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第30話「交渉する也」

 「ウッ・・・・ングッ・・・・ムー!ムー!」


 

 八千代は目が覚めた。


 目が覚めてまず始めに目に映った光景は、晴れ渡った青空では無く、黒一色に覆われた闇であった。


 だが、異変はそれだけでは無い。


 身体を動かそうにも動かないし、まともに声を出す事も出来ない。



 (何だ!?何が起こってんだ?)



 八千代は自分自身に何が起こっているのか理解できない。


 だが、何か不味い事が起きている事だけは理解できる。


 それだけの情報しか無いにも関わらず、何か良くない事が身に降り掛かっている事を理解した瞬間、冷や汗が大量に出る。


 踠(もが)けば踠く程、自身を縛る縄はきつく締まり、腕や足にヒリヒリとした痛みが走る。


 これらの一連の流れを理解するのに大した時間は掛かっていない。ほんの3~4秒程だろう。


 だが、そのほんの少しの時間が最悪の未来を想像させる。



 (もしかして、攫われているのか?ミュミュは?カミユはどうした?一緒なのか?何でだ?・・・! )



 八千代は仲間の安否や、自分を取り巻く状況を把握しようと頭を回転させていると、ホーク達の顔を思い出す。



 (・・・そうだ。確か俺達、あいつらの仲間を治療しに・・・・)



 漸く目が覚める前の事を思い出していると、目覚めた八千代に気付いたホークが声を掛ける。



 「目が覚めたか?ストレンジャー・・・イヤ、八千代・三珠だったな」


 「ムー!(手前ぇ)」


 「そう興奮しないでくれ!こちらにも事情があってね。悪く思うなとは言えないが、大人しく話を聞いて欲しい。決して君達に危害を加えるつもりは無いんだ」


 「ムムムー!(ふざけんな)」


 「先に自己紹介しておく、私はファロン王国国防省・テロ対策班に所属するホーク・トマーソンだ」


 「ム・・・・・・」


 「私を信じてくれるかどうかは判らんが、私達は君と話がしたい。君達に決して危害は加えないと約束する。だから大人しく話を聞いてくれないか?了解なら頷いてくれ」



 八千代は国防省と云う単語に反応する。決してホークを信じた訳では無いが、いずれにしてもこの状況では如何ともし難い事もあって黙って頷いた。そうして目隠しが外されると、目の前にはしゃがみ込んだホークの姿があった。



 「手荒な真似をして申し訳無い。まず初めに君の奴隷である彼女達はここには居ないが、私の名誉に誓って彼女達の身の安全は保証する。我々は君と話がしたいだけだ。それを理解して欲しい」



 ホークはそう言って敵意が無い事を示そうとするが、八千代はホークを睨んだまま目を離さない。


  

 「信用出来ないのは当然だ。そう思われても仕方が無い事をしているんだからな・・・これは言い訳だが君が私達の話を大人しく聞いてくれる保証が無い以上はこうするしか無かったんだ・・・つまり、正直に言えば私達は君の事が怖いと思っているんだよ」



 ホークは素直に自分の気持ちを伝える。こう云った強硬手段を取ってしまった以上、八千代の自分に対する印象は最悪だ。ならば、ここは一切の嘘は吐かず、正直に話した方が得策だと判断した。



 「私達に危害を加えないと判断出来れば、今すぐにでも君達を解放するつもりだ。さて、こんな遣り取りをしても始まらないし本題に入ろうか・・・率直に言うと私達に協力して欲しい」



 八千代はホークの言っている意味が判らず訝しんだ。


 自分の協力を得たいならこんな真似は却って逆効果だ。本気で仲間に加えたいと考える人間の行動では無い。八千代は、ホークの真意が掴めず困惑する。



 「君はとぼけるかも知れんが、私達は君の力がどんな物なのか大体の見当は付いていてね。非常に興味があるんだよ・・・どうだろうか?私達に協力しては貰えないだろうか?」



 ホークはそう言って、八千代の傍らに立つ男に猿轡を外すよう促す。部下は頷くと八千代の猿轡を解き、手に持っていたナイフを八千代の首に当てる。



 「・・・・・断ると言ったら?」


 「ん~、何と言ったら良いか・・・・誤解しないで欲しいが、その選択は得策じゃ無いな・・・かと言って強制も出来ないんだよ・・・だが君がこの話を断ってしまえば、この前の国立劇場襲撃犯の一味として連行しなくてはならない」



 ホークは困った様な顔を浮かべて、自分の想定をありのままに伝える。八千代はそれを聞いても眉ひとつ動かさずに黙り込んだ。



 「・・・・」


 「君の力は余りにも強力だ。この事を知っているのはごく一部の人間だが、もし協力しないと判れば処刑されてしまうだろう。これはあくまで私の予想であって、上の人間がどう判断するのかまでは判らないがね・・・でも、そうなる可能性は高いと思う」



 八千代は、ホークの事を微塵も信用してはいないが、この処刑の話に関して言えば嘘では無いと感じた。どこまでアイテムボックスの事を知られているのか判らないがホーク達の立場に立った時、この能力が敵対勢力に渡ってしまった時の危険性を考えれば当然の帰結であろうと考えた。



 「・・・・それを人は強制って言うんじゃ無いのか?今のどこに選択肢があるんだ?」


 「そう思うのは当然の話だと思う。私だって君の立場なら同じ気持ちになるだろうからな・・・ただ信用して欲しいのは君達に対して害意は無いと云う事だ・・・既に君に悪印象を持たれているのは判っている・・・だが、君の能力を考慮すれば仕方が無いとも言えないか?」


 「・・・・さっきから言っている意味が判らない。何であんた達は俺の事をそこまでビビってるんだ?こんな真似をしても却って逆効果だと思わないのか?」


 「・・・・君は、自分でも理解している筈だ。君の魔法の価値は計り知れない・・・だからこそ秘匿しているんだろ?私達が君を恐れる理由は単純だ。君の事を何一つとして解っていないからだよ。君がどんな思想の持ち主なのか、反社会的なのか、話がまともに出来るのかどうかさえ判らない。最悪の場合には君が反社会的な人間で、秘密を守る為にキマイラを召喚されてしまう恐れもある」



 八千代はまだ、全面的に信じた訳では無いが、今のところは本当の事を言っているのだろうと考えた。


 もしも自分がホークの立場であったならば、この警戒は理解できる・・・だが、八千代が協力するかどうかの判断にはならないし警戒心を緩める事は無い。



 「それは解った・・・それじゃあ逆に聞くけど、無理強いされて悪印象を持った俺が、この場であんた達に協力すると言ったところで信用出来るのか?」



 八千代は逆に問い返した。八千代のこの問いはある種の賭けであり、言外に自分はいざと言う時に裏切る可能性があると仄めかしたのだ。自分の立場をマイナスにする事でどの程度自分を必要としているのかを確かめたのだ。


 八千代の問いに対してホークは少しだけ驚きの表情を浮かべると、ニヤリと笑みを浮かべて切り返す。



 「・・・・成程・・確かにそこを突かれれば何とも言えんな。時間を掛けて俺達を信用して貰う他は無い・・・と、言うしか無いな。だけど想像するに君が案じているのは我々の事よりも、我々以外の人間の事を案じているのじゃないか?」


 「・・・まあ、それも大いに関係あるけど・・・結局は俺も含めて他人の手綱を握れるとは思えない・・・と言うよりも握れないだろ?そうなれば結局、最終的には俺を殺すしか無いんじゃ無いのか?」


 「・・・ふむ、情けない交渉の仕方だが、君はどう云う条件なら協力してくれるのかな?」



 ホークはここにきて、自分の権限だけで決めるには手に余ると云う事を痛感する。それどころか、八千代の力はテロ対策班の内部だけでも収め切れないのでは無いかとさえ感じた。


 ホークは八千代に答えさせる事で半ば匙を投げた。既に八千代に対して選択肢を選べない状況に追い込んだ以上、どう言う形で協力させても懐柔するのは難しい。時間を掛けて信用して貰う他無い事は先刻伝えたばかりだが、そうなると問題はその信用を得る時間である。ミュミュ達をずっと人質に取っていれば信用を得る事が出来ないのは明白であるし、直ぐに開放したところでその場で逃げられれば目も当てられ無い。


 ならば、ここはなるべく八千代の望む方向に譲歩するしか無いと考え、それでも無理ならばいよいよ強制的に連れて行くしか無いと考えた。



 八千代はホークの問いに対して笑みを浮かべると、なるべく自分達の立場を良くしようと以下の条件を付ける。



 まず第一に、王都に住処を用意し自分達の身柄の自由を保証させる。


 仮に協力を結んでも、国防省内で24時間監視されて囚人と差して変わらな無い状態では意味が無い。そう提示する事であくまで自分達は協力者であり、対等の立場である事を暗に示す。



 第二に、自分達の情報漏洩禁止を徹底させる。


 他の貴族や王族に知られれば、八千代の能力を利用しようとするのは明白である。ホーク達に知られた事は仕方が無いと諦め、それ以上の情報の拡散を抑えたいと考えた為であった。



 第三に、八千代の能力(アイテムボックス)を詮索しない事を約束させる。


 彼等に解明できる代物とは思えないが、想定外のトラブルを招かない為の予防措置である。



 第四に、決定権の保証を約束させる。


 内容に依っては八千代が望まない事も考えられる為、第1の理由と同じく、あくまで対等の立場を示す為である。


 

 その他の条件はその都度話し合う事に決め、以下の条件をホークに伝える。



 「・・・・解った。だが、ひとつ問題がある。俺はあくまで現場指揮官であって裁量権は無い。その件は王都に居る上司と話して欲しい。あくまで俺の予想だが、その条件は通ると思う。王都まで我々と共に足を運んで貰う事が前提になるが大丈夫か?」



 八千代としては目を付けられている以上、暫くの間は協力する他無いと考えていた。どう云う行動を取るにしても情報と時間は必要であると考えた。ならば、条件を出来るだけ良くして機を見て行動すれば良いと考え、王都に向かう事を了承する。


 その後も無事にカミユ達と合流を果たし、ホーク達とヴィエナの街に向かった。


 森の終わりに近付く頃には夜も更けて辺りはすっかり暗くなっていたのだが、門の入り口に居る筈の兵の姿は無く、街のいたる所から煙が立ち昇り赤く輝いていた。


 八千代達は遠目からその光景を見た途端、何等かの異常事態が起きているのだと即座に察知する。

 

 

 「・・・何だ?一体何が起きているんだ?」  



 門を潜り抜けた八千代達が目にした光景は、街の人々を手あたり次第襲い掛かる大量の魔物達で溢れ返った地獄そのものであった。

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