小人の楽園(カクレガテキナオミセ)
「おい兄貴……起きろ……」
「おはよう勇美」
「んだよ起きてたのかよ……」
土曜日の朝。眠たそうな目の勇美が勇男を起こすために部屋に入ると、既に制服姿の勇男がカバンに教科書を入れているところだった。
「健全な学園生活を送り始めたからかな、最近は朝起きるのが辛くないんだよ」
「そっか、よかったな……習慣になっちまったよこっちは、私は土曜日学校ないってのに」
「ははは」
勇男の通っている高校は奇数週の土曜日は半日授業を行っているが、勇美の通っている中学は完全週休二日制。高校は授業が多くて嫌だなあと当初は嘆いていた勇男だったが、友達ができた今ではむしろ積極的に学校へ行きたいとすら思っていた。私は寝なおすから、と部屋を出て行った勇美を見送った後、学校へ行く準備をすませた勇男は一人家を出る。
「おや、四方山君じゃないか。奇遇だね」
「おはよう鈴峯さん」
「それにしても、この学校も週休二日という時代の流れに反逆するなんて、少しは見るところがあるよね」
「……? そういえば最近は脱ゆとり教育っていうまた新しい教育になっているらしいね。そんなにコロコロ変えるのが一番よくないと思うんだけどなあ。鈴峯さんはどう思う?」
「……? そ、そうだね、そう思う」
道中で稲穂とばったり会い、そのまま二人で歩き出す。
会話は噛み合わないながらも談笑して学校へ向かい、既に教室で分厚い本を読んでいたスローネに挨拶をして、今日も勇男の学校生活は始まった。
「(腹減った……今日はお昼ごはん何にしようかなあ……この前は学食で食べたけど、人多いのは嫌だしなあ……休みの日は母さんお昼ごはん作らないし、コンビニで何か買って食べようかな、それともいっそ自分で料理してみようかな)」
四時間目の数学の授業を受けながら、勇男は昼食の事を考えていた。
お腹が空いたのかいつもは授業も真面目に受ける勇男だったが、今日はノートに数式ではなく昼食の候補を書き始める。しばらくして授業をほとんど聞いていないことに気づき、当てられたらどうしようと焦る勇男だったが、
「おい鈴峯。この問題前に出て解いてみろ」
「……!?」
当てられたのは今日も音楽を聴きながら授業を受けている稲穂。
慌てていつものように隣の男子に答えを聞こうとするが、運悪く隣の男子は部活の大会で公欠。
覚悟を決めた稲穂は席を立ち、スローネの机が覗けるように迂回して黒板に向かう。
成績優秀なスローネなら答えもあっているだろうと、スローネのノートをチラっと覗いてその内容を黒板に書き写す稲穂だったが、
「……今は英語の授業じゃないんだがなあ。しかも何だその下手糞な筆記体は」
「え? え?」
それは授業用のノートではなくスローネの魔術研究用のノート。
教室中に笑いの渦が巻き起こり、稲穂は顔を真っ赤にしながら悔しそうに自分の席へと戻る。
勇男も笑うのは失礼だなと思いつつも、周りにつられてぎこちない、少し不気味な笑みを浮かべるのだった。
「まったく不愉快だよ。僕の筆記体が下手糞だなんて」
「え? あれ象形文字じゃなかったの?」
「酷いな聖さん! 元はと言えば聖さんのせいだよ」
「授業を聞いてない鈴峯さんが悪いんじゃ……」
放課後、地団駄を踏みながら憤る稲穂とそれを笑うスローネ、宥めようとする勇男。
「それじゃ、もう私は帰るわ。土星のサターンと悪魔のサタンを結びつけた胡散臭い文書があってね、それによれば土曜日に儀式をするそうよ。正直信じる気にならないけど、まあ何事もチャレンジよね」
「お疲れ。成功を祈ってるよ」
スローネが帰り、結局お昼ごはんはどうしようかなあと悩みながらも自分も帰ろうとする勇男だったが、
「……そうだ。こんな日は、あそこに行こう。四方山君、一緒にランチ食べない?」
「ランチ? うん、丁度お昼ごはんどうしようか悩んでたとこだったんだ。勿論いいよ」
稲穂にそう引き止められて、ウキウキしながら了承する。
いつもお弁当を食べる時にハブられているのをかなり気にしているのか、友人と一緒に食事がとれる喜びを噛みしめるのだった。
「場所は?」
「ここから歩いて大体30分くらいかな」
「お店についてから待たされる?」
「いや、大丈夫だと思うよ」
学校を出て一緒に歩く二人。学校から30分と言うと、駅前の辺りにあるお店かなと思っていた勇男だったが、どんどん人気のない場所に向かっていることに気づいて不安になる。
「ね、ねえ鈴峯さん。本当に、こっちにお店なんてあるの? 人も住まないような場所に来てる気がするんだけど……ていうか森の中に入ってない?」
「まあまあ、騙されたと思ってついてきなよ。隠れ家的なお店なんだ」
それでも稲穂を信じてしばらく森の中を歩いていると、山小屋のような建物が見つかる。
「あったあった、今日も営業してるみたいだね。ここだよここ」
「本当にこんなところにお店あったんだ、やってけるもんなのかなあ」
「本当にいい店ってのは、こういう場所にあるのさ。……へい大将!」
『小人の楽園』と書かれた看板を眺めている勇男の手をとって、店の中に入る稲穂。
大将はおかしいんじゃないかなと思いつつも、店内を見渡す。喫茶店のような、バーのような、落ち着いた雰囲気を感じ取って、なるほど、こういう場所にふさわしいお店だなと感心する勇男。
「へいらっしゃい。お客さん、何に致しましょう」
「いつものを2つ」
「いつもの入りましたー!」
しかし店主と見られる男と稲穂のやり取りを見て、全然ふさわしくないなと認識を改める。
店内には店主と自分達しかいない。土曜日のお昼時だと言うのに、この店は大丈夫なのだろうかと店の心配をしながらキョロキョロと辺りを見渡していると、しばらくしてイカやツナと言った海産物が散りばめられたスパゲッティ―が運ばれてきた。
「魚介系だね」
「そうだよ、このお店のメニューは大抵魚介系だよ。なんたってここの大将は、元寿司職人だからね」
「じゃあこんな森の中で店を開く必要ないんじゃ……あ、美味しい」
「森の中にあっても、味は一流なのさ」
店の在り方に疑問を抱きつつも稲穂と一緒に食事を楽しむ。味は勇男からすればとても美味で、スパゲッティに使うならネタは新鮮でなくても大丈夫なんだなと実感するのだった。その後お金を払って店を出て、稲穂と話しながら歩きはじめる。
「どうだった? 美味しかったでしょ?」
「うん、味は確かだね。駅前でやってる洒落たパスタ屋なんかよりもずっと美味しいと思うよ。でも、勿体ないなあ。少し借金してでも、もう少し人気のある場所にすればいいのに」
「わかってないね四方山君は。大衆に汚されない、聖地を目指しているのさ。金儲けがしたいわけじゃないんだよ大将は。ほとんど道楽のようなものさ」
「ふうん。あ、俺こっちだから。またね、鈴峯さん」
「うん、またね。ああ、他人に紹介するのは控えて欲しいな。四方山君の周りの人間を貶しているわけじゃないけど、僕はもう少しあの隠れ家的な感覚を楽しんでいたいんだ」
「わかったよ」
稲穂とも別れて家に戻る勇男。他人に紹介しないで、と言われても感動は誰かと共有したいのか、リビングでカップラーメンをすすりながらグルメ番組を見ていた勇美を見つけると、
「今日すごくいい店見つけたよ。森の中にあるパスタ屋さんなんだけどね」
すぐに言いつけを破ってお店の紹介をしだす。
「ふうん。なんて店?」
「『小人の楽園』だったかな」
「ちょっと待って、携帯で調べる……誰も評価とかレビューとかしてないじゃん、しかも何だこのアクセス、こんな場所でやってけるのかよ」
「隠れ家的なお店らしいよ」
「よく言ったもんだな、人気がないだけだろ」
携帯電話でお店の情報を調べて訝しむ勇美に、苦笑いをする勇男だった。