第9話「誤解している也」
ケルピー・・・・魚の尾と藻の鬣を持つ馬で川馬と呼ばれ水辺に棲息し、人を誘って引きずりこむ水の妖精の一種と言われている。水の妖精の一種という説もあってか水系魔法が得意であり、特に雨の日は並のハンターでは手が付けられない存在である。そんなケルピーが八千代の槍を咥えて立っていた。
「おいおい、ちょっと待て」
八千代は焦る。意気揚々と一本5ジータと云う高額報酬のアララ茸を13本採取して65ジータを稼いだとしても、ケルピーが咥えている八千代の槍は150ジータである。つまり持って行かれると大損なのであった。
「な?ちょっと落ち着けって、そんなもん持って行っても美味く無いぞ?な?な?」
両手をプルプルと前に出しながらゆっくりとケルピーに近づいていく。ケルピーどころか人でさえも思わず後退ってしまうだろう。そんな八千代が2メートル位まで近くづくと、ケルピーは振り返り湖の方へ走って逃げた。
「おいっ!ちょっと待て・・・・あんの駄馬~!ぶっ殺す!」
逆上した八千代はダッシュで猛追するが、馬系の魔物であるケルピーに追いつくはずも無く、湖の中へ逃げ込まれ見失う。だがしかし、冷静さを失った八千代はアイテムボックスを展開し、物凄い勢いで湖の水を吸いきってしまった。
湖は完全に干上がってしまい、棲息していた魚を始めとした水中の魔物達がピチピチと地面で跳ねていたり、また陸上でも行動出来る両棲類系の魔物達は何が起きたか解らず戸惑っていた・・・・ただ一匹を除いては・・・・。
「フハハハハ・・・ハア!?」
八千代は腰に手を当て、してやったりと高らかと笑い声を上げるのだが、水位が猛烈な勢いで下がっていく途中でとんでも無いものを目撃してしまう・・・・それはその一枚をだけを取って見れば瑠璃と見紛う位綺麗な青の鱗を持ったドラゴン、ブルードラゴンが姿を現した。
「グキュルルルル、グゥオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
ドラゴンの咆哮が発せられる振動波がビリビリと八千代の身体を揺らす。余りにも強力なプレッシャーに対し思考が飛んで呆然と立ち尽くす八千代に対し、ドラゴンは口を開く。
⦅貴様っ!何をした!?何が目的だ!?⦆
八千代の頭の中にブルードラゴンの声が鳴り響く。八千代は先程の咆哮の影響があって返答出来なかった。ドラゴンは一向に八千代が返答しない事に苛立ちを覚えながらも尚、テレパシーを続ける。
⦅・・・・口を開かぬならば我が子を狙っての狼藉とみなす!⦆
(・・・・え?子供?)
ドラゴンの我が子という言葉で再起動した八千代は、ドラゴンの傍らにある水草で保護されたブルードラゴンと同じ鱗の色をした瑠璃色の卵に気が付くのだが、ドラゴンは大きく口を開いてブレスを吐く体勢へと移行しだしていた。ドラゴンの大きく開いた口の中には大きな青く光る魔法陣が輝きだし、余りにもの莫大な魔力に因って可視化されていく。その可視化された魔力がドラゴンの口の中、すなわち魔法陣へと収束し、眩い閃光と共に吐き出された。それは過去、村を湖に変えたウォーターブレスと呼ばれた凶悪な一撃だった。
「ちょっ!?アイテムボックス!!!」
咄嗟に展開させたアイテムボックスの空間の歪みが、絶え間無く吐き出されるウォーターブレスを吸収していく。
⦅馬鹿な!有り得ない!!何だその魔法は!?⦆
ドラゴンは目を見開き驚愕している。何故ならばドラゴンブレスは永き歳月を生きた個体程、歳を重ねる毎に増えていく魔力と共に威力が上昇していく。
今だ嘗て、永き年月を生きた中でも余りにも絶大な威力の為に数度しか発した事の無い自身のブレスが、目の前の魔力を殆ど感じない人間の中でもゴミの様な部類の男が、数百年と生きた自分でさえ見た事の無い魔法に依って防がれている。
更に解せない事はその魔法であろう現象に対し、全く魔力を感じない事が尚ドラゴンを焦燥させる。得体の知れない脅威に対し戦慄しながらも我が子を守る為、ブレスを吐くのを止めない。
(最後までもってくれー!頼むー!)
八千代は未だ自身の能力であるアイテムボックスの限界を知らない。それ故にこの強烈なブレスに対して耐えきれる自身が無かった。このブルードラゴンが放つウォーターブレスの威力は水量にして毎秒約10トン近くあり、日本最大にして世界最高クラスである黒部ダムに匹敵する放水量であったのを考えれば、如何に八千代の不安の多寡が理解できるであろう。
どれくらいの時間が経ったのか、ドラゴンの魔力量が限界にくるとブレスの威力は弱まり、最終的にはドラゴンが力尽き俯いた。ドラゴンのブレスが止むのが判ると八千代は息を吐き安堵する。
(良かったー!マジでもう駄目かと思った・・・)
八千代が胸を撫で下ろして安心しているのだが、ドラゴンは八千代を睨み覚悟を決める。
⦅この忌々しい化け物め!かくなる上は・・・・・⦆
自身の最大威力であるブレスを無傷で防いだ相手に対し、言い知れぬ恐怖を感じたブルードラゴンではあったが最後の足掻きと覚悟を決め、八千代に突撃体勢に入る。その様子を見た八千代は大いに慌て、ドラゴンの誤解を解く為に説得しようとする。
「ちょっ!待って待って、誤解だって、ご・か・い!卵なんて要らないから!おれ!卵アレルギーだから!」
八千代は必死に誤解だと説明する。
「俺はキノコ取りに来たんだって・・・そしたらさ、槍を多分ケルピーだと思うんだけど・・・魔物に盗まれちゃったんだよ。そいで焦って追いかけたらこの湖の中に逃げちゃったからさ、仕方無しに水吸っただけなんだよ。ほらそこに槍あるっしょ?悪気は無かった。ビックリさせてごめん!」
卵アレルギー云々は兎も角として、八千代とドラゴンの間には確かに槍が落ちていた。当のケルピーはドラゴンの咆哮で恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出していた。
そんな八千代の説明を受けたドラゴンは、突撃体勢を維持したまま八千代に問い返す。
⦅むう、確かに辻褄は合うが・・・・分かった。ここはひとまず貴様を信じるとしよう、だがひとつだけ聞きたい事がある。貴様の先程見せた魔法は一体何だ?何をした?⦆
「ん~ドラゴンだったら言っても良いか?これはアイテムボックスと言って・・・別の空間て言ったら良いのか?まあ、兎に角俺の能力なんだよ。一応、コレ今のところ内緒だから黙っといてね。」
⦅にわかには信じがたいが・・・分かった。もう一度聞き直すが本当に害意は無いのだな?⦆
「無い無い!微塵も無い!むしろ興味無い」
《ぬう、それはそれで腹が立つが・・・まあ良い、せっかく見つけた場所だったのだが仕方あるまい、他へ移るとしよう・・・・⦆
そういってブルードラゴンは卵を掴み、翼を広げ飛び立とうするが八千代がそれを止める。
「あっ!ちょっと待って、聞きたい事があるんだけどさ、転移魔法とかって知ってる?」
八千代は元の世界に帰る為、必要になるかも知れない魔法の有無を聞いた。もしもこのドラゴンが知っているか、もしくは使える事が出来るならばと、お願いしようと考えたのだ。
⦅知識だけだ・・・それも聞いた事があると云った程度でな・・・それがどうかしたか?》
八千代は自分が置かれたこれまでの状況を時間をかけて説明した。ドラゴンが何かを知っていて打開策が出るかも知れないという考えが大半を占めるが、少しばかり相談出来る相手が欲しかったのだった。
爬虫類相手に進路相談しているおっさんだと馬鹿にしてはいけない・・・八千代は必死なだけなのだ。
《・・・そうか大変だったな。ではもう行くぞ》
さらっと必死の思いを躱され素っ気無くドラゴンは去っていった。
「あっ!・・・あれえ?そこはアレじゃない?何か俺の数奇な運命とかに興味を持ったりとかして幼女に変身して仲間になったりする所じゃ無いの?」
子守りで大変な時に、おっさんの相手をしていられる程ドラゴンも暇では無いのであった。
八千代はドラゴンを呆然と見送った後、槍を回収して帰る事に決めた。アララ茸をもう少し回収して帰ろうかとも考えたが、ドラゴンとの遭遇と戦闘の緊張で思いの外疲れている事に気付き、結局帰る事にしたのであった。
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ドラゴンの咆哮やウォーターブレスが発せられた時に魔力を感知したせいなのか、魔物は一切姿を見せなかったので思いの外早く帰る事が出来た。八千代が早く帰れた理由のひとつにクエスト受注の際、ギルドで販売されている予め設定した位置をどこに居ても指し示す方位磁石の魔道具、通称マジックコンパスを受付嬢に勧められて購入していたのだった。ちなみに15ジータもする。
魔道具の便利さを実感しながら西門へと向かうと長い槍と盾を持ち、フルメタルアーマーを着て完全武装した兵士達が緊張した面持ちをして立っており、昼間の時とは全く違う雰囲気に?マークを浮かべたが、直ぐに(さっきのあいつの咆哮で気付いたのか・・・)と思い返した。
ドラゴンの咆哮が響いた後、非常事態宣言が発令されて全ての門は完全に閉じ様としていたのだが、警報が鳴る前に外出許可を出してしまっており、八千代が狩りに出てしまった後であった為に門を完全に閉める事も出来ず、八千代の帰りを戦々恐々と待っていた兵士達だったのだが、姿を見せた八千代は慌てるどころかのんびりと歩いてきた姿に怒りを覚え、八千代に問い詰めた。だが、もう一人居た兵士の内の一人が無言でそれを止めると渋々と兵士は八千代の肩を放し、無事に八千代は帰還する事が出来た。
八千代は去り際に何故か慈しむ様な目で自分を見詰めてくる男に疑問を感じたのだが,考えても解らなかったので気にしない事にした。
八千代は決して気付く事は無かったが、自分を見詰めていた兵士は八千代がこの世界に降り立った日に、ゴブリンに襲われていた所を助けてくれたデリンジャーの部下であった。
「何故、不問で男を行かせたのか?」その問いに対し、彼は後にこの時の事をこう語った。
「彼は可哀想な男なのだ。全てを失った時に希望も恐怖も一緒に無くしてしまったのさ・・・・」
彼はそう言ってどこか遠くを見つめながら優しく微笑んだと云う。




