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召喚儀式(サモンデビル)

「聖さん、何読んでるの?」


 ある日の休憩時間、自分の机で黙々と分厚くて黒い本を読んでいるスローネに気づいた稲穂が、スローネの席まで寄ってきて話しかける。


「魔術書よ」

「へえ。読んだら魔法とか使えるの?」

「どうかしら。あくまでやり方が載っているだけで、9割9分は偽物でしょうね。どうせこの本にも、何1つ本当の事は書いてないわ」


 魔術書に興味津々の稲穂と、やや冷めているスローネ。スローネの机の中には、教科書ではなくまだ読んでいないであろう魔術書が大量に入っていた。


「1分も本物があったらすごいじゃないか!」

「わっ、びっくりしたなあ」

「突然大声を出さないで」

「ご、ごめん」


 友達の輪に入りたいのか、気づけば勇男が二人のもとへやってきて、目を輝かせて語気を荒げながらそう言い二人を驚かせてしまう。どのくらいの音量で喋ればいいのかわからない勇男は、他人と喋る時、大抵きちんと伝わるように大きな声で、若干怒鳴るように喋ってしまう。勇男が怖がられる原因でもあった。勇男の声に気づいたクラスメイトは集まる彼らを見ては、またあの連中が変な事をしてるな……と憐れむような、蔑むような目で見るのだった。


「でもそうね。仮に本物が1分でもあれば、9割9分偽物を掴まされてもいいというものだわ。けど、本物か偽物かを確かめるには、実際にやってみないとわからない。それでも私は、失われた力を取り戻すために、確かめないといけないの。例えばこれ」


 スローネが読んでいる本の1ページを開き、勇男と稲穂に見せてくる。フランス語で書かれていて稲穂にも勇男にも内容はわからなかったが、魔法陣の中心に骸骨が置かれている図だけは読み取れた。


「あーそれね、うん。わかるよ、英語はそこそこ読めるからね」

「え、これフランス語じゃないの?」

「……」


 内容がわからずとも知ったげる稲穂であったが、言語すら間違っていることを勇男に指摘されると赤面し無言になる。


「これはね、悪魔を召喚する儀式について書いてあるの。真夜中に星の見える場所で魔法陣を描き、そこに悪魔を憑依させる媒体……人間の死体を置くらしいわ。それを置いて決められた手順を踏むと、バアルが登場するそうよ」

「バールか。バールのようなものってバールじゃなかったら何なんだろうね?」

「鈴峯さん、そのバールじゃなくて、悪魔のバアルのことだと思うよ。確か、ベルゼブブのことだよね」

「そうね。その二つは同一視されているわ。私の記憶が正しければ、彼は昔の私の部下だったはず。この世界と昔の世界につながりがあるか、この世界の彼と昔の世界の彼の精神を同調させることができれば、私の力を復活させる手助けになると思うのだけどね。どちらにせよ、こんなもの偽物に決まってるわ。なにせ学校の図書室に置いてあったもの。返してくるわ」


 本を持ってすたすたと教室を出て行くスローネ。次の授業の準備をしなければと自分の席へ戻ろうとする勇男に、


「ところで……1分って何?」

「1%のことだよ。知らなかったの?」


 そんな質問をする稲穂だった。




「ところで勇美、黒魔術とかって信じる?」

「……は? また頭狂ったのか兄貴」

「酷い……」


 家に帰った勇男が深夜、リビングで心霊写真特集の番組を見ている勇美にそんな質問をすると、冷ややかな目で返される。


「まあ、恋のおまじないとかならクラスの女子も信じてるし、アホな男子は媚薬とか信じてるみたいだけど、私は信じてないなあ。それよりどうしたんだよ兄貴。ひょっとして、頭のおかしい女の子に、一緒に黒魔術同好会に入りましょ、なんて言われて浮かれてんじゃないよな」

「ひ、聖さんは頭おかしくないよ! 成績だっていいし……ちょっと、妄想癖があるかもしれないけど」


 スローネを頭のおかしい女の子扱いされてフォローしようとするが、スローネの電波発言には少しばかり勇男も困惑していたようで目が泳ぐ。テレビのチャンネルをニュースに切り替えながらため息をつく勇美。


「ビンゴなのかよ……マジで犯罪に巻き込まれないでくれよ、兄貴が捕まったら、絶対近所の人口をそろえて『いつかやると思ってました』って言うぜ?」

「勇美は言わないよね? そんなこと」

「それ以前にそんなことになったら私の人生台無しだよ。犯罪者の家族って相当しんどいだろうぜ。私のためにも、頼むから豚箱行かないでくれよ」

「ははは……あ、電話だ。……聖さんからだ、どうしたんだろう」


 勇美の辛辣な発言に苦笑いをしていると、勇男の携帯が鳴る。発信者を確認すると、ついこの間アドレスを交換したばかりのスローネからであった。


「女の子から電話、緊張するなあ……すぅー……もしもし! 俺だけど!」

『そんなに大声を出さなくても聞こえるわ。私よ。今暇かしら?』

「うん、暇だけど、こんな夜に何の用?」

『暇なら、少し手伝ってくれないかしら。儀式をね。今から学校に来れる?』

「学校? まあ、自転車なら10分くらいでつくかな。今すぐ準備して行くよ」

『話が早くて助かるわ。校門のところで待っているから』


 電話を切ると、夜だからとジャンパーを着て外に出る仕度をする勇男。

 勇男のセリフから夜中に学校へ行くのだと察した勇美は、不安そうな顔をする。


「兄貴、こんな夜中に学校に用事って何だ? 忘れ物でも取りにいくのか?」

「友達がね、儀式やるからって。帰りにコンビニ寄るけど、何か欲しいものある?」

「……おい、考え直せ兄貴。夜中に学校? 儀式? 停学になってもしらねーぞ」

「停学が怖くて、友達は作れないよ。行ってくる!」


 カッコつけてそう宣言すると、勇男は学校へ行くため家を飛び出すのだった。


「友達は選べ……る立場じゃないよな、兄貴は。可哀想に」


 勇男を見送りながら、不憫な兄を憐れむ勇美だった。




 自転車で急ぐこと10分、自信の通う高校の正門に到着すると、そこには黒装束に身を纏ったスローネが待っていた。


「はぁ……はぁ……お待たせ」

「変質者っぽいわね」

「その格好の聖さんに言われたくは……鈴峯さんは?」

「彼女も呼んだのだけどね。『え? 夜中に学校? ばれたらまずいって』って断られたわ」

「あはは、真面目だね鈴峯さんは。で、具体的には何をやるの?」

「今日言っていた、あの儀式よ。とりあえず中に入りましょ」


 慣れた手つきで校門をよじ登って中に入るスローネ。その際、装束の下に履いているホットパンツが見えてしまい、赤面しながら勇男も後に続く。


「結構よじ登るのきついね。鈴峯さんだったら登れなかったかも」

「家に帰ってからね、色々考えたの。可能性があるならば、それに賭けるのも悪くないんじゃないかって。だから、今日言ってたあの胡散臭い儀式も、試してみようって」

「ふうん……でも、儀式には人間の死体を使うんでしょ?」

「本には、人間の形をしていればいいって書いてあったから、理科室の人体模型でも大丈夫だと思うわ。校舎だとばれやすいから、屋上で魔法陣を書いて、そこに人体模型を置いてバアルを呼び出すの。……ここの窓は、立てつけが悪くて少し揺らせば開くようになってるのよ」


 校舎の窓をガタガタと揺らして開き、中に侵入するスローネ。後に続きながら、前から一人で学校に侵入しては儀式をしていたんだろうな、と彼女の過去を推測する勇男であった。

 宿直や警備の人間を注意しながら二人は職員室へ。


「見張ってて」

「あ、この前職員室の鍵が1つ無くなったって先生が話してたのを聞いたけど、犯人聖さんだったんだね」


 あらかじめ拝借していたらしく、ポケットから職員室の鍵を取り出すと鍵を開け、中に入って理科準備室と屋上の鍵をくすねてくるスローネ。呆れながらもスローネに続き、理科準備室で人体模型を持ち出して屋上へ向かう。


「結構重いんだね、人体模型……」

「ご苦労様。後でコンビニで何か奢ってあげるわ」

「その格好でコンビニ行ったら、通報されるんじゃ……」


 屋上へついた二人。スローネが屋上の床に黒いスプレーで魔法陣を描き出し、その上に勇男が人体模型を置く。まだスプレーが渇いていないため、人体模型に少しスプレーが付着してしまう。


「……エラ・ミウェット・ガル・ソロマ……」


 準備を終えた後、スローネは返していなかったのか、魔術書を開きながら悪魔を召喚するための儀式を唱え始める。それを眺めながら勇男は、成功して欲しいという思いと、失敗してスローネには現実を受け止めて欲しいという複雑な想いに悩むのだった。

 スローネが呪文を詠唱し終えるが、人体模型はピクリとも動かない。無言でしばらく人体模型を眺めつづけるスローネと、何も言えずに同じく人体模型を眺める勇男。


「失敗ね。偽物だったのか、あるいは本当の死体じゃないと駄目だったのか。まあ、こんな胡散臭い儀式が成功するなんて思ってなかったけどね。付き合わせて悪かったわね」

「これくらいで諦めるつもりはないんでしょ? 俺でよければ、いつでも付き合うよ」

「優しいのね」

「俺は可愛い女の子に弱いんだよ」

「ふふっ、正直ね。さあ、帰りましょう。お腹が空いたわ、帰りにファミレスでも寄って行かない?」

「だから通報されるって……」


 スプレーが少しついてしまった人体模型を理科準備室に返し、鍵も職員室に戻し、何事も無かったように学校を脱出する二人。正門前でスローネと別れ、一人家に帰りながら、


「聖さんは可愛いし、二人きりでドキドキした。けど、こんなことを繰り返しちゃ駄目なんだろうね。黒魔術に失敗し続けて聖さんは現実を知って、俺は他人と交流して、真っ当な人間になる。うん、それでいいんだよ」


 そんなことを呟く勇男だった。




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