広がる距離(アクムノセキガエ)
『やあ四方山君。暇かい? 暇だよね? 明日荷物持ちをしないかい? こんな人の多い時期に街に出たくはないんだけどね、掘り出し物の福袋が待ってるからね。四方山君? 聞いてるのかい?』
『え、ああ……うん。どこにいついけばいいの?』
『そうだね、この前見つけた素敵なカフェがあるんだ、そこで11時に待ち合わせしよう。場所は……』
年が明け、親戚めぐりも終わったある日の夜、勇男の携帯電話に稲穂から電話がかかってくる。デートの約束を取り付けた後、電話を切って勇男はため息をついた。
「ねえ勇美、相談があるんだけど……」
「どうした兄貴、下らないことを質問すんじゃねえぞ。クリスマスにヤケ酒飲んだからって両親からのお年玉が無くてロンリーハートなんだ」
「その……」
稲穂が武蔵野といい感じだったこと、クリスマスの辺りに険悪になったらしいこと、その後自分に対して積極的になっていることを勇美に話すと、祝福するようにパチパチと手を叩く。
「よかったじゃねえか、男と別れたけど寂しい、じゃあ兄貴でもいいやってなったんだろ。大チャンスじゃねえか、兄貴の福袋をそいつにぶちこんでやれ!」
「後半言ってる意味がわからないけど、だよね。鈴峯さん、傷心状態なんだよね。何とか二人の仲を取り持てないかなあ」
「おいおい、お人よしも程々にしろよ。大体兄貴がそんなに相性よくない二人をくっつけようとしたから、結果としてその子が傷心状態になったんじゃねえのか? その子を傷つけたのは兄貴かもしれないぞ? 責任取るべき取るべき」
「うーん……」
勇美の言う事も一理あるけれど、漁夫の利を得るような行為はしたくない、そんな複雑な感情に悩まされながらも、明日のために勇男はいつもより早く布団にもぐるのだった。
「どうだい、いいカフェだろう? 年季が入ってるよね、数十年くらい前から細々とやってる感じが素晴らしいよ」
「ここってチェーン店じゃなかったっけ、レトロな雰囲気を出すためにあえて古く見せてるって聞いたけど」
「……そ、それくらい知ってたさ! 君を試したのさ! 全くまずいコーヒーだよ、やっぱりチェーン店はコーヒーは駄目あぢいいいい」
「だ、大丈夫?」
翌日、稲穂の言っていたカフェで昼食がてらコーヒーとサンドイッチを頬張る二人。美味しそうにコーヒーをすすり、サンドイッチを上品に食べてみせる稲穂であったが、勇男が指摘をすると突如不機嫌そうにグビグビと一気飲みをしようとし、火傷してしまう。そんな彼女を見て、ああ、何だか恋人同士っぽいなと苦笑いをする勇男だったが、この場所にいるべきでは自分ではないともため息をつく。
「ああ、3000円の福袋にしようか、10000円の福袋にしようか迷うね。四方山君はどれがいいと思う?」
「そもそもこのお店って何屋さんなの? 正直胡散臭いし、3000円の福袋も買いたくないな……」
「何を言ってるんだ、シティバンの福袋は毎年話題になってるんだから。よおし、買ってやろうじゃないか、一番高いのを! 僕を煽った君も責任を持って買うんだね」
「え……じゃ、じゃあこの生活お役立ちセットの3000円を……」
その後は図書カードも使える雑貨屋さんで福袋を買ったり、
「いいかい四方山君、オシャレな服なんてものは自分を誤魔化すためのものでしかないんだよ。高い金を払って自分を誤魔化すだなんて、内面の醜さが見て取れるよね。僕はそんな人間にはなりたくないよ。安くて丈夫、それが一番じゃないか。数着の服にアクセサリーも入って5000円、安いもんだよ」
「そう? 女の子なんだし、少しはオシャレに気を遣った方がいいんじゃないの?」
「女の子なんだしだなんてセクハラだね! さっきは不覚にも挑発に負けてしまったけれど、今回は負けないよ! 親戚があまりいないからお年玉も少ないんだよ! それとも君がプレゼントしてくれるのかい?」
「ご、ごめん……」
「フニクロ万歳! しもむら万歳!」
安さが売りの服屋で福袋を買ったり、勇男が稲穂の家に辿り着く頃には、前が見えないくらいの荷物を抱える羽目となった。
「ご苦労、褒めて遣わす。ついでに僕の部屋で福袋のお披露目会といこうじゃないか、今日は両親がデートで出かけていてね」
「そうなんだ、それじゃあお言葉に甘えてあがらせてもらうよ」
言われるままに稲穂の家にあがり、部屋に案内される勇男。怪しげな民族衣装がハンガーにかかっていたり、今時レコードプレイヤーが置いてあったりはしたが、ぬいぐるみがあったり、抱き枕があったりと勇男が思っていたよりも普通に思える女の子の部屋であった。
「あ、加湿器が入ってるじゃないか。いいなあ、僕のアロマオイルと交換してよ」
「……ところで、武蔵野君とはどうなったの? クリスマスは、二人でライブの予定だったんじゃ」
福袋を開けて機嫌が良さそうな今なら、自然な流れで事の顛末を聞けるかもしれないと意を決して勇男は聞いてみる。突然稲穂が俯き身体を振るわせるのを見て、失敗しちゃったなと目を逸らす勇男だった。
「あのバンドが、大物プロデューサーに見初められてメジャーデビューするらしくてね。クリスマスのライブは、『俺達もうここから羽ばたくけれど、これからも俺達を応援してくれよな』的なものだって知って、途端に行く気を無くしてさ。けどあの男は行く気まんまんだったから、口論になったんだよ。結局僕は同じバンドを好きになっていたからあの男に興味を持っていたと言うだけで、バンドに興味を無くせばあの男への興味も無くなるというわけさ」
少し目元を潤ませながら、やれやれといった表情で語りはじめる稲穂に、少しムッとしてしまう勇男。
「そんな……喜ばしいことじゃないか。メジャーデビューだなんて。テレビに出たりするかもしれないし、人気になれば全国ツアーだってやるかもしれないよ。そしたらまた逢えるじゃないか」
「ふん、凡人に媚を売るような連中に何の価値もないよ。本当に素晴らしい存在ってのはね、無理にその存在を広げようとしないんだよ」
「……どうして鈴峯さん、そういうマイナーなものを好むのさ。最初は鈴峯さんの趣味がマイナーなものになりがちなんだと思ってたけどさ、どうにもマイナーだからって理由で好きになってる気がするな」
「……! そうかい、君も同じような事を言うんだね、ああそうかい、男なんて、どいつもこいつも、平等につまらないね! 出て行ってよ!」
そしてとうとう勇男は、彼かれば純粋な疑問であったとしても、彼女にとって禁忌とも言えるフレーズを口にしてしまう。今にも泣き出しそうな目で、福袋の中身を勇男に投げつけてくる稲穂。勇男はまた失敗したな、と悲しそうな顔で、自分の買った福袋を手にそそくさと彼女の家から逃げ出すのだった。
「うわ、兄貴ゴミ袋買ったのかよ、もったいねー」
「やっぱり、俺が何をやっても、余計な事でしかないのかな」
関係を余計にこじらせてしまった事を深く悔やみながらも、学校が始まれば何とかなる、スローネにも協力を頼もうと前向きに考える勇男だった。しかし、
「……」
新学期と同時に席替えが起こり、勇男もスローネも稲穂も、そして武蔵野も、勇男の知り合いは皆離れ離れとも言っていいくらい四隅の辺りに飛ばされてしまう。わざわざ離れた他人の席まで向かって積極的にコミュニケーションを取れるほど、今の勇男はスローネ達との距離を近く考えてはいなかった。
男は黙って毎年1万円の福袋




