大団円への一歩(ユウシャノカクセイ)
「もうすぐバレンタインデーか。バレンタインの翌日は、高級チョコが軒並み割引されててお買い得なんだよ。まあそれでも高いから僕は買わないけどね。ブランドの力を過信しすぎて高い金を払う庶民のなんと哀れなことか。大体チョコレートなんて甘ったるい上にカロリーも高くて僕好みじゃないよ。ああ、でもあのヘルシーズチョコだけは別格だよ。なんせヘルシーだからね」
「……ふ、ふふっ、ふふふっ」
3学期が始まって1ヶ月。スローネの席でお昼ご飯を食べながら、チョコレートブランドの読み方を盛大に間違えている稲穂と、笑いを堪えるのに必死なスローネの姿を見ながら、勇男は一人黙々とお弁当を食べていた。
「……」
「……! ……」
スローネと目があう。お互い気まずそうな顔になり、勇男はすぐに目を逸らしてお弁当の方を見た。スローネは変わってしまい、稲穂とは仲違いにも近い状況。席も離れてしまった今、勇男の方から彼女達の方に寄って行く勇気は無かったし、事情をある程度察していても、勇男と稲穂を簡単に仲直りさせる程の力を今のスローネは持っていなかった。良い意味でも、悪い意味でも、彼女は普通の少女になりつつあった。
「あ、む、武蔵野君」
「やあ、久しぶりだね、君に話しかけられるのも」
「さ、ささ、最近、どう?」
昼食を食べ終えて勇男がトイレに行くと、そこで武蔵野と出会う。今がチャンスだとばかりに勇男は声をかけようとするが、緊張と最近家族以外と喋っていなかったせいか、うまく声が出てこない。
「いつも通り、運動して勉強する、ただそれだけだ」
「もうすぐ、テストだもんね。武蔵野君なら、余裕だろうけど。そ、それより、鈴峯さんとは」
「……まあ、口論になってね。それっきりだよ。僕が一方的に悪い訳じゃないし、彼女が一方的に悪い訳でもないさ。結局はウマがあわなかった、ただそれだけだよ」
「そんな、ちょっとすれ違っただけじゃないか。鈴峯さんは誤解しているんだよ」
勇男の目からは、二人はお似合いのように見えていた。好きだったバンドがメジャーデビューするなんて些細な事で、完全に仲違いが起こる訳がない、本人達がきちんと話し合えば関係は修復できると信じていた。用を足し終えた武蔵野は、羨むような顔で勇男を見る。
「……そうだとして、僕には誤解を解いて仲直りをすることはできないよ。彼女としばらく関わって、改めて感じたよ。僕はどうしようもないくらい、会話が面白くない男だってね」
「仮にそうだとして、武蔵野君は努力家だろう? 勉強だって、スポーツだって、一生懸命にやってトップクラスじゃないか。俺が言える立場なのかわからないけどさ、諦めないで努力すれば何とかなるよ。武蔵野君、鈴峯さんの事を嫌いになってないんだろう?」
「そうだね。君の言うとおり、僕はこれを気に、苦手意識を持っていたコミュニケーションにも積極的に取り組もうと思うよ。でも、一度壊れてしまった関係を修復するのは難しいんだ。どの道もうすぐ僕達は進級する、その時にやり直せばいいさ」
「進級……」
期末テストが終われば春休みになり、それが終われば勇男達は二年生になる。そうなれば、クラス替えが起こってしまう。勇男が稲穂やスローネ、武蔵野と違うクラスになる可能性の方が遥かに高いのだ。
「一学年に200人くらい、クラスは7つくらい。聖さんみたいに目立っている人じゃなければ、大半の人は僕も君も知らないさ。新しいクラスになって、新しいクラスメイトと、新しい関係を作っていけばいい。君だってこの一年で随分変わっただろう、失礼な言い方かもしれないが、変な人から、ちょっと変だけどいい人、くらいにはなってると思うよ。新しいクラスになれば、友達だってできるさ」
「……」
お互い頑張ろうじゃないかと言い残して、武蔵野はトイレを去って行く。そうか、もうすぐこのクラスともお別れなんだな、と勇男は何とも言えない気持ちになった。二年生になれば、もっと友達もいっぱいできるかもしれない、という期待もあったが、だからといって気まずいまま、疎遠になったままでいいのかという気持ちもあったのだ。
「ただいま……」
「おかえり兄貴。もうすぐバレンタインだなー、母さんと私以外にチョコは貰えそうか? 見栄を張って自分でチョコを買うのはやめろよ、バレバレだからなアレ」
家に帰り、いつものようにリビングでテレビを見ている勇美の横に座る勇男。勇美の質問にがっくりと肩を落とす。少し前ならともかく、二人とも疎遠状態になっている現状ではそんなものを貰える見込みは勇男には無かった。
「……」
「ドンマイ、まあ気にすんなよ。もうすぐ高校二年生なんだし。やり直せるやり直せる。兄貴は自分の悪い評判が知れ渡ってると思ってるけどな、被害妄想にも程があるぜ。毎日教室で大暴れしてるキティ野郎ならともかく、キョロぼっちの兄貴の事なんて誰も大して興味持ってねえよ。この一年での失敗を糧に、産まれ変わるんだ」
「一年か……」
この一年を振り返る勇男。辛いこともあったが、それ以上に稲穂やスローネ、武蔵野と交流ができたという彼にとっては大満足な思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
「……うん、駄目だ。このままで終わらせたら」
「お、数日以内に女の子のハートをゲットしてチョコ貰おう大作戦か。いるよなあ、最近になって急に女子に優しくしだす男子。まあ本気を出すのはいいことだと思うぜ」
「勇美、会話の練習に付き合ってくれ! 一ヶ月くらい全然クラスの女の子と会話してないから、いざ喋ろうと思っても勇気が出ないんだ」
「おお……そんなことを頼み込むとは本気じゃねえか。私を踏み台するその意気やよし!」
クラスが変わってしまうからこそ、今のうちにやらないといけないことがある。まずは一ヶ月ほとんど会話をしてこなかったブランクを埋めるため、妹を相手に世間話を試みるのだった。
「聖さん!」
「わっ……よ、四方山君。何か用かしら?」
翌日の放課後、スローネが一人で帰宅しているところに勇男は声をかける。背後から突然大声を出して話しかける、相変わらず常識のない勇男ではあったが、スローネも勇男の人となりは十分に熟知していたのか不快感を出すことなく微笑みかける。
「少し、話さない?」
「ええ、いいわよ。公園に行きましょうか」
勇気を出してスローネを誘う勇男。スローネはその言葉を待ってたとでも言わんばかりの態度で、近くにある公園を指差した。
「……まずは謝らせて。四方山君には色々と借りがあるのに、無視するような真似をしてごめんなさい。なんというか、席も離れたし、色々と気まずくてね。鈴峯さんとの間に何かがあっただろうとは思っていたけど、何もできなかった。結局は私も、無力な女の子でしかなかったということね。だから四方山君の方から話しかけてくれた時、すごく嬉しかったわ」
公園にあるブランコに並んで座る。誘ったはいいけどどうやって話を切りだそうかと、座ったまま勇男が流れに身を任せていると、横に座っていたスローネがスカートだというのに立ちこぎをしながら話し始めた。
「そんなことないよ、俺なんかと仲良くしてたら、聖さんが友達できない」
「そう自分を卑下しないで。どうせもうすぐクラス替えよ。また同じクラスになるかもしれないけど」
「そうだね、でも」
立ち上がってスローネの方を向き、深呼吸をする。
「でも、もうすぐクラス替えだからこそ、楽しく終わりたいんだ。聖さんとだって、鈴峯さんとだって、武蔵野君とだって、仲良くしたいんだ。お節介なのかもしれないけど、鈴峯さんと武蔵野君をくっつけたいとだって思ってる! わがままなことを言ってるって思うけど、迷惑だってわかってるけど、聖さんの時間を俺に貸してくれないか!? 力を貸してくれないか!?」
まるで告白でもするような勢いで、思っていたことを吐きだす勇男。自分を卑下してばかりの勇男にとって、仲良くして欲しい、力を貸して欲しいということは、最大級に勇気のいることであった。
「わがままでもないし、迷惑でもないわよ。だって」
そんな勇男を見て、『友達でしょう?』とニッコリとスローネは笑うのだった。




