映画鑑賞(スイーツラブストーリー)
「ゴールデンウィークって何する予定?」
「そうだねー、やっぱり映画かなあ。話題のアニメ映画とか、ケータイ小説原作の映画とか、見たいのはたくさんあるんだよね」
「あ、ケータイ小説のやつなら私も見たかったんだ、だったら一緒に行かない?」
「いいねいいね、他にも誰か誘って映画見て、その後カラオケとかしたいね」
「折角のゴールデンウィークだもんね」
五月に入り、すぐにやってくるゴールデンウィークの予定について和気藹々と話し合う女子グループを眺めながら、
「やれやれ、わかってないよね。ゴールデンウィークに映画を見るなんて。人が多い時にわざわざ映画を見ようなんて、賢い僕にはできないよ。マスコミに刷り込みをされた結果なんだろうね、凡人は哀れだよ。まあ、そもそもゴールデンウィークにやるような映画、僕は興味がないんだけどね」
いつもの三人組もまた、休憩時間に教室の片隅でゴールデンウィークの予定の話をするのだった。
「誰もいない映画館、暗闇と静寂の中の映画もいいけれど、人の感情が跋扈する映画館もなかなかいいものよ。ホラーやスプラッタ映画なんかは、周りの客の恐怖の感情がなだれ込んできて格別だわ。最後に映画を見たのはいつだったかしらね……」
「映画かあ……昔映画館で驚いたり、感動したりする時に声が出ちゃって、迷惑なお客さん扱いされてからは怖くて行ったことがないな。レンタルビデオでも映画は見れるし、確かにわざわざ映画館に出向く必要はないのかもね。でも大きなスクリーンでも映画が見たいなあ、今はどういう映画やってるんだろう」
携帯電話で近くにある映画館の上映予定を見て、映画のタイトルを読みあげる勇男。勇男が先程の女子グループも話題にしていたケータイ小説原作の映画の名前を言うと、スローネが反応した。
「へえ、あの小説映画になってたのね」
「聖さん原作読んだの? 全然イメージ湧かないなあ」
「ええ。文章は稚拙だったけど、リアルな女性の感情とか、色々訴えかけてくるものがあったわ。そうね、折角だし私はその映画を見ようかしら。よかったら貴方たちも一緒にいかが?」
映画に乗り気になったスローネが二人を誘うが、稲穂は肩をすくめて呆れだす。
「やれやれ、聖さんは解っている人間だと思ったのに、残念だよ。携帯小説なんてその辺の女学生が泣ける泣ける言ってるような低俗な小説、僕の感性には到底合わないよ」
「うん、俺で良ければ一緒させてもらうよ」
「……まあ、たまには下々の作品を見て、連中のことを理解してやらないとね。僕は懐が広いから。僕も行くよ」
しかし目を輝かせて了承する勇男を見て、ハブられるのが嫌なのか渋々自分も一緒に行くと言う稲穂だった。
「勇美、俺ゴールデンウィークに友達と映画見ることにしたんだ」
「いちいちそんなこと報告しなくていいっつうの、私は兄貴の保護者かよ……」
日程を決めたその日の放課後、嬉々としながら勇男は帰宅し、勇美にそんな報告をする。
「いやあ、映画館行くの久々だし、誰かと一緒に行くのなんてそれこそ小さい頃に家族と行ったくらいだし、興奮しちゃってさ」
「そもそも兄貴映画館で大人しくできないから行かなくなったんだろ? 小さい頃に兄貴とアニメ映画見に行った時、私は落ち着いて見てたのに兄貴は小学4年生にもなってギャーギャー叫んで恥ずかしかったんだぜ? 落ち着けるのかよ」
テレビで話題の映画に関するニュースを見ながら、憐れんだ目で勇男を見てくる勇美。
自分はもう高校生だから大丈夫だと妹に豪語しながらも、当日は口にガムテープでも貼るべきだろうかと悩む勇男だった。
そして当日、勇男がウキウキしながら待ち合わせ場所に向かうと、黒いローブに身を包んだあまりにも目立つスローネが既に待っていた。
「おはよう」
「おはよう聖さん。……それ普段着なの?」
「この格好で私のオーラを隠さないと、周りの飢えた男共が集まってくるのよ」
「ああ、ナンパ対策ね。聖さん可愛いもんね、でもそれだと不審者扱いされないかなぁ……? フードは外した方がいいと思うよ、変な宗教と勘違いされそうだし」
見目麗しく、すれ違う男性がついつい見てしまうようなスローネの容姿も、ローブで覆ってしまえばほとんどわからない。しかし怪しげな服装のせいで、声はかけられなくとも周囲の視線を一気に集めてしまうスローネだった。一緒にいる自分の方が耐えられない、と強引にスローネのフードを外しているうちに、稲穂が二人の下へやってくる。
「お待たせ。く、くくく、聖さんそれ普段着なの? 流石だね、僕もチマチョゴリとかサリーとか持ってはいるんだけどね、着て来ればよかったかな」
「鈴峯さんは、割と普通なファッションなんだね」
「ふ、普通? ははは、四方山君は真のファッションをわかってないね。大事なのは中身なんだよ中身。服装なんて、鳥村とかユニアカとかでいいんだよ。決してお小遣いをファッションに割く余裕がないわけじゃないよ。さて、それじゃあ行こうか」
三人が集まったところで一同は近くの映画館へ向かう。映画館に向かいながら、勇男は自分の親に買ってもらった服を適当に着てきたファッションはどう評価されているんだろうと異性の評価を気にしだすのだった。映画館でチケットを買ってシアターへ向かい、ゴールデンウィークということもあり人が大勢いる中、左から勇男、稲穂、スローネの順番に座る。
「? どうしたのさ四方山君、花粉症かい? 随分本格的なマスクだね」
「できるだけ口を塞いでおかないとね」
「?」
友達の前ではしゃぐのは絶対に防がなければならないと、勇男はカバンからマスクを取り出して自らの口を塞ぐ。そして上映がスタートした。
ストーリーは女子高生が恋と友情のバランスに悩み、自信に襲いかかる不幸と戦いながらも、精一杯生きていくというもので、勇男は序盤から友人に恵まれている主人公を羨ましいと思ってしまう。
「ははは、馬鹿な連中だね。どうせこいつらの友情なんてすぐに崩れ去るよ」
「よく知ってるわね、その通りよ」
一方で隣に座る稲穂はポップコーンを食べながら小声でそう笑い、スローネは早速ネタバレをかますのだった。勇男も会話に参加しようと思ったが、声の大きさをコントロールできないから周りに迷惑をかけてしまうと諦めて口を紡ぐ。
その後はスローネの言った通り主人公が学園のプリンスと付き合いだし、それが原因で友人関係に亀裂が入ってしまう。嫉妬から主人公に冷たくあたるかつての友人に苛立つ勇男だったが、彼には同性の友達が出来た記憶など全然ないので嫉妬するという感情すらまともに理解できなかった。
「愚かだねえ、これだから凡人は」
「ふふふ、醜くも、これが人間の美しさよ」
呆れる稲穂と微笑むスローネ。やがて物語は佳境へ入り、友人関係の崩壊に耐えることができず、恋人と一旦別れてしまう主人公。近くの席から女の子のすすり泣く声が聞こえ、ここが泣き所なんだなと話の要点をチェックする勇男だったが、
「うっ、うううっ、ひく、ひくっ……」
隣から聞こえてくる泣き声に驚いてしまう。見れば稲穂が、目元から大粒の涙を流し、喘息の症状と思わんばかりに泣いていた。これにはスローネも驚いたようで、二人とも稲穂に気を取られて終盤の展開に集中することができなかった。
「なかなか楽しめたね、それにしても鈴峯さんがあんなに泣くなんて思わなかったよ」
「だって、すごく悲しくて、切なくて……っ! い、いやいや、あれはね、あまりにも登場人物が愚かすぎてね、哀れに思って泣いたんだよ。周りの自分に酔ってるような女共の涙とは違うから」
「ふふふ、二重の意味で楽しかったわ」
映画を終えて、近くの喫茶店で感想を言い合う三人。
顔を赤くして、自分が感動していることを否定する稲穂を、勇男とスローネはにやにやとしながら眺める。自分達の友情は映画のようには崩れるもんかと、女二人に男というすぐに崩れそうな友情の大切さを噛み締める勇男だった。