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弱者の本屋(シティ・バンガード)

「(うん、まだそんなに仲良くなってるわけじゃないし、女の子二人のご飯に混ざるとか、結構恥ずかしいし、向こうも、それを察して俺を誘わなかったんだよね。うん、そうに決まってる)」


 屋上で稲穂とスローネが食事を楽しんでいるであろう中、勇男は一人教室でお弁当を食べながら、必死で自分はハブられたわけではないと暗示をかけていた。


「うっ、ううっ……」


 しかし過去のトラウマを引き起こしてしまったようで、自然と勇男は泣き出してしまう。

 突然教室でご飯を食べながら泣き出す情緒不安定な勇男に、困惑するクラスメイト。悪循環だ。

 そんな感じに微妙な空気の教室に、お弁当を食べ終えた稲穂とスローネが戻ってくる。


「あ、四方山君。放課後暇? ていうか何で涙目なのさ、辛いモノでも食べたのかい?」

「……暇だけど」


 教室に入るや否や、自分の席に戻って分厚く黒い怪しげな本を読み始めるスローネと、勇男の席の方に駆け寄ってきて声をかける稲穂。最初は少しはぶてていた勇男であったが、


「よかった。放課後ちょっと付き合ってくれない? 一緒に来てほしいところがあるんだけど」

「……! 勿論! 行く! 行きます!」

「わっ、びっくりした」


 稲穂にそう誘われると、すぐに機嫌を直して嬉しそうな顔になるのだった。




「(さっきのって、アレだよね。デートのお誘いだよね。ああ、高校入学してこんなに早く、高校生らしいことができるなんて! 俺はなんて幸せものなんだ!)」


 午後の授業中、幸せオーラを出しながら麻薬中毒者のような恍惚の表情を浮かべる勇男。勇男の隣に座っている女子が怖くてガタガタと怯えていることには気づかない。



「それじゃあまたね、聖さん。四方山君、僕教室の掃除があるから少し待っててよ」

「手伝うよ」

「そう? 優しいね、四方山君は。流石周りの男とは一味違うよ」

「……え、俺って優しい? そっか……」

「どうして残念そうなのさ」


 放課後になり、勇男は早くデートがしたいと稲穂の掃除を手伝うことに。

 稲穂に優しいと言われて、少し落ち込む勇男。原因は、先日読んだ雑誌の『女の子に優しいと言われたら、男として見られていない』という記事を鵜呑みにしてしまったことであった。


「(あの雑誌には何て書いてあったんだっけ、そうだ、ワイルドだ。男は優しいだけじゃダメ、ワイルドになろう! って書いてあった!)」


 掃除をしながら、どうすればワイルドさを醸し出すことができるのか悩む勇男。悩んだ末に出した結論が、


「おらっ!」

「ひっ……ど、どうしたの四方山君。ひょっとして、私に付き合うの嫌だった?」

「いや、そんなんじゃねーよ」


 掃除を終えた後に、掃除用具入れのロッカーを思いきり蹴って閉めるという暴挙であった。ワイルドさは演出できたかもしれないが、それ以上にクラスメイトに不良だと思われるのだった。




「よし、それじゃあ行こうか」

「で、どこ行くんだ?」

「シティ・バンガードだよ。知ってる?」

「知らねえな」

「僕の一押しの本屋なんだよ。君にあそこの魅力を説明したくてね。君も気に入ると思うよ」

「そうか」

「……さっきから何か様子おかしくない? そんな口調だったっけ?」


 放課後稲穂オススメの本屋へ向かう途中、勇男はワイルドになった口調をつい先ほどびっくりして一人称が私に戻っていた稲穂に突っ込まれる。


「うっ……駄目だ、やっぱ慣れないね。それにしても本屋か。漫画とかの品ぞろえがいいの?」

「それは行ってみてのお楽しみだよ……ついたついた、ここだよ」

「……へ? ここ本屋?」


 稲穂に連れられてやってきたのは、店頭にライターや輸入品のお菓子を並べていたり、やたらとカラフルなデザインだったりと、到底本屋には見えない店だった。


「びっくりしただろう? ここは色々売ってるけど、本屋扱いだから図書券や図書カードも使えるんだよ」

「へえ、こんな店あるんだね……」

「オシャレでしょ? 見た目だけじゃない、売ってるものも、そんじょそこらじゃお目にかかれないものばかりだよ。例えば……こっちこっち」


 自慢の彼氏でも紹介しているような興奮した顔つきで、稲穂は勇男の手をとって店の奥へと向かっていく。純情な勇男は、手を繋ぐだけで顔を真っ赤にしてしまうが、稲穂は羞恥心のかけらも持っていないのか、勇男を本当に男として見ていないのか、特に気にすることなく勇男を連れていく。



「『風吹けば今鹿』……って、あの映画、漫画になってたんだ」

「違うよ、そもそもこれが原作だよ。ミーハーな人は映画を見て作品を評価したつもりになってるみたいだけど、僕から言わせてもらえればあの映画は半分くらいしかこれの魅力を引き出せてないね。まあ、半分引き出すことができるだけでも、あの監督の腕は確かなのだろうけどね。とにかくこの本は、この店を象徴する一冊と言っても過言じゃないね。ほら、このページなんてもう最高だよ」


 誰もが知ってるアニメ映画の原作を嬉々としながら解説する稲穂。彼女の言っている事がいまいち理解できなかった勇男であったが、とりあえず女の子は同意しておけばいい、なんてこれまた雑誌を鵜呑みにしてひたすらうんうんとうなずくのだった。


「あとは、このトロールの貯金箱なんかも、買っておいて損は無いよ」

「トロール? トロールってこんなのなの?」

「そうだね。北欧出身らしいよ。昔、このトロールを操作して、失われた色を取り戻すゲームがあってね。この店でこれを見つけた瞬間、運命だと思って4色買っちゃったよ」

「俺も妹のお土産に買おうかな」

「あはは、そりゃいいや」


 その後も日本人の感性からすれば不気味なトロールを模った貯金箱について嬉しそうに語ったり、アロマキャンドルの匂いを嗅いで、何の匂いか当てようとするも全く当たらなかったり、トランスのCDを聞きながら、日本の邦楽をひたすらに貶したりと店内で楽しそうにする稲穂を見ながら、自然と勇男もにこやかになる。



「おっと、そろそろ帰ってラジオを聞かないと。今週は洋楽三昧なんだ。悪いね、今日は付き合わせて」

「いや、俺も楽しかったよ。妹へのお土産も買えたし」

「僕も今まで一人で来てばかりだったから、新鮮で楽しかったよ。それじゃあまた!」


 店内を見て回ること1時間、ラジオを聞くからと言って去っていく稲穂を見送りながら、勇男はこれこそが自分が求めていたまともな日常なのだろうと余韻に浸る。普段に比べればずっとまともな意思疎通ができたし、女の子を楽しませることができた。着実に自分はまともになりつつあるんだとそのきっかけを与えてくれた稲穂に感謝しながら、嬉しそうに家へ帰るのだった。



「ただいま。勇美、はいこれお土産」

「……いらねー、何だよこれ、貯金箱? デザイン最悪だし、貯金箱としても使い辛そうだなオイ」

「お兄ちゃんな、今日女の子とデートしたんだよ」


 リビングでテレビを見ていた妹の勇美に、お土産として買ったトロールの貯金箱を手渡す。明らかに嫌そうな顔をしながらそれを受け取る勇美の文句など気にせず、勇男は今日の稲穂との一件を報告したくてたまらないのか勝手に自慢をしだす。


「……あー、最近は携帯ゲーム機でそういうのあるらしいな、現実の時間とかと連動させて女の子とデートできるゲーム。ゲーム機持ってデートして、買ってきたお土産がこれか? まさかとは思うが、ゲーム機と喋ったりはしてないよな。兄貴がおかしいのは知ってるけど、流石にそこまできたら兄妹の縁切ることも止む無しだぜ」

「違うよ! 本当に友達の女の子と放課後に行ったんだよ! シティ・バンガードって本屋。本屋なのに、本じゃないものもたくさん売ってあって楽しかったなあ」

「シティバンかよ……その友達の女、シティバンの常連だったりするのか?」

「うん、今日も魅力を伝えたいからって理由で連れてこられたんだし」

「……はぁ」


 稲穂の事を言うと、勇美は残念そうにため息をつく。


「……悪い事は言わねえよ、その友達、あんま関わらない方がいいって。シティバンに通い詰めてる女にロクな女はいない、これ常識だからな」

「……今なんつった」


 勇男の話から稲穂の人物像を想像したようでそれとなく忠告をする勇美であったが、折角できた友人を貶されたのに余程腹を立てたのか勇男は物凄い形相で勇美を睨みつける。


「ひっ……あ、あくまでそういう傾向があるだけだって、別にその友達ディスってるわけじゃないって。ただ兄貴がこれ以上おかしな方向に進むのを心配して言っただけなんだって」

「……なんだ、そうか。ごめんよ、怖がらせたりして」

「私こそ悪かったよ。けど兄貴も、友達想いなのはいいけど突然キレるのはやめたほうがいいぜ」

「うっ……頑張るよ。友達ができたから、お兄ちゃんこれからコミュニケーションとかの訓練をして、ゆくゆくはまともな人間になって、リア充ってのになるんだ」

「まあ、応援してるぜ兄貴。それと、この貯金箱はいらねー」


 貯金箱を投げ返して自分の部屋に戻る勇美。勇男はその貯金箱を、自分の部屋に大切に飾るのだった。

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