、あのアイマスク付けたら森の夢を見るようになったんだって」
「そうか」
「その森にはね、小さな妖精さんとお姉さんがいたんだって」
「そうか」
「お母さんもお姉さんにありがとって言ってたよ、じゃあさよなら」
そう言い残して少女は店を後にした。
彼女は、あの時のように椅子に横になり、そのままぐっすりと眠りに落ちた。
嫌な事があったので書いてみました。
物語内の出来事と嫌なことは直接関係してる訳ではないのでご注意を。