二人組の形成(ツインゴッデス)
「おい、クソ兄貴、とっとと起きろや! 遅刻すんぞ!」
勇男達が同志となった翌日の朝、自室で布団にくるまり震えている勇男を妹の勇美が起こしにくる。
「やだよ、学校行きたくないよ……もう孤独な学園生活はまっぴらごめんだ」
「今年何回目だよその台詞……大体兄貴友達出来たんだろ?」
「……! そうだよ、友達ができたから、もう学校に怯える必要なんてないんだ!」
今までは孤独だから学校に行きたくないと駄々を捏ねていた勇男であったが、この日は昨日出来た友達の事を思い出し、意気揚々とがばっと布団から飛び出す。
「……水を差すようで悪いが、本当に兄貴友達できたのか?」
「本当だよ、なんと女の子の友達が二人もできたんだよ」
「はあ? なんだ、ギャルゲーの話か」
「違うよ! 本当に友達できたんだってば!」
「まあ、二次元でも友達ができることはいいことだよな……じゃ、私はもう学校行くから」
「本当なんだよー!」
妹の勇美にとってみれば、少しおかしな兄に異性の友人が二人できるなんて、到底信じられない話であった。呆れ顔で部屋を出ていく勇美に、ムキになって反論する勇男。
「……まあいいさ、学校に行けば、素敵な高校ライフが俺を待っているのだから」
学園生活に希望を持った勇男は制服に着替えるとリビングへ向かい、朝食を食べ、母親のお弁当を持ち、
「いってきます!」
今まではぼそぼそと言っていた挨拶を、元気よく放った。相変わらず、発音やアクセントが不安定ではあったが。
「おはよう!」
学校に到着した勇男は、元気よく挨拶をする。今までは浮くのが怖くて挨拶もまともにできなかったけど、友達が出来たのだから今までの自分とは違うと信じて。
「……」
しかし誰も彼に挨拶を返さない。クラスメイトからすれば、今まで浮いていた彼が突然挨拶をしてきても、反応に困るのだ。先に教室に来ていたスローネも、机に突っ伏してすやすやと寝ており彼の挨拶に気づいてすらいない。結果として、勇男はクラスメイトの冷ややかな注目を浴びるだけとなり、恥ずかしくなったのと、居た堪れなくなったのとでそそくさと自分の机に向かい、頭を抱えながら机に突っ伏すのだ。
「(ああ……またやってしまった、発音が悪いんだ、もっとちゃんと発声練習とかしないと)」
まともになろうとしては失敗して、痛い目を見てきた勇男。この日も挨拶に失敗したと朝からナイーブな気分になっていたが、
「おはよう四方山君。今日もいい天気だ、こんな日はブラックコーヒーに限るね」
「……! おはよう鈴峯さん!」
「わっ、突然大声あげないでよ、びっくりしたなあ」
教室に入ってきた稲穂が挨拶をしてくるや否や、嬉々として大声でそれに反応する勇男。
稲穂がスローネの方に向かった後も、人に挨拶されるのがこんなに気持ちいいなんて、と余韻に浸る勇男であった。今までどちらかといえば暗い顔ばかりしていた勇男が急ににへらにへらと笑顔になっても、不気味がられるだけなのだが。
友達ができた、という事実は勇男にとってはかなり大きなものらしく、晴れやかな気持ちで授業に臨むことができた。地頭はよかったが、不安定な精神から授業に集中できず、微妙な成績ばかりとっていた彼ではあったが、今の勇男は平穏とした心で授業を受けることができている。勇男自身、次のテストではいい点数が取れるだろうと予感していた。
「それじゃあ二人組を作ってこの議題について話し合え」
「……」
しかし3時間目の倫理の授業、教師がそう言うや否や勇男の顔色が青ざめる。
二人組を作れ……高校に入って初めて聞いたこの言葉、勇男のような人間にとっては、まさしく処刑宣告にも等しかった。
二人組を作れずにあぶれたり、全体で偶数だから誰かと組めるはずなのに三人組を作られてあぶれたり、教師と組む羽目になったり……そんなトラウマに震える勇男であったが、自分には友達がいるじゃないかと思いだし、すぐに稲穂とスローネの方を見る。
「聖さん、よろしくね」
「ええ」
そこでは既に稲穂とスローネが二人組を作っていた。今までクラスで浮いていた、おそらくは自分と同じような辛い経験をしてきたであろう彼女達が二人組を組めるという状況に、少しほんのりする勇男であったが、すぐに自分自身が二人組を組めないことを悟る。女二人に男一人。二人組を作れと言われたら、どう考えたって余るのは勇男なのだ。再び顔色を青ざめさせて慌てる勇男。
「……彼もこちら側に入れた方がいいんじゃないかしら?」
「そうだね、おーい四方山君、君もこっちにきなよ。今日はクラスの人数奇数だから問題ないよ」
そんな勇男に気づいたスローネがそう提案し、快諾する稲穂。この時のスローネは、勇男にとってみれば本当に天使に見えたことだろう。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「ははは、何でそんな涙目なんだよ四方山君」
チームに誘ってもらえるという経験が初めてだった勇男。思わず涙目になりながらも、嬉々としながら椅子を彼女達の方へ持っていく。
「なんだあいつ、女の子二人と組むとか」
「はずかしー」
その途中、少し態度の悪いクラスの男子が勇男をひやかす。嬉々としていた表情の勇男だったが、すぐにその表情は怒りに満ち、
「あ?」
瞳孔の開き切った目で男子を睨み付ける。彼にとってみれば、先ほどのセリフは仲間である稲穂とスローネを馬鹿にされたと感じたのだ。
「ひ、ひっ」
「ち、違うんですよ四方山さん。可愛い女の子と組めて羨ましいなって思ったんです!」
あまりにもその時の勇男が怖かったらしく、怯える男子。勇男は争いを好まない、喧嘩もほとんどしたことのない人間ではあったが、知的障害者のような存在はリミッターが外れているから常に馬鹿力が出せる、という認識を勝手に当てはめられ、喧嘩が強い人間だと思われていた。
「なんだ、そういうことか。ごめんよ、睨んだりして」
すぐに機嫌を直して二人の元へ向かい、嬉しそうに椅子を置いて座る勇男。
「それじゃあ、早速議題についてディベートをしようじゃないか」
「どちらかと言えば、ディベートじゃなくてディスカッションじゃないの?」
「へ? あー、そうだね、そうそう、ディスカッションをしようじゃないか」
話し合い=ディベートと認識している稲穂であったが、スローネに突っ込まれてうろたえる。
知ったげにディスカッションをしようと言うも、この時の稲穂はディスカッションという言葉すら知らなかった。
「けど、そもそも日本は特殊な例として考えるべきじゃないの?」
「そうだね、わかるよ」
「本質的な意味では、あまり変わらないと思うけど」
「そうそう! 僕もそう思うよ!」
まともな人間になるためにニュース等を日頃から見ている勇男と、単純に賢いスローネが議題について話し合う中、二人の言っている事を理解できず、とりあえず同意する稲穂。二人に同意しながら、内心焦り、もう少し真面目にニュースとかを見ようと思う稲穂であった。なんだかんだ言ってこの三人、お互い切磋琢磨しあうことができるのかもしれない。
「スローネさん、屋上でご飯食べない?」
「ええ、たまには日の光を浴びて抵抗力を養うのもいいかもしれないわね」
お昼休憩になり、稲穂がスローネを誘ってお弁当を食べるために屋上へ消えていく。
その様子を眺めていた勇男。自分は誘ってくれないのか……と少し悲しくなると同時に、まだ知り合って間もないんだし、女の子二人のお昼ごはんに混ざるのは流石にアレだよね、と何とか自分を納得させようと、母親のお弁当を無心で喰らうのだった。