第11話「一国一城が欲しい也」
もう天敵と言っても過言では無い受付嬢に魔法を購入の申し込みを終えた八千代は、別室の部屋へと移動して魔法契約をする運びとなった。薄暗い部屋には直径2メートルの幾何学的な魔法陣が描かれており、まるでこれから背徳的な儀式でも始まるのでは無いか等と考えながら精霊使いを待った。
そうして精霊使いが部屋に入ってくると、これと言った会話も無く早速儀式を開始する事になった。
「ではこれより、火の精霊であるサラマンダーと契約する。用意は良いか?」
八千代が無言で頷くと精霊使いは徐に詠唱を開始する。魔法を習得する際には2種類のアプローチの仕方が有り、まずこれから八千代達が行おうとしている取得方法は、精霊と契約する事によって取得可能な手段である。各属性の精霊と契約を交わし、自身の魔力を対価とする事で特にこれと言った技術を必要とする事無く魔法を習得する事が可能となる。ただし、魔法を行使する際には詠唱が必ず必要不可欠であり、より複雑な魔方を行使する為にはそれ相応の魔力と更なる詠唱の付加が必須とされる。
これらの手段は精霊使いも同様ではあるが、精霊使いが精霊と契約する場合、精霊が望む条件を叶えると云った試練や魔力と云った対価を要求され、中には魂の一部を対価として要求されたりと云ったものまで存在する。
そしてもう一つの方法とは、魔導書や口伝に依って自身で一から習得する方法がある。精霊との契約とは違い、自己鍛錬に依って習得する魔法は相応の時間と努力が必要ではあるが、詠唱の破棄や緻密なコントロールが自由自在に行使が出来る様になり、より戦闘に特化した新たな魔法を開発したり、特定の道具に付与したりと云った事が可能となる。
精霊使いの詠唱が始まると地面に描かれた魔方陣が妖しく輝き始め、詠唱が終わると同時に一層輝きが強くなり、まるで蛍が集まる様にして赤い光がやおら形を成していくと、そこには赤く輝くサラマンダーと呼ばれるトカゲの様な精霊が宙に浮いていた。
(・・・・精霊ってこんななの?もっと何かこう羽がある小人みたいなの想像してたんだけど・・・)
八千代が思い描いていた精霊は風の属性のシルフとは別の存在である半精霊で、愛嬌のある容姿をした小人の様な存在であり、背中に生えた羽で空を飛び言葉を交わし、いたずら好きで人懐っこいとされている。度々物語に登場する一般的な精霊へのイメージは全てこの半精霊と呼ばれる種族であった。
そうして火の精霊であるサラマンダーとの契約に依って幾つかの初級魔法を取得すると、途中で休憩を挟んだりしながらも風、土、水、光、闇と言った順でシルフ、ノーム、ウンディーネ、ウィスプ、シェードと云った各精霊達と契約を交わし、全ての契約が終わった頃には陽が沈み薄暗くなっていた。
翌日、早速とばかりに依頼を受けて習得した魔方で無双しようとしたのだが、ギルドに向かうと人で溢れ返っているので何の騒ぎだと話を聞くと、ブルードラゴンの影響で森一帯の魔物の姿は全て消えている為、安全に採取が可能な上に報酬料も上がっている事から採取フィーバーが起こっているとの事だった。
資金に余裕がある八千代は魔物がいない事を知ると、無双をする事を諦めて宿に戻る事にした。
「八千代さん、お帰りなさい!」
「おか~り~」
宿に帰ると店先を掃いていたルナとミーちゃんが声を掛けてきた。この数日で距離感がグッと近づいたのにちょっと感動しながら、トテトテと走り寄ってきたミーちゃんを抱き上げて頭を撫でてあげる。
「ギルドに行ってなかったっけ?今日はお仕事は良いの?」
「何か混んでるし別にお金にも困って無いから今日はゆっくり休もうかなって思ってさ、まだ何処も店の営業やって無いみたいだし」
「・・・・うん、ドラゴンのせいで街に入って来る旅人もいないみたいでさ、何処も暇なんだよね」
そう言って宿を見回すのだが、相変わらずこの宿には客が入っていない様で八千代としてもこの宿の状況が心配になってきた。この宿を利用する様になって数日が経っているのだが、他の客を一人も見ていない。偶にこの街の数人の獣人が食事する為に利用する事はあっても、泊まる人はいない様だ。
そんな芳しく無い状況を何と無く知っている八千代は提案した。
「ねえ、もし良かったらさ月単位で部屋を貸してくれない?宿泊じゃ無くて賃貸としてさ」
「賃貸?」
「うん、自分の家が欲しいんだけど家を買う程余裕は無いしさ、ちゃんとした落ち着く拠点が欲しいんだよね。ここだったら自炊出来ない俺でもご飯がすぐ食べられるし、一から貸してくれる家を捜す面倒も省けるんだよね」
現在、八千代には潤沢な資金が手元にあった・・・ならば、いくら雰囲気が良いと言っても自分の家では無い宿よりも、気兼ねする事無く自由に出来る自分の家が欲しかったのだが、生憎とこの街に部屋単位で賃貸出来る物件は存在しなかった。 一軒家での賃貸は可能だったが、契約には連帯保証人が必要であった為に断念していた。だがしかし、前々からこの店の経営状況が芳しく無い事は解っていたので、身寄りのいない自分でも交渉次第で貸してくれるのでは無いかと考えた。
そうしてルナに話を持ち掛けたのだが・・・
「う~ん。良い話だと思うんだけど・・・どうなんだろ?お父さんに相談してくるね?」
そう言ってルナはこの店の主人である父親に相談する為に宿の奥へと消えて行った。テーブルに座りながらミーちゃんの相手をしていると、ルナと共に父親が現れる。八千代はこの店に滞在している間、この店の主人と一切会う事無く過ごして来たのだが、流石にこの手の話は娘の手に余ると思ったのか、漸く謎のベールに包まれた男との対面を果たす事となったのだが・・・・・
「・・・・ど、どうも、は、初めまして、こ、この店の、オ、オーナーですす。こ、この度は・・・」
・・・・この店のオーナーを名乗る男はコミュ障だった。八千代はそれを理解すると早速交渉に入る。
(こりゃ流行んねえ訳だわ。よく宿屋始める気になったな・・・)「どうも、八千代・三珠っす。話をもう聞いて貰ったと思うんすけど、この宿の部屋を月極めで貸して欲しいんすけど、どうっすかね?」
八千代が改めて主人に話をすると・・・・
「・・・・・・」
「うん・・・・うん・・・・それは構わないけど、どうしてか?って」
・・・・主人はもう限界の様だ。
「え、え~っと俺、自分の落ち着く家が欲しいんすよ。一軒家を借りる気しないっていうのもあるんすけど、俺って他に身寄りが居ないんですよね・・・一応保証人になってくれる人の当てはあるんすけどあんまり頼りたくないし・・・何ヶ月か纏めて先払いするんで、もし良かったら貸してくれないっすかね?何だったら保証金も払いますよ?」
八千代がそう提案すると何やら家族会議が始まった。
「良い話じゃない?お客さん全然来ないしさ・・・・うん・・うん・・大丈夫だよ、保証金払ってくれるって言ってるし、八千代さん良い人だし、ね?ミーちゃん?」
「やちょ~」
「うん・・・うん・・・それで月幾らにするの?・・・うん、それで良いの?分かった」
「・・・・で、どうすか?」
「うん、それで良いって言ってる。それで保証金は3百ジータで月の部屋代はお風呂代含めて75ジータでどうかな?」
八千代はそう提案されると計算を始めた。
(う~ん・・・・月75ジータねえ、日本円で7万5千円か・・・・払えない事も無いけどちょっと高いな、あの部屋って多分8畳位だろ?家具付き風呂ありキッチン無しで角部屋ではあるんだけど・・・・う~ん・・・でもメシ抜きで一日3500払ってたから30パーセント位安くしてくれてるのか・・・)
「・・・う~ん、ちょっと高いかなぁ?メシ代込みで月100ジータでどうかな?最低1年は借りる様にするからさ、一年で1200ジータ+保証金の300ジータで計1500ジータでどう?保証金はそのまま返さないで良いからさ・・・あっ、でもまた延長する時は家賃だけね?」
八千代は保証金とは言ったが契約満了後に返還して貰うつもりは最初から無かった。安心して貰う為に保証金とは言ったが正確には礼金だ。ここで断られるならいよいよ一軒家を借りるかこの街を出る羽目になり、正直言ってより経費が嵩むだけで旗色が良く無い・・・ならば変に値段交渉して断られるよりも、礼金のつもりで300ジータを手放し、食事代も込めて家賃を払った方がお互いWINWINであると考えたのだ。
また家族会議が始まったのだが結局その契約内容で決まり、自分の居住を持つ事が出来た。
そうと決まれば保証金を含めた1年分の家賃を払って部屋のカギを受け取ると、部屋にあったベッド等の不要な調度品を収納したり、メイン通りのお店で魔道具や自分好みの家具等の買い物を済ませた。 そうして八千代は娯楽として大量に買った本を本棚に収納すると、部屋を見回して満足そうに頷いた。
「何て事でしょう?あれだけ殺風景だった部屋が、匠の手によってまるでお伽話に出てくる様な遊び心溢れるユーモアな部屋に・・・・」
どこかで見たリフォーム番組のナレーションの様な感想を言ってニヤリとする。
「イッヒッヒッヒ、これで俺に足りない物があるとすれば、後はキャワイイ奴隷ちゃんだけだな。これぞ正しい異世界生活っ!」
「「・・・・・・」」
そうして開きっ放しにしていた扉から部屋をこっそりと覗いていた姉妹に気付く事無く、自身の欲望をさらけ出して笑う・・・・きっと匠にはもう前の世界には戻る気が無いのだろう・・・・。
「後は奴隷館が開くのを待つだけだな!」




